番組やイベントに登場した有名人の着物姿を、染織・絹文化研究家の富澤輝実子さんに解説していただきます。
解説=富澤輝実子/1951年新潟県生まれ。婦人画報社(現ハースト婦人画報社)入社後、『美しいキモノ』編集部で活躍。副編集長を経て独立、染織と絹文化研究の道に入る。誌面連載「あのときの流行と『美しいキモノ』」も好評。
5日5日、夏木マリさんが自身のインスタグラムで、乃木神社での挙式を報告し、結婚10年目の挙式姿を公開されました。
白地に刺繡の訪問着をドレス感覚で颯爽と
―これぞアーティストといったクールな2ショットですね。
富澤 本当に、さすがよね。着物も帯も白を基調にして、個性的ななかにもしっかりと婚礼を意識されている見事な着姿です。
―クールな雰囲気ですが、着物自体は清楚なイメージですよね。
富澤 はい。縮緬の質感が見て取れる白の地に、白と銀の葡萄の刺繡がエレガントな訪問着です。刺繡柄は立体感があって光と影が生まれるので、染めの絵画的な美しさとはひと味違うドレス感覚の優雅さがありますよね。
葡萄は本来秋の模様ですが、一房にたくさんの実がなるから繁栄の象徴であり、おめでたい席にもよろしいでしょう。おはしょりから裾まで隙なく柄が伸びているから、ご自身で誂えられたものかもしれません。
帯も軽やかな素材ながら、白銀を基調にした織りの袋帯。正礼装とはいかないものの、晴れの場に合わせた格調ある組み合わせだと思います。
―奥ゆかしくもまとめられそうなアイテムですが、夏木さんが着こなすと俄然格好よくなりますね。
富澤 着方のせいもあるでしょうね。着付け自体は決して崩れていないのよ。衣紋の抜きも控えめだし着丈もかかとまでぴったり。けれどパールのネックレスを垣間見せて衿合わせのV字を深めにしたり、帯結びをお太鼓ではなく「角出し」風にしたり(角を出していないからいわゆる「角無し」、ひょっとして「角隠し」にかけたのかしら?なんてね)、要所でこなれたアレンジを加えていらっしゃいます。
個性的な着こなしを成功させるのは引き算の妙
―富澤さん、こうした個性派の着こなしについてはあまり口出しされませんね(笑)。
富澤 あら、おかしければちゃんと言うわよ?正統派の着姿のほうがしっかりセオリーがあるから批評しやすいのは事実だけれど、個性的な着こなしにも成否はあります。今回のスタイルは夏木さんの重ねてきた生き方、姿勢、そして成熟したお2人の節目にしっくりと合っているから言うことがないのです。
―ということは、ほかの方が真似しても同じ結果にはならないということですね?
富澤 もちろんよ!研ぎ澄まされた美意識と培ってきたキャラクター、長年保たれている姿勢の良さやスマートな体型、お2人のストーリー、そうしたものの結晶がこの記念写真なのよ。
それにね。インパクトがあるようで、実は引き算が上手なの。帯あげやぞうりなど、小物は白で統一。半衿や足袋も、正統派の白の無地よね。アクセサリーもたくさん着けていらっしゃるけれど、パールやダイヤなど上質でシンプルなものだけ。色でいえば一点、濃紫の長襦袢だけをアクセントにしていらっしゃいます。ご本人の存在感が大きいから、抑制の利いた着こなしでも余りある個性を感じるのです。
―個性を求めると足し算に走りがちですが、そこが違うのですね。
富澤 そうね。世の中にはインパクトを求めた着物もあるけれど、なかなか一般の人が着こなせるものではありません。一方で、そういう強烈なものをモデルさんのような方が着ると、世界観がありすぎて怖く感じてしまうのよ。
もちろん、お好きなものを楽しめばよいのだけれど、個性の強いものを素敵に着こなすのは難しいものです。せっかくの着物も飾り立てすぎれば無粋になりますから、引き算のおしゃれを覚えたいものですね。