(ブルームバーグ): 2%の物価上昇の実現は金融政策の正常化よりも優先される-。主要国の中央銀行が金融引き締めに乗り出し、24年ぶりの円安水準となる中でも、日本銀行の黒田東彦総裁は決意を一段と強めているようだ。金融政策の方向性の違いは急激な円安と輸入物価上昇を招いており、今後も円安が進めば政治的批判と政策修正を予想する市場の挑戦に直面する場面もあり得る。
事情に詳しい複数の関係者によると、黒田総裁は現時点で低金利による景気支援策をあきらめ、自分の功績を危険にさらすつもりはないという。20、21日に開かれる金融政策決定会合でも現行の緩和策を維持し、経済を支えていく方針が示される可能性が大きい。
物価安定目標の実現に向けて金融緩和を続ける日銀の姿勢は、他の中銀と比較すると際立っている。ブルームバーグがエコノミスト47人を対象に8-13日に実施した調査では、全員が現行の金融緩和政策の維持を予想した。
関係者によれば2022年度の消費者物価(生鮮食品除くコアCPI)見通しは2%台に上方修正される公算が大きい。足元の物価上昇は新型コロナウイルス感染症とウクライナ侵攻を背景とした資源や食料の価格高騰というコストプッシュ型であるものの、物価にはバブル崩壊以降の上昇局面では見られなかった幾つかの変化が起きている。
企業による価格転嫁は積極化し、収益は高水準を保つ。中長期の予想インフレ率の高まりに加え、コロナ禍で抑制されてきた個人消費の先行き回復見通しなど好条件がそろいつつある。
2%達成に向けた経済の好循環の実現には「変化の芽」を賃上げにつなげていくことが不可欠であり、拙速な緩和縮小は物価目標の実現を困難にするというのが日銀の立場だ。関係者は、2000年のゼロ金利政策の解除など過去の早過ぎた引き締めや、不十分な市場とのコミュニケーションから学ばなければならないと語る。黒田総裁は当時の日銀の政策を批判した一人でもある。
足元では全国的な感染の急拡大に加え、海外経済の減速懸念も強まっている。しばらくは2%を超える物価上昇が続く中で、実質賃金の減少が続くことも避けられない。原材料や食品の価格上昇といったコストを吸収していけるのか、年後半の景気回復の実現が極めて重要となる。
大胆な金融緩和を掲げてアベノミクスを推進した安倍晋三元首相の死によって、黒田氏は政治の重要な後ろ盾を失った。一方、参議院選挙で与党が大勝したことで、時間的な余裕を確保したともいえる。
オックスフォード・エコノミクスの長井滋人在日代表は、日本では安倍氏の政策を軽視することは許されず、党内基盤が弱い岸田文雄首相がリフレ政策から決別することは痛みを伴うとし、「参院選大勝や安倍氏逝去でも岸田政権の日銀の政策に関する姿勢は変わらない」と指摘した。防衛費拡大が不可避な中で、イールドカーブコントロール(YCC、長短金利操作)政策の必要性は、従来以上に増していくとも語った。
しかし、さらなる円安の進行は、世界的なインフレ高進の下での金融緩和とYCC継続に対する批判を一段と強める可能性が大きい。
今週の日銀の決定の数時間後に結果が公表される欧州中央銀行(ECB)の政策委員会では、11年ぶりの利上げが決まる見通し。今月下旬の米連邦公開市場委員会(FOMC)では最大で100ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)の利上げが行われるとみられており、日銀の独自路線が一段と際立つ展開が予想される。
日銀が公表した6月の企業物価指数によれば、円安の影響で輸入物価指数が円ベースで前年比46.3%上昇となり、比較可能な1981年以降で最大の伸びとなった。上昇率に占める円安要因の割合も3月の2割台、4月の3割台から5月は4割を超えた。輸入物価の一段の上昇は、世論の批判の強まりを通じ、日銀に対する岸田政権の圧力に変質することもあり得る。
すでに黒田総裁は、円安は「日本経済全体にプラス」との持論を封印し、最近の急速な円安はマイナスとの見解を繰り返している。関係者によると、企業収益の拡大を通じて賃上げや投資増につながりやすい円安は、長い目でみれば日本経済にプラスとの日銀の評価に変化はないという。
ただ、市場関係者は日銀がいつまでもその立場を維持できるとは信じていない。黒田総裁は想定外の政策を採用した過去もあり、突然の変更を完全に排除することはできない。
YCC政策の持続性を試す海外勢を中心とした投資家の動きも日銀にとっては厄介だ。6月には金融政策決定会合を前にYCC限界論が一部に浮上し、長期金利の上限0.25%を維持するために月間ベースで過去最高となる16兆円以上の国債買い入れを余儀なくされた。
足元でそうした動きは勢いを失っているように見えるが、海外金利や円安の動向次第では攻防は再開する。昨年11月にオーストラリア準備銀行(中央銀行)がYCCの放棄に追い込まれており、一部の投資家は日銀も屈服せざるを得ないとみている。
円金利スワップ市場では、日銀による政策修正観測を背景に10年物金利が上昇している。6月中旬の急騰からは低下しているものの、足元では0.40%前後での取引となっており、日銀が上限としている0.25%を大きく上回る。
日銀は、市場の圧力に応じて長期金利の上限を引き上げることは事実上の利上げと判断している。現在はゼロ%を中心に上下0.25%程度としている長期金利の変動許容幅の拡大には否定的だ。
政策面での対応が行われるとすれば、他の中銀のような金融引き締めとは一線を画し、緩和策の持続性の向上や措置の明確化といった表現になるとみられる。ただ、政策の微調整が日銀の決意の揺らぎと受け止められれば、金融政策の正常化へ向けた市場の思惑を助長するだけだとエコノミストは警告している。
ナショナルオーストラリア銀行(NAB)の外為戦略責任者、レイ・アトリル氏は「市場は日銀の決意を試すだろう」と述べた。「日本の物価見通しや国債の流動性懸念、これ以上の円安が利益よりも問題をもたらすという事実は、日銀が第3四半期中にYCCの変動幅を広げようとするだろうとの私たちの見解と合致する」と最近のリポートで指摘している。
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