GoogleがHTCのスマートフォン部門の一部を買収する。9四半期連続で損失を計上し、身売りも噂されていたHTCにとっては、ひとまずの延命となった――Googleが11億ドルで約2000人の従業員の面倒を見てくれるのだ。とはいえ、この取引の狙いを考えると、GoogleとHTCの両方に疑問が残る。
Androidの初期段階で大いに盛り上げたHTC
2007年のiPhone以来、スマホ市場は激動が続いている。HTCは、iPhoneに対抗しようとGoogleが立ち上げたAndroid、そしてOpen Handset Allianceの初期メンバーだ。なんといっても初のAndroidスマホはHTC製の「HTC Dream」なのだ。2社の蜜月は直近の「Pixel」まで続いている。PixelはGoogleが設計、開発した端末で、2016年秋に発表された。
Googleが今回取得するのもPixelに関わったチームであることから、Googleの狙いはハードウェア事業の確立だと言われている。
そのGoogleの思惑は後ほど見てみるとして、HTCのこの10年を振り返ってみたい。
HTCは1997年創業のハードウェアメーカーだ。2007年にAndroidと出会うまで、Siemens MobileとMicrosoft CEベースの携帯電話を開発したり、HPやPalmブランドでデバイスを開発していた。技術とノウハウを積み重ねた同社は、Androidにより自社ブランドを確立する。当時まだAndroidに懐疑的なメーカーが多い中、HTCは”ファーストムーバー”の利を得た。同じく早期にAndroidにかけたソニー(当時はSony Ericsson)とともに、スマホ市場に新風を吹き込んだ。
同社のピークは2010〜11年。「HTC Evo」などのスマホに加えて、初のAndroidタブレット「HTC Flyer」を投入。HTC Flyerを発表した2011年のMWCでは、発表会に入れない記者もおり、ブースには人だかりだった。2012年のMWCでは「HTC One X」を発表したが、盛況の中でもすでに当時のCEOであるPeter Chou氏には焦りも見え隠れした。
世界シェアはついに1%割れの0.4%まで落ちていた
当時はスマホ市場の10%近くのシェアを占めながら、HTCが後退していった理由はさまざまなのだろう。1つに競合がある。iPhoneが現れたのち、SymbianをオープンソースにしたNokia陣営に加わるわけでなく、立場が曖昧だったSamsung(2007年ごろはNokiaが約30%のシェアでトップ、Samsungは約15%の2番手)がAndroidに本格的に注力することに。膨大なマーケティングと開発費をつぎ込み、Samsungは落ち目のNokiaを潰した。結果として、HTCなどのAndroidで先駆けたメーカーも劣勢になった。
もう一つの課題がマーケティングだ。2012年頃からずっと指摘されてきたが、解決できないまま中国勢にも押されるようになった。また、再起をかけたHTC Oneは発表後に不具合があり、ブランドに傷がついたことも不幸だった。この段階ではまだ軌道修正ができたのではないかと思われるが、その後も流れを変えることができなかった。
数字にも現れている。同社は2015年に大規模な人員削減をしており、2年以上連続で四半期決算は損失となっている。シェアを見ても、ここ数年は調査会社が発表する上位5ベンダーに入っていない。Wall Street Journalなど各紙が引用するCounter Researchのデータによると、現在0.4%まで落ちているとのことだ。近年はスマートフォンよりも、「Vive」ブランドで展開するVRデバイスの方に力を注いでいるように見えなくもない。
それでも同社には熱心なファンが多かった(過去形にすべきではないが)ところを見ると、やはり魅力ある端末を作る技術力を持っているのだろう。
==GoogleとMotorola、MicrosoftとNokia
ソフトウェア企業によるハードウェア事業の買収は……==
Huawei Technologies、Lenovoなど中国企業も同社の買収を狙ったと言われているが、GoogleはHTCを丸ごと買収するのではなく、HTCのブランドは残る。
Googleが買い取る2000人のスキルはPixelで実証済み。Pixelの販売台数は8ヵ月で100万台と言われており、次期モデル(Pixel 2?)は10月4日(現地時間)にも発表と言われている。Googleはこれに加え、HTCの特許の非独占的ライセンスを受ける。HTCはハイエンドにフォーカスし、Viveも残る。
Googleに目を向けると、狙いがよくわからない。狙いがハードウェアの獲得だったとしよう。Googleはソフトウェアとハードウェアを垂直統合するAppleのモデルを以前から追求してきた。今となっては特許目的だったとされているMotorola Mobilityとだって、うまくいけばという思いがあったはずだ。それでもAndroidを採用するメーカーとの関係を壊すことはできず、結局Lenovoに売却するという形で終わった。
Googleは2016年、MotorolaからRick Osterloh氏を引き抜き、同氏がハードウェア部門を率いている(Osterloh氏はGoogleがMotorola MobilityをLenovoに売却時に同社を去っていた)。そしてこの1年で、「Google Home」「Google VR」などのハードウェア製品をリリースしている。
だが、HTCから獲得した2000人で自社ブランドのスマートフォンを作っても成功するかどうかはわからない(ソフトウェア側がハードウェアを獲得してうまくいかなかった例として、MicrosoftとNokiaもある)。もしかするとそのリソースでスマートフォンではないものを計画しているのかもしれない。
もしくは単純に、今回の取引はHTCの救済(あるいは恩返し)に過ぎないのかもしれない。言えることは、端末メーカーを手中に収めることができるが、その未来がバラ色には見えないということだろう。残念ながら。
筆者紹介──末岡洋子
フリーランスライター。アットマーク・アイティの記者を経てフリーに。欧州のICT事情に明るく、モバイルのほかオープンソースやデジタル規制動向などもウォッチしている