吉濱ツトムさん 撮影/北村史成
テレビや雑誌、ネットで取り上げられ、認知度は上がりつつある「発達障害」。しかし、「“発達障害は遺伝的な脳機能不全によるもので、あきらめざるをえないもの”という考えを社会全体が持ってしまっている」と危惧(きぐ)するのは『大人の発達障害のための段取りノート術』(宝島社)の著者・吉濱ツトムさんだ。吉濱さん自身も幼少のころから自閉症やアスペルガー症候群の症状により、さまざまな困難に見舞われてきた。
例えば、視覚からの情報に特化しすぎるので、教室内のさまざまなものが目に飛び込んできて板書に集中できない。また、短期記憶が弱く、口頭での言語の理解が苦手で、先生の言葉が簡単なことでもわからなくなるなど、学生時代の苦労があったと語る。
「アスペルガー症候群の場合、場に合った適切なコミュニケーションがとれない、空気が読めない、感情表現が苦手、細かいことに異常にこだわるなどの症状があって、社会生活を営むうえで浮いた存在になりがちなんですよね。私も学校ではいじめに遭い、バイトは9回もクビになり、ニートやホームレスも経験しました」
と、生きづらかった過去を振り返る。現在は発達障害カウンセラーとして同じ悩みを抱える多くの人々の相談を受ける吉濱さんだが、その端緒となったのは、ある気づきだった。
「これまで自分がやってきたことの積み重ねとして、今の状態がある。デタラメなことをやっていたから、デタラメな結果になっただけだ、と思ったんです」
そこで自身の症状を改善することを決意。関連する文献を読みあさり、成果が出そうな手法を片っ端から試すことに7年という歳月を費やした。その後は、自ら試した発達障害の改善法を体系的にまとめ、人々に伝えていった。それが現在のカウンセラーとしての道へとつながる。その評判はクチコミで広がり、現在、新規相談は数か月先まで予約で埋まっている状態だ。
本書は、吉濱さんのカウンセラーとしての経験を活(い)かし、仕事場において発達障害やその傾向のある人々が直面しやすい諸問題について、具体的な形での解決策を提示している。
「まずは自分の苦手とする業務を把握し、本書で提案したようなボイスレコーダーやホワイトボード、ヘッドフォンといったツールの徹底活用、ノートや手帳の取り方の工夫などに取り組めば、ビジネスのうえで不可欠な“段取り力”が圧倒的に高まり、多くの問題は解決していきます」
発達障害のある人はもちろん、定型発達の人であっても読むべき「効率的な仕事の仕方のヒント」が満載の1冊なのだ。
発達障害はあくまで“凹凸症候群”
これまで述べたように発達障害のある人は、生きていくうえでさまざまな困難に見舞われる。さらに具体的な症状の改善策構築まではまだまだ遠く、職場の同僚、上司はそれらに起因するミスを仕事能力の問題として片づけるケースも散見される。しかし、発達障害だから仕事ができないという世間一般の認識は、偏見そのものであり大間違いだ、と吉濱さんは言う。逆に、発達障害の人は全員と言っていいほど高い能力を持っている、と断言する。にもかかわらず、多くの人が仕事そのものではなく、その前段階でつまずき、せっかくの能力を発揮できないでいるのが現状だという。
「発達障害は劣った存在ではなく、あくまで“凹凸症候群”であることを知ってもらいたいと思います。凸の部分は非常に能力が高いのですが、一方の凹もすさまじく低い。その落差の大きさに自分も周囲も振り回されてしまい疲弊していきます。さらに総合的・事務的な業務が多くなる仕事の現場では、どうしても凹の部分が目立ってしまい、結果として問題児扱いされてしまうのです」
日本の企業はマルチタスクをこなすゼネラリストになることが暗黙の了解とされがちだ。つまり、すべての業務において平均点を取ることが大前提となっている。しかし、発達障害の多くは、2つ以上のことを1度にこなすことが困難なうえ、できる業務とできない業務とに極端に差が出ることになる。このような日本の企業の現状を考えれば、まず「適職に就けるかどうか」がとても大事になってくる。
「度合いにもよりますが、専門的な分野を学んでスペシャリスト、専門職として働くことがオススメです。あるいは自営を志すのもいいでしょう。また、社会勉強という意味で3~5年とりあえず企業で働いてから適職を探す、という手もあると思います」
発達障害を抱える人々への職場での風当たりはまだまだ厳しい。彼らはその類いまれな高い能力を発揮できないどころか、退職や転職を繰り返し、最悪、引きこもり生活へと突入するケースもあるという。また、どんなに頑張ってもできないことがあるのはしかたがないが、“私、発達障害だからできません”と開き直って周囲をイライラさせて、さらに状況を悪化させる、などということも。そんな事態に陥らないためにも、症状を改善・克服する取り組みを自ら積極的に行うことは重要なのだ。
最後に発達障害に悩む人々に向けて、こう呼びかけた。
「自分の能力の凹の部分を多少補い、凸の部分を徹底的に伸ばすことで、人生は大幅に改善します。発達障害はダメな人間では決してない、それどころか人財になりうる存在であることを忘れないでほしい」
ライターは見た!著者の素顔
取材スタッフに気を配り、質問に的確な言葉で理路整然とわかりやすく答えてくれる吉濱さん。彼に発達障害があるのは事前に聞いていなければわからなかったかもしれない。しかし、それは彼が発達障害と真摯(しんし)に向き合い続けた結果なのだと、取材を終えて改めて痛感した。彼が費やした時間と努力は想像をはるかに超えるものであったに違いない。“発達障害に完治はないが、大きく改善はできる”ということの体現者でもある吉濱さん。彼には症状に悩み、苦しむ人々の大きな希望になってもらいたいと切に思う。
よしはま・つとむ◎発達障害カウンセラー。幼少のころから自閉症、アスペルガーの症状に悩まされる。発達障害の知識習得に取り組み、あらゆる改善法を研究・実践した結果、数年後、「典型的な症状」が半減。26歳で社会復帰。同じ症状で悩む人たちが口コミで相談に訪れるようになる。現在、個人セッションに加え、教育、医療、企業、NPO、公的機関からの相談を受けている。著書に『アスペルガーとして楽しく生きる』(風雲舎)、『コミックエッセイ 隠れアスペルガーさんの才能・仕事の見つけ方』(宝島社)など。
(取材・文/松岡理恵)
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