脳は巨大な迷宮だ。
脳の内部には、1000億個を超える神経細胞が連なり、互いに情報伝達用の細いケーブルで結ばれている。このケーブルを軸索や樹状突起と呼ぶ。軸索や樹状突起は複雑に入り組みながら、脳の内部に巨大な情報ネットワークを形成している。軸索や樹状突起を、仮に一本の糸としてつなげれば、その長さはなんと100万キロ以上にも及ぶ。これは地球から月まで往復してもまだ余る長さだ。
たったひとりの人間の脳の内部に、こんなにも巨大なネットワーク空間が広がっている。
そして、この複雑極まりない迷宮の中を、猛スピードで駆け抜けていく光がある。それは、ごく微弱な電気信号だ。人間が何かを考えたり、感情が高ぶったりすると、ごく微弱な電気信号がひとつの神経細胞から次の神経細胞へとジャンプを繰り返しながら、脳の内部を飛び回っていく。
この電気信号の受け渡しを行っているのは、神経細胞の中のシナプスと呼ばれる器官だ。ひとつの神経細胞には、数千から数万のシナプスが埋め込まれている。もし仮にあなたの脳がフル活動を行えば、1000兆個以上の電気信号の明滅が、脳という巨大な迷宮の中を飛び回るということになる。
シナプス間を飛び回るこの電気信号こそが、脳の内部で行われている精神活動の正体だ。
あなたが怒ったり悲しんだり、あるいはだれかを好きになったり嫌いになったりするのは、この電気信号が脳の中のどのような回路を通ったかで決定される。
感情や思考だけではない。
人間の脳のもっとも深い部分に隠された秘密の力――。
そう、いわゆる「超能力」と呼ばれる不思議な力も、これらの複雑に絡み合った電気信号の明滅から生みだされている。
脳波計で超能力を「見る」 超能力の秘密を、電子工学的なアプローチで解明する――。
そんな高いハードルを設定し、あえて困難な課題に挑戦している科学者がいる。脳力開発研究所・相談役の志賀一雅氏である。
志賀氏はもともと、超能力や超科学とは無縁の、オーソドックスな工学の世界でキャリアを積んできた研究者だ。電気通信大学を卒業後、当時の松下電器(現パナソニック)に入社。以後、研究所に勤務し、半導体の研究を主な仕事として行ってきた。しかし、やがてひょんなことから「脳波」の研究に取り組むことになる。
志賀氏は語る。
「当時の研究所では、仕事の成果として、いかに多くの特許を取得するかということが求められていました。しかし、特許を生みだすには、斬新なアイデアや脳のひらめきが必要になります。では、アイデアやひらめきは、人間の脳の中でいったいどのようにして生まれるのだろうと考えているうちに、脳波をきちんと研究してみようと思い立ったのです」
しかし、思い立ったはいいが、その研究は苦難の連続であった。第一に、研究に必要な計測機器がない。当時、脳波を計測する機器は医療用のものしかなかった。それはあくまでも「脳の異常」を発見するための機器で、大雑把な脳波の形を見ることしかできない。脳波とひらめきの関係を調べるには、まるで不向きなものであった。志賀氏が研究を進めるためには、もっと精密な計測機器が必要であった。
しかし、餅は餅屋である。
半導体の専門家である志賀氏は、研究所にある材料を使って、精密な脳波測定器を自分で作ってしまった。当時、この測定器は微細な脳波の変化を、リアルタイムで正確に計測・表示できる、日本で唯一の装置であった。
最初のうちは、自分や周囲の人間の脳波を計測していた。しかし、それでは思うように研究が進まない。そこで、もっと非凡な人々を対象とするようになった。
並外れた集中力を持つ人や、優れたアイデアやひらめきを発揮する人たちの脳波を計測していった。日本を代表する大企業である松下電器の看板も幸いしたのだろう。各界で天才と謳われた才人や、スポーツ界を代表する一流のアスリートなどが、みな快く志賀氏の研究に協力してくれた。
そして時は流れ――。
ひとりの人物との運命の出会いが志賀氏を待ち受けていた。清田益章氏である。
脳波測定器の針が振り切れた!
超能力者、清田益章氏。
スプーン曲げや念写などの特殊な能力を自在に操る希代のサイキック。また近年では、パワースポットの提唱者であると同時に、すぐれた道先案内人としても活躍中だ。本誌読者には、いまさら説明の用もないだろう。
そんな清田氏と志賀氏の出会いは、まったくの偶然から始まったものであった。
当時、清田氏は電気通信大学の佐々木茂美教授による超能力研究に協力していた。佐々木教授は清田氏を被験者として、さまざまな実験データを収集していた。そしてたまたま志賀氏が脳波の研究を進めていることを耳にし、実験の協力を申し出てきたのだ。
当時のことを、志賀氏はこう振り返る。
「最初に依頼の話を聞いたときはとても驚きました。そしてすぐにお断りいたしました。というのも超能力など私にはまったくの専門外ですからね。でも、脳波を測定するだけでいいから来てくれないかといわれて、まあ、測るだけでいいならということで、実験に協力することになったわけです」
志賀氏は自作の脳波測定器を持参して、清田氏の待つ実験室へと向かった。
そこで志賀氏は信じられないものを目にすることになる。
「人間の脳から出力される電気というのは、とても微弱なものなのです。電圧でいえばたかだか十数マイクロボルト。とても強く出る人の場合でも、せいぜい15マイクロボルトがやっとでしょう。ところが、清田氏の脳から発せられる脳波は、なんと50マイクロボルトを超えていたのです」
驚くべきことに、志賀氏が持参した測定器の針は振り切れてしまったのである。
同じ周波数の脳波がきれいに揃う 常人の3倍以上の高電圧 !
ということは、清田氏の脳の内部には、高エネルギーを発する特別な器官が存在しているということなのだろうか?
しかし、
「いや、それはちょっと違うと思いますね」
と、志賀氏は否定する。
「脳の内部で発せられる微弱な電気信号の集合体を、私たちは︿脳波﹀と呼んでいるわけですが、脳波にはさまざまな種類のものがあります。電気信号の周波数ごとにそれらを分け、たとえばアルファ波、シータ波、ベータ波などと呼んでいます」
志賀氏の説明によると、人間は何か考えごとをしているとき、さまざまに異なった周波数の脳波が、同時に出てくるのが普通なのだという。まあ、平たくいってしまえば、雑念というやつがポコポコと生まれてくるわけだ。
ところが、特別な能力を持つ非凡な人間の場合、同じ周波数の脳波がきれいに揃ってくることがある。具体的にいうと、ニューロンの回路がシンクロ現象を起こしているのだという。
同調された周波数の脳波は、計測装置が加算してとらえるので、モニター上の数値が高くなる。これが、清田氏の脳波が50マイクロボルト以上という、とてつもない数値を叩きだした原因だろうと、志賀氏は分析している。
しかし、同じ周波数の脳波が同調していくつも現れるというのは、実際には脳の内部で何が起きているのだろうか?
志賀氏はこう答える。
「おそらく、私たち一般人には想像もつかないような、高いレベルでの集中力が生まれているのだと思います。その集中力がニューロンの回路を何十個、いや何百個も揃えてシンクロナイズさせているのではないでしょうか」
(ムー2018年8月号 特別企画「アルファ波と超能力」より抜粋)
文=中野雄司
「ムーPLUS」の超常現象ファイルはコチラ