昨今,キャラクターたちが歌って踊る3DCGライブやCGアニメーションは増加の一途をたどっている。4Gamer読者なら,必ずどこかでそうした映像を観たことがあるはずだ。その映像を制作する上でなくてはならないのが,キャラクターに命を吹き込む“モーションキャプチャ”である。
今回4Gamerは,モーションキャプチャをコーディネートする企業「ソリッド・キューブ」に取材し,実際の収録現場を見せてもらう機会を得た(なんと体験まで!)。モーションアクターはどんなことをする? 必要な要素は? など,スタジオレポートとインタビューでお伝えしていこう。
モーション映像の制作フローを紹介
今回取材したのは,キャラクターたちが歌ってダンスするCG映像の制作手順だ。
撮影スタジオは横7.2m×2.5mの広さで,そのスペースを囲むように,28個のカメラが設置されている。また,床にはカラーテープがいくつも貼られており,アクターたちはこれを目安に立ち位置を確認しているようだ。そのスペースのすぐ前にはエンジニア席があり,たくさんのディスプレイが設置され,アクターたちの様子を見られるようになっていた。
■1.アクターたちの準備
モーションキャプチャを行うアクターたちは,伸縮性のあるスーツを着用する(ちなみにこのスーツ,バレエのレオタードなどで有名なチャコット製である)。このスーツに「マーカー」と呼ばれる反射テープのついた玉がつけられていく。マーカーは撮る映像によってつける数が変わるそうで,細かいモーションが必要な時は,指の関節にまでつける場合もあるとのこと。
■2.キャリブレーション
次に,T字状のワンドを持ったスタッフが撮影スペースに入り,ワンドを8の字に振り回しながらスタジオ内を歩き回り始めた。これは「キャリブレーション」という作業で,先述した「マーカー」がついたワンドを動かすことにより,各カメラの位置と空間を認識させる工程となっている。
この作業はカメラに囲まれた空間内すべてに行う必要があり,スタッフは前後左右に歩き回りながらワンドを振り続ける。静かなスタジオですべての空間をくまなくさらっていく様子は,素人目線にはどこか儀式めいて映り,興味深い。
■3.ROM体操
エンジニア側の準備ができたところで,再びアクターが入る。スタジオの中央に立って「T字ポーズ」を取ったのち,スタッフの合図に合わせて関節を動かす一連の動きを行う。こうすることで,マーカーの位置(アクターの関節位置)をカメラに認識させていくことができるらしい。そのため,撮影をするアクター全員が,1人ずつ「ROM体操」を行う必要があるのだ。
~取材に協力してくれたモーションアクターたち~
※敬称略
■4.いざ撮影へ!
ここまでを終えたらいよいよ撮影に入る。今回はAGF2022のステージイベントでも披露したあの楽曲に合わせ,男性アクター3人と女性アクター1人によるダンスを行ってもらった。なお,今回はただのダンスではなく,キャラクターを演じながらのパフォーマンスとなっている。アクターそれぞれの動きの違い(ダイナミック,王子系,可愛い系など)や表情にも,ぜひ注目して見てもらいたい。
◆男性パフォーマンス
◆女性パフォーマンス
この2つのパフォーマンスは,同じ楽曲のほぼ同じ振り付けだが,ほんの少し顔の角度を変えていたり,止めの強弱などで違いが出ているのがよく見ると分かるはずだ。Jakkoさんのダンス中の表情にもぜひ注目してみてもらいたい。
これらのパフォーマンスを見ていて感じたのは,アクターたちの体幹のすごさある。ただ立っているだけでも一本ピシッと背筋が伸びているし,ダンスではしっかりとしたブレない軸があるのが伝わってくる。さすがプロ……! と感動してしまった。
編集部員がモーションアクターに挑戦
「せっかくなので体験してみませんか?」というお言葉に甘えて,取材に同行していた担当編集が挑戦することになった。手順としては通常と同じく,スーツを着用して準備→ROM体操→キャプチャー撮影といった流れで行うことに。
先ほど素晴らしいパフォーマンスを見せてくれたJakkoさんと奥山さんからレクチャーを受け,決めポーズを教わる。CGになると腕と身体の位置や感覚がやや実際とは異なるので,そこを意識して動くことも大切なようだった。
実際に体験しているのを見ると,歩くことやちょっとした仕草をとっても,プロとの違いが明らかになることが分かった。どう動けば自然に見えるのか,あるいはそれらしく見えるのかなど,モーションキャプチャの制作は実に奥深い。
これからますます需要が増えていくと予想されるモーションアクターという職業だが,ソリッド・キューブでは今年(2023年),オーディションを行うことを発表している。この仕事や会社についてもう少し深掘りしていくため,代表の原田奈美氏に話をうかがったのでお届けしよう。
ソリッド・キューブ代表インタビュー
4Gamer:
今回の取材も大変興味深かったです。少し話が遡りますが,昨年のAGFに出展された反響はいかがでしたか。
ソリッド・キューブ代表 原田奈美氏(以下,原田氏):
モーションアクターによるステージパフォーマンスとブース出展を行ったのですが,リアルタイムでアクターが踊る姿を観る機会はあまりないので,大きな反響がありましたね。
4Gamer:
今日の取材もそうでしたが,生で拝見してみると“演技ありきのダンス”になっているのがよく分かり,素晴らしいと感じました。
原田氏:
ありがとうございます。アクターたちはキャラクターを演じ,目線や空気感にまで気を配って踊るので,そうした部分を生で楽しんでいただけたのが良かったと思っています。
4Gamer:
AGFのブースでは,御社に所属されているイラストレーターやスタイリストなどの実績も紹介されていましたね。
原田氏:
はい。アクターがポーズを取り,スタイリストが衣装をスタイリングしてイラストレーターが絵を描く……という企画に興味を持っていただけました。イラストではトレース問題なども起こりがちですが,弊社では,クリエイターたちはすべてそのクライアントさんのためだけに制作をするので,そういった意味で安心してもらえるところも大きいと思います。
4Gamer:
そうですね。「イラストだけ」「衣装だけ」「モーションだけ」といったことではなく,御社はすべてを一元化して請け負えるところがすごいと思います。
◆モーションアクターに興味ある人は必見! オーディションで求められる人材とは?
4Gamer:
今年は昨年に続き,モーションアクターのオーディションをされるそうですね。今回はどんな人材がほしいとお考えですか。
原田氏:
とにかく今回は男性アクターを求めています。アニメやゲームなどでは男性アイドルものが変わらず人気ですし,最近はCGライブも多いですよね。今は一度始まればずっと続いていく息の長いコンテンツも多いですから。キャラクターも個性が豊かな子が多く,モーションアクターが1人で何役も担当する場合もあるのですが,やはり,より“ハマる”人がほしい場合もあります。
実は男性はなかなか適任の方が少なく,成長するまでに時間がかかる場合もあります。私たちがどんどん育てていかないといけないのですが,即戦力もほしいですし,とにかく男の子にたくさん入ってほしいです。
4Gamer:
キャラクターが歌って踊る映像は多いですが,最近ますます増えていますよね。こうした仕事を専任で請け負う職業があるということを知れば,興味を持つ人はどんどん増えていきそうな気がします。ちなみに,キャラクターコンテンツは好きだけどダンスは素人,でもいいのでしょうか?
原田氏:
もちろん,オーディションは未経験者でも大丈夫です。本当に運動神経が壊滅的で……だとちょっと厳しいかもしれませんが,私たちの会社では良い人材を育てるため,無料で育成を行っています。また,先ほど「男性アクターがほしい」と言ったのは男女差別の意味ではなく,生まれつきの「骨」が違うからなんです。
4Gamer:
CGですから性別に関わらずキャラを演じることはできるはずですが,もとの身体が違うということですね。
原田氏:
はい。なので「男性がほしい」というより「男性“の骨”がほしい」んですよ(笑)。
4Gamer:
では,採用にあたってほかに重視されるところは何でしょうか。
原田氏:
ダンスのスキルは後からでもついてきますが,1番はやっぱり人柄ですね。どちらかというと器用貧乏なくらいがちょうど良いです。最初から華があるとか才能があるのは素晴らしいですが,普通のオーディションでは「地味だね」と言われるような人でも,周りをよく見ることができて素直な人,勉強家な人のほうが向いている気がします。
4Gamer:
やはり,キャラクターありきな職種というところも大きいのかもしれませんね。
原田氏:
そうなんです。大切なのは“キャラクターを演じることに魅力を感じる”という気持ちですね。俺が私が! と自分そのものを見せたがるより,あくまでもキャラクターを第一に考えられる人がいいです。欲を言えば,「モーション業界を背負っていくぜ!」くらいの気合がある人だとうれしいですが(笑)。
あとは,大勢のスタッフが関わる撮影現場ですので,スケジュールは絶対に守らなければなりません。体調やコンディションを常にベストな状況にしておく必要があります。自己管理がきちんとできて,プロとして仕事ができる人が望ましいですね。
現役のモーションアクターに一問一答!
ソリッド・キューブ所属のモーションアクター,村上雅貴さん,和泉雄希さん,白石真菜さんにお話を聞いたので,一問一答形式でお届けしていこう。
Q. モーションアクターになってうれしかったことは?
村上雅貴さん(以下,村上さん):
良いところはいっぱいあります! とくに,自分たちが見てきたキャラクターの中に入って命を吹き込めることですね。
Q. モーションを撮影するときに意識していることは?
和泉雄希さん(以下,和泉さん):
自分はダンサーをやっていましたが,ダンサー感を感じさせないほうが良いキャラもいるので,ユーザーさんが思い描くキャラの動きに近づけるようにと意識しています。
村上さん:
僕ももともとダンサーだったので,ダンサーではなくキャラクターを演じて踊るよう意識しています。
Q. 撮影現場で楽しいことは?
白石真菜さん:
私はまだ新人なので,先輩方が演じているところをよく見学させていただいています。それを一番に見られることと,どう努力しているのかを知れるところですね。いつも鳥肌が立っています。自分も先輩方のようになるために頑張ります!
Q. これからモーションアクターを目指す人にアドバイスがあれば!
村上さん:
ダンスはもちろんですが,やはり演技面が大切だと思います。さらに「歌って踊る」パターンが多いので,歌っている感じをモーションに反映させたり,細かいところまで表現できるよう勉強していくと良いと思います!
Q. ちなみに,“モーションアクターあるある”ってありますか?
和泉さん:
モーション撮影「T字ポーズ」ですね。モーションの撮影をしていないときでも,何かにつけてあのポーズを取ったりすることです(笑)。
4Gamer:
オーディションの合格人数はどれくらいを見越していますか。
原田氏:
枠は特に設けていないので,良いと思う人がいれば,いるだけ採用したいと思っています。以前も2~3人のつもりが10人くらい採用したこともありました(笑)。ただ新人は育てる必要があるので,ある程度の人数にとは考えています。
アニメをモーションで撮ることは,今後ますます増えていくことが予想されるので,とにかくたくさんの方に興味を持っていただきたいですね。それと今回のオーディションでは,新たに「リスタート部門」「ライブエンターテイメント部門」も設けます。
4Gamer:
そうなんですね! それにはどういった狙いがあるのでしょうか。
原田氏:
リスタート部門では過去にアイドル,俳優,ミュージシャンなどさまざまな経験をした方を対象としています。私達が演じるのはアイドルやアーティストが中心です。土俵は違えど“キャラクターを演じながら”これまの経験が活かせるのがモーションアクターです。キャリアを活かしてリスタートして活躍してほしいという思いです。
ライブエンターテイメント部門はコンテンツと連動したCGライブ,リアルライブが多いなか,アニメ,ゲームの振付と,CGライブ,リアルライブでの振付は連動させたい! よりお客様,クライアント様に喜んでいただけるライブを支援できる部署を立ち上げます。ライブで活躍できる振付師,ダンス講師を育成していきます。
4Gamer:
それは素晴らしいですね。では具体的に,オーディションにはどういった過程があるか教えてください。
原田氏:
新人を対象にした次世代アクター部門は1次審査で書類,2次審査でリモート面接,3次審査で実技,面談,最終審査に面談となります。3次審査の内容は未定ですが,前回のオーディションでは当日に振り付けを渡して踊ってもらいました。あとはワークショップ形式でお芝居をしていただいたりもしましたね。
4Gamer:
3次審査は単独ではなく数人ですか。
原田氏:
はい,グループです。集団での面談までを含めて3次審査,次の最終審査で個別になる形です。未成年の方は親御さんも一緒に面談にお越しいただきます。経験者採用ではとくに年齢制限を設けていないのですが,新人部門はある程度の制限はあります。やはり「育てる」という面ではある程度若い人が向いているところはあるので……。より質の高い“キャラクターを演じられる人”を作っていきたいと考えています。
◆今後の動向に注目! ソリッド・キューブはこんな会社
4Gamer:
オーディションに合格した人は,ソリッド・キューブの所属アクターとなるわけですよね。御社の社員とアクターはどのような関係なのでしょうか。
原田氏:
アクターをキャスティングするのも仕事を与えるのも私たち社員なので,アクターにとっての社員はクライアントでありマネージャーでもあります。ただ,何でも面倒を見ているわけではありません。もちろんアドバイスをすることはありますが,あくまでも一緒に働く仲間ですし,アクターも1人の社会人としてきちんとしている必要があると思うんです。現場ではクライアントさんと直接お会いすることも多く,挨拶や気遣いも必要になるので。
4Gamer:
我々も今回,何人かのアクターさんとお話させてもらいましたが,皆さんとても礼儀正しくしっかりしているなという印象を受けました。
原田氏:
やっぱり長く活動していくためには,自立していないといけないと。社員とアクターの仲はとても良いですが,馴れ合いでキャスティングすることはありません。「なぜこのキャラクターをこの人が演じるのか?」に納得できる理由がなければ,私からOKを出すこともありません。私たち仲間はみんな,お互いに勉強して成長していこうと切磋琢磨している面もありますね。
4Gamer:
もちろん大変なことも多いとは思いますが,お話をうかがっていると,御社では社員も所属クリエイターも演者も,非常にやりがいのある仕事ができるのだろうなと感じます。
原田氏:
社員にはよく「どんな仕事をしたい?」と聞いて,社長である私が動き回ってそういう仕事を取ってきています(笑)。うちに所属しているアニメ監督の松根さん(松根マサト氏)ともよく話すのは,「作品に対して“誠実”であること」です。“忠実”も大切ですが,やはり誠実さがなければと。受けた仕事をただこなすだけではなく,相手が「何をすれば喜んでくれるのか」を常に考えて働いてほしいです。みんながそれぞれの仕事をやりがいを持って楽しく,長くやれる会社でありたいと思います。
4Gamer:
今回はモーションアクターなど演者のオーディションですが,御社のスタッフとして働いてみたい! と思う人も多そうですね。
原田氏:
実は先日もTwitterで呟いたのですが,一緒に働いてくれる人も募集しています(笑)。これからももっと新しいことに挑戦していきたいですし,社員もどんどん増えているんですよ。
4Gamer:
いいですね。演者にスタッフ,クリエイターが所属している御社ですが,そのうち1つの作品を丸ごと作られるのではないかという気もしますが……。
原田氏:
そうですね。昔から現場を見ていて思うのは,モーションの現場と制作側がガッツリ組んでやっていくやり方はこれからも増えていくだろうということです。いろいろな経験のあるスタッフとともに,新しい表現をしていけたらとも考えています。
4Gamer:
楽しみにしています。では,モーションアクターに興味を持った人や,これから目指してみたいと思っている人に向けてメッセージをお願いします。
原田氏:
モーションアクターは何かの職業の片手間ではなく,それだけで食べていける職業です。「一か八か」でやってみるというより,きちんと取り組んでいくことで夢が叶えられる可能性があるので,ぜひたくさんの人に興味を持っていただけたら。具体的なアドバイスとしては,とにかく国語を頑張ってほしい!
4Gamer:
国語ですか?
原田氏:
はい,要するに「読解力」ですね。キャラクターの設定からどれだけその役のイメージをできるかというか……。日頃の動きを再現することも多い仕事なので,うれしい時や悲しい時,身体がどう動くのかや,どんな空気になるかを意識して生活すること。映画を見て素直に感動して涙を流したり,ちょっとしたことに喜んだり悲しんだり,感情豊かに生きていくのが,こうした仕事にも活きていくんじゃないかと思います。
4Gamer:
なるほど。お話を聞いてますます興味を持ちました。ありがとうございました!