NBAで絶大な人気を博した選手は、現役生活の幕引きの仕方も様々だ。
1994年にドラフト3位でデトロイト・ピストンズに指名されたグラント・ヒルは、ルーキーイヤーから平均19.9点、6.4リバウンド、5.0アシスト、1.7スティールを記録し、新人王に輝いた。前年にマイケル・ジョーダンが引退したこともあり、NBAファンはヒルに“ジョーダンの後継者”と大きな期待を抱いた。
当時ニューヨーク・ニックスの大黒柱だったパトリック・ユーイングはヒルについて次のように語っている。
「(80年代~90年代にかけて)マジック・ジョンソンやスコッティ・ピッペンなど2メートル以上のサイズを持ったオールラウンダーが現われたが、ヒルの登場はセンセーショナルだった。ルーキーであのバスケットIQを持っているのは驚異的だった。試合中、ゴールへアタックしてくる相手と対峠するシチュエーションになった時、どのタイミングで進行を止めるか駆け引きをしなければならない。そういった状態で、私の動きを見透かしているかのように攻めてくるのがヒルだった」
ルーキーシーズンのオールスターではファン投票1位で出場、翌年の1996年には現役復帰したジョーダンを抑え、2年連続ファン投票で1位に輝いたヒル。その人気ぶりは群を抜いており、大統領選挙に出馬したら当選確実というメディアもいたほどだった。
しかし、ヒルのキャリアは順風満帆とはならなかった。2000年のオフ、27歳のヒルはオーランド・マジックへ移籍するも、開幕4試合目に足首を骨折。さらに次のシーズンもケガで14試合、移籍3年目も29試合の出場、2003-04シーズンに至っては全休を余儀なくされるなど、選手として最も脂が乗っている期間を満足にプレーできなかった。
「NBA4シーズン目から、長く最前線でプレーしたいという思いで食事管理と基礎トレーニングを自分でも勉強し、チームとは別に専属のトレーナーとシェフを雇っていた。それでもケガをしてしまったから人生には何が起きるかわからないものだ」(ヒル)。
もっとプレーしたいが、身体が言うことを聞かない――。ヒルはケガで何度もくじけそうになったそうだが、もう一度コートの上で勝利を味わいたい、自分のバスケットボール人生を納得して引退したい思い、懸命にリハビリに励んだ。
フェニックス・サンズと契約した2007年、34歳となったヒルは娘から言われたある言葉が現役を続ける上で最大のモチベーションになったそうだ。
「大好きな選手はレブロン(ジェームズ)。お父さんはレブロンとお友達じゃないの?会いたいなぁ」
彼女は思いをただストレートに話しただけだったのだが、ヒルはこう答えたと言う。
「レブロンとは友達だよ。今度、お父さんはレブロンとマッチアップするから、試合を見に来て、その時にレブロンに会おう」
ヒルは、娘に父の仕事はプロのバスケットボール選手で、今ではもうレブロンと張り合うような選手ではないかもしれないが、それでもやれることはある。娘にその姿を見せたいという思いがきっかけでバスケットに打ち込めるようになったのだ。サンズでの4シーズンは平均12.1点、4.7リバウンド、2.5アシストと際立った数字ではなかったものの、これまで培った経験を生かしてディフェンダーとして新境地を開拓。チームに無くてはならない存在となった。
同じ時期にサンズのゼネラルマネージャーを務めていたスティーブ・カー(現ゴールデンステイト・ウォリアーズ・ヘッドコーチ)はヒルについて、「ウォリアーズに例えればヒルはアンドレ・イグダーラのような仕事をこなしてくれていた。NBAではベテランしか見えないものがある。それはチームを勝利に導くために重要なピースであり、そういった有能な人材はチーム構成を考える上で不可欠だ」と高く評価していた。
またヒルの友人であるティム・ダンカン(現サンアントニオ・スパーズ・アシスタントコーチ)は言う。
「選手という生き物は変わっている部分があって、自分よりも実績があったり、同等のレベルの選手からのアドバイスは素直に聞き入れる。一方で、その選手が格下であれば、話を聞くふりをしてまったく聞いていなかったりするんだ。本当は良くないことだが、競争心の旺盛なNBA選手は弱肉強食の世界に身を置いている。だからこそ様々な経験をしたヒルのような選手がチームには必要なんだ。スパーズで言えばキャリア後半のマヌ・ジノビリがそんな存在だった」
最終的に40歳まで現役を続けたヒルは、キャリア平均16.7点、6.0リバウンド、4.7アシストという数字を残し、2018年にバスケットボール殿堂入りを果たした。
ヒルは愛娘にレブロンとのマッチアップを見せることができ「パパとしての威厳は守れたよ」と冗談交じりに話していたが、何よりも家族にとって大きな財産となったのは、自分がプレーをする姿を見て娘たちはスポーツが大好きになり、いまでもスポーツに取り組んで組んでいることだと言う。
文●北舘洋一郎
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