苦笑いをしてみせようとして、うまくいかなかった。こらえながら、何とか絞り出す。
「悔しいです」
自らの言葉でせきを切ったように、涙が頬を伝った。
インタビュアーに肩をたたかれ、労をねぎらわれると、ついに嗚咽(おえつ)が止まらなくなる。しゃがみこみ、顔をタオルで覆う。
肩幅の広い背中が、いつまでも小刻みに震えていた。

プロゴルファー松山英樹は16-17年シーズン、世界最高峰の米ツアーで3勝を挙げた。世界ランクは一時、日本勢史上最高の2位まで上がった。そして海外メジャー最終戦、全米プロでは最終日の後半10番まで首位を走った。
誰もが日本勢初のメジャー制覇を予感した。しかし、そこから逆転を許し、終わってみれば5位。夢はついえた。
それにしても、人目もはばからず涙を流す姿は、松山には似つかわしくなかった。良くても、悪くても、いつも淡々とプレーを振り返る男に、いったい何が起きたのか。

自分がこうだと思う1打が打てなかった──
──昨季は優勝3回、世界ランクは一時2位まで上がった
そうですね。でも、まあ、今までどおりのシーズンだったんじゃないかなと思います。いい時期もあったけど、悪い時期も長かった。出場した試合、全部トップ10なら、勝たなくてもいいシーズンとなるかもしれない。だから、勝った数だけで一概には言えないですよね。
──全米プロではメジャー制覇にも迫ったが
勝てませんでしたからね。勝てる流れを引き寄せるのも自分だと思う。流れを持ってくる1打、自分がこうだと思う1打が打てなかった。(優勝した)ジャスティン・トーマスにはそれがあった。
全米プロ、最終日10番パー5。首位だった松山と同組のトーマスは、第1打を左に大きく曲げた。OBなら、優勝争いから脱落。しかしボールは木に当たり、フェアウエー中央に戻ってきた。
そして、トーマスの第4打パット。カップ左ふちに止まり、バーディーならずと思われたが、12秒後にポトリとカップ内に落ちた。
次の11番パー4から、松山は3連続ボギー。トーマスに逆転を許した。
──流れを左右した一打、挙げるとすれば
11番のセカンド。間違いないです。

重圧の中で打つための、何かが足りなかった──
第1打までは、不安のかけらも感じさせなかった。ドライバーはフェアウエー中央、312ヤードを稼いだ。残り151ヤード、絶好の位置からの第2打。しかし、9番アイアンのショットは、グリーンの右に大きく外れた。
──そのショットを振り返ると
普通に打てば、チャンスにつけられるはずだった。それをなぜか難しく考え過ぎちゃって、考えが決まらないうちに打ってしまった。それが悔しかった。そうですね、それが一番。
──具体的に、何が迷いにつながったのか
きっと自信がなかったんです。なんてことない距離、なんてことないシチュエーションだと思って打てる自信。プレッシャーの中で打つための、何かが足りなかった。振り返ってみると、それが「自信」だと思う。
──あの試合だけの問題ではない、ということか
今年勝てているから、とかいう次元の問題でもないと思うんです。大事なものは、ゴルフをやっていく中で、積み重なっていく。あのシチュエーションで打てなかったのが、今の実力なんです。普通に考えれば、なんてことないショット。でも、なんてことなく打てなかった。それが本当に悔しかったんです。
今日の負けは、勝負のあやではない。このままでは勝てない。自らそう悟った。ふがいなかった。だからこそ、松山は涙に暮れたのだ。

トランプ大統領、安倍首相とのゴルフ──
メジャー制覇こそならなかった。しかし、プロアスリート日本勢の中で、最も世界の頂点が近い存在であることに、変わりはない。
知名度はゴルフ界にとどまらない。11月。米国のトランプ大統領の求めで、埼玉・霞ヶ関CCでラウンドをともにした。安倍首相と3人のゴルフは、世界中で広く報じられた。
──大統領とのゴルフについて
あそこに呼ばれて断れる人はいないと思う。自分に限らず、今後そんな機会があるかどうか。そして今の段階では、自分にしかオファーはなかった。それはすごく光栄。次がいつかはわからないけど、ああいう場に呼ばれる自分であり続けたい。
──なかなかない経験から得たものは
2人とも発言力がすごい。もちろん、内容は言えませんけど、お互いが思っていることをちゃんと伝えていると感じた。コミュニケーション面もそうですけど、自信をもって、うまく言葉にまとめられれば、日本のゴルフをいろんな人に伝えられるのかな、と思いました。
日本のゴルフの魅力を広く伝える。
世界の頂点を目指して戦いながらも、松山は常に意識してきた。だからこそ、大統領と首相から学んだことも、自然とそこにつなげる。

ネットやSNSの力を使えば、ファンは増やせる──
──日本のゴルフをこう伝えていけば、というアイデアは
米ツアーのプロモーションの仕方を見ていると、日本もネットやSNSをうまく使って、盛り上げていけたらいいのかなと。もちろん、日本ならではの難しさ、というのはありますけど。
──日本ならではの難しさ、とは
アスリートが普段の姿を出すと、批判をされがちですよね。米国でもSNSの記事に批判が集まることもある。でも、大半は「いいんじゃない」という意見。そこは日本とは違うかも。とはいえ、やっぱりネットやSNSの力を使えば、ファンは増やせる。日本に合った発信の仕方を見つけられたらいいな、と思います。

──自分に対するネット上の批判も見るのか
はい、見ますよ。ああ、そう思っているんだ、とか。そうじゃないのになあ、とか。面白い意見もたくさんありますよね。
──ネットがプレーにプラスになる部分はあるのか
ネットの速報ニュースを読むことで、ほぼリアルタイムで他の選手の意見を聞けるじゃないですか。それはすごくいい。同じ大会に出場する選手のコメントを読んで「あのホールはやっぱり難しいんだ」とか、考えを整理できるのはメリットです。そうじゃなくても、僕は本当にずっとネットのニュースを読んでますよ。それしか見てない、というくらいですね(笑い)

米ツアーでの戦いは、今年で6年目になる。
当初は海外メジャーの優勝争いの中で、スロープレーで罰打を取られたこともあった。2013年の全英オープン。微妙な判定と物議を醸した。「松山が米国人だったら取られないペナルティーでは」という声まで聞かれた。今後は周囲の選手やツアー関係者ともうまくやるべき、という意見も上がった。
だが、21歳の松山は首を振った。「強くなれば、ああいうの取られなくなりますから。タイガーだってそうでしょう。まずは強くなることだけを考えます」。そして本当に、その領域に達した。
──世界と戦う上で心掛けていることを、世界に活躍の場を求める同世代にシェアしてほしい
(しばし考え込んだ後に)自分が思っていることを曲げちゃいけない。でもそれにこだわりすぎて、変化できないのもよくない。変化する勇気も大事。変わらない勇気も大事。そのバランスだと思います。
──最後に、新年の抱負を
メジャーで勝ちたい。ただ、その気持ちだけではどうにもならない。実力を上げる。全米プロのように、なんてことないショットをミスするスイングではダメ。変えないと。今年がどうなるかは、そこ次第です。

若くして「変わらない勇気」はあった。そして25歳の松山は、そこに「変化する勇気」を加えて、世界の頂点に手をかける。
今度こそ、自信のショットを打ってみせる。

松山英樹選手
1992年生まれ。2011年、19歳でマスターズに出場。27位で日本勢史上初の最優秀アマチュアに。13年にプロ転向。国内ツアーで4勝し賞金王に。同年秋から米ツアーに進出。14年、メモリアル・トーナメントで米ツアー初優勝。国内通算8勝、米通算5勝。181センチ、90キロ。
(取材・文 塩畑大輔 写真・松本洸)