スマートフォンから乾電池の出力をコントロールできる乾電池型IoT機器「MaBeee」がビックカメラをはじめとした全国約140店舗で今夏販売をスタートした。商品自体の魅力もさることながら、ハードウェアスタートアップが扱う製品が、いきなり大手家電量販店での店頭販売でスタートするのはあまり例がない。今回はMaBeeeを手がけたノバルス株式会社、代表取締役の岡部顕宏氏にお話をうかがった。
有志による部活動開発で始まったIoT乾電池
まず、簡単にMaBeeeについて紹介しよう。本体は単三乾電池サイズのケースとなっており、その中に単四乾電池を入れて利用する。本体内のスペースに、スマートフォンと通信するためのアンテナや制御用の基板などが内蔵されている。そこで、電池からの出力をスマートフォンからコントロールできる仕組みだ。
「使用方法は、単三電池を入れるところに、ひとつMaBeeeを納めるだけ。たとえばライトの場合、通常はスイッチを入れると点灯するが、これではつかない。スマートフォンアプリからMabeeのスイッチを入れると点灯、消灯ができる。このままだとただのリモコンだが、そのほかに6つのモードがあり、明るさが設定できたり、ミニ四駆に装着したときなどは、傾けたり、声を出したりすることで走らせるといったこともできる」(岡部氏)
アプリでは、6つのモードで電池の出力を調整でき、スマホの傾きや声の大きさ、そして、スマホとの距離、タイマーなど多彩な設定ができる。このほか、まだ実装はできていないが、MaBeeeからスマートフォン、そしてその先にクラウドに連携することも想定しているという。
岡部氏の前職は精密機器製造などを手がけるセイコーインスツル。しかし、MaBeeeは会社での仕事ではなく、仲間うちでの趣味による「闇研究」といわれるものだったという。電池をワイヤレスでコントロールするというアイデアを具現化するため、会社をまたがった有志による開発がヤミ研「100日ラボ」でスタートした。試行錯誤する中、「この企画を埋もれさせたくない」と感じた岡部氏は2015年にセイコーインスツルを退職し、ノバルスを立ち上げて、フルコミットメントのメンバーによってMaBeeeを作りあげていったという。
クラウドファンディングでの成功から大手量販店へ
MaBeeeは2015年11月にクラウドファンディングMakuakeに出品したところ、わずか1時間で目標金額の50万円を達成。最終的には、600万円を超える出資を勝ち取った。結果、3ヶ月間の予約で2000台のMaBeeeを出荷したという。
そして、迎えたのが2016年8月4日からの一般発売だ。元々は玩具店や、パソコンショップなどを中心に展開を考えていたと語る岡部氏。そこに、大手量販店のビックカメラ側から取り扱いたいという話がきた。
しかし、MaBeeeはこれまでにないIoT機器でもあり、できることが一見しただけではわかりづらい面もある。そのことは岡部氏も認識しており、玩具店などには展示するときに装飾や説明を入れるなど、売り場提案をしているという。では、なぜビックカメラはMaBeeeをいち早く取り扱うことにしたのだろうか。
「もちろん、クラウドファンディングの実績で関心を引いたことはある。さらにビックカメラとして、新しいカテゴリーの商品を置くことによる情報発信を、『ここにくれば何か新しいものがある』ということを発信したいと考えたのではないかと思う」(岡部氏)
ビックカメラでの展開は、全店舗でこそないものの、非常に大きな扱いだった。中でも有楽町店では、入り口に特設コーナーを設置されたほか、乾電池売り場や、専用のIoTコーナーに大きく展示。またゲームコーナーやおもちゃコーナーなど、店内各所にも設置されたという。ハードウェアスタートアップとしては、珍しい大々的な一般発売となった。だが、その大々的な展開にも背景がある。
「もうひとつ、MaBeeeは乾電池という商品特性上、ほかの商品と組み合わせて使うことが必須。ユーザーがほかの商品と一緒に買うクロスマーチャンダイジングにつながるということ。そこまで考えて展開された印象だ」と岡部氏は今回の展開の背景を語った。
このようなクロスマーチャンダイジングについて、岡部氏にはセイコーインスツル以前の職歴で、ゲームソフトをコンビニエンスストアで展開した経験があった。数万店舗に商品を一斉に卸し、商品を組み合わせて購買を喚起する売り場作りをしていたことがあり、「肌感覚は持っていた」と語る。
結果的に、販売の初動ではクラウドファンディングで売り上げた2000台を超える出荷を実現。合わせて、Amazonなどの一部通販サイトでは、欠品する事態も発生するまでとなった。
わかっている人だけでなく、わからない人には体験を
しかし、クラウドファンディングでの販売と、一般の大手量販店での販売には大きな違いがあったと岡部氏は語る。クラウドファンディングでは、応援するという視点でMaBeeeを購入してくれる方が多かったのに対して、量販店での購入者は機能や使い方、価格に対してよりシビアだったという。
また、量販店に置くということは、大手メーカーの製品と並ぶということになる。
「ソニーやパナソニックの製品が並んでいて、その横にMaBeeeも並ぶ。消費者の方は同列でご覧になる方がほとんどで、逆にスタートアップだからという甘えはあまり許されないと痛感した」(岡部氏)
岡部氏がとったのは、できるだけ体験の場を設けるというコミュニケーションだ。すでにクラウドファンディングなどで商品を知っている人もいる。そして、簡単な説明で理解してもらえる人もいる。直接話をすると「面白いね」と言ってそのまま購入する人もいたが、中には興味は示してくれるが、なかなか話だけでは理解されないことも多かった。
「取り組みとしては3つ。ひとつが体験イベントでミニ四駆やライトにMaBeeeを実際に装着してひとつひとつ触っていただく。これを数カ所でやった。ただし、(スタートアップのため動員できる)人数が少なくできる回数にも限りがある。そこでデモムービーやカタログの販促物でそれを補った。また、量販店が専門コーナーを作ってくれたのも大きかった」(岡部氏)
こうして一般発売は大成功となったが、まだまだ課題は残るという。MaBeeeはやはり説明が必要な商品だ。ただ棚に並べているだけでは、何ができる製品なのか理解されず、なかなか販売には繋がらない。積極的に説明を行い、販促物なども含めて展開している店舗では大きく動いているが、売り場展開による差が大きいのが、今後の課題といえそうだ。
BtoBでのMaBeee利用製品作りに注目
現在のMaBeeeは単三形乾電池の形状を採用している。このモデルは、一般発売もスタートし、成功に至ったといえる。ではこの次にどのような展開があるのだろうか。岡部氏が語る2つの取り組みは、どちらもプラットフォーム展開を想定したものだ。
1つが、アプリケーションを拡充するためのSDKの公開だ。MaBeeeをミニ四駆を装着したときに、タコメーターのような表示をアプリ上で表現したり、スマホをアクセルのように傾けて=踏み込むことで加速したりといった制御ができる。ゲーム性など、より遊びの幅が広がるということだ。
「プラレールやミニ四駆、クリスマスのイルミネーションなどの光り物。アプリを変えることによって使い勝手や楽しさが広がると考えている。そこは自分たちで開発していく側面もあるが、SDKを使っていろんな開発者の方がβ版なり、簡単なものを作ってくれたら、それを一緒に商品に仕上げるために、開発していきたい」(岡部氏)
もうひとつが、BtoBでのMaBeeeのテクノロジーを利用した製品作りだ。汎用的な電池スペースにMaBeeeをセットするのではなく、家電や玩具、日用品などに最初からMaBeeeのテクノロジーをセットしておく「Powered by MaBeee」という考え方だ。もちろん、これはノバルスだけではできないため、各社との協業になる。すでにいくつかの会社からそういった話がきているらしく、共同開発を進めていくことになるという。
「要素技術としては、基盤と電池をつないで、スマートフォンで動かすというもの。電池の形でなくても、最終的にこの形になれば、いろんな物で使える」(岡部氏)
岡部氏は、乾電池をIoT化するというアイデアについて、過去に考えた人は何人もいたと思う、と語る。ノバルスではそれを実現して製品を作るところまで達したが、考え方はシンプルなだけに、今後競合が現れる可能性もある。
「パテントも複数件出願しているが、SDKなど、ハードウェアに加えてソフトウェアの部分、アプリケーションをしっかりと強化しいていくところを同時に進めたい」(岡部氏)
現在、MaBeeeはコンシューマ向けの販売、売り上げで成り立っているが、当初から企業との協業によるBtoBを検討しているようだ。また、アプリケーションを進化させることによるサービス展開も視野に入れている。
今後製造数が上がっていけば、現状よりも安くできるかもしれない。すると、「もっと安ければ買うのに」と思っているユーザーにも届く。そして使って見た結果、有償アプリも……という可能性もある。ハードウェア販売だけでなく、サービス、アプリケーションの組み合わせが、今後の展開として期待できそうだ。
ハード面では、現在の単3形だけでなく、単1形、単2形なども検討しているという。目指しているのは、現在の単3形ケースに単4形乾電池を装着するのではなく、各サイズの電池の中にMaBeeeの機能が内蔵されていることだ。もちろん、その場合には「将来的には充電型なども考えたいと思っている」と岡部氏は語る。
スゴイ乾電池MaBeeeのこの先は
8月の一般販売開始時点でのMaBeeeの記事反響は大きく、100年以上変わっていなかった乾電池がどのようにスゴくなったのか、注目を集めていた。
実際のところ、IoT乾電池で何かできるのか。シンプルで汎用的な製品だからこそ、今後の幅の広さになかなか想像がつきにくいが、たとえば自ら節電コントロールしてくれる乾電池があってもいいだろうし、クラウド連携で多数の乾電池を一斉制御することで生まれるメリットも考えられる。
入っている場所・数もとんでもない身近な製品だからこそ、BtoCの勢いを借りた形で、BtoBでのアライアンスやプロダクトがどのように進んでいくのかが楽しみだ。岡部氏は創業当初から、トイ・ホビーだけでない将来的な展開を想定していた。ハードウェアガジェットのジャンルを飛び越えた形で、MaBeeeが社会の役に立つ日が来るかもしれない。
ノバルスは9月8日、ニッセイキャピタル、みずほキャピタルを引受先とした第三者割当増資による1億2000万円の資金調達を得ている。前述のアプリケーション開発や、新モデルの開発、そして、セールスマーケティング担当の人材確保などに使っていくという。
創業前からの試作開発をしていたとはいえ、ハードウェアスタートアップのスピードとして見ればその動きは速い。2017今後の展開として、年内は日本国内に集中したうえで、2017年には北米ラスベガスで開催されるCESなどを通じて、グローバルの状況を見るという。
「過去の経験から、海外展開といっても、現地にメンバーがいないと進むものも進まない。ではどういう人と組むのか。北米市場は非常に大きいので、一緒にやっていける人がいたらと考えている」(岡部氏)
さらに9月29日、MaBeeeがグッドデザイン大賞候補6点のひとつに選ばれたことも伝えられた。発表は10月28日。これも年末にかけて、認知度アップに大きく貢献しそうだ。
電池をIoT化することで、さまざまな可能性を生み出したノバルスのMaBeee。それは単にライトの明るさを変えたり、離れた場所から電源を操作できるだけではない。スマートフォンに搭載されている各種センサーを利用することで、これまでにない使い方ができる。今は乾電池の形だが、今後はその姿はさまざまな形へと広がりそうだ。
ハードウェアスタートアップ、ノバルスの動向に注目したい。