17歳でスクリーンデビューして以来、50年以上、女優として活躍し続ける梶芽衣子さん。華々しい舞台の裏側で重ねた苦労、貫き通してきたプロとしての生きざまをつづった初の著書『真実』(文藝春秋)がこのたび発売された。自分らしく生きるとはどういうこと? 自信をもって生きるにはどうしたらいいの? 迷える女性たちのヒントになるお話をうかがった。
■悔しさを重ねて現れた、自分でも知らない負けん気の強さ
――本書を読んで驚きました。罵声を浴びせられたり、大根役者と揶揄され現場で大根を持たされたり、華やかに見える舞台の裏側でさまざまな辛酸を舐めてこられたんだなと。
梶芽衣子(以下、梶) 高校時代はモデルをやっていましたけど、あくまでアルバイト感覚でしたからね。芸能界に興味があったわけでもなく、スカウトされるまま日活に入社したものだから、右も左もわからなくて。当時は教育係なんて気の利いたものもないから、自分が「何がわからないか」がまずわからないんです。
だから誰に聞こうにも、何を聞いたらいいのかすらわからない。つい「わかりません」と言うと、「わからないって言うな!」なんて怒られるし、名前で呼んでもらえるようになるのに2年かかりましたし、毎日傷ついていました。
――そんななか、先輩に嘲笑されて啖呵を切ったエピソードは印象的でした。
梶 啖呵を切ったっていうか(笑)。当時の映画は、撮影が全部終わったあとにアフレコで自分の映像に声を当てることがあるんですが、そんな作業があることも知らなくて、上手にできるわけがないですよね。セリフだけじゃなく、効果音を入れる方もいたんですけど、その道のプロなので一度映像を見るだけで必要な音をぴったり当てることができるんです。それなのに私が失敗するからその方も何度も同じことをやらされて、恥ずかしいやら申し訳ないやら死にそうな気持ちでいたときに、先輩方がふふんって笑うから。
――「笑わないでください。あなたたちは初めからこれができたんですか!」と。
梶 もう癪に障っちゃって。キレちゃった(笑)。
――そこでうずくまって泣くのではなく、キレるのがすごいと思いました。その負けん気の強さは、昔からですか。
梶 いいえ全然。むしろ人と話すのも苦手で、学校でも隅のほうでひっそりしているタイプでした。芸能界に入って初めて、私ってこんなに強かったんだって気づいて。自分で自分にびっくりですよ。
■仕事場という戦場に存在するのは、男でも女でもなく、“プロ”だけ
――どうしてそんなに強くなれたのでしょうか?
梶 父に言われた「最初の仕事は貫け」って言葉は大きかったですね。言われたときはどういうことかいまいちピンとこなかったけど、「負けて勝つ」ってことなのかもな、って。社会人一年生でなにもわからずなにもできない自分が、なけなしのプライドを誇示してもズタボロになっていくだけで、今はプライドを捨てて頑張るしかない、って開き直るようにした。そのことに気づけたのはよかったなあと思います。
――ヒットが続いていた『女囚さそり』の続編を拒否したり、梶さんは仕事とともに、自分の信念を常に貫いています。
梶 映画会社としては当たる限り続けたい、それはわかるんです。でも役者としては、一つのイメージで固定されてしまうのが怖かったし、いずれ当たらなくなったとき、他に手札が何もないのも怖かった。もちろん大騒ぎになりましたし、各所に迷惑もかけました。我儘と言われればそれまでだけど私は譲りませんでしたね。心の中で「ごめんなさい」と手をあわせ、いつか恩返しできる日が来るかもしれないと思って。
そういうことがあるたび私は、自分の信念を貫き続けようと心に決めるんです。だって、お互いに覚悟を決めて何かを背負いながら戦っていくことが、仕事でしょう?
――仕事場は戦場であり、そこで戦うのに男も女もない、という言葉が本書の中にもあります。
梶 仕事場に存在するのは、プロだけです。今は女性も働きやすい世の中になってきましたけど、職場で差別的なことを感じたら、その都度きちっと伝えたほうがいい。「私はちゃんと仕事していますよね、男も女も関係ないですよね」って。批判されようが嫌われようが、自己主張はしたほうがいいと思います。男の人って、言われてはじめて気づくってこともありますから。だからこそ、はっきり物申すためには、自分が誰よりプロである自信をもたなきゃいけないんです。
■大事なのは驕らず、謙虚な自信をもつこと
――その自信はどうしたら備わるのでしょうか。
梶 自信というのは謙虚さだと私は思います。だけど謙虚のない人間は、今いる場所にあぐらをかいて、学ばなくなるし、努力しなくなる。自分の価値を自分で決めて、利害だけで世の中を見る。これが自惚れと驕り。自信とは似て非なるものです。だけど最近はそういう人が増えているなあと残念な気持ちになることが多いですね。
――どういうときにそれを感じるんですか。
梶 たとえば、廊下ですれ違ってもエレベータに乗り合わせても挨拶しないとか。あんがい、ベテランと言われる人たちほど多いんです。見て見ぬふりをする労力のほうが、挨拶するよりよっぽど大変だろうと思うんだけど。彼らにはきっと、怖いと思える存在がいないのね。そういう人を見ていると、あれ以上は上にも前にもいけないだろうなと思います。
――梶さんが怖いと思うのはどういう人ですか。
梶 それはやっぱり、ファンの方。いちばんの批評家です。本にも書きましたが、『女囚さそり』の頃は「これだけ頑張ったんだからヒットして当たり前」なんて気持ちがどこかにあったと思うんです。だけど最近、ファンのみなさんの前で歌う機会が増えたことで、驕りを捨てて感謝することの本当の意味がわかった気がします。謙虚な気持ちでいいものを見せ続けなければ、お客さんはあっという間に離れていきますからね。
■自分の人生で頼れるのは、自分しかいない
――本書に「何が幸せなのかは人それぞれですから。人の運命なんてどこでどうなるか本当にわからないもの」という言葉があります。
梶 私は昔から子どもが好きで家庭をもちたかったし、『女囚さそり』のヒットがなければ、そして婚約者からのDVがなければ、結婚してすっぱり引退していたと思います。中途半端が嫌いで、何事もきっちりしていないと気が済まない性格ですから。だけどけっきょく婚約破棄をして……。別れた限りは貫くわよ女優業、って気持ちで突き進んできました。相手の方にも「別れるなら一生仕事をしろ」「結婚もするな」と言われましたし、それに応えるのがせめてもの誠意だと思いました。そうして女優としての今があるんだから、人生何があるかわかりませんよね。
――自分で自分の人生を舵取りしているからこそ、今も梶さんは強く美しくいられるのかなと感じます。
梶 美しいかどうかはわからないし、私の生き方を他人様に押しつけるつもりもまったくないけれど……「自分しかない」って思うところから始まらないと駄目なんだとは思います。だって、誰も助けてはくれないんですから。だからこそ自分を信じることが大事なんじゃないかしら。
――謙虚な自信、ですね。
梶 そう。たゆまぬ勉強と努力、そして忍耐を重ねていけば、おのずと謙虚さも身についてくる。これに裏打ちされた自信をもてば、もう鬼に金棒ですよ。どんなに悔しいことがあっても、今に見てなさいよ、って奮起できますから。それは諦めない勇気にもつながっていきます。私は絶対に、諦めなかった。今も、何一つ諦めていません。私だって一生懸命、そうやってきて、今年は初めてロックにも挑戦して歌って。若い人たち、特に20~30代の方々には頑張ってほしいと思いますね。これからの社会を支える、大事な人たちなんですから。
取材・文=立花もも
撮影=岡村大輔
●プロフィール
かじ・めいこ●1947年、東京都生まれ。高校在学中にモデルデビュー。卒業後に日活に入社。映画『悲しき別れの歌』で本名の太田雅子で女優デビュー。69年、梶芽衣子に改名。「野良猫ロック」シリーズ、「女囚さそり」シリーズ、「修羅雪姫」シリーズなど数々のヒット作を打ち立てたあと、テレビ業界にも進出。「鬼平犯科帳」シリーズでは28年間、密偵・おまさ役を演じる。歌手としても活躍し、4月18日にアルバム『追憶』発売。
●書籍情報
17歳でスクリーンデビューして以来、女優として自分の道を貫いてきた梶芽衣子。華やかな舞台の裏で経験した悔しさの数々、恋人からのDV、勝新太郎や高倉健との思い出、これからも続けていく歌手活動……。負けん気の強さと「勉強、努力、忍耐」のスローガンで切り拓いていきた人生を振り返った初の自伝。