「私の部屋に(現れて)……、『お兄ちゃん、何しているの?』と言ったら、ファーと私の部屋から消えたんですよ」
兄・坂田藤十郎さん(享年88)との別れについてそう語ったのは中村玉緒(81)。
テレビ局関係者は次のように語る。
「3月に出演した『徹子の部屋』(テレビ朝日系)で、初めて実兄の逝去について胸中を明かしたのです。玉緒さんによれば亡くなった日に、藤十郎さんの霊魂が会いに来てくれたそうです」
坂田藤十郎さんが亡くなったのは昨年11月12日のこと。だが玉緒にとって“肉親の悲劇”はそれだけではなかった。その数日後に長女・Aさん(58)が体調不良のために玉緒の個人事務所の代表取締役を辞任したのだ。
玉緒の古くからの知人によれば、
「玉緒さんが個人事務所を設立したのは'00年。強烈な天然キャラクターにより、バラエティ番組の人気者になった後のことです。長女・Aさんは10年以上も社長を務め、玉緒さんを公私ともに支えてきました。しかし病気のために歩行も困難になり、社長を退任せざるをえなくなったのです。
そのため代表取締役には81歳の玉緒さんが就任しました。役員は玉緒さん、Aさん、そして長男の鴈龍さんという家族経営の会社でしたが、鴈龍さんも2年前に亡くなっています。振り返ってみると、玉緒さんの半生は“家族の不幸やトラブル”に翻弄され続けていますね……」
■玉緒の波瀾万丈な家族…勝新の借金、長男が孤独死
梨園の名門の出身で、お嬢さま女優として人気を博していた玉緒が、勝新太郎さん(享年65)と結婚したのは'62年。2人の間にはAさんと鴈龍さんが生まれている。
前出の知人が語るように、勝さんとの結婚生活は波瀾万丈だった。玉緒自身はインタビューで、次のように語っている。
《ときどき、「なんで離婚しなかったんですか?」と聞かれます。倒産、莫大な借金、大麻事件、そのほかにもあまりにも大きな出来事が次から次へと起きるので、その日その日、目の前のことを解決するだけで精いっぱい。離婚する暇がなかったんです。本当に、どういうはずみで離婚したらいいのかわからない感じでした》(『婦人公論』'14年6月22日号)
'97年に勝さんが、下咽頭がんで逝去した後は、14億円という借金が残されたが、バラエティ番組出演や、プロデュースした着物の販売などで完済したという。
「玉緒さんの家族への愛情深さはよく知られています。亡くなった勝さんについては“生まれ変わってもあの人といっしょになりたい”と言っています。また'82年に長女と長男が大麻の密売で逮捕された際にも『罪は憎くても子供たちのことは憎めない』と語っていたそうです」(芸能関係者)
■事務所社長の長女が体調崩し、車いす生活に…
しかし前述のようにインタビューで“大きな出来事が次々に起きた夫との半生”について振り返ったその後も、安息の日々は訪れなかったのだ。
前出の知人はこう語る。
「玉緒さんにとって息子・鴈龍さんを一人前の俳優にすることは長年の悲願でした。バラエティ番組で共演したり、自分の出演する舞台のプロデューサーに頼み込んで、鴈龍さんにも役をもらってあげたりしていたのです。しかし80歳という年齢も近づくなかで玉緒さんも苦渋の決断を下さざるをえませんでした。『私が面倒を見ている限り、あの子が立ち直ることはない』と考え、経済的援助を打ち切ったのは'17年ごろと聞いています。
しかし、その2年後の'19年に鴈龍さんが急性心不全で亡くなってしまいました。当時、鴈龍さんは名古屋で一人暮らしをしており、連絡が取れないことを不審に思った友人が部屋を訪れ、亡きがらを発見したそうです。溺愛していた息子に先立たれてしまったことは、玉緒さんにとっては、勝さんと死別したとき以上の打撃でした。そんな傷心の日々を送る玉緒さんを近くで支えていたのが、母一人子一人になったAさんだったのですが……」
玉緒とAさんは、東京都心のタワーマンションのなかの別々の部屋で暮らしている。
'19年に本誌は、鴈龍さんとの絶縁問題について玉緒に取材を試みた。その際に事務所社長として、そして娘として、Aさんが玉緒に代わって毅然として記者に対応する姿も印象的だった。
「お父さんに似たのでしょうね。Aさんは勝さんのように豪放磊落で、ふくよかです。かつては女優として活動しており、勝さんの主演ドラマなどにも出演していましたが、ある時期から母・玉緒さんの付き人や個人事務所の社長として裏方に徹するようになりました。玉緒さんと同じように、かなり話し好きなので、明石家さんまさんが“あの2人(玉緒とAさん)の前では俺も黙る”と言っていたというエピソードもあるほどです」(前出・芸能関係者)
しかし、そのAさんの体調が悪化したのは昨年秋ごろのことだったという。前出の知人が続ける。
「車いす生活となり、事務所の社長は退任することになりました。Aさんは独身で子供もいません。81歳の玉緒さんが、逆に娘さんの“介護”をしなければならなくなってしまったのです」
今年5月、本誌はAさんが自宅マンションから外出する姿を目撃した。この日はエントランスからタクシーに乗り込むだけだったためか、車いすは使用していなかったが、足をひきずるようにしてゆっくりゆっくりと進む姿は、かなりつらそうだった。靴を履くこともままならないのか、サンダルを履いていた……。
玉緒の個人事務所に問い合わせたところ、担当者は次のように答えた。
「Aさんが昨年秋に社長を退任したのは事実です。健康問題やコロナ禍の影響もありました。歩行が大変? そうですね……、しかし具体的な病名は申し上げられません」
現代の日本では、ひきこもりのために働かない50代の子供を80代前後の親が養う、「8050問題」が深刻化している。
ひきこもりではなかったにせよ、長男・鴈龍さんが働こうとしていなかったため、かつて同じような問題に直面していた玉緒。その長男の逝去から2年、再び子供をサポートする事態が生じた。
現在Aさんの自宅マンションのローンもまだ残っており、玉緒も仕事を辞められる状況にはないようだ。長女に代わり、個人事務所の社長に就任しただけではなく、新しい仕事にも挑戦している。
「この数年は映画やドラマへの出演はありませんが、今年3月にはYouTubeチャンネル『中村玉緒の今日のことは今日で忘れる』を開設しました。5月10日時点で8本の動画を配信しています。81歳という年齢を考えれば、かなりハイペースと言えるのではないでしょうか」(前出・芸能関係者)
中村玉緒が“家族の悩み”から解放される日はいつくるのだろうか――。
「女性自身」2021年5月25日号 掲載