三菱重工が掲げた3つのDXの柱 DX、CX、PX
大手製造業である三菱重工は、数十に渡る事業領域から構成されており、約4兆円の売上のうち、約4割が発電機関連、2割弱が航空・防衛・宇宙、残り4割強で産業機械を作っている。数年前までは1つの三菱重工で担っていたが、それぞれのマーケット動向や商流に迅速に対応すべく、事業会社化を進めた結果、中規模な事業部門の連合体となっているのが現状だ。
しかし、事業会社に分かれた結果として、近年必要となっているIT導入や運用でリソース不足が起こってしまったという。「やらなければいけないんだけど、やれない問題が経営課題として浮上してきました。ホールディングス側から事業者に働きかけても、なかなかうまくいきませんでした」(川口氏)。こうした課題から、事業会社のIT導入と活用をハンズオンで支援する組織が3年前に設立。これが川口氏が現在所属するデジタルエクスペリエンス推進室の前進で、2020年4月からは全社的なDX組織として活動している。
デジタルエクスペリエンス推進室が進めるDXは、大きくEX(Employ eXperience)、CX(Customer eXperience)、PX(Product Transformation)の3つの柱から構成される。
まずCXは顧客接点のデジタル化で、目的は顧客が三菱重工との取引をしやすくすること。「Amazonでポチれば、明日モノが届くのに、なぜ三菱重工に見積もりを依頼するだけで、2~3週間かかるんだというお客さまのペインポイントはたくさんあります。そういったものの多くはデジタルで解決できます」と川口氏は語る。目指すのは、靴のメーカーでありながら、アプリで顧客とつねに接点を持ち続ける「NIKE様」のような企業だという。
続いてのEXは、業務のデジタル化や生産性の向上を進め、従業員が働きやすくなる環境を構築するための施策だ。このEXで目指す企業は「日本マイクロソフト様」。Office 365を販売しているだけではなく、自ら製品を活用し、売上を向上させているからだ。
最後のPXは、次世代製品を開発できる能力を指しており、こちらは「Tesla様」のような企業を目指している。「Tesla様は、自動車をEV化したというよりも、コネクテッド化して次世代製品にしました。私たちも自分たちの製品をコネクテッド化していきたいと考えています」(川口氏)。
つまり、CXとPXは顧客向けのデジタルサービスを作っていく活動、そしてEXは従業員向けのデジタルワークスペースを構築する活動になる。そして、これを実現するためにシステムの開発や運用を快適に行なうためのプラットフォームが存在している。これが三菱重工のDX戦略の全体像だ。
DX組織のメンバーはITの専門家ではない
DX組織では、EX、CX、PXでそれぞれやり方を変えているという。たとえば、EXやCXの一部においては、世の中によい解決策があるコモディティ領域にあるため、既存のシステムやSaaSを活用する。当然、kintoneもこのツールに含まれる。
一方、CXの一部やPXに関しては、世の中に解決策が出回っていないため、自ら試行錯誤する必要がある。逆にここで解決方法を生み出せれば、これは三菱重工自体の競争力を高めることになる。こうしたシステムはIaaSやPaaSを用いて、自ら開発する。「SaaSでできることはなんでもSaaSでやり、SaaSがなければPaaS、PaaSがなければIaaSでサーバー立てるというやり方になります。クラウドの恩恵を最大限活用しながら取り組んでいます」と川口氏は語る。
しかし、どんなユーザーも満足するような鉄板のシステムはないと考えている。そのため、最初に仮説を立てて、小さく試していく中で、ユーザーの課題を解決していくリーン開発に取り組んでいる。こうしたアジャイルな開発が同社のDXの基礎となっている。
約4年前、この組織ができたときはメンバーは5名だった。しかも川口氏は建築のデザイン専門で、kintone活用と現場とITの共創について話す山本氏は機械の設計者。つまり、ITの専門家と言うより、経営や業務課題を理解するメンバーでスタートしたのだ。その後、キャリア採用でSIerやWeb系のエンジニアが来たり、情報子会社や社員のDXに関わりたいメンバーがジョイン。川口氏曰く「ボイラーの整備に使うスパナからkintoneに切り替えた」という。
三菱重工ではDXを進めるにあたって、ビジネス部門からDX部門に人を異動させて実施するという特徴がある。「事業会社のDXは、ビジネス部門とDX部門でPMを立て、両PMが手を取り合ってやっていくのが一般的。でも、同じ事業会社で同じ目的に向かっているのだからということで、事業の隅々までを知っているビジネス部門の方をDX部門に異動してもらっている」(川口氏)とのことだ。この結果、DX部門は5名から現在は50名になったが、グループ8万人の規模からすると、まだまだ発展途上だという。
EXの手前にまずDX部門自体のDXを
DX部門が事業部門のDX化に取り組む前に手をつけたのは、EXのさらに手前であるDX部門自体のDX化だった。ここでのDXとは「Developer eXperienece」にあたるもので、デジタル部門のモダン化を指している。
具体的には100種類以上のインターネットサービスを「ドッグフーディング」として試用しまくり、事業部で利用可能かどうかを検証。開発に関してはクラウドとアジャイルを前提とした体制に移行すべく、外部からアジャイルコーチや技術コーチを登用した。開発体制だけではなく、組織の運営もスクラムで実施しているという。さらに、標準的なOA開発環境の制約を抜けるべく、独立した開発環境を構築。「まずはデジタル部門を自部門をモダンにしていかなければならない。クラウド×アジャイルで兵站を整えることが重要」と川口氏は語る。
次に進めたのが、社内コミュニケーションやコラボレーションのモダン化だ。組織内ですら上下の壁があり、組織間にも壁が存在する。こうした壁を取り払うべく、kintoneやSlack、Notion、Asana、Miroなどのツールを使い、組織の活動をすべて透明化することで、壁を取り払おうというものだ。さらに社内コミュニケーションサイトを立ち上げて、情報発信にも務めた。1営業日あたり1本の頻度で記事を公開しているという。
CXにおいては顧客の理解も重要だ。「お客さまが三菱重工のどの部分に苦虫をかみつぶしているのか、どんなところに期待してくれているのか。きちんと理解することが重要」と川口氏は語る。そのため、DX部門と事業部門がタッグを組んで、顧客の声をヒアリングしているという。
そして、最後は組織文化だ。アマチュアの小集団からスタートした三菱重工のDX部門なので、できない言い訳はいくらでもできるが、重視したのは実行して成果を出していくことだった。しかし、このSoE(System of Engagement)の領域では、どうすれば成功するかという方法は確立していないため、とにかく実行を繰り返し、精度を高めていくしかないという。ここでの実行とは「学んでいく」「やってみよう」「引っ張っていこう」「見せていこう」の4つ。これを繰り返すことで、事業に意味のあるインパクトを生み出していくのが、同社のDX組織のやり方だという。
DX部門は他部署からどう見える? 情シスとの関係は?
Q&Aに臨んだ栗山氏は、まず今回作ったデジタル組織と元々の三菱重工の文化的なギャップについて聞いた。これに対して川口氏は、8万人の組織なので、すべて当てはまる訳ではないと前置きしつつ、「26年前、自分が就職したときは、当時ゼネコンになろうとして、新規事業を立ち上げていた最中。建築や設計できる人がいないから、面白そうで入った。その経験からすると、新規事業を立ち上げ、新しい人をとり、今までやらなかったことをやろうという文化は、脈々と根付いている気がします」とコメントした。
続いて、DX組織は周りの事業部からどう思われているいるか?という質問。川口氏は、「われわれが役に立っているかは別として、とにかく事業部門が困っていて、業務でデジタル化したいのに、相談先がなかったのは事実。なので、役立つかは別として、まずは相談は来ます。ラフな雑談から小さなプロジェクトが始まって、3ヶ月してプロトタイプができて、だんだん大きくなってくる感じです」とコメント。
さらにすでに情報システム部門との関係はどうなのか? 「カニバっているかというと、カニバっていない。情シスが担っているのはインフラや基幹システム、オフィスソフトで、それを超えるkintoneなどのツールの活用は担い手がいないホワイトスペースなことが多い。本来やらなければならないけど、リソースがないというところを、DX部門が手がけている」と川口氏はコメントする。
三菱重工の場合、情シスは技術を管轄するCTOの所管、DX部門は戦略を担うCSOの所管ということで、組織上の立ち位置も違うという。組織の成り立ちも、もともとは3事業のうちの産業基盤系の責任者がデジタル化に課題を感じ、計画や企画を任せたグループがそのまま実行部隊として組織化したという。自らがサイボウズの執行役員でもある栗山氏は、「0から1として新しいことがスタートするには、誰かが決めている。自然発生しているわけではない」とコメントする。
続いて聞いたのは、三菱重工のキャリア形成において、デジタル部門に異動することはどう感じているのか? これに対して川口氏は、「社内公募で集まってくれるメンバーがどんなモチベーションで来てくれたのか? キャリア形成のための一般的なパスをトレースしていくのが重要なのはわかっているけど、今目の前にある課題に取り組むと将来いいことがあると感じている方が来ている感覚」と語る。
採用面接の際に川口氏が聞くのは「小学校や中学校でどんなことに夢中になったのか?」。「そのときに熱中したところが、今やっていることに重なるといいなと思う。私も今までIT系には一切関わった経験がなく、高校の時にコンピューター研究会にいたときくらい」と川口氏は語る。そんなITとの関わりがなかった川口氏からすると、「ググれば情報が出てくる」「書籍も豊富」「触って体験しやすい」ITは勉強しやすいと感じたという。これに対して栗山氏も、「専門分野の人がITを学ぶと、難しそうなこと言っているけど、実はITって簡単ということがばれる(笑)」とコメント。続く「長大」を冠した後編をアピールして、DX組織の苦労ややりがいを垣間見るセッションを終えた。
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