■なぜ、世界約660店舗の社員をまとめ上げられているのか?
10分1,000円、カットのみでシャンプーやブローはしないという画期的なコンセプトで創業して以来、理美容業界を席巻し続けている『QBハウス』。運営するキュービーネットホールディングス社長の北野泰男氏は、金融業界から同社に転職した人物だ。「自分が創業者ではないからこそ、経営理念の重要性を実感している」という北野氏に、経営理念に込めた想いと、それを具現化する施策についてうかがった。
● QBハウスの企業理念
我々は、お客さまに「ありがとう」と言われる
均一で安心感のあるお手軽なサービスを提供し、
世界一多くのお客さまから必要とされるヘアカットチェーン店を目指します。
共に働く仲間とは、時間の価値を高め合う存在です。
お客様、仲間に信頼される、尊敬される人間へと成長し、
最高の笑顔(感謝)で世界を和ますことのできる組織へと日々進化していきます。
皆で選ぶ、お客様、仲間からより強く選ばれる為に[言葉・態度・表情・思考]
■創業者が退任したことで経営理念が必要に
北野泰男氏がキュービーネット(現・キュービーネットホールディングス)に入社したのは、創業から10年が経っていた2005年のこと。当時、同社は経営理念を掲げていなかったという。
「当社の事業はビジネスモデルがしっかりしているので、創業者が現役のうちは、経営理念がなくても会社が成長できたからです。
しかし、創業者が退任し、組織が大きくなって社員が増えると、会社の目的や存在意義をそれぞれが自分の解釈で語るようになり、言うことが人によって少しずつ異なるという問題が起きてきました。
そこで私たちは、創業者の想いをきちんと言語化して、『我々はなんのためにこの事業をしているのか』を、社員全員が共有できるようにしたのです」
こうして生まれたのが、上に挙げた二つの経営理念だ。一つ目は、自社のサービスについて、シンプルな言葉で表している。
「『お手軽』は、QBハウスのサービスの特徴を端的に表した言葉です。短時間、低価格、利便性の高い立地など、様々な要素を掛け合わせたお手軽さを提供するのが、私たちの目的です。
お手軽さは、一般的なヘアサロンが重視する『癒し』の対極にある価値観ですが、長時間かければお客様の満足度が高まるというのは思い込みです。我々の主要顧客である忙しいビジネスパーソンにとっては時間の価値が何よりも高いので、10分で完了するサービスを提供する意義は大きい。
『均一』という言葉も、髪を切るスタイリストによっては『個性を出すな』と言われているように感じるかもしれませんが、お客様に安心して利用してもらうためには、どの店舗でも同じ品質のサービスを受けられることが重要なのです。
私と同様、創業者も理美容業界以外の出身で、お客様の立場で『こんなサービスがあったらいいな』と思うことを事業化したのがQBハウスですから、ここが決してブレてはいけないと考えました」
創業者から受け継いだその想いは、同社の経営戦略においても揺るぎない軸となっている。
「『人は集まったのと同じ理由で去っていく』と私は考えています。お客様はお手軽さを求めて集まっているので、もし私たちが『儲けるためにシャンプーやブローもやろう』と言い出したら、『もっとお手軽な店に行こう』と去っていくでしょう。
お手軽さという我々の存在意義を追求し続ける限り、お客様は集まり続けてくださるはずです」
■仲間が成長を支え合い、長く働ける組織を目指す
二つ目の経営理念には、「人を大切にする組織にしたい」という北野氏の想いが込められている。
「会社が成長する過程でぶつかる様々な困難を乗り越えるには、一緒に働く人たちの知恵を結集させることが必要です。普段から良好な人間関係を築いていないと、いざというときに、チームとして危機に対応できません。『共に働く仲間がお互いの成長を支え合いながら、生涯働き続けられる環境を作りましょう』というメッセージを、この経営理念に込めました」
経営理念にある言葉は、職場作りや教育制度にもしっかりと反映されている。
「当社には、挫折を経て転職してきたスタイリストが少なくありません。
パーマ液やカラー液が体質に合わず、ひどい手荒れに悩まされた。トークに自信がなかったり、年齢が上がったりしたことで、指名が取れなくなった。修業期間が長すぎて、なかなかカットを担当させてもらえず、モチベーションが低下してしまった。こうした人たちは、高い技術や『お客様を喜ばせたい』という想いがあるにもかかわらず、従来の美容業界では活躍の場が限られ、美容室を辞めざるを得なくなる。これは非常にもったいない。我々は、そんな人たちの再チャレンジの場になりたい。
だから、パーマやカラーなどのメニューを加えたり、指名制を取り入れたりすることは、絶対にありません。長期の修業を積まなくても店に出てお客様のカットができるよう、6カ月間で必要な技術を習得できる独自の研修制度も実施しています。そうすることで、スタイリストたちは、安心して長く働ける。
当社には定年がないので、現在は20歳から80歳まで、幅広い年代の人たちが正社員として働いています」
■社員が「体感」すれば、理念は自然と浸透する
このように、経営理念が単なるお題目ではなく、具体的な施策に落とし込まれていることが、同社の大きな成長要因となっている。近年は海外事業も拡大し、香港、シンガポール、台湾、ニューヨークで、すでに110店舗超を展開している。
「海外と日本の社員が交流する場も積極的に設けています。社員たちがカット技術を競い合うイベント『カットコンテスト』もその一つ。日本の社員が優勝して喜ぶ姿を見ると、海外の社員たちも刺激されて一生懸命練習するし、海外の社員が優勝すると、今度は日本の社員たちが触発される。
こうした機会を通じて、『仲間同士で成長を支え合い、お客様から必要とされる組織を目指す』という経営理念を社員自らが体感すれば、そこに込めた想いは組織の中に自然と浸透していきます。
そもそも経営理念とは、社員に上から押しつけるのではなく、経営者が社員以上に強く意識すべきものではないでしょうか。社長の判断や言動が、社員から見て経営理念からズレていたら、すべてが台無しになります。
私も常に経営理念を噛み締め、自分が立ち戻るべきものとしています」
北野泰男(きたの・やすお)キュービーネットホールディングス〔株〕代表取締役社長
1969年、大阪府生まれ。大阪外語大学卒業後、〔株〕日本債券信用金庫(現・〔株〕あおぞら銀行)入行。2005年、キュービーネット〔株〕に入社。09年、代表取締役社長に就任。《取材・構成:塚田有香写真撮影:永井浩》(『THE21オンライン』2018年10月号より)