初の被爆地で開催となったG7広島サミット。核廃絶への議論の進展に期待がかかる一方、核保有国への配慮がうかがえる場面もあった。平和記念資料館が「目隠し」され、不都合な真実は舞台裏に隠された。背景に何があるのか。AERA 2023年6月5日号の記事を紹介する。
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被爆地・広島選出の岸田文雄首相は、自ら実現した主要7カ国首脳会議(G7サミット)の広島開催(5月19~21日)を、舞台装置として最大限利用したと言えるのではないか。
市民が完全排除された広島平和記念公園は、「核同盟」のG7が核抑止政策の結束をアピールし、戦争当事国ウクライナのゼレンスキー大統領を支援してロシアとの戦争をあおるための「貸し舞台」にも見えた。
「一貫して核と戦争を否定してきた広島が、その舞台として利用された。議長国・日本の岸田首相は罪深い」。元広島市長の平岡敬氏(95)が憤りを隠さないのも無理はないだろう。
一方で、不都合な真実は徹底して舞台裏に隠された。その象徴が、核兵器の非人道性を具体資料で示す平和記念資料館が「目隠し」された姿である。不自然を通り越して異様にすら映る。2016年にオバマ米大統領が広島を訪問した時よりも、「目隠し」は一層徹底していた。何を見られたくないのか。
G7首脳は約40分の滞在で何を見て、資料館のどこまで入ったのか、公式説明は一切ない。報道陣から問われた滝川卓男館長は、「政府行事の一環」「詳しくは政府に尋ねてほしい」と繰り返すばかり。箝口令が敷かれていることをうかがわせた。
理由は、原爆投下国の米国への配慮である。5月20日付朝日新聞の時時刻刻「核の実相、触れたG7首脳」によると、首相官邸幹部は「米国は直前まで『あれは見る、これは見ない』と注文をつけてきていた」と明かす。米国では原爆投下で戦争終結が早まったと正当化する主張が根強く、「大統領選が来年に迫るなか、資料館訪問を政権攻撃の材料にしたい勢力もある」(日本外務省幹部)からだという。
驚くのは、次の記述だ。
《原爆の残虐性を伝える多くの展示を目の当たりにすれば、「核のボタン」を押す権限をもつ為政者の判断に影響する。そんな懸念を核保有国は抱いていたとの見方も日本政府内にはある》
これは、核被害の残虐性を見てしまうと核のボタンが押せなくなる──という理屈だ。人権、自由、民主主義を標榜するG7の核保有国(米国、英国、フランス)の最高指導者が、そんな理屈を受容してしまっているのだろうか。
米ソ冷戦期にレーガン米大統領との間で「核戦争に勝者はない」と合意し、初の核軍縮を実現して冷戦終結につなげたゴルバチョフ元ソ連大統領の生前の言葉を思い出す。筆者が2019年12月にモスクワでインタビューした時のことだ。ゴルバチョフ氏はこう語った。
「核戦争は許しがたいものだと考えている。それを始められるのは理性のない人間だけだ。国家首脳にとって不可欠な訓練の時でさえ、いわゆる核のボタンを私は一度も押さなかった」
ゴルバチョフ氏は核抑止論も否定していた。だからこそ、演習の時でさえ核のボタンは押さなかったのである。
核のボタンが押せなくなると困るから資料館の視察を抑えるという理屈は、核抑止論から生まれる。残虐な兵器であればあるほど核抑止論にとっては好都合だからだ。それこそ、専門家から「リアル」と称される野蛮な核抑止論の姿だ。G7がそれを前提に結束していることが、図らずも資料館を目隠しすることによって可視化された。
(朝日新聞編集委員兼広島総局員・副島英樹)
※AERA 2023年6月5日号より抜粋
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