この10月で、アマゾンの電子書籍サービス「Kindle」が日本展開を開始して5年が経過した。5周年と時期を合わせるように、同社は電子書籍専用端末「Kindle Oasis」新モデルを発表した。世界同時発表されたもので、日本独自の製品ではないが、その機能を見ると、日本市場の特性が与えた影響が色濃く見えてくる。
10月末より発売される「Kindle Oasis」新モデル。IPX8対応の防水になり、ディスプレイサイズは7インチに拡大した。価格は3万3980円から。ただし、Amazon Prime会員は4000円割り引かれ、3万円を切る。
日本の電子書籍はまだまだ小さな市場……と言われることは多いが、2016年度には2278億円(インプレス総合研究所調べ、電子書籍・電子雑誌合算)にまで成長している。これは、Kindleがスタートする以前(2011年度)と比較して約3.5倍の値だ。そしてこの市場の成長を牽引してきた存在のひとつがKindleで、日本の電子書籍ストアの中でシェアトップと言われる。
5年で60万冊の規模に拡大、日本独自の「コミック市場」が成長
縦軸はKindleでの取り扱い点数。1年目は「5万冊」ということなので、2017年は12倍=60万冊になった計算になる。
アマゾン・ジャパン合同会社の友田雄介事業本部長( Kindle事業本部 コンテンツ事業部)は、「2012年に5万冊の取り扱いでスタートした日本のKindleは12倍に成長し、先日60万冊を超えた」と明かす。出版業界内では、日本で1年に流通する書籍のタイトル数は「80万冊」と言われており、そのすべてをKindleがカバーできているわけではないが、この5年での変化は大きい。
アマゾン・ジャパン合同会社 Kindle事業本部 コンテンツ事業部の友田雄介事業本部長。
「コミックが大きなビジネスになる、とは予測していたが、ここまでまとめて買う方が多いとは思わなかった」
と友田氏は語る。
その理由は「巻数が多いこと」だ。日本のコミックは特に巻数が多く、50巻を超えるシリーズも多数ある。だからヒットシリーズほど売り上げを確保しやすい構造にある。ただ、Kindleは必ずしもコミックに向いた操作性のストアではなかった。トップシェアでありながら、使い勝手の面で、国内の他社に負けていたわけだ。
Kindle Oasisに取り入れられた「コミック仕様」
こうした状況を改善するため、Kindleは2016年頃より、ようやく日本向けの施策を打ち出し始めた。特に、コミック対応の点で大きかったのは、2017年9月16日からスタートした「Kindleマンガストア」だ。逆に言えば、ここまでの本格的なテコ入れは初めてのことだ。米アマゾン本社に日本独自の改修を認めさせるほどに、「日本のコミック市場」は魅力的だった、ということだ。
日本オリジナルのコミック専用ストアである「Kindleマンガストア」。スマホでもPCでも同じ操作性で買い物ができる。購入までの導線を短くし、人気コミックのまとめ買いにも対応している。
今回登場した新型「Kindle Oasis」(3万3980円から)は、同様に日本市場の要望を反映したモデルだ。今やKindleの特徴になった電子ペーパー方式の画面サイズは、従来の6インチから7インチになり、さらにコミックが読みやすくなった。解像度はiPhone 8(326PPI)をやや下回る300PPIで、解像度的には十分。見開きページが来たらそのページを「横向き」につなげて読む機能や、同じシリーズを自動的にまとめて整理する機能なども搭載されている。防水対応で、バスルームやプールでも読める。昨年モデルに比べ、価格も8000円近く安くなった。
Kindle Oasis 2017年モデル。
2016年モデルは付属のカバーが外付けバッテリーを兼ねる構造で、カバーなしの本体が131g(Wi-Fi版)と、2017年モデルより60g軽いものの、カバーを外すとバッテリーの持ちが短い(カバーをつけた時の数分の一)という欠点があった。一方、2017年モデルはカバーからバッテリー機能がなくなったシンプルな構造に戻り、バッテリー動作時間は「数週間」になっている。重くなったが、問題と感じるほどではない。動作速度も上がっており、特にコミックでのページ送りが快適だ。ストレージの最低容量も4GBから8GBになり、さらに大きな32GBのモデル(3万6980円から)も用意されて、さらに「コミックむけ」になった。
左がKindle Oasis 2016年モデルで、右が新しい2017年モデル。ディスプレイサイズが大きくなり、ボディはアルミの削り出しに。
裏面。アルミの削り出しボディで質感も上がったが価格は8000円安くなった。
見開きページに来ると下にサムネイルが出る。タップすることで、横持ちで自然な「見開き」表示で見ることも可能。
ハードウエアを担当する、Amazonデバイスマーケティング本部の橘宏至本部長は、
「新機種はワールドワイドで同じ機種が提供されるものの、シリーズまとめなどの機能については、日本からの要望が強く反映されている」
と話す。スマートフォンやタブレットなどの汎用機器に、無料のKindleアプリを入れて読むこともできるため、専用端末以外でKindleを利用する人は増加していると思われるが、「メールなどの通知に煩わされず、集中して読めるのが専用端末の良さ」(橘氏)と考え、今後も専用端末にもこだわる、という。
アマゾンジャパン Amazonデバイスマーケティング本部の橘宏至本部長。手元にあるのは、2012年からの5年間に日本で発売された歴代のKindle。ちなみに、アメリカでは10年の歴史を持つ。
読み放題でハードルを下げ、「無料」に対抗
一方で、Kindleには隠れた大きなライバルがいる。それが「無料コミック」だ。無料コミックはKindleを含む一般的な電子書籍ストアでの販売が好調であることに加え、広告で運用される無料コミックアプリの市場も伸びている。無料アプリは有料の電子書籍よりもハードルが低いため、市場の裾野を広げるために役立つ。
アマゾンは、2016年8月、月額料金制で読み放題の電子書籍サービス「Kindle Unlimited」をスタートした。この狙いは「読み放題にすることで、読書のハードルを下げることだった」と友田氏は言う。狙いはある意味当たり過ぎた。読み放題対象作品の選定に関し、権利者のロイヤリティ支払いを抑制したいアマゾンと、ヒット作をより多く読ませたい出版社・著者の間でトラブルも発生したほどだ。
10月5日よりスタートした「Prime Reading(プライムリーディング)」。プライム会員向けの追加コストなしで楽しめる新たな読み放題サービスだ。
今年10月5日より、アマゾンがスタートした「Prime Reading」は、読み放題のKindle Unlimitedより「さらにハードルを下げる」(友田氏)ことが狙いのサービスだ。
Kindle Unlimited(現状17万タイトル)のうち、アマゾンが選んだ数百タイトルだけが対象。規模は小さくなるものの、アマゾンの会員サービスである「Amazon Prime」加入者は無料で使えるため、Kindle Unlimitedよりも金銭的・心理的負担が小さくなる。無料アプリに行こうとする客を、自ら積極的に「読み放題」で引き留め、最終的には電子書籍を買って読む、という体験へとつなげる狙いがある。
10月5日より、Amazonは新しい読み放題サービス「Prime Reading」を開始。Kindle Unlimitedの縮小版のようなもので、さらに顧客のハードルを下げることが狙いだ。
(文、写真:西田宗千佳)
---------------------西田宗千佳: フリージャーナリスト。得意ジャンルはパソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主な著書に『ポケモンGOは終わらない』『ソニー復興の劇薬』『ネットフリックスの時代』『iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏』など 。