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ある動画がいま、フィギュアスケートの関係者やファンの間で話題になっている。細身の少年が、4回転アクセル(4回転半ジャンプ、以下4A)に挑んでいる動画だ。
「アメリカのイリア・マリニン選手(17)です。練習中の動画がインターネット上にアップされたのですが、4Aを跳んで、転倒もせずに着氷。バランスを崩していて完璧ではないものの、大きな反響を呼んでいます。『高さもあるし、回転も速い』『最も完成に近い』などといった感嘆の声が、世界中から上がっているのです」(スポーツライター)
4回転アクセルといえば、どのスケーターも完成させていない前人未到のジャンプであり、その成功は羽生結弦(27)の悲願。2月に行われた北京五輪での羽生の挑戦も記憶に新しい。
「羽生選手が五輪で挑んだ4Aは転倒し、“4Aのアンダーローテーション(回転不足)”と判定されました。これは“国際スケート連盟(ISU)公認の大会で初めて4Aが跳ばれた”という記録をつくった一つの快挙ではありましたが、一方で2分の1の回転不足であって、完璧な4Aではない。
羽生選手以外にも、アメリカの選手が今年、国内試合で回転不足の4Aを着氷していますし、ほかの国にも挑戦を公言している選手がいます。“世界で初めてのクリーン(回転不足がなく完璧)な4Aを成功させたい”と、複数の選手がしのぎを削っている状況です」(スポーツ紙記者)
■「羽生の“先の次元”にいる4A」
それでは今回、注目されているイリア・マリニンの4Aの完成度はどの程度のものなのか。フィギュアスケート評論家の佐野稔さんに聞いた。
「すごくいいです。羽生選手の五輪での4Aの“先の次元”にいると言っていいでしょう。まず回転の度合いですが、限りなくクリーンに近いです。試合で同じように跳べば、クリーンな4Aだと認定される可能性が高い、と思いました。
そして最後の着氷のところは、“おっとっと”とバランスを崩しているように見えますが、これはまだ右足のみの着氷に慣れていないだけだと思います。完成するのは時間の問題でしょう。
次のシーズンでプログラムに入れてくる可能性も高いと思います。これは、世界初の4A完成の認定を、マリニン選手に抜かれる可能性が出てきましたね」
突如現れ、“羽生超え”に挑む驚異の17歳・マリニンとは、いったいどんな選手なのか。
「両親ともにウズベキスタン代表として五輪に2度出場したフィギュア選手でした。そのため、幼いころからスケートに親しんできたようです。最初に滑ったのは2?3歳のころだといいます。
まだ高校生なので学業と競技を両立する生活のようですが、両親の指導のもと、才能を開花させ、今年は世界ジュニア選手権のチャンピオンになりました。3月のシニアの世界選手権にも初出場し、最終順位こそ9位でしたが、ショートプログラムが終わった段階では4位。シニアでもメダルを狙える実力を披露しています」(前出・スポーツライター)
佐野さんも、マリニンの才能に注目しているという。
「北京五輪の代表にこそなれませんでしたが、今年1月の全米選手権ではネイサン・チェン選手(23、北京五輪金メダリスト)に次いで2位になったほどです。
まだ少年らしい体形ですが、あの体形であそこまでできるのは、すごいと思います。まだこれから体に筋肉がついてくる段階です。両親のほか、ネイサン選手を指導するコーチにも師事しています」
実力だけでなく、その美少年ぶりでもファンの目を引いている。
「童顔で頬に赤みが差した少年らしいビジュアルに、日本のフィギュアファンの間でも『マリニンくん、かわいい!』と騒がれ始めていますよ」(フィギュア関係者)
マリニンは今夏、アイスショー「THE ICE」出演のため、初来日の予定。さらに日本のファンが増えそうだ。
■羽生も世界から注目を浴びたのは17歳
そんなマリニンが尊敬している選手として挙げているのが、同門のネイサン・チェン。そして、もう一人がやはり、羽生結弦だ。
数年前の大会に羽生の平昌五輪フリー『SEIMEI』とそっくりの衣装で出場する幼いマリニンの姿も、ネット上の動画で確認できた。
「4Aは“羽生選手やほかの選手が跳んでいるのを研究している”と本人がインタビューで話しています」(前出・スポーツライター)
こうした新星の出現に、いま羽生は何を思うのか――。
五輪直後の羽生は、「僕なりの4回転半はできていた」と語る一方で、「4回転半を(完璧に)降りたいなという気持ちはある」と、今後も4Aへの挑戦を続けるのかどうか、決めかねている様子だった。
佐野さんは、こう推測する。
「羽生選手も、当然、マリニン選手の4Aの動画を見ていると思いますね。ただ、今後どうするつもりなのかが不明ですから、動画を見て焦るのかどうかもわからないのが正直なところです」
一方で佐野さんはこうも話す。
「ただ一つ言えるのは、これまで最先端にいたのは羽生結弦です。彼が切り開いてきた道に続く一人が、マリニンでしょう。
昔の羽生選手がそうしてきたように、先駆者がつくった偉大な功績は、いずれ誰かが乗り越えないといけない。先輩を超えていくのは、スポーツマンの使命なんです」
振り返れば、羽生が世界で頭角を現し始めたのも、ちょうどいまのマリニンと同じ17歳のころ。
「17歳で世界選手権に初出場した羽生選手は、フリーで転んだもののそこから立て直し、日本男子最年少メダリスト(3位)になったのです。開催地の地名から“ニースの伝説”と語り継がれています」(前出・フィギュア関係者)
同じく17歳で世界に大きなインパクトを与えつつある新星に羽生は道を譲るのか、それとも――。佐野さんは期待を込めて言う。
「これからのフィギュアスケート界に面白い風が吹くのは間違いなさそうですね」