スパーリング中に蹴られた腹部の痛みは、がんだった
田園のなかにある小さなジムの門を高須は潜った
「代表が認めてくれるまでは、技量を伴う総合格闘技(MMA)の試合には出させてもらえなくて、3年くらい打撃無しの柔術の試合に出ていました」という高須に、井上からMMAの試合のゴーサインが出たのが2016年11月。
肺に転移、『ステージ4』の宣告
「自分ががんということを最初は受け入れられなくて……『肝臓がん』とネットで検索したら、5年生存率とか予後何年とかいっぱい書いてあって……調べられなくなりました、怖くて。そのまま緊急入院して1週間後には手術、目覚めたらあちこちメチャクチャ痛くて熱も毎日40度くらいあって、すごくしんどかったです」
副作用、ステップも踏めないほど痛かったけれど…
「最初は落ち込んでしまって、もうダメかなと思ったんですけど、井上代表や道場のみんな、友達が気にかけてくれて……毎日のようにお見舞いに来てくれて、何とか前向きな気持ちになることが出来ました」と高須は言う。
「全身じんましんが出たり、手足症候群(抗がん剤によって手や足の皮膚の細胞が障害されることで起こる副作用)で足の裏とかが痛みました。道場でステップも踏めないくらい痛かったけど、テーピングをいっぱい巻いてスパーリングして、だましだまし練習していました」
病院の帰り道、母の涙
9月に退院してから1回目の定期健診で再発してしまい肝臓に4つくらい腫瘍が出来ていました。その時が1番辛くて親の前では泣かないようにしていたのですが、その時は泣いてしまいました。道場の人達にもどんな顔で会っていいのか分からなくなって少し引きこもってしまいました。
落ちこんでいても意味ないし、井上さんも気にかけてくれていたので、少し経ってから道場に行きました。みんな普段通り接してくれて、格闘技やってる間は嫌なこと忘れられるのでそれから毎日のように練習してました。
自分がアホみたいに練習してる間、家族は色んな病院を調べていてくれて医療系で働いている姉の紹介でいま通っている病院に決まりました。決まるまで都内まで色んな先生に会いに行きましたが、どの先生にも厳しいことを言われ、希望持たせてくれるようなことは言ってくれませんでした。
母は毎回ついてきてくれたのですが、帰り道いつも自分にバレないように泣いていてそれも辛かったです。
今の病院でもう一度検査した時には肺転移、肝臓の腫瘍も進行していて肝臓にある門脈という大きい血管に腫瘍が浸潤してしまいました。門脈に腫瘍が出来てしまうとがん細胞が血液と一緒に流れてしまうそうです。それでステージ4と言われました。
「余命5年」ではなく「余命3カ月」
「ステージ4」の「B」──主治医である順天堂大学病院の永松洋明氏は、当時をこう振り返る。
「かなり急速に悪化してましたので、状況的には治療がうまくいかなければもう数カ月という状況でした」
「ずっとベッドの上でしたけど、絶対に復帰してやると思っていました」
「試合では、やっぱり筋肉を断裂したり、身体にダメージを受けることもありますので、そこがちょっと心配ではありましたが、体力的にはしっかりある。まだ肝臓の働きは保たれていましたので、練習しながらでも、十分治療には耐えられるであろうと思いました」と、永松氏はファイター高須の体力を称える。
復帰戦、最初で最後の涙
大会が決まってからは道場の人みんなが僕のサポートをしてくださいました。土曜日は僕の都合でスパーしてくれたり、日曜日は僕のためにラントレメニューを組んでくれて一緒に走ってくれました。試合も野球部時代の仲間がチケットを買ってくれて凄く気合い入りました。
試合当日。やっとここまで来れたなって感じで、いままでのことを考えたら泣いてしまいそうでした。しんどい時あったけど、1度も妥協しないで練習してきたから負けるはずないと思って堂々とリングに上がれました。
結果はぎりぎりだったけど判定勝ち。
控え室に戻ったら込み上げてきてしまって泣いてしまいました。小さい頃からスポーツやってきたけど、勝って泣いたのは初めてで、たぶん最初で最後だと思います。応援にきてくれた人達も喜んで泣いてくれていたらしく、凄く嬉しかったです。内容はあれだけど勝ててよかった。
がんをオープンにした理由とは
「ちょうどその時、同じ病気で闘っていた山下弘子さん(闘病生活を描いた著書『雨上がりに咲く向日葵のように』の著者)が亡くなられたことを知りました。山下弘子さんは自分よりひどい状態にもかかわらずいつも前向きで明るくていつも勇気をもらっていました。
気を遣われたり心配されたりするのが嫌で、自分の病気をひたすら隠していたけど、俺が山下弘子さんに勇気づけられたように、俺も同じ病気の人やその家族の人を勇気づけられたらなと思い、SNSで発信していくことにしました」
2度目の開腹手術後、4勝目もがん再発
本戦での勝利、練習の成果を見せたTKO勝ちだった(C)ZST
「また再発する可能性はずっと頭にあって……ただ、アマチュアの頃に目標にしていたプロ本戦にデビューして、すごくいい勝ち方が出来て、これからというときだったから、正直すごいショックでした。でも、道場の人たちや家族の支えもあって、また頑張ろうって」
「SNSを見ると痩せて、そうとう苦しんでいた。LINEでのやりとりでもかなりしんどそうだったので、正直これはどうなるのかなと過りながらも、帰ってくることを信じてました」
「こんながん患者、見たことないよ」
主治医の先生が両親に依頼したもの
「あのときに先生から連絡があったんですね。もう怒られることしか考えてなくて、退院中も本当にいろいろなことがあったので、ご迷惑ばかりをかけて申し訳ない気持ちでいっぱいで。そうしたら、物静かな先生が、電話口で『高須選手からチケットを買いたいのですが』と。とても驚きました」
「そうしたら、先生が『免疫力を上げるのにいいのかもしれないですよ』と、笑顔でお言葉をかけてくださって……」
道場の人たちが支えてくれた
「最初に病院に連れて行ったのは自分なんですけど、状況を聞かせていただいて本当にびっくりして、何も考えられなかった。何て言葉かけていいのか分からなくて、朝に病院に行って夕方になって、一言も話さないで帰ってきました。
コロナ禍のなか、マンツーマンで練習
絶対に諦めない男
「本当に仕事でヘトヘトになってしまうので、1回家に帰ってシャワーを浴びると一気に疲れが来て、いつもちょっと葛藤しちゃうんですけど“さあ行くか”って道場に向かいます。デビューしたばかりの頃は、そのまま道場に行かなかったりしたんですけど、今は一歩を踏み出すことが出来ます」
「将大は、病気になるまではそんなに詰めて集中した練習は出来ていなかった。『試合に出たい』って言ってたから、『試合に出たいんだったらもっと練習しなきゃ駄目だよ』って言ったのも覚えています。いまはハートが強い。キワの勝負で諦めないんです。毎日、スパーしていますが、たぶん彼は、記憶を飛ばされないと諦めないと思います」
「あのとき、彼が帰ってくることが出来たら……」と師匠は振り返る。
「初めて病気が再発したとき、帰ってきたら、必ず最後まで面倒を見ると決めていました。僕も歳なので、マンツーでこうやってみてやれるのは最後。こいつはもう最後まで見ようかなと。ベルト取るまではもうマンツーマンで。僕は取れなかったので。いいところで身を退いたから」
この世界の片隅で感じる幸せ
「病気になってからあらためて、やっぱり格闘技が好きだなって。入院中、早く練習したいなと心から思っていました。でも何度も、もう無理なんじゃないかとも思っていた。今こうして、練習が出来ているのはすごく幸せで、奇跡なんじゃないかなと思っています。格闘技をやっている時間を大切にするようになりました」
格闘技が、命を救ってくれた
「肝臓は“沈黙の臓器”と言われていて、他の人はもっと腫瘍が大きくなってから気づくことが多いらしいです。自分の場合は、あの時、スパーリングで蹴られたことで病気に気付くことが出来た。格闘技をやっていてよかったなと思いました」
ダウンから立ち上がっての一本勝ち。生存本能が動いた(C)ZST
「リングに上がるときは一人ですが、その過程でたくさんの人の支えや力があってリングに立てている。一見個人スポーツに見えるんですけど、チームスポーツなんじゃないかなと思います」
どの試合も「最後の試合」になるかもしれない
対戦相手にも物語はある。練習では危険すぎて試せない必殺技・ローリングサンダーがこの試合でも島村のフィニッシュとなった。(C)ZST
「ベルトに向かう、ここからの試合というのは、全部厳しい試合になります。でも、格闘技を通して、同じ病気の人だったり、同じように引き込んでしまった人に、勇気を与えたいという気持ちが本当にあります。
同じような病気で頑張っている人の励みに
「高須くん、ステージで言ったら4Bという一番進行した状況でしたから、それでもこういうふうに完治して、元気に格闘技も出来る状況にまで持ってこれたということは、同じような病気で頑張っている人には励みになるかと思いますね」
「頑張っている姿を見に行きたいなと思ってですね。リクエスト? ベストを尽くしてくれれば──」
「生き残る」ことが、格闘技
高須将大(たかす しょうた)
1993年7月29日、茨城県出身。小学生から中学生時代にリトルリーグ・シニアリーグで活躍し、霞ヶ浦高校野球部に所属。卒業後、地元の重機会社で働きながら、格闘技道場・ストライプル茨城に入門。ブラジリアン柔術の大会で実績を積み、2016年11月に総合格闘技団体「ZST」でデビュー。「ステージ4」のがんと闘病しながら格闘技を続け、5勝1分の戦績を挙げる。2020年11月22日、プロ7戦目で「ZSTフェザー級王座挑戦者決定トーナメント」に抜擢され、MMA12勝6敗3分の強豪・島村裕(総合格闘技宇留野道場)と1回戦で対戦する。167cm、65.8kg(試合時)。
この記事はゴング格闘技とLINE NEWSによる特別企画です。