ドーナツを手にほほ笑むお母さん。幅6メートルほどの薬局の跡地の壁に描かれ、駅を降りると目に飛び込んできます。そんな〝ど迫力〟の壁画アートが次々と生まれている街があります。
訪れた人はスマホで写真を撮りながら、壁画からあふれ出るパワーを堪能し、地元のグルメに舌鼓を打つ……。そんな旅の舞台となっているのが福島県双葉町です。あれから11年。そこには、観光地としても魅力的な街が生まれようとしていました。
町で起きている変化を知ってほしい
2年前の3月に再び開通したJR双葉駅。駅を降りると、アートで町を再生しようという取り組み「FUTABA Art District」の手がけた壁画が出迎えます。
画像は©2022 OVER ALLs Co., Ltd.、髙崎丈さん提供
双葉町は、東京電力福島第一原発が立地し、事故の時には町役場ごと避難した自治体です。6月に住民が居住可能なエリアで避難指示が初めて解除される予定で、11年経って、ようやく住民の帰還が始まろうとしています。
アートで復活「双葉でも」
双葉町出身の髙崎丈さんは、町内で居酒屋「JOE’SMAN」を営んでいましたが、避難して店を閉めざるをえませんでした。
オランダ・アムステルダムの廃墟だった造船所跡地がアートで復活した例を知り、漠然と「双葉でも同じことができないか」という思いを抱えていました。
2年前、壁画制作会社「OVERALLs」の代表・赤澤岳人さんに出会い、「双葉でも描いてくれませんか」と相談しました。
思いを同じくした赤澤さんたちOVERALLsが企画を持ち込み、プロジェクト「FUTABA Art District」がスタート。現在では町の7カ所に壁画が描かれ、制作時には町長が駆けつけるほどの一大イベントになっているといいます。
現在は都内で飲食店を営むかたわら、町の関係人口を増やしたいと活動している髙崎さん。
「どうしても双葉は『帰れない町』といったネガティブな面ばかりがフォーカスされがち。それも分かるんですが、ポジティブなところも発信していきたい」と、その思いを語ります。
2020年9月、井手さゆり撮影
5万人が訪れる原子力災害伝承館
除染を進めていた町では、2020年に「東日本大震災・原子力災害伝承館」が開館しました。
すでに2021年度は5万人を超える人が伝承館を訪れており、行き交う人びとが増え、町の姿も変わり始めています。ビジネスホテルも開業し、町内に泊まることもできるようになりました。
伝承館のそばには、土産物店や会議室などを備えた双葉町産業交流センターもオープン。フードコートでは、壁画のモデルになったファストフード店「ペンギン」が営業を再開しています。震災前に駅前で営業し、20年余りにわたって高校生たちに愛されていたお店です。
ほかにも、福島のご当地グルメのソースカツ丼や、隣町・浪江の「なみえ焼そば」を味わえる飲食店があります。
「カジュアルな企画がなかったら…」
「新しく、ワクワクするようなことをやっている双葉町。ぜひ来てもらいたい」
オンラインツアーで画面ごしの参加者に呼びかけるのは、東京・八王子出身の山根辰洋さんです。
もともと町の委嘱職員として働いていましたが、2016年に町出身のパートナーと結婚して、町民になりました。
「地域になりわいを作るため、観光が起爆剤になれば」と考え、2019年11月に一般社団法人の双葉郡地域観光研究協会(F-ATRAs)を設立しました。
6月の解除を見すえて、町を案内する現地ツアーやオンラインツアーを開催したり、SNSで町の情報を発信したりしています。昨年10、11月には、若い世代を招待する現地ツアーを2回開催しました。
「双葉で友達をつくろう」「芝生でヨガしよう」……。学生インターンに企画を一任し、あえて「震災」「復興」「原発」は前面に出さずに呼びかけました。
参加者からは「カジュアルな企画がなかったら、双葉を訪れることは一生なかったかも」という素直な声が寄せられたそうです。
山根さんは「『双葉町はこれからなんです』ということをもう一度、伝え直すことが大事」と指摘します。
「ここで起きたことをちゃんと伝えれば、自然と事故についても考えてもらえる。その上で町を応援してくれる人はいるんだなと思いました」
事故を人ごとにしないために
一方でコロナ禍によって、現地ツアーをなかなか開催できないもどかしさもあります。
これまで訪日外国人向けに福島の沿岸部を訪れるツアーを開催してきた旅行会社ノットワールドの佐々木文人さんは、オンラインツアーも開催していくようになりました。
オンラインツアーをきっかけに福島のことを知り、「現地へ行ってみたい」という声も寄せられています。
佐々木さんは「心に響いたことじゃないと、人はすぐに忘れてしまう。事故を忘れず、人ごとにしないためにも、現地に足を運ぶ意義は大きいと思います。まずはオンラインツアーでも、地域とのつながりを作ってほしい」と話します。
双葉を「縁」にしたクラフトジン
双葉町出身の髙崎さん、震災後に町民となった山根さん、世界と双葉をつなげようとしているノットワールドの佐々木さん。
3人の思いが形となったのが、オンラインツアーでも特に人気の「クラフトジンふたば」が届くツアーです。
町の名前を冠したリキュールは、新しい特産品を作ろうと髙崎さんが呼びかけました。
気鋭の蒸留酒造家「エシカル・スピリッツ」の山口歩夢さんに相談し、福島や仙台といった被災地の特産品が使われています。
住民の帰還準備を進める双葉では、インフラも十分ではなく、残念ながら特産品がありません。そこで、双葉を「縁」に作られたジンをお土産のひとつとして売り出したい、そしていつかは、双葉町で作られた素材も入れたい――。
髙崎さんは「ジンに双葉で作られた原料を入れられるようになったら、事故の影響で入れられなかった時期があったことも特別な『歴史』になると思うんです」と話します。
「現地を訪れたい」気持ち
双葉と「つながる」人を増やしたいと活動する3人。オンラインツアーに参加したり、クラフトジンを味わったりしたことで、「早く双葉を訪れたいな」という気持ちが高まっています。
その時には、東日本大震災・原子力災害伝承館に足を伸ばし、まだ立ち入り禁止になっているフェンスなどを目にして、11年前の事故にも思いをはせたいと考えています。
(取材・執筆=朝日新聞withnews編集部・水野梓)
※この記事は、withnews(朝日新聞)によるLINE NEWS向け「東日本大震災特集」です。