事件が起きる度に、無関係な人や会社がSNS上で「加害者」だと攻撃される。なぜ誹謗中傷されるのか。加害者とされた若者の母親が取材に応じた。AERA2022年3月14日号の記事を紹介する。
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<どう考えても、○○兄弟が、犯人なのです>(編集部注:○○には実名が記入)
<おまえの車みつけたわ>
昨年3月、北海道旭川市でいじめを受けた疑いのある中学2年の女子生徒が凍死した状態で見つかった問題。いじめの加害者だと名指しされたのは、女子生徒とは全く面識がない同市内に住む20代の兄弟だった。
兄弟の母親(40代)は言う。
「全く心当たりがないです」
いじめ問題が明るみに出たのは、昨年4月の文春オンラインの報道だった。直後からネットで加害者捜しが始まり、兄弟は加害者だと「特定」されたのだ。
■友人宅の地図もアップ
ネットには兄弟の実名や自宅住所もさらされ、次男(20)が乗る車の車種やナンバーもネットに上げられた。次男が友人宅に車で遊びに行くと、<あいつがここにいる>と友人宅の地図までSNSにアップされた。
母親は自営業を営んでいるが、店には非通知の無言電話が多い時で1日30件近くあった。店の前には見慣れない車が現れ、スマホで店を撮っていったりした。
母親は警察に相談。電話に相手の番号を表示するナンバーディスプレーを設置し非通知は「着信拒否」にするとやみ、店外に防犯カメラをつけると夏ごろには不審車は現れなくなった。だが、ネットで広がったデマの削除は不可能だ。今も兄弟の名前はネット上に残り、匿名での誹謗(ひぼう)中傷は続く。
「悪質な発信者に対しては、許すつもりはないです」(母親)
事件が起きる度に、無関係な人や会社がSNS上で「加害者」だと名指しされ攻撃される被害が相次いでいる。1月にも、岡山市内の建設会社で働くベトナム人技能実習生が暴行を加えられていた問題で、無関係の会社が加害者としてネット上に社名などを書かれた。会社には誹謗中傷のメールや電話が殺到し、業務に支障が出たという。
■他者を尊重する大切さ
ネットの誹謗中傷問題に詳しい国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一准教授が行った調査では、「炎上」に参加している人の60~70%は「許せなかったから」「失望したから」などの理由で、攻撃を仕掛けていたという。
「自分が正しくて相手が悪い、だから攻撃するんだというロジックです。その人なりの正義感からですが、それは社会的正義ではなく一人ひとりの価値観における正義感。やっていることは、リンチと変わりません」
山口准教授は、SNSの普及により今や誰もが自由に発信できる「人類総メディア時代」になったと指摘する。
「その中でも特に、協調性が低く、他人や社会に対して否定的で、攻撃的な価値観を抱いている人が炎上に加担しやすい傾向にあります」(山口准教授)
ネット上の誹謗中傷の削除の訴訟を多く手掛ける小沢一仁(かずひと)弁護士は、「デマ」による誹謗中傷は名誉毀損に相当する可能性があると話す。
「実際に一昨年、ネットでデマを拡散した男性に相手への名誉毀損で33万円の賠償を命じた判決が出たケースもありました。皆が言っていたから信じたというのは理由になりません。発信する際は、一次情報にしっかり当たることが大切です」
誹謗中傷に対する特効薬はない。だが昨年4月、発信者を特定する裁判手続きを簡素化する改正プロバイダー責任制限法が成立するなど、被害者に寄り添う法改正も進められている(今年9月までには施行)。
先の山口准教授は、大切なのは「他者への尊重」を忘れないことだと語り、こう続ける。
「まず知っておかなければいけないのは、ネットには様々なデマやフェイクが流れていて、誰でも騙される可能性があることです。その上で、相手を尊重し、自分がされて嫌なことは相手にもしないことが大切です。この当たり前の道徳心を育み、意識することの積み重ねが、誰にとっても心地よいネット社会を実現することになります」
母親はこう言った。
「デマや臆測で誹謗中傷されることで、どれだけその人たちが傷つき苦しんでいるか。想像してみてください」
(編集部・野村昌二)
※AERA 2022年3月14日号
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