富士山噴火想定のハザードマップが、17年ぶりに改定された。噴火したらどうなるのか。あの巨大地震と「連動」する可能性も指摘される。地震と豪雨の「災害」を特集したAERA 2021年6月7日号から。
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神奈川県山北(やまきた)町。総務防災課の担当者は、戸惑いを見せる。
「まさか、溶岩流は想定していませんでした……」
今年3月、山梨、静岡、神奈川の3県などでつくる「富士山火山防災対策協議会」は、富士山の噴火を想定したハザードマップ(危険予測図)の17年ぶりの改定版を公表した。そこには、これまでの想定をはるかに超える可能性が指摘されていた。神奈川県内に溶岩流が到達する恐れがあるとあったのだ。
「溶岩流」は、火山の噴火によって地下の溶岩(マグマ)が斜面を流れる現象で、富士山噴火で予想される火山現象の一つ。土石流のように猛スピードでは襲ってこないが、温度1千度以上で全てを焼き尽くす。
もともと富士山ハザードマップは2004年6月に国が策定したが、神奈川県内の被害は火山灰の降灰のみと想定されていた。今回、最新の科学的知見に基づき、噴火の調査対象を拡大し想定する火口の範囲も広げ、すべてのパターンでの到達範囲を地図に重ねるなどした。その結果、噴火が神奈川寄りの火口で起きると、県西部に溶岩流が到達する恐れがあるとしたのだ。
■「マグマだまり」がパンパン
溶岩流が最も早く到達するとされたのが山北町で、発生から33時間後。その後さらに、南足柄市(80時間後)、開成町(128時間後)、松田町(148時間後)、相模原市緑区(227時間後)、小田原市(413時間後)、大井町(740時間後)……と、この7市町に溶岩流が到達する。はじめて溶岩流に襲われる可能性を突きつけられた、先の山北町の担当者が言う。
「避難は広域となる可能性があり、防災計画や避難計画の策定を考えないといけない」
日本一の山、富士山。
日本を代表する活火山で、過去5600年の間に180回近く噴煙を上げてきた。だが今は鳴りを潜め、兆候があるわけではない。富士山は噴火するのか。
「もはや富士山は噴火スタンバイ状態です。火山学的には、100%噴火します」
と語るのは、火山学者で京都大学の鎌田浩毅名誉教授だ。
富士山はこれまで、約100年に1度の周期で噴火してきた。最後の噴火は江戸時代中期の1707年。「宝永噴火」と呼ばれ、江戸の街に大量の火山灰を降らせた。しかしそれ以降、300年以上沈黙を保っている。
「ということは、地下にマグマを大量にため続けています。富士山の地下20キロにマグマをため込んだ『マグマだまり』があり、すでにパンパン。いつ噴火してもおかしくありません」(鎌田名誉教授)
■6時間が2時間に短縮
そうした状態にある中、さらに憂慮すべき事態が起きた。11年3月11日、マグニチュード9の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が発生したのだ。鎌田名誉教授は、この未曽有の地震が富士山を巡る状況を一変させたと話す。
「地震の4日後、富士山のマグマだまりの真上で震度6強の地震が発生しました。それにより、マグマだまりの天井部分の岩盤がひび割れを起こし、マグマだまりの圧力が下がった可能性があります」
マグマには約5%の水分が含まれ、それが減圧したマグマの中で水蒸気となり体積が500倍以上に増え、マグマだまりの外に出ようとしていると考えられるという。
ひとたび富士山が噴火すれば被害は甚大だ。
地図で示すように、溶岩流は神奈川県だけでなく静岡県や山梨県など広範囲に広がる。
山梨県富士吉田市では、溶岩流の市街地到達時間は、これまでの6時間から2時間に短縮された。溶岩流だけでなく噴火によって火山灰や噴石が降り、泥流が町を襲う。東海道新幹線や東名・新東名高速道路といった主要交通網が、寸断される恐れもある。
周辺自治体だけではない。100キロ近く離れた首都圏にも、深刻な被害をもたらすことがわかった。
3時間後には首都機能はマヒする──。昨年3月、政府の中央防災会議の作業部会は衝撃的な調査結果を公表した。「宝永噴火」と同規模の噴火が起き、偏西風が吹くと、火山灰は3時間で首都圏の広範囲を直撃。東京都新宿区で約10センチ、三鷹市で20センチ弱、横浜市で2センチ程度積もるとした。
先の鎌田名誉教授によれば、火山灰の正体は、細かいガラスの破片。それがコンピューターや精密機械の細部に入り込むと使い物にならなくなり、電気水道ガスなどすべてのライフラインをストップさせるという。
「火山灰は送電線に積もりショートさせるので、各地で停電し、断水の恐れもあります。数ミリの降灰で車は運転できなくなるので高速道路は通行止めとなり、鉄道も首都圏全域でほぼストップ。羽田や成田空港も飛行機が離着陸できなくなり滑走路は閉鎖され、農業にも甚大なダメージを与えます」
■巨大地震が「噴火」誘発
人口や産業が集中した首都圏が被害に見舞われれば、影響は甚大だ。02年に内閣府が出した富士山噴火による被害額は、最大で2兆5千億円。だが多くの専門家は、試算額は被害を過小評価していて、想定外の被害も考えられ経済損失はより大きくなると指摘する。
懸念材料はまだある。
鎌田名誉教授によると、富士山噴火は南海トラフ巨大地震と密接な関係があり、この二つが「連動」する可能性があるという。南海トラフ巨大地震は、2030~40年のどこかで発生するとされる巨大地震だ。
「巨大地震が富士山噴火を誘発した例は過去にもあります。1707年に南海トラフでM8.6とされる巨大な宝永地震が起きましたが、その49日後に起きたのが宝永噴火でした」
もし、南海トラフ巨大地震と富士山噴火が連動したらどうなるのか。国が試算するこの巨大地震による被害総額は約220兆円。これに富士山噴火の被害が加算されれば、とてつもない被害額となることが予想される。鎌田名誉教授が言う。
「南海トラフ巨大地震では、東京から九州まで日本の人口の約半分にあたる6千万人が被災します。そこに富士山の噴火が追い打ちをかければ、日本の政治経済を根底から揺るがすことになります。国家の危機管理上、平時のうちに可能な限り予測し、減災に向けて全力で取り組むべきです」
未来を正確に予測することは誰にもできない。そうであるからこそ、過去に学び、荒ぶる自然を正しく恐れ、これからの災害に備えたい(編集部・野村昌二)
※AERA 2021年6月7日号
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