「大事なものをどんどん失ってしまう。何か、すがるものを探しているというか、生きるためのたくましさがあったのでは……」
4月11日、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で八重役を演じる新垣結衣(33)はスポーツ紙各紙のインタビューで、八重の心境をそう推察していた。17日の放送回では、小栗旬(39)演じる主役・北条義時と八重が晴れて夫婦に。さらに2人の間に、義時の次の第3代執権となる泰時が誕生するシーンが描かれた。
大河のロケが行われている伊豆の国市には八重ゆかりの眞珠院がある。まさに“ガッキー効果”で参拝者が急増しているという。
「コロナ禍で中止が続いていた年に1度の『八重姫まつり』ですが、今年は4月10日に4年ぶりに開催できました。非常に多くの方々がお参りに来ていただきました」
そう喜ぶのは稲井弘純住職だ。
「大河が始まってからは、もうすごい反響です。以前とは比べものにならないほど、御朱印なども求める方が多くなり、土日は駐車場が満車で駐車待ちの状態です」
だが実は、八重は悲劇的な末路をたどる伝承が残っていた――。
「頼朝が伊豆に流され、伊東祐親の娘・八重姫と知り合い、やがて息子・千鶴丸をもうけます。平家との関係悪化を恐れた祐親は幼児を殺害し、八重姫を自分の館に幽閉してしまいます」(稲井住職)
『鎌倉殿』でも大泉洋(49)扮する源頼朝との子が殺されるなどの悲劇は描かれていたのだが……。
「八重は1180年7月16日、館を抜け出し頼朝に会いに行きますが、すでに北条政子と結ばれていたのです。ショックのあまり八重は館に帰る途中、『私自身の身を犠牲にして、今後こんな悲しい女性が現れないように守護神になりましょう』と言って、この眞珠院近くの真珠ヶ淵に身を投げたんです。これは、資料などに残っているわけではなく口伝され、眞珠院にずっと伝わっているものです」
史実としての八重の生涯について、東京大学史料編纂所の本郷和人教授はこう語る。
「八重については歴史上の資料はほとんどありません。伊東祐親の娘で頼朝との間に1児をもうける。そして祐親に2人の仲を裂かれ子供を殺された。史実として確かなのはここまでです」
■専門家は「義時と八重の結婚は歴史学的には完全にフィクション」と断言
大河では、八重がその後、義時と夫婦になり泰時を出産しているが、本郷教授は「歴史学的には完全にフィクション」と断言する。
「史実では、義時との間に泰時を産んだのは阿波局という側室です。この阿波局が八重と同一人物という可能性はゼロですね。阿波局は、頼朝の御所で働いていました。ですから主人は頼朝の妻・政子になります。あれだけ激しい政子が、夫の元妻を同じ空間に置くとは考えられません」
大河では八重が御所に行き、一時期、政子(小池栄子)のもとで働くシーンが描かれていた。これは脚本を務める三谷幸喜(60)オリジナルの八重ということになる。NHK関係者はこう語る。
「歴史好きの三谷さんは原則として史実を忠実に再現することを心掛けています。そのうえでドラマを面白くするために登場人物をどう膨らませるかを常に考えています。従来、悲劇の女性として描かれてきた八重に関心を持った三谷さんは『新垣さんに演じてほしい』と熱心にオファーしたといいます」
大泉と新垣の過去の共演作が起用のきっかけの一つだったという。
「’14年公開の新垣さん主演映画『トワイライト ささらさや』で彼女は大泉洋さんの妻、そして自身初となる母親役を演じました。この映画のポスターを、三谷さんの監督作『ラヂオの時間』や『みんなのいえ』を手掛けたイラストレーターが描いており、三谷さんもこの映画を見ていたといいます。『鎌倉殿』でも頼朝と八重との間に子供が生まれることから、新垣さんに白羽の矢が立ったそうです。意外なことに三谷さんは新垣さんと仕事をするのが今回が初めて。撮影に入る前に15分会っただけでした」(前出・NHK関係者)
制作関係者もこう語る。
「かねて新垣さんの演技を高く評価していた三谷さんは今作で『逃げ恥』の、みくり役のイメージを塗り替えたいと強く思っていたそうです。八重は意志が強く、自分の思いに忠実に行動できる女性。実際に会った新垣さん本人と重なる部分が多々あり、新たな八重像が広がったと聞いています」
■三谷は《新垣さんは稀有な女優さんだと思う》と絶賛
三谷は今年初め、『朝日新聞』の連載エッセイでこうつづっていた。
《僕は当て書きの脚本家。俳優さんありきで、その人にどんな役を演じてもらったら面白いか、どんなセリフを喋ってもらったら楽しいか。そこから物語を作っていく》
《新垣さんは稀有な女優さんだと思う。(略)ほんの小さな眉の動き、固く結んだ唇が少しだけ緩む瞬間。そういった細かい表情で気持ちを表現する。これってとんでもなく難易度が高いこと》
《きっと信じられないほど台本を読み込み、役を自分に落とし込んでいるのだろう》(「三谷幸喜のありふれた生活」’22年1月27日付)
前出のNHK関係者が続ける。
「三谷さんはもちろん八重が身投げしたという伝承をご存じでした。とはいえ、八重が江間次郎という男性に嫁いだという別な説もあり、江間の領地が伊豆の北条館の目と鼻の先だったことから、義時と結婚するという今回のシナリオが誕生したといいます。
三谷さんは新垣さんを2人の英雄と結婚する美女“クレオパトラ”と評し、撮影後も『自分が思い描いていた以上の八重さんでした』とベタ褒め。難役にプレッシャーを感じていたという新垣さんは『全部報われました』と安堵していました」
前出の稲井住職も“三谷版”八重についてこう語る。
「三谷さんはいろいろな伝承をつなぎ合わせて義時が結婚した女性が八重姫だったということにしているんでしょう。それはそれで、物語的には楽しいですけどね(笑)」
史実を超越した、義時と八重の新たなラブストーリーには三谷の“ガッキー愛”が詰まっていた。