ヨガをしている時に「肘をもう少しゆるめて」とか「膝を伸ばし過ぎているから気をつけて」といったアドバイスをインストラクターから受けたことはありますか?それはつまり「過伸展」(かしんてん)を指摘されています。この記事では、理学療法士が過伸展の注意すべきポイントを紹介します。
「過伸展(かしんてん)」とは?
過伸展とは、関節が必要以上に反ってしまうことで、「ハイパーエクステンション」ともいいます。この状態でヨガを続けていると、体重がかかることで関節や靱帯に負担がかかり、痛みや故障を招くため危険です。一般的に男性よりも女性の方が関節や筋肉が柔らかいので過伸展は多いです。しかし男性の過伸展も少なくありません。
過伸展の原因は、関節に頼った使い方にあります。まるで突っ張り棒のように「関節をロック」する使い方です。それだと関節にかかる負荷を筋肉で吸収せずに、関節がダイレクトにストレスを受ける状態になってしまいます。
ヨガで過伸展を起こしやすい関節は決まっています。それは、「肘」「膝」「手首」「首」「腰」の5か所です。それぞれの部位にアーサナの時の注意点とポイントがあるのですが、今回はその中でも特に問題視される「肘」に注目していきます。
関節のしくみ
人体には約206個の骨があります。隣接する骨と骨とが連結しているところが「関節」です。関節があるおかげで、屈曲・伸展・側屈・回旋といった動きが生まれ、身体の各部位の運動を可能にしています。
骨と骨が向かい合っている面は「関節軟骨」に覆われていて、骨同士の適合性を高めたり、衝撃吸収の働きをしています。骨と骨との連結部全体を外から包んでいるのが「関節包」(かんせつほう)と呼ばれる膜で、その膜が「滑液」というヒアルロン酸に富む液を分泌して、関節の摩擦を軽減しています。
さらにその外から骨と骨をつなぎとめて補強しているのが「靭帯」です。靭帯には、関節の安定性の向上や、過度の運動を抑制するはたらきがあります。
私たちの身体の中にあるそれぞれの関節に、可動する正常範囲の角度が具体的に決まっています。それを「参考可動域」といいます。参考可動域は、怪我なく安全に身体を動かすための、そして身体の異常を見つけるための指標となります。
この参考可動域以上に関節を動かすことができる人が中にはいます。特に関節を伸ばす「伸展」の動きをする時に、参考可動域以上に伸ばし過ぎた状態が「過伸展」です。過伸展は生まれつきだったり、外傷後やその人の運動習慣や生活習慣にも影響します。
肘の参考可動域は、屈曲145°、伸展は5°です。それ以上の伸展を過伸展といいます。
「肘」の過伸展
肘の過伸展のことを「反張肘」(はんちょうひじ)ということもあります。肘が反対側に反ってロッキングしている状態のことです。
「肘」の過伸展の状態を続けていると、
・肘の靭帯損傷や脱臼
・肘関節の変形
・肘の痛み
・肘関節の過伸展の進行
・肩関節や手関節の機能低下や痛み
・手や腕で支えるポーズが不安定になる
・腕の筋力低下
といった症状が現れる可能性が高いです。
まず、自分の肘が過伸展かどうかをチェックしてみましょう。
過伸展かチェックする方法
ヨガベルト、もしくは紐(ひも)かメジャーを用意します。四つ這い位になって、自分の脇から手首にかけて写真のようにピンと紐を貼りましょう。この時に、紐と肘との隙間が2cm以上あれば陽性です。
写真の私は過伸展傾向なので、悪い例として分かりやすいと思います。過伸展だった方は、これからのヨガで気を付けるよう心がけていけば問題ありません。
肘の過伸展が起こりやすいアーサナ
高い柔軟性よりも、その可動性をコントロールする筋力が重要だということは、前回のコラムでお伝えしました。
アームバランスやハンドスタンドなど、腕や手のひらで体重を支えるポーズで肘は酷使されやすいです。肘の過伸展を防ぐポイントは、アーサナ中に肘を伸ばしきらないことです。軽く肘を曲げることによって、肘関節を安定させる肘筋や、主働筋である上腕三頭筋が働き、関節に負荷がかかるのを防ぎます。
今回お話する肘の過伸展のほかに、「外反肘」(がいはんちゅう)、「内反肘」(ないはんちゅう)という肘の変形もあります。この場合はまた少し別のアプローチがあるので今度お話します。
東京大学教授(運動生理学・トレーニング科学)で理学博士の石井直方先生によると、男性と比べると女性は「押す力」より「引く力」の方が強いそうです。肘を屈曲する筋肉の特徴を男女で調べたところ、女性の方が腕を引っ張られまいと引き込む力が高いことがわかりました。一方で「押す力」は男性の方が強いです。腕立て伏せやそれに類似したチャトランガが苦手という女性は多いですよね。腕立て伏せのように「押す力」で必要な筋肉は、大胸筋・三角筋・上腕三頭筋などです。肘の過伸展がおこるのは、まさに女性が苦手とする「押す力」を利用する次のポーズの時です。
四つ這い
CAT&COWなどで登場する四つ這いポーズでまずみてみましょう。
1つ目の写真は、肘を伸ばしきって過伸展した状態です。肘が反対側にグニャッと反ってしまっていますよね。これはNGです。試しに上腕三頭筋(上腕の裏側にある二の腕の筋肉)を写真のように片手で触ってみてください。筋肉が柔らかいですよね?上腕三頭筋が使えていない証拠です。筋肉ではなく関節で体重を支持してしまっているのです。
2つ目の写真は、肘の過伸展を避けるため少し肘のロックを緩めた状態です。ポイントは肘の内側のシワ、つまり肘窩(ちゅうか)を左右向かい合わせるようにすることです。するとちょうどいい具合に肘のつっぱりが緩みます。同じようにこちらも上腕三頭筋を触ってみてください。先ほどと違って、筋肉が硬くなっているのが分かりますか?上腕三頭筋がしっかり働いている証拠です。このように、関節でなく筋肉で体重を支持してほしいのです。
プランクポーズ
次にプランクポーズです。これも太陽礼拝など頻繁にヨガで行うアーサナです。四つ這いポーズよりもプランクポーズの方が体重の負担が高くなります。
Ⅰつ目の写真は肘が過伸展しています。このように肘の不良アライメントが、肘関節への悪影響だけでなく、隣接した関節である肩関節や手関節への負担を増大して、肩や手首の不調へと波及することがあります。
2枚目は意識的に過伸展を回避したプランクポーズです。こちらは四つ這いのOKポーズと同様、筋肉で体重を支えている状態なので安全です。ポイントも同じで肘窩を左右向かい合わせることです。
ヴァシシュターサナ
肘の正しい使い方に慣れてきたら、このヴァシシュターサナ(横向きの板のポーズ) のような難易度の高いポーズにチャレンジしていけるはずです。片手と片足だけの支持のため、プランクポーズよりも更に肘への負担が上がります。そのため肘の過伸展がうまく修正できないうちは、怪我や痛みの原因となるのでおススメしません。まずは四つ這いポーズで、その次にプランクポーズで肘の過伸展の制御に慣れていきましょう。
最後に
過伸展の状態まで肘を伸ばせるくらい柔らかい方にとっては、最初は肘を緩めるような感覚に違和感があったり、筋肉を使って支えることがキツく感じるかもしれません。しかし、肘を伸ばし過ぎない位置で保持する筋肉の強さを身につけていくことが、肘関節の変形や靭帯損傷を避け、肩や手首など腕全体を守る助けになります。少しずつ練習して正しいアライメントを習得していきましょう。自分が過伸展しているのかどうか、またどの程度肘の力を緩めればいいのか分からない時は、インストラクターや理学療法士などの専門家に気軽に声をかけてみてください。長く健康にそして安全に、自分の身体と向き合っていけるヨガライフを送りましょう。
参考:石井直方「石井直方の筋肉まるわかり大事典」ベースボール・マガジン社,2008
堀川ゆき
理学療法士。ヨガ・ピラティス講師。抗加齢指導士。モデルやレポーターとして活動中ヨガと出会い、2006年にRYT200を取得。その後、健康や予防医療に関心を持ち、理学療法士国家資格を取得し、慶應義塾大学大学院医学部に進学。現在大学病院やスポーツ整形外科クリニックで、運動機能回復のためのリハビリ治療に携わる。RYT200解剖学講師も務める。