「宏池会(岸田派)の解散を検討しています」
1月18日午後、岸田文雄首相は記者団とのやり取りのなかで突然、表明した。
「同日の午前には宏池会のパーティー収入およそ3000万円を政治収支報告書に記載しなかったことについて『事務的なミスの積み重ね』と説明していましたが、会計責任者が立件される見通しであることが報じられ、『このままでは自民党が終わってしまう』と解散を決断したようです」(政治担当記者)
そして19日、東京地検特捜部が、同派閥の元会計責任者を略式起訴したことが報じられた。
「幹部の林芳正官房長官、上川陽子外務大臣、木原誠二幹事長代理などには事前に解散を告げていたようですが、これまで『三頭政治』で政権運営をしてきた麻生太郎副総裁、茂木敏充幹事長への根回しはなかったと聞いています。
党内からは『派閥の解消はあり得ないと言っていた麻生さんや、派閥離脱をした岸田首相に翻意を迫った茂木さんはかなり不快感を持っている』という声が聞こえてきます。今後は岸田首相と距離を置くことになるでしょう」(前出・政治担当記者)
岩井奉信日本大学名誉教授は19日放送の『大下容子ワイド!スクランブル』(テレビ朝日系)で「岸田さんはパニクったのでしょうか」と言及している。
これまで「宏池会が発足した年に私が生まれた。宏池会にいることが誇りだ」と胸を張っていた岸田首相にとって「苦渋の決断」だったのではないだろうか。この疑問に、ある自民党関係者が答える。
「いえ、そうでもありません。岸田首相は政権延命のために派閥解消を利用したフシがあります。言ってみれば“したたかな計算”がありました。首相には『他派閥が先に解散宣言をしたら、やや持ち直しを見せている支持率がまた下落する』という危機感があったために、先出しジャンケンで先手を打ったのです」(自民党関係者)
また、19日付の日本経済新聞は、岸田首相が宏池会会長に就いたのは野党時代で、政治資金やポストの面でもメリットは少なかったと報じている。当時、岸田首相は周囲に「派閥なんて古くさいもの」と漏らしていたという。
岸田首相は派閥に関してドライな考え方を持っていたようである。だが、これをきっかけに、「自民党の派閥解消は決定的」(自民党議員秘書)になったことは評価されるだろう。
だが一方で「カネが集まらなくなり、議員の不満はマグマのようにたまっていく」(前出・政治担当記者)と言われている。派閥解散後の自民党は波乱含みのようだ。
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