ピエール瀧さん、沢尻エリカさん、田代まさしさんら著名人が、相次いで違法薬物で逮捕され、世間はバッシングであふれる。
コンビニにはアルコール濃度が高いストロング系チューハイや、カフェインがたっぷり入ったエナジードリンクが並ぶ。
誰もが何かに依存して生きているようにみえる現代は、どんな時代なのか。少しでも健やかに生きるためにどんな対策が必要なのか。3人の専門家に聞いた。
増える「ストロング系」 新たな層の依存も
最近、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部長で、薬物依存症センター長・松本俊彦さんが問題提起して話題になったのが、ジュースのような口当たりなのに、9%とアルコール度数が高い「ストロング系チューハイ」の流行だ。
酒税法改正の煽りを受け、税率の低さを狙って開発されたこのようなアルコールが、アルコールが苦手な層に新たな依存を生み出していると指摘する。
「お酒の入り口にある若者も飲むので、アルコール人口を増やすことに貢献しています。飲みやすくて度数の高いアルコールを速いペースで飲んでしまうのも問題です」
松本さんはストロング系を飲んでいる人たちのSNS上の言葉に愕然とした。
「『酔う』というより『わからなくなる』ためのお酒」
「脳みそのブレーカを落とすステキな魔法」
「『こんなもん好きで飲んでいる訳じゃない』って気持ちになるあたり、本当に嗜好品ではなく麻薬ですね」
「お酒がもともと好きではない人たちが、酔って意識を飛ばすために飲む。アルコールを効率よく摂取できる飲み物として使い、これで酩酊した後にリストカットしたり過量服薬したりすることも多いのです」
「酒ではないかのようにごまかして飲ませて、気がついたら依存ができあがっていてやめられない状態に追い込んでいるような気がします」
依存症に苦しむ人はどれぐらいいる?
「依存症」とは、特定の物質や行動によって、生活に支障をきたすようになった状態のことをいう。
では、アルコールや薬物、ギャンブルなどの依存に悩む人は、どれぐらいいるのだろうか?
精神保健福祉資料
2013年の「WHO世界戦略を踏まえたアルコールの有害使用対策に関する総合的研究」によると、アルコール依存症者は推計58万人。うち治療を受けている人はうち22%しかいない。
薬物については、松本さんらが調査した。
日本人の生涯の違法薬物経験率は、推計2.3%となる。
ギャンブル依存に関するデータもある。国⽴病院機構久⾥浜医療センターが2017年度に行った調査で推計した生涯のギャンブル依存症経験率は3.6%だ。
依存症は増えているのか?
松本さんは、アルコールや薬物のような物質に対する依存と、ギャンブルやゲームなどの行為への依存は分けて考えている。
地域保健・健康増進事業報告
「物質の依存症に関しては、横ばいか、減っている可能性がある。アルコールに関して言えば、若年層では飲酒しない人の割合が増え、患者の高齢化が進んでいます。昔、依存症になった人がいまだに依存症という状況です」
市販薬や処方薬の乱用は増加
著名人の違法薬物による逮捕が目立つが、むしろ違法薬物の使用は減っている。
「覚醒剤は20数年前は20代、30代の使用が目立ちましたが、今は50代が一番多い。バブルを知っているちょいワルおやじ達がいまだにやっている状況です」
「医療機関の受診者も、覚醒剤取締法違反で刑務所に入った人の平均年齢も上がっています。20年後ぐらいに覚醒剤は珍しい薬物になる可能性があると思う程です」
一方で、処方薬や市販薬の乱用は増えている。
「抗不安薬のデパスなどのベンゾジアゼピン系や市販薬の乱用はいまだに健在です。特にベンゾ系に関しては、10代の子で乱用が進んでいる」
「でもアルコールや覚醒剤の減り方の勢いをしのぐほど増えているわけではないので、トータルで見ると、物質系の依存は微減かと思います」
ゲーム依存などは増えている
行動の依存はどうだろう。
「大幅に増えているとは思えませんが、地方都市では昔からずっと大きな問題です。娯楽のない地方で、車で行ける街道沿いのパチンコ店は当たり前の存在になっていて、北海道や九州の医師たちは『ギャンブルが多くて大変だ』と言っています。首都圏だとあまりその実感がない」
「オンラインゲームなどを依存症と言っていいかはまだすっきりしない面もありますが、WHO(世界保健機関)の新しい診断基準、『ICD11(国際疾病分類第11版)』では『ゲーム障害』というものが入りました。それも依存症とすると、確実に増えているだろうなとは思います」
「そういう意味では非物質系の行動の依存症に関しては、増加傾向かもしれないと思っています」
ストレス社会で一瞬得られる「空想の万能感」
増えているゲーム依存。松本さんは、通勤・通学電車の中でもここ数年、スマホでゲームをする人が増えたことを感じている。
「スマホやインターネットなしでは生きられない社会状況になる中、電車の中で文庫本や新聞を読む人はいなくなりました。いい大人がスマホでゲームをやっている。僕も嫌なことがあった時によくやるので、ゲームをやるサラリーマンたちを見ていると、この人も嫌なことがあったのだろうと思います」
嫌なことがあった時に、ゲームをやることはどう心に作用するのだろう。
「囚われていることや心配なことから一時的に距離を置ける。僕はオセロなど単純なゲームをよくやるのですが、何度もくりかえしやっているとあたりまえですがAIにも負けなくなります」
「そうなると、相手を叩きのめす感じ、クリアする感じに快感を覚えます」
「思うにまかせぬ人生の中で、ささやかなセルフコントロール感や空想上の万能感を得ようとしているのでしょうか」
依存が渇望を生み出している側面も
「ゲームにしてもパチンコにしても、依存は酔いの中で万能になる。酒で酔っ払ったおっさん達も居酒屋で上司のこき下ろしをして、自分が世界で一番偉いかのように振る舞います。一瞬でも天上天下唯我独尊になるわけです。覚醒剤もそうです。人間ってそういうことがないと生きていけない生き物なのでしょう」
だが、スマホやゲームがない時代は私たちはどうして過ごしていたのだろうか。
「かつてはそれがなくてもうまくやっていた気もするし、文庫本を読んで空想の中でリラックスしたのかもしれませんが、今はゲームをやってすっきり感を得る。しんどい会議が続いた後に、一服して気持ちを切り替えるのと同じです」
「それがなくても大丈夫だったのが、生活にそれが入り込んでくると、ないと落ち着かなくなる」
「依存性の物質や依存性の行動によって、新たな渇望や依存を生み出している面もあるのです」
違法薬物よりも多い処方薬、市販薬依存
依存症からの回復を目指す「ダルク女性ハウス」に来る女性が使う薬物のほとんどは、違法薬物ではなく、処方薬や市販薬だ。
最近、「ダルク女性ハウス」代表の上岡陽江さんはブロン依存に悩む10代の子の相談を受けたばかりだ。
「いじめで学校に行けなくなり、みんなが『しんどい』と書いている裏サイトに行き着いて、『私だけじゃなかった』とホッとする。同時に、誰かとコミュニケーションを取ろうとして、『ブロンを飲むと1日乗り越えられるよ』と声をかけられ、ネットで買い始めるのです」
歴史をたどれば、こうした処方薬や市販薬の依存の流行は繰り返されてきた。
抗不安薬の「デパス」、ADHD(注意欠如・多動症)やナルコレプシーの治療薬「リタリン」、咳止めの「ブロン」の乱用は、20〜30年前に流行ったものが、現在にも復活している。
「例えばブロンなら、今50歳ぐらいの人たちが30年程前、『いい子の息切れ』のような状態で、『ブロン飲むと勉強に集中できるよ』などと言われて依存してしまうのが問題になりました。今は、いじめを受けている子どもたちが裏サイトでブロンに出会っています」
「薬物依存症の女性の多くは、たいてい抑うつ状態になっているので、頭痛薬や睡眠薬のお世話になることが多い。人とは会わずに引きこもり、人に助けてとは言えなくて、頭痛薬や胃薬や睡眠薬で紛らわせているうちに、薬がてんこ盛りになる。それなしではいられなくなるのです」
使用者は被害者 根元の問題に目を向けて
上岡さんは、薬物やアルコールに依存する人が糾弾され、違法薬物では「再犯防止」のために厳罰を科されることに疑問を感じてきた。
「女性の場合は、『被害者』が刑務所に入っている。薬物依存症者の多くは夫や親の暴力の被害者です。国内でも海外でも女性の支援をしている人たちはみんな、約9割が被害者だとよく話している。それなのに、DVの夫や殴りつけた父親は外にいる。女性たちが刑期を終えて外に出ても、住むところや仕事がなくて、結局、加害者の元に戻らざるを得ない。『再犯防止』っていったい何なの?と思うわけです」
上岡さんも参加している「日本薬物政策アドボカシーネットワーク」の事務局長でソーシャルワーカーの古藤吾郎さんは、違法薬物を使う人の大半は、依存症ではないということが日本では理解されていないと感じている。
長年、薬物を使ってきたはずのピエール瀧さんや沢尻エリカさんが、一線で活躍してきたのをみんな知っているにもかかわらずだ。
国連薬物犯罪事務所(UNODC)のWorld Drug Report(2019)では、過去1年間で違法薬物を使った人のうち、生活に支障をきたす「依存症」と呼べる状態に陥っている人は13%とされている。
「アルコールを飲む人、ギャンブルする人全てが依存症になるわけじゃない。本人たちが困っているのは住むところや仕事がないことかもしれないし、暴力を振るわれることかもしれない」
「一番の困りごとは薬物以外であることが多いのに、薬で逮捕されるとまずやめさせて、回復プログラムに参加させようとする。それは、当事者にとっても的外れだし、プログラムの提供者にとっても不幸な結果に終わることが多いのです」
薬物政策は、本来、薬を使わざるを得なくなった貧困や暴力問題への対策にまず手をつけてもらいたいのに、そちらにはほとんど目が向けられていない。
上岡さんも言う。
「女性なら、10代の頃から貧困や虐待などに苦しんでいることが多いのです。それでも、助けてと言える場所がありません。だから、捕まる前、薬やアルコールに依存する前から、根元の問題をちゃんと支援してくださいと言いたいのです」
罰は有効でなく、むしろ有害
松本さんも、依存症に関して厳罰を科すことや、それを報じてバッシングすることに対しては一貫して反対の意見を述べてきた。
「罰が有効であるというエビデンスはないのです。むしろ、罰はどうも効果がないという科学的なエビデンスは結構出てきている」
「それに人間の創造性というのは驚くべきもので、何かを罰して規制してもすぐに次のものが出てきます」
「ストロング系チューハイの話もそうですが、人間は時には酔ったり、時には遊んだりしたりすることをあちこちに散りばめないとやっていけない生き物です」
「それを一切排除するのは不可能で、人間がどうにか生きていくための必要悪として認めながら、我々がより安全に酔ったり、遊んだりしたりするにはどうしたらいいかという議論の方が必要なのではないかと思うのです」
ただし、ギャンブルについては意見を保留している。
「ギャンブルについて言及したくないのは、今の社会状況では、『じゃあカジノもいいですよね』という話がついてきてしまうからです。カジノがいいとは思ってはいない」
規制すると、さらに有害なものが生まれる歴史
「どんなに規制しても人間は必ず何か似たようなものを見出します。そして後から出てきたものの方がより酷いことは歴史が証明しています」
どれだけ規制しても、より強い刺激を求めて、より有害なものが生まれることは、薬物でも問題となってきた。
「中国からヨーロッパに阿片が伝えられた時、ヨーロッパ人にあっという間に阿片が広まりました。そこで阿片を規制したら、今度はモルヒネを注射で使うようになり、モルヒネを規制したら、もっと強力なヘロインを使うようになった」
そこで、ヨーロッパは、健康被害をもたらす行動をただちにやめられない場合に、その害や危険をできるかぎり少なくする「ハームリダクション」に方針を切り替えた。
個人の少量の使用や所持については罰せずに、医療者の相談窓口につながりやすくする施策が導入されている国も多い。
ハームリダクションを否定したアメリカは?
「アメリカはそれでもハームリダクションを否定し、引き続き厳罰政策を貫きました」
「そのなれの果てが、フェンタニルのようなヘロインより強力な医療用麻薬が広がり、多くの死亡者を作り出す悲劇を招いた……。あくまでも私見ですが、そんな風に感じられてしまうのです」
アメリカではロックアーティストのプリンスさんらがフェンタニルの過剰摂取で命を落としている。
「叩くと次に出てくるものはもっと酷くなる。抗生物質が耐性菌を生み出し、さらに強い抗生物質を必要とするような流れが依存症の世界にも起きているのです」
排除ではなく、社会の中でつつみこむ
さらに、同じぐらい酒や薬やギャンブルをやったとしても、依存症になる人とならない人がいることを松本さんは指摘する。
「依存症になる人たちは、トラウマなど他にしんどい問題を抱えていることが多く、酒や薬やギャンブル以外にも問題を起こしている人が多い」
「その人たちこそは支援につながらなければならないのですが、厳しく罰することで治療や支援から阻害してしまう。治療後の社会参加も阻まれてしまうところがあるのです」
「ダメ。ゼッタイ。」がなぜダメか?
日本での違法薬物の逮捕者バッシングや、「ダメ。ゼッタイ。」運動に象徴される、薬物使用者に厳しい啓発活動も、支援につながるべき人を遠ざけ、依存にまで進むことを後押ししていると指摘する。
「規制や乱用防止のために、スティグマ化(負の烙印を押す)した格好でやるのが今の日本で、『薬物やギャンブルをやる奴は人間じゃない』というような啓発の仕方です」
「すると、その問題を抱えている人たちがますます地域で孤立し、孤立すればするほどますます依存行動が悪化するというスパイラルに陥ります」
「そういう少数の人を斬り捨てて前に進むという社会もあり得るのかもしれません」
「実際、少数者を切り捨てるために刑務所に入れてきたわけですが、むしろそれによって社会で生活できない人、出たり入ったりする人が沈殿していき、高齢化施設になってしまった」
違法薬物で捕まった人を1人受刑させるために使われる税金は1年で約400万円という。
「少数を社会から排除するためにそれだけお金がかかっている。年収が400万円ない人もたくさんいるのに、です。だから、社会で包摂した方がいいと考えています。その方がコストもかからない」
どのような対策が必要か?
では、私たちはどのような対策を考える必要があるのだろう。
「薬物とアルコールとギャンブルはそれぞれ違います。でも、乱用防止のための啓発をすると同時に、依存につながる問題を抱えている人たちに対する支援の窓口や支援を受けることの素晴らしさを伝えてほしい。問題を抱えたけれど、そこから回復した人は素晴らしいという価値観を創り出すことが必要です」
薬物依存症から回復しつつある元プロ野球選手の清原和博さんや俳優の高知東生さんが一般に体験を語っていることを松本さんは評価する。
「回復者の人たちに前に出てもらうことは大事です。匿名性を大事にする薬物やアルコールの回復プログラムは素晴らしいと思う反面、カミングアウトして、まだ回復していない人に希望を与えるのもまた素晴らしいと思うのです」
「アメリカでは、ミュージシャンのエリック・クラプトンやエミネムがAA(アルコール依存症の自助グループ)やNA(薬物依存症の回復グループ)のメンバーであることを公表しており、すごく大事な情報発信だと思います。日本でももっとあったらいいなと思いますが、日本ではだれも褒めてくれない土壌があります」
逆に激しいバッシングや排除に遭うことを恐れて、早い段階で助けを求めることさえしづらい状況が日本にはある。
人は孤立すると悪魔に化ける
「その価値観を変えていくのは難しいことですが、不可能ではない。薬を憎み、薬を使った人を憎まないという切り離しが必要なのだと思います」
「とにかく仲間はずれにして孤立させると、ろくなことが起きません。人は孤立すると悪魔に化けると思うのです」
「規制されると、反社会勢力にアクセスしなければ薬が手に入らなくなる。依存の酷い人たちは、その危険を冒してでも手に入れます」
「大麻はよくゲートウェイドラッグ(薬物乱用の入り口になる薬)と言いますが、それは大麻の薬理作用によってではなく、大麻を違法化することによって、反社会勢力との道筋ができることによってだと思うのです」
カナダは大麻の使用者を反社会勢力と切り離すために、合法化の戦略に舵を切った。
「規制して排除すると、排除されたマイノリティたちは、余計孤立しおかしな方向に進みます。だから、『ダメ。ゼッタイ。』ではなく、『ヤバい奴は抱きしめろ』とか、『つまづいた奴を孤立させるな』などを標語にした方がいいと思うほどです」
日本は規制が厳しいから使う人が少ないのだと、規制当局は必ず言う。
「でも、処方薬や市販薬の乱用でこれほど困っている国も他にはないのです。現実を見て対策を考えるべきだと思います」
違法薬物を使いながら生きる選択肢も
「日本薬物政策アドボカシーネットワーク」は2019年12月、メディアに向けて「薬物使⽤に対する現実的・科学的・合理的な理解に基づく情報発信を」を発表した。
ここで言う薬物とは、覚せい剤、⼤⿇など違法とされる薬物だけでなく、処⽅薬・市販薬も含めた。
合法な薬物の依存状態もあれば、違法薬物を使いながら社会生活を破綻させずにいる状態もあることをメディアに理解してほしいという狙いがある。
そして、個人の少量の使用や所持に関しては、日本のような厳罰ではなく、欧米のように微罪としたり、犯罪としなかったりして、健康被害を最小限に留める対策「ハームリダクション」の実現を願う。
薬物使⽤は犯罪だ/断薬が当然の成功だとする取り組みにより、薬物使⽤で困っている本⼈、家族・パートナーなど⾝近にいる⼈たち、そして薬物を使うことがある未成年の⼦どもたちも、ますます誰かに相談したり、⽀援を求めたりすることができなくなります。薬物使⽤がある⼈とその⾝近にいる⼈たちの尊厳を⼤切にする関わり⽅が求められます。
薬物を怖いものとし取締りを厳しくすることで、薬物使⽤は地下に潜み、地下にある薬物市場は発展しています。少量の薬物に係る犯罪は、ルール違反であったとしても被害者はいません。微罪とする、犯罪としない、規制許認可するなどさまざまな効果的な取り組み⽅があります。
本人にとっての「健康な暮らし」を尊重する
だが、一足飛びに、違法薬物の非犯罪化・非刑罰化などの司法対応の変化は実現しないだろうとも古藤さんは考えている。
「まず地域社会において、薬物使用を生活・健康・福祉面で支援する体勢が整えることが必須です。非犯罪化だけ実現しても、依存症の回復支援や依存症者を対象にした精神科医療しか利用できない状況では、そこまで進んでからじゃないと支援につながりにくい現実があります」
古藤さんも関わるNPO法人アパリ(アジア太平洋地域アディクション研究所)では、「ドラッグOKトーク」という、違法薬物を使っていたとしても、その状況を肯定しながら相談にのるホットラインを設けている。
「薬を使いながらもどうやって健康に暮らせるかという視点で向き合います。その中でもし困ることが起きてきたら、断薬という選択肢も提供できる。でも、それは私たちが最初から押し付けるものではありません。本人にとって健康的に暮らすということはどういうことなのかを尊重します」
専門家も「ハームリダクション導入を」
松本さんも、日本にハームリダクションの考え方を導入することに賛成の立場だ。論文もまとめている。
「トラウマを抱えている患者も多く、精神科の薬の副作用でおかしくなる場合もある。大麻が一番生活の破綻がないという患者も複数診ています」
「トラウマのセラピーができる医療者は限られているし、セラピーで心のふたを開けて生活が立ち行かなくなる時期を考えれば、大麻を吸いそこそこごまかしながら、自分らしく生きていくという手もある気がします」
「ベンゾ系や僕らが処方している治療薬も含めて、薬にはいい部分と悪い部分が必ずあります。違法・合法は根拠なく政治的な理由で決められていますが、もう少しニュートラルに捉えて、薬を使いながら、それで上手くいって誰にも迷惑をかけていないなら、それも一つの生き方かもしれないと思うのです」
もちろん、薬物を使うことに100%害がないと言っているわけではない。
「しかし、それは酒もたばこも処方薬や市販薬も同じです。我々専門家が研究した情報発信を受けながら、自分の中でリスクと天秤にかけて選んでもらうという選択肢があってもいいのではないかとも思います」
当事者を置き去りにしない丁寧な議論を
歴史的に違法薬物の厳罰化を徹底してきた日本では、急に舵を切ることは難しい。一方で、刑罰や規制をもって違法薬物をコントロールしようとしてきた歴史は浅いのも事実だ。
「少なくともメソポタミア文明の頃から、人類はアルコールやケシの花を使ってきました。薬物と共にあった人類の長い歴史の中で、実効性のある形で法と刑罰による薬物のコントロールが始まったのは1961年から。まだ60年しか経っていない」
「それで世界中の薬物の問題は解決に向かったかと言えば、むしろ正反対です。薬物によって死ぬ人やアヘンやコカインの生産量は激増している。規制が需要を作り出し、規制によって利権ができています。規制されば規制されるほど、闇での値段が釣り上げられ、反社会勢力に有利に働く」
規制当局は著名人の逮捕をメディアにリークして大きく報道させ、ワイドショーやSNSではバッシングを繰り返す。「ダメ。ゼッタイ。」が浸透しているそんな日本で、ハームリダクションへの理解は進むのだろうか?
「少なくともヨーロッパはそういう方向に舵を切っているということを知ってほしい。日本も直ちに切り替えるべきとは思いません。急な変更はどちらにしても悪い方向にいくことが多い。でも、教養のある人たちには知識を共有してほしいし、どんな対策が本当に効果的なのか丁寧に議論していきたいのです」
その議論には、当事者の健康を守るために、合理的に効果があるのは何かという冷静な視点が必要だ。
薬を使ったことは支援につながる「入場券」
「僕の外来に来る人は薬だけが問題じゃない。他に困った問題があります。薬を使ったことは支援につながる『入場券』です。薬を使う使わないの問題は、通院を始めて2、3年で終わり、その後は別の困りごとについて定期的に話し合っていることがすごく多い」
「一方で、世の中には困りごとがないけど、うまく薬やお酒を使いながら生活している人もいっぱいいます。高い税金を使って、その人たちを犯罪者として排除し続けることが、社会に対していかほどの意味があるのか」
「犯罪化すれば、反社会勢力の人たちがビジネスを始めて大きく育ってしまいます。規制するということは、それを破る闇の人たちが出てくるということ。そろそろ日本でもこの構図に気が付いた方がいいと思います」
【取材・文 岩永直子(BuzzFeed Japan)】