『ソードアート・オンライン アリシゼーション War of Underworld』 TOKYO MXほかにて7月11日(土)より放送開始 (C)2017 川原 礫/KADOKAWA アスキー・メディアワークス/SAO-A Project
キリト役のオーディションは「落ちても悔いはないように、やり切ろう」と思った(松岡)
――『ソードアート・オンライン』が電撃文庫から刊行して10年目、アニメも8年目を迎えました。ここまでたどり着いたお気持ちをお聞かせください。
川原 8年前にアニメ化の話をいただいたときはすごく嬉しかったんですけど、同時にアニメ化することで、そこが作品のピークになってしまうんじゃないかという怖さがあったんです。メディアミックスの動きが一段落したら過去の作品に扱われてしまうんじゃないかと。ところが、第1期に引き続き第2期をオンエアして、劇場版を上映して、第3期と続いていった。『SAO』が「今の作品」として生き続けていることが、すごく嬉しいことだと思っています。
――8年前に『SAO』をアニメ化するにあたり、主人公キリト役はオーディションで決めたんですよね。
松岡 そうでしたね。
川原 最初はテープによるオーディションで、いろいろな方の声を聞かせていただいたんです。そのテープの中で、松岡さんの声を聞いたときに、私の耳にすっと入ってきたんですよね。私が考えるキリトのイメージ通りだったかというと、ちょっと違ったんですけど……。
松岡 ははは。みなさん、よくそう言われます(笑)。
川原 でも、今となっては当時、私がキリトにどんなイメージをしていたのか憶えていないんです。松岡さんのお芝居で、キリトのイメージが完全に塗り替えられてしまいました。
――テープオーディションのあとに、選ばれた方でスタジオオーディションを行ったわけですね。
松岡 そうでしたね。スタジオオーディションの会場となるスタジオに行ったら、僕よりもキャリアや経験を積んでいる方がたくさんいて。「これは落ちるだろうな」という気持ちになりましたね。だからこそ「落ちても悔いはないように、やり切ろう」と思ったんです。
川原 松岡さんはもちろんのこと、役者のみなさんは『SAO』に限らず、いろいろなオーディションを日々受けられているわけですよね。それが本当にすごいと思うんです。私は電撃小説大賞(第15回電撃小説大賞)が初めての応募だったんですが、そこで落ちていたらきっとポキッと折れてしまって2回目の応募は考えていなかっただろうと思うんです。松岡さんも会心の出来だと思ったオーディションが、落ちてしまうことはあるわけですよね?
松岡 それは常日頃ありますね。
川原 どう気持ちを立て直すんですか?
松岡 正直な話、僕はお金に対する執着がないんですよ。『SAO』のオーディションを受ける前までは、自分の好きなことがやれている感覚があって、深夜のバイトを入れれば生活も不都合がないという状況だったので、どんどんオーディションを受けていたんです。「もしかしたら声優一本でやっていけるかもな」と思い始めたのが、『SAO』のオーディションの頃で。それまではオーディションで落ちるたびに「うわあああ」となっていたんですけど、この頃から「落ちて後悔するくらいなら、全部をやり切って落ちたほうが気が楽だ」という気持ちでオーディションに挑むようになっていたんです。
――スタジオオーディションで松岡さんをキリト役に指名した決め手はなんだったのでしょうか。
川原 スタジオオーディションでは、最終的に3人の候補の方を選ばせていただいたんです。でも、そのお三方それぞれに良さがあったんですよ。そこで監督やプロデューサー陣と「キリトというキャラクターのどんなところを掬いあげるか」という話になったんです。そのときに「キリトのカッコよさではなく、少年らしいナイーブさ」が大事だな、という話になって。そのナイーブさを一番掬っていたのが松岡さんだった……と思います。記憶が確かならば。
――ちなみに過去のインタビューによると、キリトのキャスティングは、『SAO』第2期《ファントムバレット》編の女性のようなアバターのキリト(通称:キリ子)の声も想定していたそうですが。
川原 いやいや、さすがにそんなことはないと思います(笑)。キリト役のオーディションのときはアニメ第2期なんて考えてもいませんでしたから。
松岡 でも、以前その話を伺ったことがありますよ。
川原 ええと、どうだったかなあ。オーディションのときに「仮にキリ子をやるなら、この役者さんでいけるか」みたいな話をしたかもしれないですけど……当時(第1期放送前)は、キリ子をやるなら女性の声優さんに参加してもらおうと思っていましたよね。
松岡 いや、本来はそうなりますよね。
――じゃあ、第2期で松岡さんがキリ子を演じることになったのは……。
川原 伊藤(智彦)監督(『SAO』第1,2期、劇場版監督)のムチャぶりですよね(笑)。
――キリト役として臨んだ、『SAO』第1期の収録はいかがでしたか?
松岡 収録が始まる前に伊藤監督から「ちょっと一回、飲みに行こう」と誘われて。そのときに「虎の巻」をいただいたんです。その「虎の巻」には第1話から最終話まで、どの話数でキリトのドラマの頂点が来るかが曲線グラフで描かれていました。それを見た時、僕が原作を読んだときにイメージしていた盛り上がりの曲線と、ぴったり合っていたんです。もちろん実際に収録すると、そのグラフ通りにはいかないものなのですが、伊藤監督が考えられている流れと波形は同じだな、と思って、収録に臨むことができました。
川原 僕は第1話の収録のときに、松岡さんのキリトのお芝居に手ごたえを感じたんです。実は、アフレコが行われるまで、第1話の脚本を読んでも、絵コンテを見ても、あまり盛り上がりを感じなくて。アニメとしての最初のピークは第3話になるだろうなと思っていたんです。でも、第1話のアフレコのときに、キリトのお芝居がすごく良かったんですよね。茅場晶彦がデスゲームを宣言したあと、キリトは一緒に行こうとクラインを誘うんですが、クラインは自分の仲間のために誘いを断るんです。そこでキリトがすごく淡々とセリフを言うんですよね。「そっか……ならここで別れよう。何かあったらメッセージ飛ばしてくれ」って。そのセリフの声に、泣きそうな自分を抑えている感じが伝わってきて。そこからキリトが走り出して、オオカミを斬って、叫ぶんです。あの叫び声は、テスト収録の段階から松岡さんがフルパワーで叫んでいて。「何としてでもこの世界で生き抜いてやる」というキリトの心の叫び声に聞こえました。クラインとの別れからキリトの叫び声までの芝居の振れ幅が大きくて、第1話は心を揺さぶる、すごく良いものになるんじゃないかと思いましたね。
松岡 僕もあのクラインとの別れのシーンが印象的でしたね。ここで今生の別れになってしまうのかもしれないけど、キリト……いやあのときは桐ヶ谷和人ですね。和人なりに、あふれ出る感情を抑えているんです。そこが川原さんに伝わって嬉しいです。
川原 松岡さんの芝居に対する、クライン役の平田広明さんのひょうひょうとした芝居も良かったんですよ。
松岡 本当にそうなんですよ。
川原 クラインもきっと感情を抑え込んでいるんですよね。ふたりが相手のことを考えていながら、淡々としたやり取りをしている。仮想世界の話ですけど人間らしさを感じるシーンでした。
――松岡さんはテスト収録のときから、全開だったんですね。
松岡 ちょうどこの頃は「声優ひと筋でやっていく」という覚悟をしていた時期だったので、いつでも全力で出していくというつもりでした。テスト収録で120パーセント出しておけば、本番収録のときはみなさんの芝居に合わせたり、方向性だけを調整すればいいので、個人的にはやりやすいんです。
川原 いつも岩浪(美和)さん(音響監督)からは「まだラスボスじゃないから」と言われていましたよね(笑)。
松岡 アニメは二次元ではあるんですが、僕ら役者から見ると三次元の存在なんです。キャラクターたちの生きざまを表現するのが、自分たちの仕事で、僕らは絶対に彼らにはなれないけれど、少なくともギリギリまで近づかないといけない。ならばいつでも全開でやろう、と。
――『SAO』の方向性を決めた第1話でしたね。
松岡 今の自分があの第1話をもう一度やったら、全然違う芝居になると思うんです。僕はキリトとともに月日を送り、現場を経験することでいっしょに年を重ねて成長をしてきて。常にそのときの全力でやってきたんです。
『ソードアート・オンライン アリシゼーション War of Underworld』 TOKYO MXほかにて7月11日(土)より放送開始 (C)2017 川原 礫/KADOKAWA アスキー・メディアワークス/SAO-A Project
アニメが8年続いたことで、執筆中に声が聞こえるようになった(川原)
――当時の松岡さんのインタビューを拝見すると、第10話のアスナへのプロポーズシーンは収録もいろいろ大変だったそうですね。
松岡 そうですよ! なんで僕が怒られないといけないんでしょうね。
川原 えっ、誰から怒られたんですか?
松岡 第10話でバトルした後、アスナの家で「結婚しよう」というシーンがあったんです。その収録の前、戸松(遥)さん(アスナ役)に「どうやってプロポーズをされたら嬉しいですか?」って聞いたんですよ。そうしたら「何言ってるの!」と怒られて。それで岩浪さんにも聞いたんですよ。すると、さらに「それはお前が考えるんだよ!」って叱られて(笑)。
川原 ははは。
松岡 リーファに「ごめんな」というシーン(第1期第22話、義兄の和人に想いを寄せる義妹の直葉《リーファ》を断るシーン)も竹達(彩奈)さん(桐ヶ谷直葉・リーファ役)に「どうやって断ったら一番傷つきますか?」と聞いたんです。そうしたら、横にいたかな恵さん(伊藤かな恵・ユイ役)から「ひどいよ、松岡くん!」って怒られたんですよ。
川原 (笑)まあ、「結婚しよう」と言うことなんて、人生で何度もあることじゃないですからね。小説で私もそのセリフを書きましたけど、言ったことはないですから。
松岡 僕も人生で初めてですよ。僕が初めて「結婚しよう」と言った相手はアスナですからね。
川原 初プロポーズですね。
――大変なことです。『SAO』は松岡さんの人生を変えた作品ですね。第1期の収録を振り返るといかがでしたか?
松岡 いやあ、大変でしたね。当時は自分ができることをとにかくガムシャラに出していく時期でした。余裕もなかったですし、現場でまわりを見ることもできませんでした。やっと8年目の《アリシゼーション》編でまわりを見られるようになった感じがありますね。
川原 第1期の頃は、もちろん松岡さんもフルパワーでやってくださるんですが、音響監督の岩浪さんも厳しい方なので、リテイクが出るところは何度もリテイクが出るんです。そういうときは、原作のセリフを書いたこちらも脂汗がにじむような気持ちになっていました。あと、セリフにハマっちゃうときがあるじゃないですか。なにげないセリフを何度も同じ言い間違いしちゃうときが。
松岡 ありますね。難しいセリフじゃなくても、なぜかハマっちゃうときがあるんですよね。ハマっちゃうときって「次に間違えちゃいけない」という気持ちが先行してしまって、また間違えてしまうんです。そういうとき僕は当時、痛みで気分を切り替えていましたね。
川原 自分を叩くってことですか?
松岡 自分の頬を「ばちーん」と本気で叩くんです。物理的な痛みで、自分の気持ちをリセットさせていました。でも、まわりのキャストから「あれはやらないで」と言われましたね(笑)。初めて参加したキャストが「何だこの現場?」って思うからって。
川原 単語を滑らかに言うだけでも難しいのに、そこに声優さんは演技を加えないといけないじゃないですか。その技術が、本当にすごいなと思うんです。《アリシゼーション》編の《セントラル・カセドラル》とか、本当に申し訳ないと思いました。今後はしゃべりにくい単語はやめよう、と(笑)。小説家は「しゃべりやすい単語を書く」という考えがまったくないんですよ。《アリス・シンセシス・サーティ》はサ行が多すぎるなんて、アニメの収録になって初めて気づきました(笑)。
松岡 《アリス・シンセシス・サーティ》は予告編が一番大変でした。「禁忌目録違反を犯した俺たちは《セントラル・カセドラル》で処刑されることになった。俺たちを連行することになったのは整合騎士《アリス・シンセシス・サーティ》。~次回『ソード アート・オンライン アリシゼーション』第11話『セントラル・カセドラル』」って……「何回難しい単語を言うんだ!?」と(笑)。
川原 いやあ、本当にすみませんでした。でも、最近は『SAO』の新刊を書いているときは、セリフがキャラクターの声で聴こえてくるようになったので、だいぶ変わってきたと思います。セリフを実際に人間がしゃべっているような感覚で書くことができますし、ブレス(息継ぎ)が入るところで自然と句読点を入れるようになりました。三点リーダーの長さも、より人間がしゃべるように書いています。
松岡 セリフが声として聞こえることで逆に「やりにくい」ことはありませんか?
川原 全然ないです。セリフはたいてい、何かを説明するために書いているので、ともすれば無味乾燥なものになりかねないんですね。もしくは感情過多になってしまう。それが一度頭の中でキャラクターがしゃべることによって、文章ではなくて、人間の声として書けるようになったと思います。アニメでキャストさんが付いてくださったキャラクターは全員、私の頭の中でしゃべっているんですよ。でもまだ、キャストさんが付いていないキャラクターの声は聞こえないんです。だから、新しいキャラクターのセリフを書いているときは、頭の中がミュートされたような感じがあって、気持ち悪くて(笑)。最新刊でキリトとアスナと新キャラクターが会話をしているシーンを書いているとき、キリトとアスナのセリフは松岡さんと戸松さんの声で聞こえるのに、新キャラクターが口を開くといきなり声が聞こえなくなるので、変な感じになります。
松岡 そのお話をぜひ聞きたかったんです。実は僕らも似たような経験があるんですよ。ゲームなどでは、ひとりで収録するんですが、会話をするイベントシーンなどでは、会話の相手がどんな芝居をしてくるか想像しながら収録しているんです。知っている方が相手役になると、だいたいの方向性が頭の中で再生されるのですが、知らない役者さんが相手役になると、それが想像できないのでどう返せばいいのがわからなくなってしまうことがあるんです。
――でも原作を執筆するときも「声が聞こえてくる」というのは、アニメ化の効果のおかげですね。
川原 8年続けてきたおかげですね。
後編へ続く(6月19日配信予定です)
取材・文=志田英邦 写真=GENKI(IIZUMI OFFICE)スタイリスト:久芳俊夫(株式会社ビームス) ヘアメイク:高橋 優(fringe)