◆「学校がつまらない」娘が不登校に…
「娘が『学校がつまらない』と言って、不登校になっています。ずっと理由が分かりませんでしたが、学校に行って『そういうことか』と思ったのです」
都内在住の川上宏美さん(仮名、40代)の娘は、公立小学校に通う小学5年生。3年生の時から登校を渋るようになり、不登校気味だった。5年生の2学期になると、好きな図工と家庭科がある日以外は学校に行かなくなった。
宏美さんが忘れ物を届けようと学校に行った時に低学年の教室の前を通りがかると、女性の教員がイライラした様子で「そこっ!〇〇さんと〇〇さんっ!おしゃべりしないで前を向きなさい」と怒鳴っている。宏美さんが見る限り、クラスメイト同士ちょっと顔を合わせて笑った程度だった。子どもたちに何か作業をさせている間、教員が児童の様子を見回るが、腕組をしながら上から目線。まるで工場で検品しているかのような厳しい態度で子どもたちをチェックしていた。
高学年の教室がある廊下では、男性の教員が男子児童を教室から引きずり出して叱責していた。何か悪ふざけでもしていたのかもしれないが、宏美さんには「もっと違った指導ができないものか」と不快な気持ちが残った。
校庭でも教員が大声を張り上げて指示している。子どもたちが行進する姿や教員の号令によって一斉に動く姿は、まるで北朝鮮の軍隊のようだった。体操服はあっても赤白の体操帽子を忘れると、見学が強いられる。違うクラスの友達や、違う学年の兄弟姉妹に借りてはいけない学校内の「謎ルール」があり、この日も何人かが見学していた。
娘は胸の大きさが目立ってくると、体操服を着ることを嫌がり、体育を見学することが増えていた。白いシャツはズボンの中に入れて体育の授業を受けなければいけない。それも体型が目立つため嫌がり、体操服をズボンの外に出して授業を受けると教員から厳しく叱られ、体育を見学するよう命じられ、「反抗的だ」という烙印を押された。娘や同級生は腕や足の体毛が気になり始め、半ズボンへの抵抗感が強くなっていた。
宏美さんは体操服について学校と話し合い、学校指定以外の運動服や、胸や体型のラインが目立ちにくい紺色の体操服の着用を求めたが、「上着を巻き込んだら危険だ」「モラルが低下する」という理由で叶わず、納得がいかない。
「中学生なら長袖・長ズボンのジャージもある。大学生になれば市販の運動着でもいい。小学生だからといって、皆で同じ、昔ながらの白い半袖に紺の半ズボンを着る必要性が本当にあるのでしょうか。マット運動や鉄棒で服を巻き込む可能性があるのは分かります。そういう時だけズボンに入れれば済むのではないでしょうか。赤白帽子を忘れただけで見学というのは、教育を受ける権利を奪っているのではないか。友達同士で貸し借りして助け合ったり、代用を考えるというのも大事な教育なのではないか」
宏美さんには、そうした疑問が拭えない。「右へ倣え」の一斉指導が、子どもを息苦しくさせているとしか思えなかった。「だから、娘は学校に行きたがらないのだ」と。
筆者の取材からは、こうした教員の考える「枠」にあてはまらない子どもたちが排除され、傷つき、不登校になるケースが全国各地で散見される。教育現場が規格化・画一化されるあまり、子どもたちの人格が無視されてしまうのだ。
◆「不登校」は過去最多
文部科学省は10月31日、2023年度の不登校の子どもの人数を発表した。「2023年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について」によれば、年間30日以上、小中学校に登校しなかった「長期欠席者」は49万3440人に上った。そのうち「不登校」は34万6482人(児童生徒全体の約3.7%)と過去最多で、11年連続での増加となった。
調査結果を詳しく見ると、小中学校の長期欠席者数は2022年度の46万648人から2023年度は49万3440人へと前年度よりも約3万3000人増えている。同様に不登校の人数は2022年度の29万9048人から2023年度は34万6482人へと約4万7000人の増加となっている。
小学生の不登校は13万370人で10年前と比べて5倍、中学生の不登校は21万6112人で10年間で2.2倍になっており、小学生の不登校が大幅に増加している。
今回発表された文科省の調査では、学校が把握している不登校になった理由のトップは「学校生活に対してやる気が出ない」(32.2%)、次に「不安・抑うつ」(23.1%)、「生活リズムの不調」(23%)となっている。
この「学校生活に対してやる気が出ない」のなかには、宏美さんの娘のように「右へ倣え」の一斉指導が影響しているケースもあるのではないか。一律・画一的な教育現場で少しの多様性や配慮が認められず、苦しむ子どもたちがいる。
さらに宏美さん親子を悩ませるのは、周囲の「中学受験熱」だ。首都圏で最大規模の中学受験向け公開模試を行う「首都圏模試センター」によれば、首都圏での2023年の私立・国立中学受験者数が過去最多の5万2600人で、受験率は過去最高の17.86%をつけた。宏美さんの娘が通う学校では約半数が中学受験をする予定で、受験しなくてもほとんどのクラスメイトが塾や習い事に通っている。
中学受験のために小学3~4年生から受験専門の塾に通う同級生は、既に6年生の分の勉強が終わっている。大量に出る塾の宿題は難解で、それを解くのに日々明け暮れるうち、「学校の宿題なんて簡単すぎてやる意味がない」「学校の授業なんてもう分かっている」と言って、児童らは学校の授業を軽視。保護者は学校に「塾で忙しいから宿題を出さないで」と注文をつけている。
塾の多くが毎月実施されるテストの成績順によってクラスが決まるため、教室での話題は塾の成績のことばかり。学年が上がるにつれ、子ども同士、親同士でマウントのとり合いが激しくなる。その雰囲気が、受験しないと決めている宏美さん親子にとっては辛い。受験勉強のストレスで教室は荒れ、教員が子どもたちを管理・統制するしかなくなる。だから、「右へ倣え」となっていく。
そして、そもそも教員は長時間労働によって疲弊している。人手不足で教員が精神的に追い込まれれば、一人ひとりを丁寧に見ることができず、子どもたちを従わせるようになることもある。教育の質の低下とともに指導がマニュアル化し、受験塾で機械的に答えていくことに慣れた子どもたちは、大人が望むことを子どもが答えるようになる。そうした教室が、学校が、楽しいと感じられるだろうか。
「学校がつまらない」「学校が嫌」——。そう言って不登校になるのは、子どもたちの精一杯の抵抗かもしれない。不登校の増加から、規格化・画一化された教育現場の実態に目を向けることが求められるのではないだろうか。
<文・小林 美希(ジャーナリスト)>