石坂浩二さんが演じる〝栄ちゃん〟こと菊村栄は脚本家。テレビの黄金期に数々のドラマをヒットさせ、ギャラクシー賞に輝き、紫綬褒章も受賞した〝先生〟だ。認知症を患った妻を看取り、仕事も生きがいもなくして「やすらぎの郷」へやってくるが、「演じること」をあきらめられない旧知の女優たちから「脚本を書いて」とせまられ、なかなかやすらげない日々が続く。しかし、いろんな出来事を通して、学び、成長していく栄の姿は、まるで倉本聰さんの代表作『北の国から』の黒板純のよう。老いてもなお人生は迷うことだらけだと、「あたふたする栄ちゃん」は言っているように思えるのだ。
「テレビを今みたいに駄目にしたのは、 そもそもテレビ局そのものだからさ。」
『やすらぎの郷』 第2話より
みなさんによく尋ねられるのが、菊村栄は倉本聰さんの投影ですか?ということなんです。名脚本家で、愛煙家で、近頃のテレビ業界に苦言を呈している。だからみなさん倉本さんを思い浮かべてしまう。でも、それは違うと。菊村は、倉本さんが見た作家なんです、たぶん。それが誰なのかはわかりません。倉本さん自身の反省から生まれたのかもしれません。たとえば、菊村は自分の想像でシナリオを書き、それがドラマとなったものを観て、「オレが書いたのと違う。ホントはこうなのに」というような思いを抱えてきたんだと思います。でも、よくよく考えれば、それは自分が勝手に思い込んでいただけなんだと。そういうことを、ドラマを作っていたみんなと実際に生活することによって、だんだんと学んでいく。作家というのは孤立しているので、俳優さんたちとはもともとそんなに深い付き合いはないんです。あのメンバーの中でも、野際陽子さんが演じていた井深凉子だけがいちばん親しかったはずなんです。凉子も女優だったけど、「やすらぎの郷」に来てから文才を発揮し小説家になった。感覚的には近いものを感じてたんじゃないかな。
僕自身も、役者同士でつるむということを、いままでずっとやってきてないんです。どちらかというと、商売が違う友だちが多い。役者って集まると、愚痴をこぼすか、空想のような演技論を戦わせたりするじゃないですか(笑)。そんなの無駄じゃないかって思ってたんです、劇団にいた若い頃から。もともと芝居がやりたかったんで、大学も文学部へ行けと言われたんですけど、いや、文学部で芝居を勉強するより法律をやったほうがいいと。それで、法学部法律学科へ行きました。芝居の世界では、他のことをいろいろ知るほうが役に立つんです。役者の話はあんまり役に立たないんですよ(笑)。
僕は、一つのことを突き詰めてトコトンというより、店が広いタイプなのでね(笑)。天文学、博物学、歴史、料理、絵画……。おかげさまで、知識が豊富ですねと言われることが多いんですが、僕は、役を演じるためにというより、知識を得ることが好きだったんです。昔は「一つの道を極めるべき」というのが役者の世界にはあって、僕が出た頃はよく非難されました。「いろんなことをやりやがって。そのうち滅びるぞ」って(笑)。
ですから、今後も固まったりはしないでしょうね。固まるというのはあきらめが絶対に必要だと思うし、諦観みたいなものを持つのは覚悟がいることだと思うし。いくつになっても、たぶん死ぬまで揺れ続けるんじゃないですか。 そういったジタバタがあるからドラマにもなるんだと思います。観ていてくださっている方に言われてなるほどと思ったんですが、お互いの過去を知ってるような男3人があの年になってもずっと一緒にいられるというのは素晴らしいことじゃないかって。だから、あの3人でいるときがいちばんの「やすらぎの郷」で、あとはもう「あたふたの郷」ですから(笑)。
慶應義塾大学在学中に俳優デビュー。卒業後は劇団四季へ。ミュージカル『王子とこじき』の脚本・作詞をてがけた。
1970〜80年代はNHK大河ドラマや市川崑監督の“金田一耕助”シリーズなどで人気を博し好感度タレント上位に。
26歳の石坂さん。「スターの週刊日記」という記事でのスナップ。文学青年的佇まい(『スタア』1968年2月号)。
石坂浩二さんは、俳優業以外に、幅広い知識を活かしてバラエティ番組の司会者やクイズ番組の解答者としてもマルチに活躍。いわば「インテリ芸能人」の先駆けのような存在でもある。アラフォー世代には『世界まるごとHOWマッチ』の解答者として人気を博したことがなつかしい。番組の司会者・大橋巨泉氏がそれまで業界内だけで通用していた「兵ちゃん」というあだ名(本名・武藤兵吉)を番組内で連呼しお茶の間にも浸透。『やすらぎの郷』での「栄ちゃん」はこれをもじったものだ。ちなみに石坂浩二という芸名は、石坂さんを見出したTBSのプロデューサー石井ふく子氏が命名。作家・石坂洋次郎と俳優・鶴田浩二をミックスさせた名前とか。また、マニアックなイタリア車好きとしても有名で、『やすらぎの郷』に石坂さん所有のフェラーリが登場する。
車好きの石坂さん。愛車のマセラティ・メラクと(『週刊平凡』1975年6月7日号)。当時はランボルギーニ・ウラッコも所有。
画家としても有名で二科展にも入選している。写真は自宅のアトリエにて(『スタア』1975年4月号)。
『世界まるごとHOWマッチ』の解答者として活躍。「兵ちゃん」の愛称がお茶の間に広まる(1983年)。
石坂浩二
いしざか・こうじ≫1941年東京生まれ。62年、慶應義塾大学在学中にドラマ『七人の刑事』でデビュー。卒業後、劇団四季に入団。NHK大河ドラマなどで人気を得て、76年、市川崑監督『犬神家の一族』に金田一耕助役で主演、以後シリーズ化。市川崑監督作品には『細雪』(83)、『おはん』(84)、『ビルマの竪琴』(85)、『四十七人の刺客』(94)など多数出演。作家、司会者、クイズ番組の解答者としても活躍。
Photo: Koji Honda Text&Edit: Izumi Karashima Cooperation: TV Asahi