《つらい 営業努力ではどうしようもできない勢い》
2月3日、呻くような言葉とともに、「1,721,826円」と印字された1月のガス料金振替の領収証をTwitterにアップし、窮状を訴えたのは東京都墨田区にある「押上温泉 大黒湯」。
スカイツリーから徒歩10分ほどの場所にある瓦屋根のレトロな銭湯は、65年近い歴史を誇る。2014年にリニューアルしてからは、浴槽の種類も増え、多くの人たちに親しまれている。
「どうしたらいいのかわからなという思いから、やむにやまれず投稿しました」と話すのは店主の新保卓也さん。
「ふだんの電気代は毎月70万円ぐらいと記憶していました。去年のロシアのウクライナ侵攻以降、ガス代が上がってきたなと感じてはいたのですが、1月の明細を見たら170万円も引き落とされていて……。金額を見て、愕然としました。今期は赤字決算になるかもしれない。この状況が続くと、やめる銭湯が増えてくると思います」
光熱費が上がったからといって、簡単には利用者に負担を求められない事情があるという。
「23区内で、唯一オールナイト営業をし、リニューアルしたときに露天風呂や炭酸湯を作ったりと、お客様に喜んでいただけるよう努めてきました。お客様が帰った後はすぐに電気を消すなど、無駄をなくす営業努力もしてきました。
でも、お風呂を沸かすときには必ずガスを使いますから、ガス料金が高騰してしまうとどうしようもないんです。ガス代だけで月に100万円上がれば、1年で1200万円です。電気代については、まだきちんと数字を出していないのでわかりませんが、3割ぐらいは値上がりしているのではないでしょうか。
じつは、公衆浴場の入浴料は上限額が都道府県ごとに決まっていて、1年ごとに見直される仕組みなので、個々の銭湯で勝手に値上げできないんです。
昨年は20円ほど上がりましたが、今年の改定は7〜8月ぐらいですから、それまでは今の料金のままです。これではやっていけないからと、廃業を考えている銭湯もあります。どこも本当に厳しい状況だと思います」
以前は薪でお風呂を沸かす銭湯もあったが、世界的なCO2削減の流れにより、ガス化が進められてきた。そのため、ガスが値上がりしても代わりの燃料がない状況だ。
新保さんの妻・朋子さんも、同じ墨田区でサウナを併設する「黄金湯」を営んでおり、燃料費の高騰が昨今のサウナブームに水を差さないかと心配する。
「サウナを併設している銭湯なら、上限が決められていないサウナの料金を値上げすれば少しはカバーできるかもしれません。でも、ここまでガス料金が上がってしまうと、企業努力だけではどうにもなりません。
せっかくサウナブームが盛り上がっていて、銭湯も一緒に楽しんでもらいたいと思っているところなのに、本当に残念です。正直、今の状況はコロナ禍のピーク時よりも苦しいです」
ただ、大黒湯の同投稿のリツイートは1万件を超え、大きな反響を呼んでいる。
「『応援しています』『銭湯に行きます』という応援の声をたくさんいただいています。これは本当に励みになりますし、嬉しく思っています。これまで私は、どうしたら公衆浴場の文化を残せるかと考えながらやってきました。銭湯は、SDGsにも貢献できると思っています。
ご家庭のガス料金も上がっているはずですので、一人でも多くの方に銭湯の魅力を伝え、『今日は銭湯に入ろう』と思ってご利用いただけたら嬉しいです」
ガス代の高騰という予期せぬ事態で、日本が誇る銭湯文化が消えてしまうのは、あまりにもったいない。
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