「あの口笛って、もしかして『小さな願い』でした?」
「はい!せっかく作っていただいた曲なんで」
「あ、やっぱり!」
10月25日、ワーナーミュージック・ジャパン本社。
「アーティストルーム」と呼ばれるスタジオで、2人は対談開始前から盛り上がっていた。
ひとりは、竹内まりや。
言わずと知れた、日本ポップス界の女王だ。
前日。ある舞台を見るため、栃木県足利市まで足を延ばした。
「あいあい傘」。10月26日に公開された同作の映画版に、彼女は主題歌を提供していた。
竹内が見つめる舞台上で、テキ屋の虎蔵、清太郎の親子を一人二役で演じていたのが、俳優・宅間孝行。
劇団の主宰、演出家、脚本家にして、映画版では監督を務めている。
舞台の冒頭。虎蔵を演じる宅間は、口笛を吹きながら現れる。
ほんの一瞬だけ響くその曲が、映画の主題歌「小さな願い」だった。
「ああ、サビの部分だ!って。たぶん、みんな気付いてなかったけど」
「まりやさんに届いたから、良かったです」
顔を見合わせ、2人は幸せそうに笑う。
まさか本当にOKをもらえるとは
竹内:映画版は見させていただいていたんですけど、この作品は11年前から舞台でやられているということで、対談前にそっちもぜひ見たいなと思ったんですよね。
宅間:ありがとうございます。「あいあい傘」は初演直後から、小説にした上で映画にしたいとおっしゃる方がいて。ただ、小説自体がなかなか進まなかったのですが、9年たって「やっと納得する小説ができたので、映画にしたい」と。
竹内:とても大事にしてくださっていたんですね。おざなりにしたくなかったんだ。
宅間:当然、すごくうれしくて。脚本と監督も任せていただけることになって。撮影に入ったころ、今度はその方が主題歌について「この作品には、まりやさんだ」と。そりゃ、やってくださるならとは思いましたけど、まさか本当にOKをもらえるとは。
竹内:こちらこそ光栄です!以前、宅間さんの舞台を拝見したときに、とてもいい主題歌が流れていた。どなたが作られたのですかと聞いたら、ご本人とのことで。だから「あいあい傘」でも、主題歌を自分で作って歌うこともできたはず。それなのに私に振ってくださって。
宅間:まりやさんに言われると何とも…。音楽のことでは、僕は何も語れませんよ(苦笑い)
竹内:すごくいい曲を作られるし、お声も良くて。脚本、演技、演出、監督、主題歌と、今回の映画も全部やることだってできたと思いますよ。そうなさっていたらギネスものかもしれませんよね。
ステーキが取り持つ「縁」
竹内:そもそも、宅間さんとは不思議な縁がありました。(夫の山下)達郎と私は、昔渋谷にあったRCAというレコード会社にいたんですけど、その近く、宮下公園のそばにチャコというステーキハウスがあって。
竹内:2人でよく食べに行っていたんです。そこが実は、宅間さんのお父様がやっていらっしゃったお店で。
宅間:両親が昔、子供の僕によく言っていたのを思い出します。おふたりがよくいらっしゃると。それを達郎さんに言ったら、ホントに死ぬほど行ったんだぞ、って(笑い)
竹内:チャコ、本当においしかったんですよー!(笑い)
宅間:僕が高校、大学と進学できたのは、まりやさんと達郎さんのおかげです(笑い)。今回の作品は「縁」も大事なテーマで。ラストカットでは、秘められていた縁が明かされるのですが、でもここにさらなる秘められた縁、真のラストカットがあったという(笑い)
竹内:傘じゃなく、ステーキが取り持つ縁ですか(笑い)。でも宅間さんは私の曲に、どんな期待を寄せてくださっていたんですか?
宅間:この作品は自分の脚本の中でも一番、お客さんのニーズに寄せてみようと試みてできたもの。だからできるだけ広い層に見ていただきたい。その意味で、ものすごく広い層から支持を得ていらっしゃる、まりやさんの曲のお力をお借りしたかったんです。
竹内:それもすごく光栄です。
宅間:どうやったら世代を超え、長く愛される曲を作れるんですか?何か心掛けていらっしゃることがあったら、ぜひ聞いてみたいです。
竹内:私なりに心掛けていることは、今の時代にはやっていることと、自分がやるべき音楽を混同しないことでしょうか。好きなものはこれだけど、自分に似合うものはこれ、と見分ける客観性を常に持っている必要がありますよね。
宅間:こっちの方が受けそう、という方に寄り過ぎないということですかね。
竹内:そうですね。流行のエッセンスを取り入れるまでならいいんですが。達郎はMOR(ミドル・オブ・ザ・ロード)という言葉をよく使いますけど、そういう普遍的で、時代を超えて鑑賞に堪え得るものを作りたいといつも思います。
竹内:新しい価値観に触れながらも、似合わなければ取り入れない。自分に一番似合うものを守りながら、どれだけ幅を広げていけるか、そして世の中のニーズに応えられるか。自分らしさをキープしつつ、新しい何かや要請されているテーマを探していくのは、大変だけど面白い作業です。
宅間:芝居も似たところがあるかもしれません。
竹内:音楽も芝居も、やっぱり普遍的じゃないと、多くの共感は得られない。人の心に届かないというか、時代や世代を超えられないと思うんですよね。
普遍的だからこそ、皆さんに伝わる
宅間:それにしても、エンドロールで出てくるみんなの笑顔の写真にあわせて、まりやさんの「小さな願い」が流れると、本当にグッとくる。すごくはまってくれていて、ありがたいです。
竹内:こちらこそありがたいです。最初、宅間さんが企画書に「願い」というテーマを書かれていて。それを見た時、ちょうど自分の手帳にメモしてあったタイトルリストの中に「小さな願い」という言葉があるのを思い出して、これだ!と瞬時に決めました。
宅間:そうなんですね!何か縁のようなものを感じます。そして僕は歌詞の中で特に好きなところがあって。サビの部分ですね。
竹内:そこが最初にできたんですよね。登場人物はそれぞれに訳ありで、いい人だけどいろいろと複雑な思いで生きている。それは世の中もみんなそうで。幸せそうに見えても、さまざまな事情を抱えている。それを「荷物」と表現しているのですが。
人は誰でも心に 荷物を抱え
生きてゆくからこそ 祈るのだろう
大切な人がずっと 幸せでいられるように
竹内:不安や悩みを抱えていない人はいない。それこそ普遍的で、皆さんに通じ、伝わるものではないかと思って。だからそこを最初に書きました。
宅間:本当に、大事な歌詞を頂きました。
竹内:言葉という意味では、あいあい傘のいわれについて、高橋メアリージュンさんのせりふが素晴らしかった。あれはどこかからの引用ですか?それとも、ご自分で作られたんですか?
宅間:あれは自分で作りました。
竹内:やっぱりそうなんですね!あれはこの作品のキーワードですよね。
結婚ってな、夫婦で歩いていくっていうのはな、つまりはあいあい傘で雨の中を歩くってことなんやて。
一見楽しそうに見えるあいあい傘やねんけど、激しい雨が降れば降るほど、相手を気遣わなあかんて。それでもやっぱりぬれてまうから、もっともっとお互いくっついて歩いていかなあかんて。
竹内:どうやって、こういったタイトル、作品のテーマを考えていったんですか?
宅間:芝居は最初にタイトルを付けるんです。チケットを販売する準備として、早いうちにタイトルと劇場、日程とキャストは、販売会社に登録しないといけないので。
倉科カナが明かした、秘められた「過去」
宅間:この作品も「あいあい傘」というタイトルがまず決まって。そして当時は、ちょうど自分のルーツを探っていて。実は僕の祖父母は内縁関係で。祖父は学習塾をやっていて、生徒だった母を教えていた。そこから、教え子のお母さんとくっついちゃったんですよね。
竹内:なるほど、そうだったんですか。
宅間:劇中のさつきにあたる、おじいちゃんの元々の家族からは、すごく憎まれていたり。そういう話を周囲からもう一度聞いて、当時は自分が結婚するタイミングでもあったので、自分のルーツと結婚を掛け合わせた話に仕上げました。
竹内:宅間さんがご自分のルーツを重ね合わせただけでなく、さつきを演じた倉科さんの生い立ちも、役柄と重なっていたと聞きました。
宅間:びっくりしました。知らなかったので。彼女とは衣装合わせで最初に話したのですが、その時に「私、この役柄と境遇が似ているんです」って告白をされて。
竹内:めったにないですよね。そんな偶然って。本当にまれなことで。
宅間:しかも、彼女はちょうど30歳の節目で、それもさつきとまったく一緒。いろんなことが、彼女にはリンクしていました。
竹内:それだけに、思いを込めて演じられたと思います。あの居酒屋のシーンは、鬼気迫るものを感じました。
宅間:あそこは長回しで、1カット6分半くらいでした。
うちは達郎だから言えちゃう
宅間:「あいあい傘」というタイトル、それから高橋メアリージュンさんにお願いしたせりふなんかは、竹内さんと達郎さんの夫婦のあり方とすごくリンクするなぁとも思うんですよね。
竹内:36年になりますね。達郎とは。
宅間:どうやったらそうなれるのか、というのは、世の中のみんなが思うんじゃないですかね。
竹内:これは私の考え方なんですが、例えば一組の男女が、運命とかご縁に導かれて出会って、夫婦として一緒になるとしますよね。それはものすごい確率です。
竹内:だからこそ、自分が終わりを迎える日までに、パートナーとの関係がどう変化していったり、ふたりの絆がどう深まったりしていくのか、見届けてみたい自分がいるんでしょうね。
宅間:でも、同業者だと、仕事についての考え方でぶつかってしまったりしそうですが…。
竹内:よくそれを聞かれるんですけど、まったくないんですよね。私が明け方まで作曲していて、昼間ずっと寝ていたら、普通の夫婦なら文句を言われるかもしれない。でもうちは文句を言われたことがないです。なぜなら同業者だから。
竹内:好きな音楽のジャンルが違ってたりしても、逆にそれを分かち合える。これ結構いいから聞いてみたら?とか。同業者であることのマイナスは、感じたことないですね。
宅間:プラスしか感じない、と。
竹内:そうですね。日常の中でごはんを食べながら、ここの歌詞は変えた方がいいかなとか相談できるし。編曲を別の先生に頼んだら「このアレンジちょっと違う気がするんだけど言えない」みたいな遠慮もあるけど、うちは達郎だから言えちゃうー(笑い)。そんな便利さはありますね。
宅間:世界におひとりですよね。達郎さんのアレンジに「ちょっと違う」と言えるのは(笑い)
竹内:基本的に自分の要望は正直に伝えます。まあ、そういう良さもあるんですけど、でも一番は人間としての相性だと思います。相性が良ければ、頑張ってコミュニケーションを取らねばならないとか、同じ趣味を持つべきだとか思わなくても、努力を超えて一緒にいられる。
竹内:それは運とか縁としかいいようがないので、私もえらそうなことは何も言えないですね。幸運だったと思います。
宅間:だいたい、達郎さんはチョー面白いですよね(笑い)
竹内:はい。一見、堅物に見えるかもしれないけど、実はめっちゃ面白い。子供のころは親戚から落語家への弟子入りの話が出たりしたみたいで、とにかく話が好きなんですよ。私も話好きだから、ふたりで一日中しゃべっていられる。
宅間:まりやさんもお話うまいですもんね。
竹内:私はうまいんじゃなくて、ただ話すことが好きなだけ。あの人はうまいし、知識も豊富だけど、実は花の名前とか、魚の名前とか、まったく覚えないんですよ。
竹内:洋楽ミュージシャンやアレンジャーの名前、ワインの産地とかぶどうの種類とかは瞬時に出てくるんだけど、庭に咲いている花のどっちがハナミズキで、どっちがヤマボウシか、300回教えても覚えない。
宅間:興味ないと覚えない。達郎さんらしい(笑い)
竹内:魚も白身は全部ヒラメって言いますから。マジで言わない方がいいよって(笑い)
世代、文化を超え再評価される竹内楽曲
宅間:そういえば、達郎さんのライブに、こっそりコーラスで出たりされているんですよね?
竹内:夏フェスなどのお祭りとかは出たりしますね。今年の「RISING SUN ROCK FESTIVAL」も参加させてもらいました。3人のコーラス隊にまじって、ライブ終盤にちょっとだけ。
宅間:何も言わずに出るんでしょ?
竹内:ある種のサプライズ要員なので(笑い)。最終的にはメンバー紹介で達郎が名前を言ってくれますが、お辞儀をしたらぴゅーっと帰ります。でもそうやって達郎のライブに参加できるのはうれしいことで。若い人たちが達郎の音楽を喜んでいるのを目の当たりにするのは、感動的ですね。
宅間:本当にステキですね。
竹内:逆に私のライブだと、バックに達郎を従えてという形になります。とはいえ「プラスティック・ラヴ」という曲では、完全に達郎にもって行かれてしまうんですけど(笑い)。11月に公開する私のライブ映画にも、その曲が入っています。
宅間:「プラスティック・ラヴ」は、音源として海外で再評価されていると聞きました。
竹内:とても不思議な現象ですね。84年のアルバムの曲なんですけど、外国の方がYouTubeに上げて、昨日見たら再生回数2100万回で、びっくりしました。コメントは皆さん外国の方ばかりで。ネットの世界で、自然にバズッた感じなのかな。ピコ太郎みたいに。私は何もしていない(笑い)
宅間:まりやさんが、世界中の方と縁をお持ちになるのは、ファンとしてもすごくうれしいです。あれ?もうお時間ですか?
竹内:まだまだ話したいこと、たくさんあるんですけどね。何はともあれ、映画の成功をお祈りしています。
宅間:はい。まりやさんの曲のお力もお借りして、この作品が多くの方との縁に恵まれたら、とてもうれしいです。
【取材・文=塩畑大輔(LINE NEWS編集部)、撮影=鶴田直樹】