部活を巡り、史上初ともいえる改革論議が全国的に始まっている。
群馬県では2018年4月に県教委が部活指針を示したことで、学校現場に変化が出始めている。過熱化している状況は変わるのか。部活の実態に迫り、あるべき姿を展望する。
ある吹奏楽部員と母親の「本音」
群馬県のある中学校に通う女子生徒は、眠そうに目をこすりながら午前7時前に家を飛び出すのが日課だった。
吹奏楽部の朝練習に参加するためだ。放課後の練習を終えて帰宅するのは夜遅くになってから。家で過ごす時間はほとんどなかった。
土日も終日練習し、夏休みはコンクールに向けた練習に一層熱が入るため、家族で出掛けることはめったになかった。「部活を休むことはできない」と、参加したかった地域の育成会活動は諦めた。「部活をやめたい」と家族に漏らしたこともあったが、やめた後の友人関係などを気にして我慢を続けた。
「部活至上主義の雰囲気がある」と40代の母親。「家での勉強がおろそかになるのは本末転倒ではないか」と指摘し、「部活以外のことにも挑戦できるぐらいに休みを増やしてほしい」と打ち明けた。
中学校の運動部活動の在り方を議論するスポーツ庁の検討会議は18年1月、学期中は週2日以上の休養日を設けるなどとしたガイドライン骨子案を示した。翌日の新聞には「部活休養 週2日以上」「練習は2~3時間に」の見出しが躍った。
国のガイドラインと群馬県の「教職員の多忙化解消に向けた協議会」の提言を踏まえ、県教委は同年4月、文化系も対象にした指針を策定した。「体が楽になった。よかった」。2年に進級した女子生徒の予定表に、部活が休みであることを示すバツ印が入るようになった。
響く罵声 勝利主義抜け出せず
「何やってるんだよ、バカ」「てめーが足引っ張ってるの分かってんのか?」。
ある中学校体育館にバスケットボール部の男性顧問の罵声が響いた。首から笛を下げ、腕を組んでパイプ椅子に座り、時折自らボールを使って技術指導。顧問の指示は絶対のようで、部員たちは何を言われても「はい」とうなずく。
練習は完全下校時刻が過ぎても終わらず、他の部活が帰ってからはコート全面を使用。体育館の電気が消えたのは辺りが暗くなった午後7時だった。この顧問が試合会場でも暴言を投げ付け、試合中にベンチ入りした選手をずっと立たせている姿を他校の生徒や保護者が目撃している。
長すぎる練習や強圧的な指導が問題となっている“ブラック部活”は運動部だけではない。中学を今春卒業した長女を持つ母親は「毎日眠そうな顔をしていて、見ていてかわいそうだった」と振り返る。吹奏楽部で練習は週6日。長期休みはお盆の1週間のみで、家族旅行は一度も行けなかった。
練習は平日は午後4時から6時半、土日は午前8時半から午後4時。午前7時半からの朝練習は階段ダッシュや腹筋を繰り返す。楽器をくわえる口は内出血してあざになり、母親は「つらかったら休んでいいよ」と声を掛けたが、長女は「自分だけ抜けるわけにはいかない」と続けた。
「自発的な参加」のはずが…
学習指導要領によると、部活動は教育課程の授業や学校行事と異なり「生徒の自主的、自発的な参加により行われる」と定められている。それにもかかわらず、群馬県内では中学生の7割以上が加入。教員は専門知識があろうとなかろうと顧問を任せられ、多忙化の一因になっている。
部活動が過熱する理由について、教育制度に詳しい大阪大大学院の小野田正利教授は、学校の校舎などに掛けられている「○○部県大会出場」といった垂れ幕が増えていることを指摘。「学校、保護者、生徒が共依存の関係にあり、『一抜けた』ができない構造になっている」と話す。
学校にとって部活動の成績は外部にアピールする好材料となり、保護者は高校受験を有利に進めたい気持ちもあって支援を惜しまない。自己顕示欲の強い顧問や素人ながら期待を裏切れない顧問は指導が過剰になり、生徒は努力が結実する喜びや退部することで生じる友人関係の悪化などを危惧して続けざるを得ない。悪循環が起きている。
入試に有利…?
最後の夏の大会まであと1カ月―。中学3年の男子生徒はバスケットボール部に所属し、県大会上位入賞を目指して練習に気合が入る。「高校入試でスポーツ推薦を狙いたい」。県大会で活躍して強豪高校のコーチの目に留まるのが目下の目標だ。
ただ「週休二日」を柱とする群馬県教委の部活運営指針を受けて2018年4月から休みの日が増え、もどかしい気持ちも抱えている。
30代の母親も顧問の負担を理解しつつ「毎日でも一日中でも練習させてほしい」と本音を漏らす。部活を通して体力がつくだけでなく、先輩後輩の関係を学び、礼儀や精神面も鍛えられると力説。「息子は勉強は得意ではないし、休みがあってもどうせやらない。部活中心の生活で全然いい」とも。
「保護者の部活熱を高めている要因に、高校入試を少しでも有利にしたい、との親心がある」。大阪大大学院の小野田正利教授は指摘する。保護者の間では「部活は高校入試の内申書(調査書)に影響する」との認識が一般的だ。
実際、県教委によると、部活で優秀な成績を収めれば調査書に記載されるし、推薦入試に相当する前期入試では多くの学校が部活の成果を評価対象としている。
ただ、学力検査を主体とする後期入試での調査書の扱いは学校によって異なり、「前期入試があるだけに、基本的に後期は試験結果で判断している学校が多いのでは」と伝統校の校長経験者は話す。
"部活抑制"と、生徒の意欲のはざまで
「部活抑制の動きは賛成だが、練習日を減らそうと言えない空気がある。本当に改革は実現できるのだろうか」
バスケットボール部の顧問で公立中学に勤める30代男性教諭は嘆く。「練習をもっと頑張りたい」という生徒や保護者からの期待を一身に受け、教員からは戸惑いの声が聞こえる。
男性教諭は毎日午前7時20分から朝練。放課後は練習と授業の準備で、帰宅するのはいつも午後8~9時になる。週末は練習試合や大会の引率で連休は取れない。2018年4、5月の時間外労働時間はいずれも120時間以上だった。
生徒のやりたい気持ちは分かる。自身も中学、高校とバスケ部で、部活を通じて得られる成長を感じてきた。それでも、部活は過熱しすぎていると感じる。
「過度な練習で生徒も教員も疲弊するのは、互いに不幸なこと。生徒のためにも学校側がどこかで線引きをしなければならない」
練習日を減らすことを考えたこともあったが、声に出せずにいる。保護者からの「他校の顧問は熱心にやっているのに」という意見が怖く、熱心な管理職との温度差も感じる。スポーツ庁のガイドラインや県の指針を受けても「正直、学校現場は変わるのだろうか」との疑問がぬぐえない。
こうした疑問の背景には、地域に学校の特色をアピールしようと学校側が部活動の成績を重要視していたり、大会での上位進出を望む保護者の期待が大きいという現状がある。ある中学校の男性校長は「地域や保護者からの期待を裏切ることは難しい」と打ち明ける。
「改革」今度こそ進むのか
1997年にも、当時の文部省が部活の休養日を「中学校は週2日以上」と目安を示したが、現場には浸透しなかった。勝利のためには過酷な練習はやむを得ないという慣習が根強かったことが理由だ。
それから約20年。高崎経済大の吉原美那子准教授(教育行政学)は「部活の在り方を見直すチャンス」と強調。「これまで教員や生徒の心身の負担はブラックボックス化してきた。極端な勝利至上主義を見直し、教育現場や保護者が根本的に考えを変えていかなければならない」とする。
部活改革は2018年から群馬県内全域で本格的に始動した。休養日の増加などが数字に表れた一方、市町村や学校によって指針の内容が異なっていたり、教員不在で練習時間を維持する部もあり、早くも温度差が出ている。
練習メニューにも苦慮
18年の2学期以降、練習風景が一変した。
群馬県大会出場の実力を持つ前橋市内のある中学のバドミントン部。各学級での帰りの会が終わると、部員たちは素早く片付けを済ませて体育館に集まってくる。来た部員からネットを張り、アップを開始。「時間を無駄にしない」と主将の女子部員。「以前は全員が集まるのを待っていて、部活を始めるまでに時間がかかっていた」
多い時期で週3日していた朝練習もなくなった。走り込みやサーブ練習に充てていただけに、40代男性顧問は練習メニューに頭を悩ませる。12月から平日の放課後1日は走り込みの日とし、サーブは早く体育館に来た部員から練習するなどしてカバーする。
「量より質。与えられた時間内でうまくやりたい。部活の良さは短い練習でも変わらない」と力を込める。保護者から「もっとやってほしい」との声もあったが、疲労骨折などけがをした部員の例もあり、長時間やればいい―だけではないと感じている。
ただ「部活では細かい練習までできない」と、物足りなさを口にする女子部員も。部活が休みの日は地域のクラブに参加し、関東大会出場を目標に技術を磨いている。多様なニーズにいかに応えるかが課題だ。
群馬県教委は18年4月、国のガイドラインに沿って「休養日週2日以上」「練習は平日2時間、休日3時間程度」を柱とした部活動の運営指針を示した。早稲田大スポーツ科学学術院の中澤篤史准教授は「生徒の運動時間が週16時間を超えるとけがの発生率が上がるという研究結果が出ており、それをもとに日数や時間の制限が議論された」と数字の根拠を示す。
そろわぬ足並み。続く模索
だが教員の中でも指針に対する考えはさまざまだ。
同校の別の運動部顧問は「これでは上手にならない」とばっさり。「(教員としての)仕事量は減っていないし、休みの日に遊んでいるだけの子もいて、誰のための部活改革なのか」と訴える。
一方、ある中学校長は「長年同じやり方で部活をしてきた教員もいて、意識を急に変えるのは難しい」と指摘する。
学校としての指針を策定するに当たり、教職員との話し合いに時間を割いた。各部活の毎月の活動計画を校長自らがチェックし、顧問に助言しながら週休2日を徹底している。同校サッカー部の50代男性副顧問は「一定のラインが示されたことで足並みがそろい、安心して練習時間を区切れる部分はある」と話す。
ただ目を外に向けると、指針の内容は市町村教委や学校によって異なる部分がある。「同一歩調でないと、不公平感からなし崩し的になってしまうのではないか」。校長は懸念する。過渡期のいま、学校現場では手探りで新たな部活像が模索されている。
「制約」の中、練習するために
「頑張れ」「ラスト」。
前橋市内で行われた群馬県中学駅伝。競技場に戻ってきた選手たちは1秒でも早くたすきをつなごうと力を振り絞り、チームメートや保護者、学校関係者は一丸となって声援を送った。
駅伝のメンバーは各部の精鋭で構成されるため、放課後の部活に影響が出ないよう朝の活動が多い。群馬県教委は指針で朝練習について「生徒の学習や家庭生活、教員の長時間労働などを検討した上で実施」「放課後の練習時間が十分に取れる日は原則行わない」としている。
前橋市教委は朝練習を原則禁止したが、駅伝は例外とする独自の指針を策定した。担当者は「多くの中学が体力づくりのため学校全体で駅伝に取り組んでおり、活動時期は限られている」と説明する。平日2時間程度の活動時間には朝練習も含まれるが、市内の運動部の男性顧問は 「駅伝メンバーに選ばれる子は各部でも主力。練習の途中で抜けるわけにはいかない」と実情を話す。
部活動の過熱化を防ごうと、県教委は土日を含め週2日以上の休養日を設けるよう求めた。しかし、制約をくぐり抜ける形で練習に取り組むケースも。顧問不在の中で生徒が集まり、外部コーチから指導を受けるといった、部活同様の活動が各地で行われている。
表向きは休み。顧問も不参加で…
ある中学は春休みから「社会体育」として土日のグラウンド使用を認めている。
野球部は土曜に練習試合をした場合、日曜は他の部がグラウンドを使わない午後に3時間ほど汗を流す。部の予定表ではあくまで「休み」のため、顧問は参加していない。
ただ、結果的に前より練習時間は減っており、3年生の元部員は「もっと練習していれば勝てたかもしれないと思うと悔しい。規制するのは新チームになる2学期からでよかったのでは」と話す。改革が進まなかった他地区では最後の夏大会に向けて練習を積んでいるのに、自分たちは思うようにできないジレンマがあったという。
一方で保護者の負担は軽くなっていない。2018年4月以前、土日担当者はローテーションで事前に決まっていたが、現在は土曜に雨が降れば練習と担当保護者が日曜にずれる。保護者は「両にらみだから結局予定を立てられない」と嘆く。
外部コーチによると、少子化に加えて部活が制限されたことで硬式野球クラブのボーイズに選手が移り、大会に単独出場できる学校が減っているという。「現場は困惑している。改革を実行に移すのが早すぎた。高校で一気に練習量が増えればけがにもつながる」と危惧している。
多すぎる「大会」も負担に
「新人大会後の時季は本来オフになる。だが実際は、この時季の方が大会と称したものが行われている」。前橋市内のある中学校長が指摘する。群馬県中学校体育連盟が主催する公式大会は春季、総体、新人の3大会。その合間に、競技団体や市町村、企業などが主催する大会が組まれているという。
週末に大会があると部活を休みにしづらく、大会当日も土日両方が活動日になるケースが多い。顧問が大会の運営スタッフを兼ねている場合、学校でその仕事に追われる姿も見てきた。
「大会と名が付くから、生徒も教員も公式大会と同じレベルで考えてしまう。部活改革で学校は劇的に変わろうとしているが、取り巻く競技団体が変わらないと無理だと思う」。団体など外部と協力しながら改革を進める必要性を強く感じている。
群馬県教委の部活運営指針は、県教委や市町村教委が学校の部活が参加する大会やコンクールの全体像を把握し、参加することが生徒や顧問の過度な負担とならないよう、大会などの統廃合を主催者に要請すると明記している。
だが大会の見直しは進んでいないのが現状だ。県教委は競技団体など主催者への要請をまだ個別には行っておらず、「今後、団体と連携しながら大会の実態を把握し、具体的に働き掛けていきたい」とする。県中体連の公式3大会の統廃合は難しいとの考えで、強化練習会などから検討を進めるとした。
市町村が主催する大会や行事も多い。前橋市教委は中学の部活が参加する市民スポーツ祭について、見直す必要があると認識。担当者は「学校に参加する大会を精査するよう投げ掛けたい」と説明する。
温度差はあるが、学校現場に大きな影響を与えている部活改革。次の段階に進むためには学校内部だけでなく、これまで連携してきた団体や地域など、外部との関係再構築が避けて通れない課題になっている。
望ましい「部活」のあり方とは
部活問題を研究する早稲田大スポーツ科学学術院の中澤篤史准教授に、部活改革が始まった背景や将来像について聞いた。
-なぜ国が部活改革に乗り出したのか。
昔から部活に関する問題はあったが、大きな節目は2013年と捉えている。大阪の市立高校で部活中の体罰で生徒が自殺した事件が明らかになったり、日本の中学校教員は世界一忙しいという実情が調査されたりと、生徒も教員も苦しんでいることが表面化した。「部活のやりすぎを何とかしなくてはいけない」と国が対策としてガイドラインを示したところだ。
-現在、改革はどの段階にあるのか。
おおむね全ての都道府県でガイドラインを守る方向で、だんだんと改革は実現されつつある。ただ、市区町村や学校、部によってはガイドラインが降りてきてない、適用されていない問題がある。部活の持続可能性が問われており、改革の行く末を見守っていくべきだ。
-「部活をもっとやりたい生徒もいる」と改革に否定的な意見がある。
何が本当に生徒のためになるのかを第一に考えてほしい。生徒に部活の日数や時間について尋ねた国の調査では「もっと休めるのが理想」という結果が出ており、生徒のためを考えれば部活はもっとゆるくていい。これまでの部活を当たり前と思わず、学校や保護者、地域など関係者全員がこれからの部活の在り方を考えるべきだ。
-部活は残していくべきか。
教師が支えられる範囲で、やりたい生徒ができるゆるやかな部活は残していけたらいい。そもそも部活は生徒の自主性を育てる理念があったはずだが、いつしか強制されていても「自主的」とごまかされている。しかし、部活をなくしてしまえば日本の学校の魅力を損なってしまう。現状に問題はあるが、やりたいことをできる範囲で頑張るのはすばらしいことだ。
-部活を地域に移行させようという意見もある。
地域移行のアイデアは1970年ごろ、2000年ごろにも試行錯誤が繰り返されてきたがうまくいかない。学校外に施設があるのか、指導者をどう確保するのか、学校生活とのバランスを誰が取るのかなどの問題がある。部活の新しい在り方をどう作るかは、関わっている人たちの考え方と実践次第。そこに課題があっても、乗り越えるための前向きな議論を続けていくべきだ。
-部活を巡る議論に生徒はどう関っていくべきか。
生徒がやりたいことをやるのが部活で、今も昔も主人公は生徒。その気持ちを上回って教員や保護者がやらせようとしたり、過剰な期待をするのはいさめるべきだ。部活の在り方を考えていない生徒はいないし、投げ掛ければ「もっとこうすればいいのに」という声が出てくる。生徒が本当の気持ちを言い合い、受け止める空間が必要なのではないか。匿名のアンケートをやってみてもいい。そういう仕掛けがあれば部活改革の大きな一歩になる。