東京五輪の期待の星・瀬戸大也。力強く泳ぐその体は、妻の馬淵優佳さんの「指導」を受けてつくられた。アスリートフードマイスターの資格も持つ馬淵さんにインタビューした。AERA2021年8月2日号の記事を紹介する。
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誰もが予想しなかった。
24日夜にあった競泳男子400メートル個人メドレーの予選。エースの瀬戸大也(27)は全体9位で予選落ちとなった。
銅メダルを獲得した2016年のリオデジャネイロに続く2度目の五輪出場。今季の世界ランキングでトップを誇り、自ら「金メダルは99%取れる」と表現してきた。だが、その「約束」は、次の種目に持ち越されることになった。
レース後のインタビューで、瀬戸は「ちょっと自分でも信じられない。自分の読みというか……残念です。思ったよりも決勝ラインが速かった」と語った。
新型コロナウイルスの感染拡大による大会の1年延期やスキャンダルによる活動停止処分など、不安定な状態が続いた。復帰戦となった今年2月のジャパンオープンの男子400メートル個人メドレーでは4分12秒57で優勝したが、その後はしばらく不調だった。
■白米で不調乗り越え
瀬戸を支えてきたのが、妻の馬淵優佳さん(26)だった。
「あれは完全に白米不足で、糖が足りていませんでした」
馬淵さんは瀬戸の復帰当時をそう振り返る。瀬戸は当時、活動停止中に増えた体重を絞ろうと、負荷の強い練習を重ねていたという。
「競泳はエネルギーをとても使う競技なんです。追い込んだ日は、ふだんよりもエネルギーを取らなければいけないのに、疲れすぎて食べられないという時期がありました」
十分な食事を取らないため、体力も回復しない。疲労が残り、さらに食欲がなくなる悪循環に陥ったという。
「食欲がわかないときはご飯を茶わんによそうのをやめて、おにぎりにしました。同じ量でもぎゅっと小さくなるし、一口に入る量が増えて手軽に食べられるメニューがいいなと思って」
■グラム単位で食事管理
アスリートにとって、食事管理は欠かせない要素の一つ。必要な栄養が取れていないと、本来の力は出せない。若さや練習量で一定の記録まではたどり着けても、トップにはなれない。
「それだけでは、もうワンステップ上がれないという時期があるんです。勝ち残る人は、練習以外の時間をきちんと管理できている。そこで差がつくんだと思います」
17年5月の結婚以来、馬淵さんは瀬戸を食事面でもサポートしてきた。スポーツ選手に特化した食事や栄養バランスの取り方を習得した人に与えられる民間資格「アスリートフードマイスター」を取得。食材や食べた量をグラム単位で量り、必要なエネルギーが摂取できているか調査をしたこともある。
馬淵さん自身も飛び込み選手だった。食事管理を苦に感じることはないが、「競泳選手にとって必要な食事」に頭を切り替えるのには時間がかかった。
「飛び込みの場合、少しでもきれいに飛べるよう、試合前にはあまり炭水化物を取りません。それに比べて持久力がいる競泳は、エネルギーをためるために米をしっかりと食べなければいけない。頭のなかでは理解できていても、食べ過ぎたら太るという感覚がしばらく抜けませんでした」
意識しているのは、炭水化物の量だけではない。親子丼を作るときは、脂質の少ないサラダチキンを活用。低カロリーで高タンパクなので、体づくりにも一役買う。食欲がないときには、ポン酢などさっぱりした調味料で食が進むよう工夫する。
「アスリートには血液をサラサラにするEPAやフィッシュオイルも大事なので、週に2回は魚を出すようにしています。サプリメントだけじゃなく、食材からも栄養をとるほうがいい。本人は肉のほうが好きみたいなんですけど」
■「妻だのみ」はNG
テーブルには、野菜たっぷりのみそ汁や大皿に入った料理がドンと並ぶ。食事はなるべく同じ時間にとるようにしている。
「最初に汁物で胃を温めて、夜は腹八分目を意識しているみたいです。その日のエネルギーになる朝ごはんが一番大事なので、起きたときに『おなかがすいた』とエネルギーが枯渇している状態がいいんです」
ほかにも調整期間中は自宅にお菓子を置かないようにしたり、フルーツに切り替えたりと“誘惑”を断ち切るようにしている。家族としてサポートは惜しまないが、「すべて妻がやる」ことをよしとは思わない。
「スポーツ選手の妻は、夫の食事に命をかけてサポートしていると思われることもありますが、選手は子どもじゃない。自分に必要な量を自己判断で食べるようにしないと、選手自身が考えなくなってしまうんです。だから、料理も大皿で出します。自分でやるようにすることも、サポートの一つだと思っています」
瀬戸は今大会で、200メートルバタフライと200メートル個人メドレーにも出場。無観客のため、家族といえど会場に入ることはできない。合宿中も毎日、テレビ電話をしているが、五輪への意気込みをどう語っているのか。
「あまりそういった話はしませんが、『金を取るから』ということは言っています。『取りたい』じゃなくて、『取る』という思いはずっと持っているんです」
妻と2人の子どもたちの期待を背負い、表彰台のど真ん中を目指して迷いなく突き進む。(編集部・福井しほ)
※AERA 2021年8月2日号
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