2011年3月11日。仙台で被災した羽生結弦は、避難所で夜空を見上げた。「電気が何もつかなくて、真っ暗だったから本当に星がきれいで、希望の光じゃないですけど、そういうことは感じていました」そんなモノローグから幕を開けた「羽生結弦 notte stellata 2024」。
被災地から勇気と希望を届けたい、という彼の思いから生まれたアイスショーだ。昨年に続き、宮城県のセキスイハイムスーパーアリーナで3月8日〜10日の3日間開催された。
取材・文=中谷ひろみ 写真提供=notte stellata
照明の落ちた会場に、満員の観客6100人が持つライトが輝き出すと、まさに満天の星空となった。「皆さんが星空のように見えてすごくきれいでした。ひとりひとりの光を感じながら、皆さんがちゃんと光なんだよ、本当にきれいだよ、と感じながら滑らせていただきました」
光の星が降るなかで「notte stellata」を演じる彼の表情は柔らかかった。昨年は、3月11日にも公演があった。この日このアリーナに立つことは、彼にとって大きな負担だっただろう。氷上で涙を流し、辛い記憶にとらわれながら滑っていたという。
「皆さんから希望とか勇気とか元気とか、いろんなものをいただけたショーでした。今回は僕がもらったものをもっと返したいなって、もっと希望を届けたいなって。(中略)コンセプトが全く変わったショーになったのかなという気持ちでいます」
会場を熱狂させた大地真央とのコラボレーション
羽生結弦だからこそできる希望の発信。それを実感したのが、スペシャルゲストに迎えた大地真央との豪華コラボレーションだ。強烈なリズムとエネルギーに満ちた楽曲「Carmina Burana(カルミナ・ブラーナ)」が流れると、一気に会場のボルテージが上がった。
トップスターである大地真央が演じるのは、世界を支配する運命の女神。羽生結弦演じる青年は、彼女に操られ、抗い、最終的にはその運命を受け入れる。
「僕はこのストーリーのなかに、人間の力ではどうしようもない災害だったり、苦しみを感じたとしても、そこに抗いながらも、受け入れて進んでいくんだっていう強いメッセージを込めたいなと思いながら滑っています」
ステージとリンクに離れていながら、完璧にシンクロするふたり。羽生結弦を操るという役どころは、大地真央という圧倒的な存在感がなければ成立しなかっただろう。大胆で新鮮な動き、完璧なる音ハメのトリプルアクセル。観客の熱狂が広がっていく。私たちが目にしているのは「羽生結弦」という新たな芸術だった。
あの日を忘れない。そのために羽生結弦ができること
今回の公演には、国内外のトップスケーターたちも参加。昨年と同じ顔ぶれに盟友ハビエル・フェルナンデスも加わり、それぞれの演技に希望のメッセージを託した。フィナーレは昨年同様、MISIAの「希望のうた」。全スケーターと出演者が登場し、観客のライトは色とりどりの星となった。
あの日を忘れないで——。そう伝え続けてきた彼は、これからも新たな発信方法を模索するだろう。運命を受け入れた後でも、立ち向かう勇気や希望を生み出すことはできる。そしてその方法は『notte stellata』で羽生結弦が教えてくれるのだから。
初日公演後、囲み取材の時間切れを詫びながら「ありがとうございました」と会見場をあとにした彼。数分後、ひょっこりと入り口に現れた。どうやら私物を置き忘れたらしい。すると「ありがとうございました!またよろしくお願いします!」と大声が。片手を上げて笑顔で去っていく姿が見えた。忘れ物の代わりに、未来の希望を置いていった。