次期トランプ政権に落胆する人たちに伝えたい「すべては私たち次第」の希望と未来
2025年1月20日、次期トランプ政権がスタートする。早々に、次期政権の閣僚人事の指名が行われ、トランプは自身を支持するメンバーの起用を進めている。
「トランプの新しい閣僚人事の指名が発表になるたびに心が折れる思いです。11月19日には、私が仕事をするマサチューセッツ総合病院とハーバード医学部とのミーティングで、新トランプ政権に関して、話し合いを行いました。
なぜなら、デマや陰謀論を信奉するロバート・ケネディ・ジュニアが米保健福祉長官に就任される可能性が出てきたからです。これは、米国の健康を司る公衆衛生の危機を意味しています。他にも、性的加害の疑いがある人などの任命など、信じられない人事が続いています」と語るのは、『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』(文春新書)、新刊『うつを生きる 精神科医と患者の対話』などの著書があるハーバード大学医学部准教授で小児精神科医の内田舞さんだ。内田さんは、約20年アメリカで暮らしている。
前編では、ロバート・ケネディ・ジュニアの問題含め、報道される次期トランプ政権の閣僚人事がいかに問題であるかを寄稿いただいた。後編では、前トランプ政権でどんな問題が噴出したのか。そして、荒れるであろうこれからの社会にどういう心持ちで立ち向かうのか、引き続き伝えていただく。
以下より、内田舞さんの寄稿です。
◆前トランプ政権で起きた出来事
前トランプ政権でのアメリカ国内の人権迫害はさんざんでした。
中絶権のはく奪については、以前『子宮外妊娠でも中絶は殺人? 医師が語る米国「中絶禁止法」一部可決の危険な背景』という記事を寄稿し、今記事の前編でも触れましたが、女性の身体の自己決定権を取り上げることに未来や幸せはないと断言できます。
他にも、メキシコ国境で中南米から亡命を望んで不法入国した家族を引き離す結果になった政策など、「人権」を軽視する出来事が山のようにあったのです。もちろん移民政策は重要です。しかし、長く危険な逃亡の末、アメリカに行きついた後、ときにはまだ言葉を話せないような小さな子どもと引き離された親の気持ちを考えると、私はいてもたってもいられない気持ちになりました。どんな対策であっても“人道的でなければならない”と思うのです。
他にも、2017年3月16日、トランプはイスラム教主要国6ヵ国の市民を対象にした入国禁止の大統領令を発効しました。この大統領令は、永住権や合法なビザを持つ人まで拒否したのです。しかも発令は全く予告なしに施行されたため、「すでに母国の家は売却して、今日家族でアメリカに移住するはずだったのに、今朝大統領令が発令されて、飛行機に乗せてもらえなかった」「仕事も家族もアメリカなのに、たまたま他国に出張に行っていただけで自宅に帰れなくなった」という唖然とするような被害が生じました。
私はアメリカに在住していますが、日本国籍なのでビザを取る大変さを何度も経験しています。アメリカには私と同じように多国籍の人々がたくさん暮らしているにも関わらず、予告なしの大統領令で入国を拒否してしまうというのは、「外国籍の人の人生なんてどうでもいい」と扱われていると感じました。また、イスラムやアラブ系の人々への差別心がまざまざと表れたこの大統領令には怒りと悲しみが湧いたのです。
また、コロナ禍には、当時大統領であったトランプ本人が偽情報の拡散に貢献しました。マスクの着用の効果が証明された後もそのデータを軽視する発言を公の場で行ったり、科学的に証明されていない治療を賞賛したり……。
コーネル大学が2020年に行った研究(※1)によると、新型コロナウイルスに関する誤情報を含む記事の中で、トランプの言及が全体の誤情報の対話の37.9 %を占め、他のどんな情報よりも影響力が強かったことがわかったとまとめています。その影響で米国民の500人に1人がコロナ死に向かったという事実は忘れてはなりません。そして、全世界のコロナ死のうち、なんと5分の1がアメリカで起こるという、災害や戦争以上の死亡者数を出す結果になったのです。
たとえ政治的な意見の相違があったとしても、「科学的事実を基盤に公衆衛生の対応をしてほしい」と医療従事者のひとりとして切に思いました。単純に「防げる方法があるのに、それをしないことで死にたくない」と願うことは、医師だけでなく国民だれもが願うことです。さらに、コロナパンデミックは「中国のせいだ」という言い分を大統領自身が広めた結果、アメリカ国内各所で、アジア人が暴力的に殺されてしまうというヘイト殺人が起こってしまったのです。
※1:https://int.nyt.com/data/documenttools/evanega-et-al-coronavirus-misinformation-submitted-07-23-20-1/080839ac0c22bca8/full.pdf
◆反動で新しいうねりも生まれた
しかし、そういったショックの反動で、同時に様々な人権運動が生まれ、進んだのも、前トランプ政権中だったのです。
「#MeToo」のようなムーブメントが起きるなんて想像もできなかった中、大きなムーブメントとして、女性の権利が大きく前進し、セクシャルハラスメントや性加害についての理解が大きく進みました。また、2020年に大きく躍進した「Black Lives Matter運動」の勢いをそのままに、コロナ禍のアジア人ヘイトに対抗する「#StopAsianHate」といったムーブメントも生まれました。
これはとても大きな変化です。長年、アメリカにおけるアジア人は「馬鹿にしていい」「脅威ではない」「虐げられても寡黙にいい仕事をする」という存在である、「モデルマイノリティ(理想的な非白人)」と呼ばれていました。ですが、この運動を経て、アメリカ社会においてアジア人に向けられる視線はまさかの変化を遂げ、私自身の実生活でも違いを認識できるほどでした。今年エミー賞で、ドラマ『SHOGUN(将軍)』が作品賞、真田広之さんが主演男優賞を受賞した背景にも、そういったアジア人やアジア文化への敬意が急激に育った結果であったともいえるでしょう。
これから始まる次期トランプ政権中も、短期的には最悪に思えることが起きたとしても、その反動で政権期間を超えるような大きな変化やうねりが生まれるかもしれないと心から願っていますし、自分自身も問題には声を上げ続けていくつもりです。
◆ラジカルアクセプタンス、すべては私たち次第
11月6日、トランプ当選の開票結果を聞きながら、私はこう心で呟きました。
“2016年のショックがあるから、心の準備はできていた
事実を受け入れる
ラジカルアクセプタンス”
「ラジカルアクセプタンス」とは、心理学用語で、自分のコントロール下ではないことを良い/悪い、といった評価なしに「起きたこと」とアクセプト(受容)して前に進むことを意味します。日本語だと、「あきらめる力」「あるがままに生きる力」などと訳されることもありますが、そうではありません。現状をあきらめて受け入れるのではなく、単に事実を事実として受け入れること。トランプ新政権に対しても、事実を受け入れた上でどんな行動に出るかは、我々次第なのです。選挙は勝ち負けが評価になってしまいますが、国は0か100かではありません。
私が今回の大統領選で心打たれたのは、カマラ・ハリス大統領候補を全力でサポートするカマラの夫、ダグ・エムホフの存在でした。愛する女性の躍進を心からサポートして行動に出るダグは、新しい男性像を見せてくれました。カマラはダグと結婚したことで、ダグの前妻との二人の子ども、コールとエラの義理の母になりました。8月には、イリノイ州シカゴで開催された民主党全国大会で、コールとエラは「僕たちは典型的なファーストファミリーとは違うかもしれないけれど、アメリカの全家族を代表するつもりだ」と述べたのです。
また、当時副大統領候補として指名受諾演説を行ったミネソタ州知事のティム・ウォルズは、自らの不妊治療の苦しみや辛さを語り、発達障害のある息子や家族への愛を述べ、大きな感動と共感を呼びました。全国から注目される舞台で、このように様々な家族のあり方を見ることができたことに喜びを感じました。
そして、ヒラリー・クリントン元国務長官からカマラ、オバマ元大統領夫妻からカマラに渡った、女性や、オバマから有色人種のリーダーシップのバトンも約20年アメリカで暮らす自分にとっては胸が熱くなる思いがありました。
大統領選ではトランプが勝利しましたが、投票数を見るとトランプの獲得票は過半数以下。誤差での勝敗であっても、「勝利」に目が行きがちですが、こういったアメリカを支持する人もまた半数いるのです。そう考えれば、フェミニズムが「負けた」わけでも、白人至上主義が「勝った」わけでもないのです。
◆今こそ持ちたい「インナーコンパス」
私はトランプ再当選の報道があった後、ヒラリー・クリントンが2017年に母校ウェルズリー大学で、卒業生たちに祝辞を贈った動画を再度見直しました。
このスピーチについて、私は著書『REAPPRAISAL(リアプレイザル)最先端脳科学が導く不安や恐怖を和らげる方法』でこう紹介しています。
ご存知のように、彼女は2016年の米国の大統領選で、女性として初めて主要政党の大統領候補となりました。結果は、総合得票数に関しては圧勝したにもかかわらず、多数決ではなく選挙人制度で決まるアメリカの大統領選には敗北を喫し 、アメリカはトランプ政権が樹立しました。
これは、その後、ヒラリー氏が母校の名門女子大学で学生たちに贈った卒業スピーチでの言葉です。
“Do the right thing in anyway.(今まで通り、正しいと思うことをするのみ)”
どんなに自分が悔しい思いをしても、諦めたくなるような場面でも、アンフェアに扱われていたとしても、不利な状況にいても、誰かの期待を裏切ることになっても、自分を信じて、自分が正しいと思うことをやりなさい、と語りました。
英語には「インナーコンパス」という言葉があって、これは直訳すると「自分の中の方向性を示すもの」ですが、「人生の岐路では無限の選択肢を迫られますが、そのときに自分の心の中にコンパスを持っているがごとく働く方向感覚のこと」を言います。ヒラリー氏が語った「自分の大切にしている価値観や方向性ということに嘘をつかずにやるべきことをやる」というメッセージに込められた想いというのは、まさに、自分で自分の人生の舵をとる=インナーコンパスを持ちなさいということでした。
『REAPPRAISAL(リアプレイザル)最先端脳科学が導く不安や恐怖を和らげる方法』(実業之日本社)より抜粋
これからアメリカは激動の時代に突入することとなり、その影響は日本にもあるかもしれません。その中で、「まさかこんなことが起きるなんて」と怒ったり、「なんでこうなるんだろう」と落胆することもあるでしょう。そんなときは一回深呼吸をして、その事実を受け入れる。ですが、事実を受け入れた上で、そこから何をするかは「私たち次第であること」を忘れてはならないと思っています。
<文・内田 舞(医師)(小児精神科医)>