自身に返されたボールを受け取り、「ありがとうございます」とお礼を言ったジュニア選手は、一瞬「おや?」と疑問符を浮かべた後に返球の主を二度見すると、驚きと喜びのあまり、その場に立ち尽くした。
仲間のその様子を見た選手たちが、何事かとコートサイドに視線を向けると、「うそ!」「ヤバイヤバイ!」と悲鳴に似た声をあげる。
沖縄県で開催された、伊達公子さん主催のジュニア選手育成合宿。その中日に、あの錦織圭がふらりと姿を現したのだ。
もちろん、選手たちに事前通達はない。まさに、サプライズでの登場である。
錦織(グレーのTシャツ)がキャップを取った途端、選手間から上がる黄色い声
この沖縄合宿は、元世界4位の伊達さんが選出した14歳以下の選手を、2年間かけて育成するプロジェクトの一環。今回の合宿参加者は、8名いる第2期生のうち7選手だ。
その合宿に錦織が臨時コーチとして参加するのは、本人の希望だったという。
「ちょうどリハビリをしていて時間があるなかで、少しでも自分のできることを」
そんな思いが源泉にあった。
実際にラケットを手にコートに立つ錦織は、限られた時間で少しでも多くを伝えるべく、自ら選手に声を掛け、伊達さんに意見や提案を述べていった。
錦織コーチが、最初に選手に伝授したのは、ずばり“リターン”。本人曰く、「自分が得意なので、教えられるところがあるかな」と思ったためのチョイスだった。
(もっともその後、伊達さんから「世界一リターンの上手い錦織くん」と紹介され、「やめてください!」と照れまくるのだが……)
まずはデモンストレーションを披露し、その後、個別に選手のリターンを見ては、細かく助言を与えていく。
今年1月の全豪オープンJr.にも出場した木下晴結にアドバイスを与える錦織。まずは良いところを伝え、次に修正点を伝える話術も巧み
錦織の「テイクバックをコンパクトに」のアドバイスに、選手からは「パワー不足になりませんか?」との質問が飛ぶが、世界屈指のリターン名手は悠然と言う。
「ならないんだな~これが」
小さなスイングでもパワーを生む秘訣は、「前に入りながら打つこと」。
そのようなロジックも伝えていくので、選手も納得の様子だ。
加えるなら、助言が独りよがりにはならぬよう、伊達さんに相談し、意見をすり合わせることも忘れない。
選手のリターンを見ながら、伊達さんと話し、方向性を定めていく錦織。話しながらもボールの動向は常に目で追う!
それにしても“錦織コーチ”の、選手の長所短所を見極める眼力、そして助言の的確さには驚かされる。
これには伊達さんも、「以前に比べると、言葉の表現がすごく広がっている」と変化を感じたと言った。
対戦相手の特性を見抜き、瞬時に戦術立案するのは、錦織の強さの精髄。その武器は、思考を言語化する力を得たことで、一層磨きが掛かるはずだ。
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