「中国では、習近平国家主席とロシアのプーチン大統領が会談する3月21日に、岸田文雄首相とウクライナのゼレンスキー大統領の会談がぶつけられたという認識が強い。
さらに同日、自民党の國場幸之助衆院議員が台湾を訪問し、自民党と台湾与党が台北で初の安全保障会議をおこなったことも問題視されている。
だから人々は、中国当局がメンツを潰され、日本人の拘束はその報復だとみています。日本では、岸田首相のウクライナ訪問を『ファインプレー』ととらえる向きもありますが……」
こう語るのは、中国のシンクタンクに勤める日本人だ。
3月下旬、大手製薬メーカーのアステラス製薬の50代男性社員が、スパイ容疑で国家安全当局に拘束された。4月4日に、在中国日本大使館の職員が男性と面会し、健康に問題はないことが明らかになったが、いまだ釈放されていない。
セキュリティ・コンサルタントで、元警視庁公安捜査官の松丸俊彦氏は、事件の背景をこうみる。
「2月末に孔鉉佑前駐日大使が離任する際、岸田首相に面会を申し込んだところ、断わられました。さらに、習国家主席がロシアを訪問するタイミングで、岸田首相もウクライナを電撃訪問。G7議長国として、プーチン大統領の戦争犯罪の責任を追及すると宣言しました。
これらが重なり、中国は外交上の体面を傷つけられたと考えているのでしょう。日本人が拘束されやすい状況になったため、細心の注意を払うよう、クライアントの企業などに助言していたまさにそのとき、事件は起きました」
松丸氏はある前例から、中国への警戒感を強めたという。
「2018年に中国の通信大手・ファーウェイの孟晩舟副会長がカナダで逮捕され、その直後に中国でカナダ人2人が逮捕されました。そして、副会長が釈放されたタイミングで、カナダ人も釈放されました。共産党独裁国家は、恣意的に法律を運用するのです」
中国在住のジャーナリスト・角脇久志氏は「事件は衝撃的」とし、不安を吐露する。
「今回のようなスパイ容疑での逮捕は、いくらでも捏造できてしまう。いくら本人が気をつけても、防ぎようがないのが現状です」
日本の経済界も、同じ懸念を示す。経団連の十倉雅和会長は、3日に呉江浩駐日大使と会談し、「拘束理由がつまびらかになっていない。日本の経済界は中国への進出、駐在に不安を覚える」と述べた。
国際政治が専門で、同志社大学大学院准教授の三牧聖子氏も、「中国による拘束は本質的に恣意的」と語る。
「自分は大丈夫だ、中国政府を刺激するような活動はしていないという人でも、拘束の対象になり得る『チャイナ・リスク』を認識することが大切です」
角脇氏は、拘束された男性の知人に取材。「(男性は)紳士的な方で、捕まる理由がわからない」と答えたという。
「拘束男性は、20年近く駐在しているベテランで、当然、中国のビジネスに精通し、公私ともに中国要人との交流も深い。そういったつき合いのなかでスパイ容疑をかけられたのなら、駐在期間が長かったことが仇になったのではと思います。
中国にはアステラス製薬のほか、武田薬品工業などの製薬会社が多く進出しています。とくに薬の認可は中国では非常に時間がかかり、外国企業にとって参入のハードルが高い。
そのため、役人への接待や賄賂が必要不可欠だと、日系企業の社員は口を揃えます。だから、賄賂などを口実にすれば、いくらでも逮捕できるのです」(角脇氏)
4月2日、林芳正外務大臣は中国に飛び、秦剛国務委員兼外交部長と会談。日本人が拘束されたことに強く抗議し、早期解放を求めた。松丸氏は、「政治を巻き込み、世論を動かすこと」の重要性を訴える。
「2018年に、伊藤忠商事の社員が中国で拘束されました。民間人初の中国大使・丹羽宇一郎氏が同社の出身だったため、おそらく水面下で交渉したが、うまくいかなかったのでしょう。
1年後に拘束されたことが公表され、結局、裁判で『国家の安全に危害を加えた罪』で、懲役3年の実刑判決を受けました。裁判になったら絶対に実刑判決を食らうので、政府にいち早く情報を提供し、首脳間で交渉してもらわなければなりません」
「チャイナ・リスク」の管理は、経済界や民間だけでは困難だと、三牧氏は指摘する。
「中国で拘束されているのは邦人だけでなく、米国人も200名以上いるといわれます。日本政府は、拘束問題を抱える諸国家と連携し、中国へ懸念を伝え続けねばなりません」
拘束男性の早期解放を切に願う。
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