胸のふくらみを失う。抗がん剤治療で抜ける髪。「女性らしさ」なんてこれまで考えたことはなかったが、少しずつ失われていくような感覚になる。
乳がんになるとあきらめなければならないことが、正直増える。
「かつらをかぶるとか、自分を隠すとかさ」
今年で43歳になる佐藤恵理さんの気持ちが痛いほどよくわかる。記者であった私自身も同じ「乳がんサバイバー」だからだ。
治療中に病院で出会った彼女はいつしかこんな夢を語るようになった。
「がんサバイバーさんでファッションショーができたらいいな」
佐藤さんは2人の男の子を育てるシングルマザー。しかも長男にはADHD(注意欠如・多動性障害)という発達障害があるという。
日々を乗り切るだけでも大変な彼女。なぜ「ファッションショーをやりたい」と思ったのか。
これは記者として、そして乳がんと向き合う仲間として、彼女を見つめ続けてきた3年の記録だ。
乳がんだけじゃない、厳しすぎる現実
佐藤さんとの出会いは今から3年前、2019年7月だった。同じ時期に札幌市内のクリニックで両側乳がんで入院・手術。ともに「合宿生活」を送った“がん友”だ。
彼女は抗がん剤治療が必要なタイプの乳がんで、手術前にすでに治療を始めていた。
談話室で数人で話していたのだが、はじめはこちらに見向きもせず、ちょっととっつきにくい感じだった。
ただ、話しだしたら止まらなかった。住んでいるのは病院まで4時間半もかかる、釧路市。手当はあるものの、いつまでも休職してはいられないこと。自傷行為をする可能性がある長男を自身の母親にでも長く預けてはおけないこと・・・。
私は自分も当事者になる前から乳がんの取材をしてきたが、彼女ほど厳しい環境にさらされている人はそう多くない。
深夜に送られてきた「SOS」
ある日の深夜、佐藤さんから急にLINEが来た。
「涙がとまらん・・こわい。もう身の危険を感じるレベル。長男が暴れて止められない状況になってしまって(汗)」
乳がん発覚から半年の間、治療もあることから長男を母親に預けていた。
当時小6。ADHDのある長男は、実家と自宅を行き来するうちに気持ちのコントロールが利かなくなっていた。
頭を壁に打ち付けるなどの自傷行為や、興奮状態となり意識喪失を起こしたことがあった。大声を出して、警察が来たこともある。学校からは自傷行為をしないという確約ができなければ来ないでほしいと言われていた。
本人は好きでそんな状況になっているわけがない、そこには外的ストレスなど何か理由がある。本人も、親である彼女も傷ついていた。
長男の預け先という難題
乳がん手術での入院は3日~10日前後と短期間だ。その後の抗がん剤治療など通院の方が長い。恵理さんは3週間に一度、抗がん剤の点滴を受けるために札幌に通っていた。
本当は自分の体のことだけでも精いっぱいなのに、彼女には「長男の面倒をどうするか」という心配が頭から離れなかった。
長男は彼女ががんになったことによって気持ちが崩れてしまったらしい。実家に預かってもらっていて、緊張が続いたためか、家に戻ると一層、気持ちのコントロールがつかなくなる。
児童相談所に一時預かりを相談したことがあるが、あらかじめ面接をしたり、予約をいれておかなければならない。治療の日はわかっているが、副作用で体調が崩れるタイミングは読めない。さらに、先方の要望を全部応えたとして長男は預かってもらえても、次男は預かってもらえるわけではない。
それでも、時には母親、時には友人、時にはデイサービス。あらゆる手段を使って何とか長男の預け先を確保し、治療と向き合っていた。
次男の夢は「医者になること」
私は札幌で彼女が来るのを待っていた。
手術後の抗がん剤治療に通う恵理さん
医療の進歩で抗がん剤治療の際の吐き気などの副作用は軽減されてきている。でも体調の変化を感じながらの子育ては想像を超える。
お子さんの様子も知りたいと、釧路の自宅にもお邪魔させてもらった。
当時小学校3年だった次男は、佐藤さんが乳がんを患ってから、お手伝いをよくするようになったという。ただ眠たくて寝ていても「具合が悪いの?」と心配してくれる優しい子だ。夢は医者になることだという。
次男は「心配だよ、だっていつ倒れるかわかんないじゃん。いつステージが上がるかわかんないよ」と話す。
彼女は入院前に病状を伝えていた。その後もこまめに報告している。子どもでもがんを理解できている。
抗がん剤治療は感染症にかかったり、白血球などが低下すると中止せざるを得ない。リスクを減らすために、大勢が集まるところは避けなければならない。次男の学習発表会へ行くのはあきらめざるを得なかった。
次男は気丈でとてもやさしい。長男のことも理解しているのでどれだけのことを我慢しているのだろうと思う。彼女は時折、長男を預けて、次男とだけ向き合う時間を作り、甘えさせてあげることも大事にしている。そうでないと彼女も壊れてしまうのだろう。
高額なウィッグを買うのは難しくかなり頭が蒸すという
「死んだ方が楽かも」
母として、がんと向き合う一人の女性として、歯を食いしばってきた。
ただ、心が折れそうになったことは、一度や二度ではない。
「死んだ方が楽かもとも思った時代もあったし、(子供に向かって)一緒に死ぬかと言ったこともある。(長男が)殺してくれといってきたこともある。下の子も長男が暴れると吐いてしまったりと、(長男の)興奮を見て影響を受ける。ドラマか、って感じ」
夫と離婚したのは、下の子が小学校に上がるとき。月に一度は息子たちは面会する。自分にもしものことがあったときは面倒をみてくれ、と言っているがわからない。
「だからこそ」の夢
「がんになって、自分を隠す、とかしたくない。病も障害もひとつの個性。みんなで支え、支えられる世の中であってほしい」
つくづく、がんになるとあきらめなければならないことばかりだと思う。
だからこそなのかもしれない。彼女はある時期から、「夢」を追いかけ始めた。
「がんサバイバーさんでファッションショーができたらいいな」
乳がんになると乳房を始め、髪、皮膚のハリなど女性らしさを失って自信がなくなると訴える人が多い。
「少しでも明るい気持ちにもっていって、女性としての自信を取り戻してほしいなと」
手術から1年半が経過した2021年春、その夢に向かって歩き始めた。
クラウドファンディングも成功 仲間の支え
乳がんだけでなく、子宮がんを経験したメンバー、そして未病の友人たちもその輪に入った。
名前は「Link of smiles」。患者さんもそしてその周りの方にも笑顔になってほしいという願いが込められている。みんながありのままを受け入れて、気軽に不安や悩みを分かち合えるような居場所作りを目指すのだ。
イベントは乳がんの早期発見・治療などの啓発をするピンクリボン月間でもある10月。クラウドファンディングも行い、慣れない口座開設や補助金申請など仲間たちとその山を越えていった。
釧路市内の結婚式場が会場になった。会場を風船でいっぱいにし、参加者はプロのヘアメイクでドレスアップ、一瞬一瞬を大切に素敵な時間を過ごしてほしいと仕事の傍ら準備を進めていった。
新型コロナという新しい敵
しかし、新型コロナが冷や水を浴びせた。学校も休校になり、長男の気持ちのコントロールはより難しくなった。春に中学に上がって環境が変わると、より深刻な状態に陥ってしまった。
追い打ちをかけるように、北海道にも緊急事態宣言が発出された。移動に感染のリスクがあることから札幌に来ることができなくなり、抗がん剤治療も中断せざるを得なくなった。
「一回の抗がん剤治療をやめるとどれだけ生存率に影響するのか本当に不安になる。かといって札幌へ行くと釧路に戻って、もしもコロナにかかったら、子供たちがいじめの対象になるのではないかとも不安になる」
釧路から札幌の病院に通う恵理さん
ようやくかなった夢
それから半年が過ぎ、緊急事態宣言の明けた2021年10月。ようやく、ファッションショーを開催することができた。
イベント会場には中学1年になったADHDの長男の姿があった。受付や飾りつけなどイベントの手伝いを率先してやっていた。
居場所は学校だけではなく、声を上げれば理解してくれる仲間はいる―。そんなことを、長男に身をもって体験してもらえればと願っていた。
会場には、抜けた毛を補うウイッグやスカーフ、胸などの傷が気になり、温泉をあきらめる人を支える入浴着などのブースが並ぶ。
大きな階段からきれいなドレスを着てこれ以上ない、にこやかな表情の参加者たちが登場し、会場は拍手に包まれた。
釧路で行われたイベント 参加者からは涙もこぼれた
乳がんになって感じてきた生きづらさ。日常生活の中にある、無意識の偏見、見えない壁。病気の人も病気じゃない人もどんな個性を持っている人もみんなが思いのままに生きていけたら。少しでも自信を持ち、明るい気持ちになって、一緒に乗り越えていけるように。
恵理さんは釧路の空に上がる風船にその願いを込めた。
イベント終了後 恵理さんを仲間たちがねぎらう
みんな、「ひとりじゃない」
2022年春。中学3年になった長男は一般教室と特別支援学級を行き来できるようになった。周りの理解も経て、精神的にも落ち着きを取り戻した。小6になった次男は全道大会に出場するなど卓球に打ち込んでいる。
兄弟で支えあって生きていくすべを身に着けてもらいたい。そのためにはまず日々を律することだと、「整理整頓!掃除!片付け!」と、息子2人を鼓舞する。
あまり知られていないが、乳がんは通常10年の経過観察が一般的だ。一方で彼女の乳がんのタイプは3年が一区切りとも言われている。
2022年7月にその丸3年を迎える。もちろん、再発・転移の心配は尽きない。
それでも恵理さんは乳がん患者さんのためのヨガの資格を取得。6月28日には釧路市の山花温泉リフレで「乙女温泉」というイベントを計画している。傷や脱毛が気になって温泉をあきらめているがん患者さん向けの企画だ。
いつでも集える「ひとりじゃない」と思える居場所づくりが彼女の次の目標だ。
その夢はきっと叶う。彼女が手と手をリボンのように結び、輪が広がっていることを感じているから。
私も『ひとりじゃない』。
(北海道テレビ デジタル編集長 阿久津友紀・乳がん患者)
※この記事は、北海道テレビ(HTB)によるLINENEWS向け特別企画です。