AKB48の横山由依がAKB48を卒業する、と書いたが、AKB48と横山由依は「=(イコール)」である。AKB48が横山由依で、横山由依がAKB48である。
卒業したあと、大丈夫だろうか。そう考えるのが普通だと思うが、横山由依は大丈夫だと思う。
誰にでも「私は私である」という感覚はあるが、横山由依はそれが猛烈に強いと思われる。
それは俗に言う「俺が俺が」ではない。昨今よく取り沙汰される承認欲求でもない。まったく違う。
私は私だから、私がしっかりと存在しているから安心して人に尽くせるのだ。グループのために、全て費やすことができたのである。
ただ、その期間は長かった。
大丈夫だと確信しているが、どういう未来がこの先にあるのか──。それは誰も知らない。
──12年の在籍ということは小学校、中学校、高校の合計年数と同じですね。
横山由依
はい。2009年11月14日にデビューして、2021年12月9日に卒業なので。
──先輩・後輩問わず、これまで卒業されていった方々をたくさん見てきたと思いますが、感じることはあったんですか?
横山由依
「人が辞めたから辞めよう」という気持ちは今までなかったかもしれないですね。人は人、自分は自分という感じだったと思います。
──由依さんの中で「卒業」を意識する瞬間はありましたか?
横山由依
本当のことを言うと、総監督を向井地美音に譲ったとき(2019年3月31日)から「私もいずれ卒業するかもしれないな」という気持ちにはなりました。でも、そのときはボンヤリとしか頭に浮かんでいなかったので「この日に卒業するぞ!」という感じではありませんでしたね。
AKB48に入ってから総監督を引き継ぐまでは、365日24時間、AKB48のことをずっと考えていたんです。本当にそのことで頭がいっぱいだったので「私はずっと卒業しないのかな?」とも思っていました(笑)。
──365日休みなくAKB48でいることは、由依さんにとって苦ではなかったのでしょうか。AKB48=横山由依という日々だったと思うのですが。
横山由依
そうですね。今「自分にとってAKB48時代とは」と聞かれたら「私の人生」って答えると思うんです。それくらい常に当たり前だったので。「苦がなかった」と言われると違うと思うんですけど、生活の一部といった感じでしたね。
──AKB48のお仕事と由依さんの相性が良かったんですね。
横山由依
それはすごくあります。私って、基本的に他人がいなかったら毎日同じ生活ができるタイプなんですよ。関わる人がいなかったら毎日同じものを食べて、毎日同じ服を着て、毎日同じ情報しか入らない。
でもAKB48に入ったことで「この日までにやらなければいけない」という課題が次々に出てきて、関わる人も増えました。だから、いろんな情報や、興味が広がるような話題をもらえるのがすごく刺激的で、自分にすごく合っていたなと思っています。
──総監督という立場は大変ですよね。自分が相談したいとき、困ってしまったときでも、その立場ゆえ理解者が少ない。人によってはすごくストレスがたまると思います。
横山由依
メンタルはすごく鍛えられましたね。あとは家族やメンバーのサポートがあったから、乗り越えられたのかな。一人ではできなかったことなので、皆さんには感謝です。その積み重ねがあったので、辛いことがあっても乗り越えられてきたんだと思います。
──「総監督・横山由依」への否定的な意見を聞いたことがありません。
横山由依
総監督を辞めて2年ちょっとになるんですけど、今になって「総監督、大変だったでしょ」とか「頑張ってたね!」と言っていただける機会が増えたんですよ。
当時は総監督をうまくできていたという実感は正直なくて、悩んだことも多かったんです。だから「それも含めて全部を見てくださっている方がいたんだ」と思うと、総監督をやらせてもらえたことは本当に良かった。
──その立場を引き継いだ向井地さんには、どんな思いがありますか?
横山由依
総監督を引き継ぐ向井地という後輩が出てきてくれたことは、私にとっても救いでした。そのおかげで、個人としての夢を叶えていくことに向き合えたので。
コロナ禍が始まって以来、人と人の距離感は大きくなった。物理的に孤独を強いられている人も多い。
横山は孤独とどう付き合っているのだろうか。
──コロナ禍では、どんな時間を過ごしていましたか?
横山由依
コロナ禍になって、私も自分と向き合う時間が増えました。改めて自分を掘り下げながら「自分って何が好きだっけ?何に興味があるんだろう?」と考えるようになりましたね。
AKB48にいる中で、人に対して向ける視線や人との会話というのが、すごく自分の力になったんです。でもその一方で「自分はどういう人なのか」というのは、まったく分かっていなかったことに気付いたんですよね。
──そんなタイミングで由依さんがグループを離れて一人になる。ぜひ孤独の楽しさというか、孤独の味わい方を伺ってみたいです。
横山由依
自分を掘り下げたとき、「やっぱりAKB48のステージやお芝居が好き」って思えたんです。あと出てきたのが「オーロラが好き」「フィルムカメラで写真を撮るのが好き」。他にも「映像ってすごく素敵だな」と思って、映像のオンラインサロンに入ってみました。
そういうふうに「自分の興味って何だろう?」というのを突き詰めてみると、一人の時間も楽しめるようになるかもしれないですね。私もこれまで趣味がまったくなかったんですけど、そうすることで広がっていったんです。
──総監督退任後というのも、ちょうど良いタイミングだったのでしょうか。
横山由依
そうですね。自分を知っていくことで人との関わり方が変わってきて、人に向ける興味も広がった気がします。一人の時間ができて自分と向き合えたことは、すごく私のためになっていると思います。
──卒業ソング「君がいなくなる12月」も発表されましたが、お世辞じゃなく素晴らしいものでした。
横山由依
ありがとうございます。秋元(康)先生からは「みんなへの感謝や伝えなければいけないことは今までの活動の中で伝えてきたはずだから、この曲は横山の歌手としての一面を引き立てるためにラブソングにしようと思う」という言葉を頂きました。
それが私もうれしくって。歌詞を見ると「卒業ソング」という見方もできると思うんですが、すごく切なくて悲しい楽曲に捉えることもできるんです。この曲を最後に下さった意味が伝わってきて、すごくうれしかったですね。
──MVはご自身で監督されていますが、最大のテーマは何だったんでしょうか。
横山由依
「今の自分をしっかりと映す」ということですね。卒業ソングなので、この12年をどう表現したらいいかを考えたとき、「今までの12年は全部、自分の肉体が体験してきたことだ」と思ったんです。
そこで「AKB48の中でいい時もあれば悪い時もあったな」というのを表現するため、光と影を使ったり、白い衣装や黒い影っぽい衣装とかを入れたりしたいな、と考えました。
──「自分の全部を映したい」ということですよね。光だけなら、それは一面だけですから。
横山由依
そこは譲れなかったですね。あとはAKB48の後輩たちにいろんなタイミングで歌ってもらえるような、「卒業ソング」で終わらない楽曲になればいいなと思いました。そういう気持ちを込めながらレコーディングして、MVも考えましたね。
──歌はこれからも続けていくんですか?
横山由依
これからも続けていこうと思います。先日、劇作家・根本宗子さんの舞台「Cape jasmine」に出演させていただいたんですけど、歌とお芝居という構成ですごく楽しかったんです。お芝居も好きですし、歌も好きなのでどちらも続けていきたいですね。
──由依さんが映画監督や舞台俳優など「表現者」としての活動が増えていくとしたら、とてもお客さん受けすると思います。MVのように「しっかり伝えたい!もっと伝えたい!」という思いがあるから。
横山由依
舞台でも「丁寧に作っていく」ということに魅力を感じましたし、また映像作品にもチャレンジしていきたいですね。
──映画監督はトラブルや困難があったとき、それを瞬時に解決して場を進めていく仕事でもあります。由依さんは、あらゆる出来事や困難にスーッと呼吸を乱すことなく入っていける人だと思うんです。それはAKB48の活動で培われたんですか?
横山由依
何事もやってみないと分からない、というのはAKB48に入って特に感じた気持ちです。
舞台「仁義なき戦い~彼女(おんな)たちの死闘篇~」(2019年)では、私が急きょ、主演をやらせていただくことになりました。そういう場合でも臨機応変に対応したり、焦らなかったりするのは、もともとすごく気が強いからでしょうね。負けず嫌いな性格というのも、あるのかもしれないです。
──その「負けず嫌い」というのは他人への対抗心ではなく、自分自身に対してですよね?
横山由依
何で分かるんですか!? そうなんですよ!ダンスのレッスンとかでも、教えていただいたことがうまくできなかったら、本当に自分に腹が立つんです。できない自分に悔しい、と思うことが多いんです。人と比べてどうとかではなく、自分に負けたくないという気持ちは常にあります。
──卒業後の自分のイメージはありますか?
横山由依
世の中にある問題などに対しても、自分の言葉でしっかりと伝えていける人になりたいです。そのために自分の考えをしっかりと理解して、他の人の話も聞きながら、より確かなものにしていけたらいいなと思います。
──由依さんはこれから先、これまで受けることがなかったお仕事などもやっていくでしょうし、俳優の仕事もたくさんありそうですよね。
横山由依
いろんな役をやってみたいし、今までやってこなかったことにもチャレンジしていこうと思っています。今後、挑戦させていただけるものは何でもやってみたい、という気持ちですね。
そして見てくださっている方に、ただ「楽しかった」だけでなく、「明日から頑張ろう」と思っていただけるような存在になれたらうれしいですね。そのために、これからもっと自分を豊かにしていきたいです。