「せっかくの優秀な人材があんな形で足を引っ張られるなんて…」《選挙の神様》藤川晋之助から見た「齋藤知事と立花孝志」
◆兵庫県知事選での後悔
「せっかくの優秀な人材があんな承認欲求が強い女性に足を引っ張られるなんて。私が広報戦略をやってあげればよかったと思ったくらいです」
かつて自民党の金丸信元副総裁ら政界の大物が事務所を構えた「パレ・ロワイヤル永田町」の一室。ソファに深く腰かけた「選挙の神様」藤川晋之助氏(71)は、後悔と呆れが混じった口調でこう漏らした。
兵庫県の齋藤元彦知事(47)の公職選挙法違反疑惑をめぐる問題はいまだ収束の気配がない。事の発端は、PR会社「merchu(メルチュ)」代表の折田楓氏(33)が自らnoteで、先の出直し選挙において齋藤陣営のSNS戦略や広報全般を担当したと明かしたことだ。
齋藤氏側はmerchuに71万5000円を支払ったが、SNS戦略や広報は依頼していないと主張。折田氏が街頭演説の撮影などを行っていたことについてもボランティア活動だったと主張した。
これを受け、元東京地検特捜部検事の郷原信郎弁護士と神戸学院大学の上脇博之教授は、齋藤氏が71万5000円を支払ったことは買収、それを受け取った折田氏は被買収にあたるとして、神戸地検と兵庫県警に告発状を送付した。
すると今度は、『NHKから国民を守る党』の立花孝志氏(57)が、虚偽の訴えをした疑いがあるとして郷原氏を刑事告発。再選から約1ヵ月が経ったいまも混乱は続いている。
「我々選挙プランナーは、選挙後に『私が全部やりました』なんて絶対に言いません。たとえ持ち上げられても『協力してくださった皆さんのおかげです』と言うものです。折田さんは企業のPRには慣れているかもしれませんが、選挙は素人同然。公職選挙法というものをよく知らずに盛って書いてしまったのでしょう」
◆齋藤知事から「助けてください」
これまで関わった選挙戦は130勝16敗。「選挙の神様」と称される藤川氏は、齋藤知事から「助けてください」と懇願されていた。
「最初に接触があったのは、齋藤さんが初めて街頭に立つ前でした。友人である立命館大学の教授から『齋藤さんが困っているので助けてあげてほしい。電話させるから話を聞いてあげて』という相談がありました。
すぐに齋藤さん本人から電話がかかってきましたが、『これからひとりぼっちで街頭に立ちます。応援してくれませんか』と話す声は弱々しく、大丈夫かなと思いました。『スタッフはどれくらいですか』と聞くと、『まだ数人です』とやはりか細い声で答える。『しっかりしてください。あなたは全然悪くない』と元気づけました」
藤川氏はもともと天下り見直しなどに取り組んだ齋藤知事の政治手腕を高く評価していたという。
「兵庫県は天下り制度を含めて役人天国。20年続いた井戸(敏三)県政によって悪しき体質が蔓延っている中、齋藤さんは改革に着手した。齋藤さんは無表情で朴訥としており、誤解を受けやすいが、誠実な男です。ただ、既得権益者から見れば許しがたき男でしょう。『大丈夫かな』と心配しながら見守っていましたが、案の定潰されてしまった。
個人的には応援したい気持ちもありましたが、日本維新の会を離党して無所属で県知事選に出馬した清水貴之元参院議員は友人であり、齋藤さんの支援要請に応じることはできなかった。私はもともと東京維新の会の事務局長を務めていました。現在の維新について思うところはありますが、不義理はできません。『応援しています。がんばってください』と激励して電話を切りました」
◆PR会社社長の承認欲求
本命だった藤川氏の支援を得られなかった齋藤知事が頼ったのが折田氏だった。
「たとえば7月の都知事選において石丸(伸二)さんが躍進したのは我々の戦略が優れていたからではありません。彼を支援するボランティアを募ると3日間で2000人以上が集まり、その中にはネットに興味がある方が100人ほどいた。この方たちが作成した『切り抜き動画』などが素晴らしく、これが大量に拡散された結果、石丸現象と呼ばれるまでになった。フラフラになるまで尽力してくれたボランティアの方がいたからこそ、我々もどうにか選挙を戦えたという構図です。
コンテンツを少し作っただけにもかかわらず、『私が全部やりました』なんて折田さんは承認欲求が強すぎます。もともと盛って話すタイプの女性なのかもしれませんが、『400人分の仕事をした』と記すなんてもってのほかです」
藤川氏が齋藤知事の街頭演説を訪ねると、石丸氏の都知事選を手伝ったボランティアの姿があったという。
「私自身、選挙におけるSNSやネット動画の効果に対する理解が昨年と今年では大きく変わりました。石丸さんの選挙を手伝うまでSNSやネット動画にそこまで力があるとは考えていなかった。私はもともと地道な辻立ちなどを重視しており、SNSが選挙結果に与える影響は全体の1割だと考えてきましたが、いまは3割から5割くらいあると考えています」
◆立花孝志は天才
公職選挙法違反疑惑をめぐる騒動はどう収束すると見るか。
「当初、摘発もあり得ると思いましたが、兵庫県警は興味がないようです。ただし、検察は動くかもしれません。郷原先生のことはよく存じ上げていますが、無理筋だとわかっていてあえてやっているのではないか。受理はされるかもしれませんが、不起訴に終わると予想しています。
孤立無援の中、齋藤さんは3年間ずっと改革を進めてきました。それが県民に評価をされたからこそ、今回の選挙で知事に返り咲いた。当然、こんなつまらないことで足を引っ張られるべきではない。『それ見たことか。やっぱり悪者だ』と再び騒いだメディアも、ここにきてトーンダウンしています。一日も早く疑惑を晴らして再び県政に邁進してほしいです」
「齋藤劇場」のもう一人の主役は立花孝志氏だ。その過激な言動は賛否両論だが、藤川氏は条件付きで評価する。
「ある種、この時代における天才です。立花さんが『NHKから国民を守る党』を作ったとき、『この男はすごいな』と感心しました。NHKの職員時代、彼は海老沢勝二会長(当時)にかわいがられており、特命を受けて某球団の買収案件を担当したこともあります。これ自体は国営放送が球団を買収してどうするんだという話ですが、彼に特殊な能力があるのは間違いない。
振り返ると、地上波をはじめいわゆるオールドメディアの齋藤さんへの誹謗中傷はいじめに近いものでした。ところが、立花さんが現れ、(パワハラなどの告発文書を作成した)元局長が自殺した原因が愛人問題にあったと明らかにした。地上波しか見ないような人もSNSやネット動画で真実を知ることになり、『齋藤さんがかわいそうだ』と流れが一気に変わりました。立花さんがいなければ、齋藤さんの再選はなかったでしょう。
ただし、立花さんのすべてを評価しているわけではありません。評価しているのは『NHKから国民を守る党』を作ったことと齋藤さんの件だけ。それ以外は何をやっているかよくわかりませんし、彼は話を盛りますからね。本人にも直接そのように伝えました」
◆石丸伸二と立花孝志の共通点
これまで面識はなかったが、先日、立花氏と会う機会があったという。
「『何のために政治をやっているんですか』と単刀直入に聞きましたが、彼は『ホリエモン(堀江貴文氏)を総理にしたい。そして恵まれない人たち、弱者と呼ばれるような人を助けたい。正直者が評価される国にしたい』と語っていました。政策について突っ込むと、『本当は自民党に入りたいんです。いまは過半数割れしている。どうにか人をかき集めて連立内閣をつくりたい。そしたら僕も大臣になれますし』と話していました。
彼は『藤川さんは戦国最大の騎馬部隊を操る隊長のような人。一方、僕は3000人の鉄砲隊のような存在。2人が合体すればすごいことになりますよね』とも言っておりました。『俺は武田勝頼で滅びていく人間か』と思いつつ、『自分は織田信長ということですか』と聞くと、『織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、私は一人でこの3人を演じる人間なんです』と誇っていました。
思えば、石丸さんに『41歳で都知事は早いのでは』と進言したとき、彼は『藤川さん、何を言っているんですか。ナポレオン・ボナパルトは35歳で皇帝になったんです。41歳で都知事なんてむしろ遅いくらいです』と話していた。『ナポレオンと比較するなよ』と思いましたが、彼らのように一線を越えた感覚を持つような人間ではないと閉塞状況を打ち破ることはできないのかもしれません」
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