正面中央にある数十台ものテレビモニターがまず目に入る、広大なフジテレビの報道センター。昼夜問わずアナウンサーが常駐し、ニュース原稿を片手に持ったスタッフが忙しなく行き交う。
スーツ姿の榎並大二郎アナウンサー(36)が入ってきたのは、午後2時過ぎのこと。メインMCを担当する夕方のニュース番組『Live News イット!』のスタジオ近くに設置されたデスクに座り、青ペンで原稿にメモを書き込む。
そうするあいだにも、アクリル板越しに「今日のコーナーは、CGを使って紙芝居風にしますので、よろしくお願いします」など、段取りの報告が入る。
生放送前の緊張感が漂うなか、榎並アナはおもむろに白い紙袋から菓子パンを取り出し、大きく口を開けて食べはじめた。
「3時間15分の生放送ですからね。これを逃すと夜の10時ごろまで食べられないんです。直前にカツ丼とかも食べるので、みんなにギョッとされることもあります」
ひょうひょうと笑顔で語る。
本番15分前、ともにメインMCを務める加藤綾子さんが別の打ち合わせを終えて隣席につくと、榎並アナは「昨日、夢を見たようなんだけど、妻が言うには『優しい世界だ』と寝言を言っていたみたい」など、本番前のアイドリングトークを楽しむ。
スタジオに移動するのは、本番5分前。テレビ画面で見るおなじみのセットの所定の位置で、眉間のシワをクリクリと指でほぐしながら、原稿を見やる。
「15秒前です……10秒……5、4、3、2」
スタッフの秒読みが始まると、現場の空気も変わる。カメラの向こうにいる視聴者と向き合う。
「みなさん、こんにちは」
フジテレビの“夕方の顔”である榎並アナは、画面から感じられる印象そのまま、明るくさわやか。
最近、イクメンパパとして注目されているのは、昨年9月、2週間の育休を取得し、その奮闘ぶりをSNSにアップしたことが話題になっているからだ。
「正直、びっくりするくらいの反響があって、写真をアップするたびにネットニュースで取り上げられました。3万人くらいだったフォロワーも、4万人以上に。それだけ男性の育休利用はめずらしいのかもしれませんね」
報道番組では冷静沈着にニュースを伝える榎並アナだが、育児の現場ではオロオロしたり、固まってしまったりの連続だった。
ところがーー。
生放送後の反省会を終え、一目散に帰途につき、エレベーターを降りた瞬間からネクタイをはずしはじめる。「ただいま~」と玄関に入って手を洗い、シャツを脱ぎながら、急いで赤ちゃんのもとへ。
「息子をお風呂に入れるのがボクの役目なのですが、帰宅する時間は眠たくて限界で、急がないといけないんです。脱ぎながら移動して、息子を抱くときは半裸に近い状態です(笑)」
高校、大学時代、遠泳部に所属し、猪突猛進に泳ぐ姿から、ついたあだ名は“褐色の弾丸”。その名のとおり“真っすぐ走りながらの育児”で、赤ちゃん中心の生活にくらいついているのだ。
■初めてだらけの育児「楽しみながら取り組んでくれる夫の姿に愛情が深まりました」
9月20日からいよいよ育休生活をスタートさせた榎並アナ。
「育休前の出社日、次の予定を書き込む職場のホワイトボードに『10月4日出社』と書いたときは“こんなに休むんだな”と、複雑な気持ちになりました」
だが、育児を始めると、そんな感慨も吹き飛んでしまうくらいに時間に追われた。
「初日から休まる時間がありませんでした。赤ちゃんが寝ているときに、一緒に寝て休めるんじゃないかと油断していましたが、人間、そんなにタイミングよく寝られないし、何より心配で目が離せませんでした。赤ちゃんが寝ている間、ちゃんと息をしているのか確認したくて、胸の動きをチェックし続けていました」
妻でモデル・美容研究家の有村実樹さん(35)は赤ちゃんを母乳で育てていた。そんな妻には深夜には休んでもらいたくて、ミルクを使うこともあったがーー。
「寝ぼけているので、何杯、粉ミルクを入れたのか忘れるんです。お湯を温めすぎると、人肌まで冷まさなければなりませんが、慎重に、何度もミルクを手に垂らして温度を確かめているうちに、中身が減ってしまうこともありました」
赤ちゃんがしゃっくりをしていれば、心配でネット検索。
「『大丈夫』とあっても、うちの息子のしゃっくりは、その『大丈夫なしゃっくり』なのか、気になる。以前、息子が自分の下腹部を、ありえないくらい無心でたたいていたときは、心配で『乳児・腹たたき・自ら』と、すぐさまスマホで検索しました(笑)」
細心の注意を払い、食器用洗剤やボディソープも、すべて「赤ちゃん用」を準備した。
「ところが台所のシンクで沐浴をしているとき、ボディソープのつもりが、食器用洗剤を使ってしまって『うわー、洗っちゃったよ!』って大騒ぎに。息子は敏感肌なので、保湿にもすごく気を使っていたのに……」
そうこうしているうちに、洗濯物を取り込む時間が迫ってくるし、洗い物もたまっている。常に“○○しなきゃいけない”状態だ。
榎並アナの奮闘ぶりに、一抹の不安を抱えていた実樹さんだが、
「夫は体温が高くて、息子を抱っこしているとお互い汗だくになって、息子が眠りにつけないことがありました。でも、夫なりに考え、腕にガーゼのおくるみを巻きつけて体温が伝わらないようにすると、一人で寝かせることができたんですね。すごいね、やったね! と、こちらもうれしくなりました。それからですね、夫に安心して任せられるようになったのは。
育休は、お父さんが、お母さん並みに家と子供を理解するために必要な時間だと思いました。それを面倒がらず、大変だと嘆くことなく、楽しみながら取り組んでくれる姿に、今まで以上に信頼と愛情と絆が深まりました」
『恥ずかしながら1人暮らしの経験がない』と語っていた榎並アナだが、家事の過酷さを短期集中で学び、今ではゴミ捨ての際は新しいゴミ袋のセット、乾いた食器を棚にしまうことなど、自然とこなせる。榎並アナにここまでのことができたのは、小さな命と正面から向き合ってきたからだろう。
だからこそ、妻の出産を控えた21年8月、千葉県柏市で、新型コロナに感染した妊婦が複数の病院に受け入れ拒否をされ、自宅出産した赤ちゃんが死亡したニュースを伝えた際、わがことに重ね合わせ、感情を抑えられなくなったのではないだろうか。
「あらかじめ決められた原稿を読むのであれば、しっかりお伝えできたはずですが、フリートークに近いやりとりだったので、自分の言葉を紡がなければならず、思いがあふれ出て、生放送なのに涙が止まらなくなってしまったんです。
あんなふうになる自分が想像つきませんでした。けっきょく、番組終了まで涙声でお伝えするという放送事故を起こしてしまい、不体裁としか言いようがありません」
局に批判する声は届かなかったというが、榎並アナは反省しきり。だが、一連の経験は仕事にも生かされる。
「育休中、夕方のレギュラー番組を見ていましたが、自分がいなくても番組が回っていることに、さみしい感情もありました。職場復帰したときも、育休中は妻としか話していなかったため、同僚たちの会話のテンポについていけない戸惑いもありました。
こうした不安や戸惑いは、出産を経験した働く女性の多くが抱くもの。その気持ちを、少しでも理解できるようになったように感じます」
働く男性の目線だけでなく、出産で仕事を中断した女性の目線などでも物事を捉えられることは、幅広くニュースを伝えるキャスターとして、今後の大事な糧となるはずだーー。