「主役に決まったときには自分でも信じられませんでしたが、今、徐々に実感してきています。今回の主人公のように強い女性、道を切り開く人はたくさんの苦労や努力をして闘う人なので、強さも弱さも含め、人間らしく表現できたらいいなと思います」
2月22日の会見でそう語ったのは、来春から放送されるNHK連続テレビ小説『虎に翼』の主役に抜擢された伊藤沙莉(28)だ。
「伊藤さんは日本初の女性弁護士・三淵嘉子さんをモデルにした役を演じます。NHKはオーディションを開催せず、テレビや映画で大活躍中の伊藤さんを一本釣りしたんです」(制作関係者)
伊藤が朝ドラに出演するのは『ひよっこ』(’17年)以来2度目。実はそれまで彼女はNHKに苦手意識があったという。5年前のインタビューでこう語っている。
《9歳からこのお仕事をやらせていただいて、オーディションもたくさん受けましたけど、NHKだけは一度も受かったことがなかったんです。お調子者とかいじめっ子を演じることが多かったからNHKには合わないのかなって、自分で勝手に決めつけていました》(「朝日新聞デジタル」’18年10月15日付)
そんな“冬の時代”を乗り越え、デビュー20年にして朝ドラヒロインに選ばれた伊藤。激動の時代を生き抜く女性を演じる彼女本人も、朝ドラのような壮絶な半生を送っていたーー。
’21年6月に刊行された彼女の著書『【さり】ではなく【さいり】です。』(KADOKAWA)にはこんな衝撃的な一節がある。
《伊藤家に、ちょっくら色々ありまして ホームレス家族誕生の時もそう。》
同月に放送された『人生最高レストラン』(TBS系)に出演した伊藤は、“ホームレス家族”だった幼少期について、こう語っている。
「いろいろあった家庭で、おウチが一時なかったんです。お父さんが若干やらかしまして、飛んだんですね。で、家に住んでいられなくなっちゃった。お金もないし」
■「家族で住めるのが本当にうれしかった」
伊藤家の知人は言う。
「沙莉さんは3きょうだいの末っ子で、もともと彼女の父親は道路関係の会社を経営していて、多くの外国人を雇っていました。母親は塗装の職人で、現場には自前の軽トラで向かっていたそうです。
ですが、彼女が2歳のときにバブル崩壊の煽りを受けて父親の会社は倒産。両親は離婚し、父親は蒸発して一家離散となってしまったんです」
その当時のエピソードは、伊藤の兄で芸人のオズワルド・伊藤俊介(33)も’21年9月2日に配信されたYouTubeチャンネル「納言幸のやさぐれ酒場」でこう語っていた。
「俊介さんによれば、自宅がなくなったことで沙莉さんは母親の姉が3カ月ほど引き取ることになり、俊介さんともう一人の妹は、彼の友人宅へ居候。母親はしばらく軽トラで生活せざるをえなくなったそうです。『沙莉が体弱くて入院したのもあって、なかなか家族がそろうことはなかった』と話していました。その後、伯母夫妻の家に家族4人で身を寄せるも、伯母の離婚で、伯母含め5人でアパートに移り住んだとか。
家に帰って電気をつけると大量のゴキブリが出るような部屋で『俺と沙莉は、そのトラウマでいまだに虫がダメ』と嘆いていました」(前出・伊藤家の知人)
伊藤は前出の『人生最高レストラン』でこう語っている。
「かなりボロボロのアパートだったんですよ。でも、何より家族で住めるのが本当にうれしかったんです。布団3枚で家族5人で寝る感じでした」
別のインタビューで、彼女はこうも語っている。
《ゴキブリが出るような家に住んでいたことがあって、団地に引っ越した時、私は“お城だ”と言ったんです。お母さんからは“どんなにいい家に住むようになっても、ここが豪邸に見えた気持ちだけは忘れないで”と言われて育ちました》(『日刊スポーツ』’20年11月15日付)
■沙莉をキッズダンス教室に通わせるため、母は牛乳配達のアルバイト
本誌は、伊藤が当時住んでいた団地を訪れてみた。建物は築50年はたっていそうなほど古びていて、人通りはほとんどなかった。隣の林には木々が生い茂り、全体的に閑散とした印象だ。
「この住宅は原則、世帯月収16万円以下が入居の条件です。家賃は3万~4万円ほどですね」(地元の不動産関係者)
前出の知人は言う。
「母親と伯母は牛乳配達のアルバイトもしながら、沙莉さんが3歳のときからキッズダンスの教室に通わせていました。彼女に表現の才能があると気づいていたのでしょう。そんな家族の支えもあって沙莉さんは9歳でオーディションに合格しデビュー。女優として、もがき苦しみながらも徐々に頭角を現していったのです。俊介さんもお笑いの才能で一家を支えると宣言。’14年にオズワルドを結成しました」
社会人となった2人は家を出て、家計を支えた。女優として、お笑い芸人として今では引っ張りだこの2人だが、その快進撃の裏では悲しい別れも訪れていた。
《生い立ち的に父との思い出はそんなに多くはない。父は常に『逃走中』だったからだ。特番みたいな楽しいもんじゃない。シンプルにガチなハンターから逃げていた。そんな父が3年前、他界した》(著書『【さり】ではなく【さいり】です。』より)
行方をくらましがちな父親と頻繁に連絡を取っていたという伊藤。そのため父親は“家族そろっての最期”を迎えられたという。
兄・俊介も’20年4月、noteでこう明かしていた。
《再会の場は千葉大付属病院。喉頭ガンだった。老犬のように痩せ、こちら側が本気を出さないと何を言ってるか聞き取れない声だった。(中略)最後の最後に家族で揃えたこと、妹には頭が上がらない》
朝ドラに負けず劣らずドラマチックな伊藤の半生。「たくさんの苦労や努力をして」闘ってきた彼女がどんなヒロインを演じるか、期待が膨らむばかりだーー。