「以前は他のクラブを応援していたけれど、宮崎キャンプでの広島のファンサービスに感激して、それからずっと広島サポーターです」
そんなサポーターの声をかつて何度も聞いたことがある。それほど、広島の選手たちのサポーター対応は優しい。その中でも特に、青山敏弘のファンサは「神対応」として有名だ。
サポーターからの動画メッセージへのお願いも笑顔で引き受ける青山敏弘(5月17日撮影)
子供たちに対応する時はしゃがんで目線を同じくする。
「久しぶりだね」と1年以上も前に来たサポーターに話しかける。
握手する時、「手が冷たくてごめんなさい」と言うサポーターには「俺が温めるよ」と最後に。
「受験なんで応援メッセージを」というサポーターが差し出した色紙に「一緒に頑張ろう」と書く。
決して饒舌ではないが、まるで知り合いと語るかのように青山はサポーターと言葉をかわす。これが日常(5月17日撮影)
「僕にとってサポーターと触れ合うのは日常のこと」
かつて青山が語っていたその「日常」が、突然消えた。
2020年、新型コロナウイルス感染拡大。広島だけでなく全てのJクラブがファンサービスを禁止し、選手とサポーターとが触れ合うあたたかい機会がなくなった。
わざとスマホの画面にサインしようとする茶目っ気も(5月17日撮影)
あれから3年。広島は5月9日のトレーニングからファンサービスを再開。新型コロナが感染症第5類になったことを受けての施策だ。以来、火曜日・水曜日の一般公開練習には日々100人前後のサポーターが練習場に訪れる。広島市内から車で1時間以上かかる場所まで。
青山に「ケンカすんな」と言われたら、即座にやめてしまう(5月17日撮影)
「僕らの顔を間近で見てもらえて、写真を一緒に撮るだけでも、嬉しい」と6番は言う。
「こういうサポーターとの関係性が、自分の力の源なんです。サポーターと共に(広島を)盛り上げて、一緒に喜びたいと考えるのがプロ。歓喜も苦しさも共有したいからね」
青山敏弘が待ち望んでいた環境がようやく戻ってきた。だが「まだまだ、ですよ」と彼は言う。
サポーターに「また(サインを)もらいにおいで」と声をかける青山。この人はきっと、また来てくれる(5月17日撮影)
「今まで距離を取ってきたから、まだリズムがつかめないというか。サポーター側も、どこまで踏み込んでいいのか、わからないんだと思う。もう少し、図々しく来てくれてもいいんだけどね」
手探りの中、再開したファンサービス。本来の姿まで、あと少しだ。
青山敏弘(あおやま・としひろ)
1986年2月22日生まれ。岡山県出身。2005年の左膝前十字靱帯断裂を皮切りに、度重なる大ケガに悩まされた。だが、復帰する度に成長を見せ付け、2014年のワールドカップ出場、2015年のJリーグMVPという栄光をつかむ。加入から広島一筋で、クラブ史上初の在籍連続20年を果たしたバンディエラ。 トレーニング場に最後まで居残り、筋トレや治療も終えてからのファンサービスになるため、かなり遅い時間からのファンサービススタートになるが、サポーターはずっと彼を待ち続ける。青山の対応の素晴らしさを、誰もが知っているからだ。
【中野和也の「熱闘サンフレッチェ日誌」】