コロナ禍によるさまざまなストレスは、私たちのメンタルに深刻な影響を与えています。
2020年10月の自殺者数は2153人、前年同月比で約40%も増え、前月からは309人の増加。こんなニュースが出た2020年11月27日の時点での新型コロナウイルス感染症による死亡者数は2087人だったので、たった1カ月の自殺者数が、全コロナ死亡者数を上回ったのです。
このニュースは、テレビ、新聞、雑誌、ネットニュースなどで、「日本の10月の自殺者、年間の新型コロナ死者上回る」「先月の自殺者 去年より40%増加 コロナの影響も」のような見出しでセンセーショナルに報道されました。
さて、その後11月の自殺者数はどうなったでしょう。この勢いで自殺者数が増えるとしたら、本当に危機的な事態になるのではないかと、精神科医の私としてはたいへん心配しながら、1カ月後の警察庁のデータ発表を待ちました。
そして、1カ月後に発表された自殺者数は……1798人。前月から355人(16.5%)減少しました。2019年6月以降で自殺者数が1800人を超えたのは2020年の7月からなので、6月までの水準に戻ったということになります。
前年同月比で「11.3%増」ですから、大きい数字ではあるものの、10月の「前年同月比40%増」と比べると、かなり下がったと言うべきでしょう。このニュースを、マスコミはどう報道するのか? 大きな関心を持ってメディアを注視していましたが、残念ながら一度も目にすることはありませんでした。
ネットで検索すると、これを取り上げているニュースが何件かはありましたが、いずれも「11月の自殺者1798人ー警察庁速報:5カ月連続で前年比増」のように、悲観的なイメージを連想させる見出しがつけられていました。
つまり、「爆発的に増えた自殺者が、減少に転じた」という事実を報じたメディアは、私の知る限り存在しなかったのです。これはメディアの無責任さの表われと言わざるを得ません。
■映像ニュースが精神に与える重大な影響
私たちは「悪いニュース」をたくさん見ると、気分が落ち込みます。「良いニュース」をたくさん見ると、気分が明るくなります。今のテレビのニュース番組は、7~8割は「悪いニュース」なので、見るほど気分は落ち込みます。
今回の「自殺者数の報道」からもわかるように、「良いニュース」は無視して、「悪いニュース」だけをセンセーショナルに報じるメディアは、私たちのメンタルを痛めつけ、「コロナ疲れ」「コロナうつ」の原因を作っている、と言っても過言ではないでしょう。
ある研究によると、「絵を使いながら口頭で説明」した場合、「口頭だけの説明」と比べて6.5倍記憶に残ることがわかりました。「視覚」を使うと、口頭だけで説明するのと比べ、何倍も記憶に残りやすい。つまり、それだけ精神に大きな影響を与えるということです。
たとえば、「玉突き事故で5名死亡」という記事を、ネットニュースで見た場合と、テレビのニュースで映像つきで見た場合とでは、後者のほうがより強く悲しい気持ちになるはずです。「文字だけのニュース」と比べて「映像のニュース」は、私たちに何倍もの大きな「心の傷」を与えているのです。
■テレビのニュースを見すぎない
「コロナ疲れ」「コロナうつ」の予防法を教えてほしいという質問が、私のところにたくさん来ます。それに対する回答のひとつが、「テレビは見ない」ということです。
コロナ関連のニュース、情報を報道する「ニュース番組」「情報番組」は、コロナの危険性を過度に煽るばかりで、仮にグッドニュースがあっても、めったに取り上げることはありません。昨今の、コロナ不安を煽りまくるテレビ番組を見ていれば、「コロナは怖い」と洗脳され、情報や現状を正しく判断することはできなくなります。
ニュースを見ないと不安を感じるという人でも、インターネットのニュースで十分だと思います。実際、私はテレビのニュースを見ず、ニュースはインターネットだけという生活を何年も続けていますが、困ることはまったくありません。
「お笑い番組」「ドラマ」「アニメ」などを気分転換に見るのはいいと思います。つまりビジュアルで「楽しい」体験をすれば、それは何倍も記憶に残るということ。あなたの気分を明るくするのに役立ちます。
コロナが不安だと、毎日ニュースや情報番組を見たくなりますが、それらを見るほどに不安は強まり、気分は「うつ」に偏っていく。コロナの不安を減らすどころか、より増やしている可能性が大きいのです。テレビのニュース、情報番組は見すぎないことです。
■ストレスは3カ月後にあなたを苦しめる
自殺者数の推移に話を戻すと、昨年の緊急事態宣言以降増加傾向で推移して10月にピークを迎え、その後は減少に転じました(12月は、11月よりもさらに減少)。
では、10月にいったい、何が起きたのでしょうか?
10月の自殺者数の増加は、女性の自殺者数の増加が顕著であったため、「非正規雇用者の解雇」との関連を示唆する報道が多かったのですが、私は違うと思いました。失業者数は、10月以降大きな改善はないので、11月の自殺者数の急激な減少を説明できません。
私の予想では、4月、5月の「第1波」の緊急事態宣言による外出自粛、その後の「自粛警察」や「テレワーク」でのストレス、女性の場合は、保育所の休所や学校の休校にともない子供の世話のストレスが増えた、あるいは、テレワークで夫が常に家にいることでのストレス増。それらによる影響が「3~6カ月遅れで現われた」と考えています。
何か甚大なストレスにさらされると、私たちは精神的にダメージを受けて、「うつ」や「自殺」が起きる。これが世間の常識ですが、じつは間違っています。
人間は、短期間のストレスにはけっこう耐えられるのです。
たとえば、「決算」や「納期」前の1カ月は猛烈に忙しくなって、毎日、終電間際で帰宅する、という人もいるはず。その場合、1カ月で「うつ」や「自殺」が起きるかというと、ふつうは起きないのです。
しかし、そうした「猛烈なストレス」が3カ月、そして6カ月以上続くとどうなるでしょう。調子が悪くなる人、うつになる人も増えてくるはずです。
「うつ」というのは、脳科学的には、脳内物質・セロトニンの量が低下・枯渇して起こります。わかりやすく説明すると、私たちの脳はセロトニンの貯金を持っていて、それは1カ月で枯渇することはないけれども、3カ月を超えると不足に陥る。それが、「うつ」や「自殺」につながる。そんなイメージです。つまり、ストレス症状は時間差で現われるのです。
うつ病の患者さんに、「最近、何かストレスはありませんか」と質問しても、ほとんどの患者さんは驚くことに「ない」と答えます。今度は、「半年くらい前に、何かストレスはありませんでしたか?」と質問すると、「人事異動で配置換えがありました」とストレスになりそうな出来事を語りはじめます。
ストレス症状が出る直前の出来事であれば、原因との関連性に誰でも気づきますが、数カ月後や半年後など時間差で現われるために、なぜ調子が悪いのかに、自分でも、あるいは周囲の人も気づかないということになるのです。
つまり、現在のコロナ「第3波」、そして2度めの緊急事態宣言のメンタルへの影響もまた、数カ月後に時間差で現われるということが十分考えられます。ですから油断は禁物です。ストレスをためずに、上手にガス抜きをしてください。
「ストレス症状は時間差で現われる」ということは、自分自身そして家族や友人、職場の人たちの健康を観察し、守るうえでとても重要な知見です。ぜひ、覚えておいて、活用していただきたいです。
かばさわしおん
樺沢心理学研究所代表。1965年、北海道札幌市生まれ。札幌医科大学医学部卒。YouTubeチャンネル「樺沢紫苑の樺チャンネル」やメルマガで、累計50万人以上に精神医学や心理学、脳科学の知識・情報をわかりやすく伝える、「日本一アウトプットする精神科医」として活動
イラスト・浜本ひろし
(週刊FLASH 2021年2月16日号)
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