「ワールドビジネスサテライト」 (毎週月曜~金曜 夜11時)では、新企画「イノベンチャーズ列伝」がスタート! 社会にイノベーションを生み出そうとするベンチャー企業に焦点をあてる。そこで、気になる第9回の放送をピックアップ。
7月下旬、岩手県一関市で開かれた「全日本モトクロス選手権」。オフロードバイクで日本最高峰の1つとされるレースだ。実はこのレースにいま"革命"が起きている。過去1年の間に、ある機能を搭載したバイクへの切り替えが、レーサーの間で急速に進んだのだ。
※全日本モトクロス選手権(第6戦)。縦横無尽にバイクが悪路を駆ける
その機能は「セルスタート」。ボタンを押せば、電気の力で瞬時にエンジンがかかるというものだ。重い鉛電池を積んだ一般向けバイクでは当たり前の機能だが、頻繁にジャンプするため軽量化が必須のモトクロスバイクでは、そうはいかない。以前は電池を積むことはできず、「キックスタート」しかエンジン起動の手段がなかった。そしてキックスタートには、転倒後に再起動する際のタイムロスが大きいというデメリットがあった。
※ 電気でエンジンをかける「セルスタート」。一般向けバイクでは当たり前だが...
※ 軽量化が必須のモトクロスでは「キックスタート」。タイムロスは大きい
そこで2017年、ホンダが新たに「セルスタート」を搭載したバイクを投入。好成績を収めると、トップレーサーが相次いで採用し始めた。日本で歴代最多優勝の記録を持つ成田亮選手(Team HRC)は「従来なら15秒ぐらいロスしていたが、(セルスタートなら)5秒で復帰できる。レースが有利になる」と、インパクトの大きさを語る。
それを可能にしたのが、小型・軽量のリチウムイオン電池だ。
※ リチウムイオン電池を搭載したバイク。座席下の最後部にある黒い箱が電池
しかしリチウムイオン電池には、強い衝撃を受けた際の「発火リスク」がある。頻繁に転倒が起きるモトクロスのレース用バイクに、発火や爆発の危険性がある電池を積むことは、これまであり得なかった。
※ 強い力を受けて爆発するリチウムイオン電池(提供:東京消防庁)
この発火リスクを克服したのが、あるベンチャー企業が開発した新型のリチウムイオン電池だ。釘を刺そうが、ライフル銃で撃ち抜こうが、火がつかない。
※ 銃弾で撃ち抜かれても発火しない、新型のリチウムイオン電池
この「燃えない電池」を生み出したのが、2006年創業のベンチャー企業「エリーパワー」だ。率いる吉田博一社長、なんと創業時の年齢は69歳で、現在は80歳。経営トップとして健康を維持するため、柔軟体操を日課としている。その徹底ぶりは半端ではなく、今ではほぼ180度に開脚して胸を地面に付けることができる。「どうしても股関節が固くなると、ひっくり返る(転ぶ)し、考えも固くなる」(吉田氏)。
※ エリーパワー創業者の吉田氏。御年80歳にして、この柔軟性
吉田氏がここまでして自らをメンテナンスしながら、実現した「燃えない電池」。独自の構造が、その発火リスクを極限まで抑えている。一般的にリチウムイオン電池が大きな衝撃を受けたり、何かが刺さったりすると、プラス極とマイナス極が触れていわゆる「ショート」が起き、熱が発生する。だが通常の電池は部材を「巻いて」作ってあるため、熱が逃げにくく、やがて発火に至る。
※ 部材を巻いてあるため、ショートした際の「熱」が逃げにくい
だがエリーパワーの電池は、部材を「積み上げて」作る。このため熱の逃げ道が多く、ショートを起こしても発火リスクは大きく下がるという。
※ エリーパワーの電池の構造。熱が発生しても、横へ逃げていく
その「燃えない電池」の工場をWBSの須黒清華キャスターが特別に見せてもらった。須黒キャスターは中に入るなり、驚きを口にする。「人が誰もいませんね...」。
※ 川崎市にあるエリーパワーの電池工場。機械だけがせわしなく動く...
この工場、実は「全自動」だという。リチウムイオン電池を製造する際、気を付けなければならないのが「湿度」。人が発する汗すら湿度を変化させ、電池の品質にばらつきを生み、"発火"の可能性を作り出してしまう。そのリスクをとことん排除しようとしたら、「生産ラインの無人化」に行き着いたのだ。「なぜそこまでする?」と問う須黒キャスターに、吉田社長は涼しい顔で答える。「電池はエネルギーだから、安全でなければならない。これ(電池1個)は手榴弾1個分のエネルギーだと言われている」。
その安全性は広く評価を集め、冒頭のモトクロスで採用したホンダのほか、なんとアメリカ軍からも「使いたい」との打診があったという。
※ 無人の工場で作られる電池。これ1つで、手榴弾1個分のエネルギー...
工場の総工費は200億円。ベンチャー企業がそれほどの資金を集められた背景には、吉田社長の並外れた手腕がある。「僕は住友銀行の副頭取をやっていた」。旧住友銀行(現在の三井住友銀行)の副頭取まで上り詰めたほどの人物が、69歳で起業するまでに至ったのは、ある偶然からだった。
それは、吉田氏がたまたま慶応大学の電気自動車開発プロジェクトに参加し、試乗させてもらった時のこと。
奮起した吉田氏は、名だたる大手企業をまわり支援を仰ぐ。すると多くの企業がその新規性と将来性に賛同し、大和ハウス工業、国際石油開発帝石、東レ、大日本印刷などからの出資を受けることに成功。資本金300億円超という、規格外のベンチャー企業が誕生した。総工費200億円の無人工場も、これを元手に造られた。
そうして生み出されたエリーパワーの「燃えない電池」、次に狙う市場は何か。吉田氏は「大和ハウスの住宅での"電力事業"だ。必ずできる」と断言する。今後、その"実験"の舞台となるのが、東京・八王子市にある住宅街の一角だ。このあたりはいずれも大和ハウスの住宅で、太陽光発電の設備と、エリーパワーの蓄電池が設置されている。
※ 東京・八王子市の住宅街。太陽光発電の装置とエリーパワーの蓄電池を設置
その蓄電池、ただ電気をためるだけではない。「通信システム」を備えており、遠隔で充電や放電のコントロールが可能だ。今後、この機能を活用して街全体の電池を一元管理すれば、太陽光で発電した電気が余った家から、足りない家に融通させることができる。つまり街の中で電力供給を「完結」させることも夢ではないのだ。さらに将来は、余った電気を別の地域に売ることも視野に入れている。それも、電池の「安全性」という前提があってこそだ。
※ 通信機能を備えた蓄電池。将来は街全体で電力の「自給自足」も?
「燃えない電池」で生活を大きく変えようとする、エリーパワーの吉田社長。その事業意欲は、80歳の今も全く衰えを見せない。「太陽光、風力、バイオ、地熱。いろいろな発電はあるけれど、これらを同質のエネルギーにするのは電池しかない。電池はこれからの地球を救う」。
※ エリーパワーの吉田社長。「燃えない電池」の次は「電力事業」、と意気込む
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