もう忘れるほど昔、誰もが今のコロナ禍など予想すらしなかった2018年10月に「Freewrite Traveler」(以降:トラベラー)という米国版のポメラを衝動買い、いやクラウドファンディングのIndiegogoで衝動バック(支援)した。
もちろん支援代金であるトラベラー本体の344ドル(およそ3万8074円)と専用ケースの45ドル(およそ4980円)は、その翌月には銀行口座から引き落とされた。予定通り出荷しなくて良いのはクラウドファンディングの特権だが、バック時の出荷予想は翌2019年の6月だったので、運が良ければ毎年行ってるCOMPUTEX TAIPEIに持って行けるんじゃないか、なんて甘いことを考えていた。
ところが頻繁に送られてくる雲行きの怪しいアップデートニュースを見ていると、どうも遅れそうな気配。結局、様々な理由で何度か出荷予定が遅れ、コロナ禍がとどめを刺して、最終的に当初の出荷予定から遅れること17ヵ月。バックしてから25ヵ月後の2020年11月に、やっと製品を受け取った。さらに悪いことに、本来の目的であった日本語表示と入力はその2ヵ月後の2021年1月末のバージョンアップまで待つこととなった。
当初からバタバタ続きの製品ではあるが、トラベラーはなかなか楽しい製品だ。イメージ的にはタイプライター型の初代Freewriteを携帯型(Traveler)に進化させたものだ。初代Freewriteはレトロ感溢れる外観デザインが秀逸な製品だったが、重さは実測1880g。今回の携帯型トラベラーはスリムで独特のカーブが美しいブリーフケースに似合うデザインコンシャスな実測715gのモバイルモデルに仕上がっている。
外観はテキスト入力専用機として人気の新しいポメラを思い出す横長デザイン。横に細長いサブディスプレーを含めた6インチのE Inkパネルを採用し、ポートは充電とPCリンクのためのUSB Type-Cポート1個のみ。ポメラと同じくテキスト入力専用機だ。それゆえ、キータッチには製作者のこだわりが大きく反映している。
キーピッチはThinkPadとほぼ同じながら独特のキーキャップ
キーピッチはポメラよりはるかに大きく、ピッチだけなら筆者のメインモバイルPCであるThinkPadと同じ。しかし、タッチ&フィールは往年のThinkPadの7段キーボードに近いイメージだ。そして最下段には一般的にはなじみのない“new”キーや“send”、“special”などフリーライト独特のキーキャップが並ぶ。
また、上部中央の赤い電源オンオフスイッチの左右には、テキスト文書を収納する内部ストレージの物理的フォルダ選択のための3個のボタンA・B・Cが並ぶ。そして反対側にはWi-Fi機能のオンオフ、周囲にあるWi-Fiルータとの接続を実現するnewボタンが配置されている。筆者は出先ではスマホのテザリング機能を使っている
タイトルに記述したようにトラベラーは先代のフリーライト同様、極めてシンプルなテキスト入力専用端末だ。イメージだけを聞くと、キングジムの“ポメラ”と似ている。しかし筆者の想像の範囲では両者の目指すところや設計思想はまったく異なる。
トラベラーは先代のフリーライト同様、アカウント登録するだけで無期限無制限に使え、常時、トラベラーと連携するクラウドストレージサービスの“Postbox”(ポストボックス)が標準で付属する。ポストボックス内の文書はいつでもパソコンやスマホで閲覧編集そして完成形の文書に仕立てる
トラベラーはある時、脳内に溢れてきたコンテンツを、整理をつけることなくとにかくスピーディーにドラフト文書化し、意識なくどんどんポストボックスに自動的にアップロードし、事後の落ち着いたときに、文書の見直し、精査、鼓舞をパソコンなどでする目的で使用するフロントエンドのドラフト作成システムだ。
ドラフト文書作成をする時に使用者はまず文書を収納するトラベラー内のフォルダをA、B、Cの3つの中から選んでボタンを押す。執筆業なら原稿媒体別に分けても良いし、パーソナルとオフィシャル、仕事用、ブログネタ、思いつきアイデアなど、何でも好きなように自分が使用目的を決めてしまえばよい。
事後に、任意の文書ファイルのフォルダ間の移動も簡単だ。基本的に入力中の文書は、適時、選択したフォルダに収納されると同時に、予め決めたWi-Fi環境経由して適時、文書を自動的にポストボックスにバックアップ・アップロードしてくれる。
もちろんそれだけではなく、ポストボックス内の設定で、使用者が指定した商用クラウドストレージに自動再転送も可能だ。筆者はポストボックスに自動アップロードされた文書ファイルを常時Dropboxに自動転送設定している。Google DriveやEvernoteにも対応している。
ハードウエアの着想とポストボックスの連携と一貫性は優秀 日本語入力環境の今後に期待
最後に、筆者ももっとも期待したトラベラー本体の日本語入力環境だが、現時点ではとても快適とは言い難い悲しい対応状況だ。どうも中国語、日本語、韓国語の3ヵ国の言葉や入力仕様を詳細に理解しインプリメントできるエンジニアがいないような気がする。
操作方法は比較的洗練されており、左newキーと右Shiftキーの同時押しで日本語入力モードになり、かな漢字とカナ漢字の切り替えをTabキーでする。そして日本語かな漢字入力モード内での英数字入力と復帰の切り替えは左上のチルドキーのトグルだ。
初代フリーライト登場時のメッセージは、敢えてSNSやメール、ウェブサーフィンなど、人間の思考と文書作成の邪魔をする現代の様々なサービスを遮断する目的で一般的なネットには接続しない文書入力専用機という哲学でデビューした。
繰り返しになるが、とにかく脳内で溢れるように生まれてくる文書やアイデアをドラフト的な形で、もっとも早く文字化するということだけがコア・コンセプトの製品だった。そのコンセプトをどこでも持ち歩いて……という方向に加速したのが今回のトラベラーだ。
なので、文書の体裁を整えることや清書はフリーライトの仕事ではなく、それらはポストボックスに自動アップロードされた間違いや修正すべき文字なども含む生々しいドラフト文書をパソコンなどで成形することで実現できれば良いというのがコンセプトだ。なので初代モデルであるフリーライトにはカーソルキーすらサポートされていなかった。昨今では珍しい極めて頑固な設計思想の製品だ。
しかしさすがにそれはやり過ぎだと思ったのか、2代目のトラベラーを望むバッカーの要望が強かったのか、今回のトラベラーにはnewキーと、W、A、S、Dの各キーの組み合わせでカーソルが上下左右に動作してくれるようになった。
残念ながら日本語入力モードでは極めて動作が不安定だ。けっきょくカーソル移動を行う時は英数字入力モードに切り替えて使用することになる。入力ミスや思い直しの多い筆者はその操作の行き来が面倒だ。やはり間違いも敢えて訂正せず、その場の訂正注釈の追加で済ませ、正誤の区別が判断できれば生のドラフト文書に意義と価値があるという基本哲学に立ち戻るべきなのかもしれない。
海外では熱狂的な支持者の多いトラベラーだが、全体の製品コンセプトはどれほど素晴らしくとも、日常的に漢字を使う日本を含むダブルバイト圏では、実際の文字入力の不完全さだけが目立ち、文書作成の専用機としてはとても万人には推奨できない状況だ。
しかしひとまず現状の不完全な日本語処理を忘れるなら、ハードウエアの着想とクラウドサービスであるポストボックスとの連携と一貫性は、極めて切れが良く、安定しておりネット時代のテキスト入力専用機が目指すべき製品とサービスのツボは間違いなく押さえている。
一方、日本国内に目を向けてみれば、日本人の得意な個体のハードウエアはこじんまりとまとまってはいるが、設計思想や哲学は整合性に欠け、ネットワークを介した情報共有時代のテキスト入力専用機としての視点で見直してみると余りにもピント外れの残念仕様だ。
ぜひともフリーライトの生みの親であるアストロハウスには、日本語処理に強い国内には大勢いるいずれかのパートナーとチームを組んで、ダブルバイト圏はもとより世界に通じる次世代最強のフリーライトを創ってほしいものだ。
今回の衝動買い
アイテム:Astrohaus「Freewrite Traveler」
・購入:Indiegogo
・価格:本体344ドル、専用ケース45ドル(いずれも2018年10月当時)
T教授
日本IBM社でThinkPadのブランド戦略や製品企画を担当。国立大芸術文化学部教授に転職するも1年で迷走。現在はパートタイマーで、熱中小学校 用務員。「他力創発」をエンジンとする「Thinking Power Project」の商品企画員であり、衝動買いの達人。