中国・深セン(センは土へんに川)で、日本人学校に通う男児が刺殺された。在中国邦人の安全をどう守るのか。いま、中国社会はどうなっているのか。興梠一郎・神田外語大学教授(現代中国論)が語る。AERA 2024年10月7日号より。
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中国・深センで起きた日本人男児の刺殺事件をうけて今後、在中国邦人の安全をどう確保するかは、大きな課題でしょう。単身赴任する人は「日本人がいる」とわかるような場所に行かないなどの注意が必要ですし、子どもなど家族を帯同することは相当なリスクを伴うことを覚悟すべきでしょう。企業側も中国でビジネスをしたいのであれば、「現地に駐在しなくてもビジネスができる仕組み」をどのように整えるか、などが早急に問われてくる。いまはそれほどの局面だと思います。
前提として、不況を背景に「社会への報復感情」が蔓延する中国はもう、「私たちが慣れ親しんだ中国」ではありません。まずその変化に気づくことです。
中国はいま深刻な不景気にあえいでいます。若い世代の失業率は約19%。しかもここには農村から来た出稼ぎの人は含まれていません。
■習近平の「戦闘モード」
仕事がない、結婚もできない。自暴自棄になった人たちの「社会に報復してやる」といった怨念がくすぶり、それが弱い立場にある子どもにも向けられる。そんな背景が存在する可能性も見逃すことはできません。
もう昔の中国ではないと言えるもう一点は「米中対立」です。投資が欲しい中国はアメリカと激しく対立することはなかった。でも習近平体制になって以降、台湾周辺で激しい軍事演習を行ったり、ウクライナ戦争では公然とロシアを支援したり、米中対立も日中対立もまったく辞さない、完全な「戦闘モード」へと変わりました。米中が対立すれば当然、アメリカの同盟国である日本とも対立する。政治的にはもはや、中国に住む日本人が経験したことのない「冷戦」の最中にいるんです。
また、「反スパイ法」で昨年にはアステラス製薬の社員が拘束されるなどの動きも相次いでいる。そんな状況で駐在員がビジネスをすることは、極論すれば「戦場」に送り込んでいるのともはや変わらない。日本企業はそこに早く気づくべきです。
もちろん、今回の事件から透けて見える「反日感情」を考えることも重要です。中国側は「偶発的な個別の案件」として、犯行の動機を明らかにしていません。ただ、いくつかの「点」をつなぎあわせると浮かび上がってくる「線」はあります。
今年4月にも蘇州では日本人駐在員の男性が首を切りつけられる事件が起きています。6月には日本人母子が襲われ間に入った中国人の添乗員が死亡。今回とあわせてまず「目に見える点」が三つある。加えて9月の事件が柳条湖事件と同じ日付に起きたこと、犯行場所が日本人学校からわずか200メートルの路上だったことなどの状況も、目に見える「点」と言えます。
さらに水面下での「点」もありました。昨年8月の時点で日本の外務省は「日本人学校を訪問する際には周囲に気を付けるように」という趣旨の注意喚起を出している。いま読み返せば、これは驚くべき文言です。当時、処理水の問題に関して中国政府が「核汚染水」などと大々的に世論を煽ったことで日本大使館や日本人学校などに嫌がらせの電話が殺到しました。その時点ですでに、日本人学校につながる不穏な空気はあったのです。
これらの点をつなぎあわせれば、今回の事件の要因としての「反日感情」という「線」は見えてくる。「反日」以外の動機もあるかもしれませんが、中国側が情報を出さないので、「反日」の要因を排除することは難しいと思います。
(構成/編集部・小長光哲郎)
※AERA 2024年10月7日号
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