水素で走るバス、本格普及に向けて
トヨタ自動車が2018年3月7日に販売を開始した、FC(燃料電池)バス「SORA(ソラ)」。最大の特徴は、ほかのバスのようにディーゼルエンジンなどの内燃機関を搭載せず、燃料電池の発電による電気自動車であることです。どんなところが一般的なバスと異なるのでしょうか。乗り味を含めてレポートします。
トヨタのFCバス「SORA」。動力の発生は基本的にFCV「MIRAI」と同じ仕組み(大音安弘撮影)。
まず燃料電池について簡単に説明すると、高圧タンクから供給される水素と大気中から取り込んだ酸素を「FCスタック」内で化学反応させることで発電を行うもの。原理は、水の電気分解、水に電気を流すと水素と酸素が発生する反応を逆に利用しているのです。このため、発電時には水しか発生しないクリーンな発電を実現できます。この電気を使い、モーターで走行するのが、このFC(燃料電池)バスなのです。ご存知の通り、トヨタが2014年12月に発売した世界初の量産FCV(燃料電池車)「MIRAI(ミライ)」と仕組みは同じです。
水素と酸素で発電し、水を排出する(大音安弘撮影)。
バスのサイズは、大型の路線バスと同等。ただ外観は通常の路線バスのイメージとは異なる、未来感のあるデザインに仕上げられ、高い全高が特徴的です。実は、この一見して高くなっている部分にFCバスの心臓部が収められており、車体前側の頭上には、高圧水素タンクが10本、車体後部の頭上には、FCスタックを搭載。ディーゼルエンジンバスの場合、後部座席下はエンジンルームとなりますが、ここにモーターなど駆動システムがあります。
災害時は移動式発電機に
「SORA」に搭載されるFCスタックや駆動モーターは、「MIRAI」のものを流用しており、2台分を搭載。その性能は、FCスタックの最高出力が114kW(155ps)×2、モーターの最高出力が113kW(154ps)×2、最高トルクが335Nm×2となっており、ディーゼルエンジンのバスに近いスペックを実現しています。最高速は65km/hとなりますが、一般道の制限速度は60km/hまでなので問題はありません。もちろん、坂などが多い市街地の利用を想定したテストもしているといいます。
また「SORA」には、大容量外部電源供給システムを採用。9kWの高出力と235kWhの電力供給能力を備えていて、災害時などに移動式発電機として活躍することができるのも、機能面の大きな特徴となっています。
車体後部の頭上にはFCスタック、足下にはモーターが(大音安弘撮影)。
早速乗車してみると、車内デザインや一部機能が専用となるものの、基本的には一般的な路線バスと変わりません。ただ走り出すと、圧倒的な差を実感できます。
まずモーター駆動なので発進や加速はとてもスムーズ。車内もディーゼルエンジンのバスと比べ圧倒的に静かで、まるで乗用車のよう。一方で、路面の凹凸や曲がる際に、左右の揺れがやや大きく感じます。これは頭上にFCスタックなどを搭載しているために重心が高くなっているためでしょう。また後部よりの座席だったこともあり、キーンというモーター音が小さく響いてきました。高周波の音については個人差があるので、気になる人にはうるさく感じるかもしれません。ただ短距離移動がメインの路線バスなら、問題になることは少なく、静かでスムーズな動きをメリットと感じる人のほうが多いのではないでしょうか。
車体販売価格に見る国や自治体の本気度
「SORA」を使った路線バスは、すでに東京都が運営する都営バスで運用が始まっており、東京駅丸の内南口~東京ビッグサイト間を走行中。こちらは誰でも乗ることができます。今後、東京都環境局は2020年までに都内で100台以上の普及を目指しており、その最初のステップとして、都営バスに先行導入車を含めて5台が活躍しています。
2018年5月現在、都営バスで5台の「SORA」が走っている。写真は試乗会のもの(大音安弘撮影)。
気になる「SORA」の車体価格ですが、なんと約1億円と聞いてビックリ。FCVの「MIRAI」も723.6万円と、同クラスのクルマと比べて高価ですが、それを大きく上回る価格です。ところが、環境性能に優れるFCバスを普及させるため、導入するバス事業者には国や自治体による補助金が交付され、導入価格は一般的なディーゼルエンジンバスと同等の2000万円程度で済むそうです。
とはいえ、航続距離は200kmほどで、水素の充填には水素ステーションまで出向く必要があり、主流であるディーゼルエンジンのバスよりもエネルギーコスト高となるなど、まだまだ課題もあります。ただインフラ整備と水素の価格は、FCVやFCバスの普及が進めば、どんどん負担が軽減されるだけに、次世代の環境車としてFC車を普及させるためには、やはり積極的な取り組みが重要となります。
総合的に見て、ルートや走行距離などが固定される路線バスは、FC車導入に最適ともいえます。トヨタによれば、全国の自治体や企業からFCバスの問い合わせがあるとのこと。国としても環境対策として普及の後押しをしていくので、近い将来に、全国で見かけるようになることでしょう。