コンコースからシアターに入る、重いドアを開く。
ステージの照明がまぶしい。逆光を手でさえぎりながら、何とか通路を進む。
突然、目の前に黒い影が立ちふさがった。
一瞬ひるんだが、目を凝らしてみれば、色とりどりの衣装が見えてきた。
彼らは声を失った。
懸命に、絞り出すようにして、ようやく言う。
「ガガさん?ガガさんだよね…!」
世界的スター、レディー・ガガその人だった。
ガガは小さくほほ笑むと「フォローミー(ついてきて)」と言った。驚くスタッフを横目に、ステージ上までいざなう。
中央に置かれたピアノに座ると、彼らを周囲に集めた。
こんな近くで聞けるのか…!
予想をはるかに超えたサプライズが、始まろうとしていた。
「ラスベガスに来てほしい」
12月21日、ラスベガス・マッカラン国際空港。
ロサンゼルスからの近距離便の小さな機体から、2人の日本人がショーの聖地に降り立った。
U-keyとKIMIKA。世間的にはまだ無名のシンガーだが、LINE LIVEのカラオケ機能を使ったオーディションでグランプリに。
それでチャンスを得て、映画「アリー/スター誕生」のジャパンプレミアで、劇中歌の「シャロウ」のデュエットを披露していた。
「ご褒美」はそれだけにとどまらなかった。
スケジュールの関係でジャパンプレミアに来場できなかった主演のガガから「ラスベガスに来てほしい」と、ファン代表の2人とともに招待されたのだ。
スターは勇気、スターは度胸
2人との邂逅(かいこう)を前に、ガガはLINE NEWSの単独インタビューに応じている。
「会うのが楽しみ。来てくれて本当にうれしい。本当は日本に行きたかったんだけど、ライブの準備が大変だったの」
オーディションでのグランプリ受賞で、2人はスターになるための足掛かりを得た。
そのことを踏まえて、ガガは親身なアドバイスも準備していた。
「私もデューク・エリントンのアドバイスを、人づてに聞きました。1つ目の教えは、何があってもあきらめないこと。そして2つ目の教えは、何があっても1つ目の教えを守ること」
「もしこの業界で活躍したいと思うなら、2人には苦境や不安も付きまとうことになります。一番大切なのは、何があっても突き進むための根性と情熱なの。自分を信じて、恐れずに頑張るしかないの」
ガガ本人も、ガガが映画で演じたアリーも、自分を信じることでスターダムにのし上がった。
ただガガは「私とアリーは違う」と言い切る。
「私は19歳のとき、人生の岐路に立った際、大学を中退して、バイトを3つ掛け持ちしました。それは、ミュージシャンになる道を切り開く覚悟。自分を本当に信じていたから」
「でもアリーは違う。自分を信じ切ることができず、常に不安で、業界にうんざりしていた。素晴らしい声があっても見た目が良くない、と言われることに落ち込んでいた」
ガガは「映画の内容をあまりバラしたくないけど」と苦笑いしながらも、熱っぽく続ける。
「もう一人の主役、ジャクソンの愛情、信頼が、彼女を自由に羽ばたかせた。ステージに上がる度胸を持たせ、歌う勇気を与えることになる。やり手のマネージャーもやってきて、彼女のポテンシャルも見出す。そうやって、彼女は初めて自分を信じることができた」
スターという言葉ゆえに「選ばれた一部の者」の物語と思う人も多いかもしれない。
しかしガガは、この映画のテーマはもっと普遍的だと解釈する。
「本当のスターは、みんなの中に存在するの。スターは勇気。スターは度胸。それがあるところに、スターは生まれるのよ」
ネットで見つけた「支持者」
アリーがジャクソンに勇気づけられ、自信を取り戻したように。
歌手・U-keyは「フォロワー」に背中を押され、音楽を続けてきた。
「支えてもらえること、勇気づけてもらえることのありがたみは、30歳を過ぎて強く感じるようになりました」
2009年にメジャーデビュー。プロとしてのキャリアは10年に達している。
しかし近年は、音楽に対する向き合い方に悩んで来た。
30を過ぎて稼げていないのは厳しい。
周囲からも言われる。もちろん、自分でも思う。
しかし「LINE LIVE」での配信を始めたことが、転機になった。
「たくさんの人に応援してもらっているのが、ネットだと数字として可視化されるんです」
友人たちはもちろん、心配していた家族でさえ、応援してくれるようになった。
そうしてこの日、ガガと会うチャンスを得た。
SNSは「まるで魔法」
U-keyとフォロワーをつないだ。そしてLIVE配信イベントで、ガガと会う機会もつくった。
そんなネットの力については、単独インタビューでガガも語っていた。
「私は13歳で音楽を始めたけど、18、19歳くらいのときにソーシャルメディアで自分の音楽を配信できるようになった。これはすごく重要でした。自分の部屋にいながらにして、自分の歌が世界中に拡散されていく」
「まるで魔法のようです。おかげでスポットライトを浴びるチャンスが巡ってくる。世の中も、素晴らしい才能を発見できる」
ネット上の支持者に後押しされたからこそ、自分はある。
その自覚は、ガガ本人を変えてもいった。
「私はたくさんのフォロワーに恵まれる中で、世界の皆さんにどう恩返しができるのかも考えてきた。音楽を聴いてもらったり、動画を見てもらったりするだけではなく、メッセージを発信する。優しさを伝えたり、愛を広めたり、力や勇気を与えなければならない」
ガガ、突然の号泣。その理由は
12月23日、U-keyとKIMIKAの現地滞在3日目。
ついにガガにあいさつできるタイミングが訪れた。
ガガはラスベガス定期公演「LADY GAGA ENIGMA(レディー・ガガ エニグマ)」に備え、会場のパーク・シアターでリハーサルを行っていた。その合間に、時間をとってくれるという。
会場内の控室にも、歌声はかすかに響いてきた。2人は緊張を隠せなかった。
待つこと数時間。ワーナーブラザーズ本社の米国人スタッフが「時間よ」と告げに来た。
2人はあいさつの場所へと急いだ。しかし、そこにガガの姿を見つけることはできなかった。
まだ、到着していないのかー。
その割には、現場にはそこはかとない緊張感が漂っている。
「いらっしゃい!」
物陰から、ひょっこりと女性が顔を出した。
同行したファン代表の2人が、それだけで号泣した。いたずら好きなガガは、取材用のバックボードの裏に隠れていたのだ。
KIMIKAはお土産としてアクセサリーを渡した。
「かわいい!」と喜ぶガガに、思いを伝える。
「私はアリーと一緒で、ウェイトレスをしながら歌を続けています。だから、アリーが自分のように思えてならないんです」
ガガは熱っぽく、エールを送る。
「働きながら夢を追うのが大変なのは、私もよく分かるわ。でも絶対に、あきらめちゃいけない」
KIMIKAは静かにうなずくと、すっと体を寄せて、ガガの耳元で何かをささやいた。
ガガの表情が崩れた。一瞬こらえてみせたが、耐えきれなかった。
その場にいた誰もが息を飲んだ。
世界的なスターが、KIMIKAら4人を抱き寄せて、ポロポロと涙をこぼしていた。
やっぱり、スターになりたい
「You gave me a dream. そう言いました」
KIMIKAは明かす。
小さいころから、ジャクソン5のものまねをするのが好きだった。
決して裕福ではなかったが、マイケルのようなスターになれば、きっと家族みんなが幸せになれる。そう思って、歌手を志した。
「スターと同じことができるんだから、スターになれるに決まっている。本気で自分のポテンシャルを信じていました」
小学3年生にして、K-POPアーティスト、RAINのバックコーラスに抜てきされた。
そのままデビューできる。スターになれる。確信があった。
しかし、現実は厳しかった。
手が届きそうになるたびに、夢はKIMIKAをあざ笑うように、すっと遠ざかった。
私は本当に、スターになれるのか…。
そんな疑念が、かすかに胸をよぎったときに、LINE LIVEのコンテストを知った。
課題曲であるシャロウを歌うため、公開前の「アリー/スター誕生」を見た。
自分と境遇が重なるアリーと、それを演じるガガの姿に、心が震えた。
ぼやけつつあった子どものころの夢が、もう一度くっきりと像を結んだ。
私はやっぱり、スターになりたい。
「私の気持ちをもう一度奮い立たせてくれたのはガガさんです。だから彼女の耳元で言ったんです。You gave me a dream. あなたが私に夢を与えてくれた、と」
特別なライブ
あとでリハーサルを見に来てほしい。
そう言い残して、ガガはあいさつの場を去っていった。
米国人のスタッフからは「定期公演直前なので、静かに客席から見ていてほしい」と念を押されていた。
言われるまでもなく、グランプリの2人も、ファン代表の2人も、邪魔にならないように見ているつもりだった。
だから努めて静かに、コンコースからのドアを開けた。息をひそめるようにして、客席への通路を進んだ。
そんな4人を、ガガは客席で迎えてみせた。いたずらっぽく笑うと、ステージ上にまで連れて上がった。
スターが、イントロを奏でだす。
5人だけの特別なライブが、幕を開けた。
もう深みに入り込んだから
目の前で、スターが歌っている。
メッセージの強さは、圧倒的だった。
しっとりと聞かせる「Million Reasons」。
そしてU-keyとKIMIKAにとっても特別な曲である劇中歌「シャロウ」では、ガガは「あなたたちも歌いなさい」と2人に促した。
「話を聞かせてくれ 今の世界で満足かい?」
「話を聞かせてよ 心の穴を必死に 埋めてきたのね」
2人がお互いに問いかけるように歌うのを、真剣な表情で見守っていたガガが、サビを引き取る。
切なく、強い歌声が、胸を揺さぶる。感情をたたきつけるような演奏で、ピアノは文字通り大きく揺れていた。
「飛び込んでいくの そこは深い海 決して水底には着かない」
「水面を突き抜けたら そこは2人の世界 もう深みに入り込んだから」
ストレートに、愛の世界を歌っているようでもある。
そして、スターを目指す世界に飛び込む覚悟を、2人に問うているようにも聞こえた。
グランプリを勝ち取った。そして、私とこうして出会った。
昨日とは違う世界に、2人は生きているのよ。そう語りかけるように、歌は続く。
「浅瀬にいたのに もう深みに入り込んでしまった」
何があっても突き進むための根性と情熱を持ちなさい。恐れず自分を信じなさい。
内なる勇気を解放しなさい。
同じプロとして、世界的なスターが呼びかけてくる。
2人はほほを涙が伝うのも忘れて、ガガの歌に聞き入った。
アドバイスと、お願いと
単独インタビュー。
2人がネット配信を使って、道を切り開こうとしていると聞いたガガは、アドバイスを寄せてくれた。
「自分の音楽をどんどん発信していくといいわ。そして、ネットのネガティブな言葉には耳を傾けない。自分の表現を世界に発信していくときには、親切さと愛をもって接してくれる人もいれば、そうでない人にも出会うわ。大事なのは、良い人と自分自身を信じること」
「そして、最初にも言ったけど、ネバーギブアップ。絶対に、あきらめないで」
ネット上の支持者にも、2人に代わって「お願い」をする。
「ポジティブなメッセージを広めることで、SNSをより良い環境にできると思っています。そうでなければ、SNSはネガティブな言葉のはけ口になってしまう」
「ユーザーの皆さんには、真心と愛がこもったメッセージを送ってほしいの。それがアーティストに勇気を、力を与えるから」
その時、ガガの手は震えていた
「そんなことまで言ってくれていたんですね」
うるんだような瞳で、2人はガガの言葉をかみしめた。
ホテルに戻る道すがら。奇跡のひと時を、もう一度振り返る。
KIMIKAは明かす。
「最初、Million Reasonsのイントロを弾き出したとき、ガガの手がガタガタと震えていたんです。『ごめんなさい、とてもナーバスなの』って言って」
リハーサルを外部の人間に見せることはほぼない。
自分に憧れる若者に、プロとしての演奏を見せなければいけない。そんな責任感もあったかもしれない。
「それから、一緒にシャロウを歌わせてもらったときには、歌い出しをやり直させられたんです」
記念に歌うだけなら、そのまま続けさせればいい。
親身に思うからこそ、伴奏を止めてやり直しを命じた。真剣さの表れであり、深い愛だった。
夜空を見上げて、U-keyもつぶやく。
「シャロウだけで5回も演奏してましたよね。パーフェクトじゃないと、私は嫌なのって言ってました。僕たちには完璧にしか聞こえない、と伝えたけど、首を振ってました。きっと、そこまでこだわるからこそ、彼女はスターなんですよね」
大舞台を何度も踏んできたガガが、2人のシンガーと2人のファンだけのために、そこまで真剣になってくれた。
率直に、緊張していることも明かした。スターも神様じゃない。あなたたちと同じ人の子よと。
憧れ。喜び。ガガのような人物に会えば、世界中の誰もが100%の思いをぶつける。
彼女はそれに対して、必ず120%の愛で報いる。今夜4人を迎え入れたように、世界中のすべての人に。
愛の大きさ、量が違う。KIMIKAはそう思った。
「彼女は偉大でした。歌がうまいとかじゃなく、存在として圧倒的で。彼女と同じことは、私には到底できない。でも一方で、スターは人の子でもありました。だから違うやり方、違うスタイルで、同じような景色を見ることはできるかもしれない。彼女はそれを教えてくれたんじゃないかと思います」
奇跡のセッションを終えた直後。
ガガは、誰もいない客席に向けて「共演者」を紹介していた。
U-key、KIMIKAの名前を、広いホールに響かせる。
2人にもう一度、愛に満ちたほほえみを向けた後に、こう付け加えた。
「A STAR IS BORN」
【取材・文=塩畑大輔】
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