cat_oa-shujoprime_issue_c71770bfd200 oa-shujoprime_0_c71770bfd200_三浦貴大、母・山口百恵さんについてのエピソードトークを解禁し始めた理由 c71770bfd200 c71770bfd200 三浦貴大、母・山口百恵さんについてのエピソードトークを解禁し始めた理由 oa-shujoprime

三浦貴大、母・山口百恵さんについてのエピソードトークを解禁し始めた理由

2017年11月20日 22:00 週刊女性PRIME

三浦貴大


 11月10日に放送された『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)に三浦貴大がゲストとして登場。居酒屋でダウンタウンと酒を飲みながら、家族のエピソードを語った。

「番組では、“彼女を連れていったときの両親の反応”といったプライベートな話題を包み隠さず話していたので、驚きましたね。今までは、母親の百恵さんの話はいっさいNGでしたから」(テレビ局関係者)

 百恵さんは、引退してから1度も表舞台に姿を見せていない。三浦友和との間に生まれた貴大も、一時代を築いた歌手の息子であることには触れずにきたのに、なぜ突然、解禁したのか。

「今年の『24時間テレビ』(日本テレビ系)で、兄の三浦祐太朗さんが百恵さんの楽曲を歌ったんです。すごい反響があったようで、それがきっかけになったと聞いていますよ」(制作会社関係者)

 長男の祐太朗は中学時代からバンド活動をしていて、'08年にはバンドでメジャーデビューも果たした。なかなかヒット曲は出なかったが、今年の春に転機が訪れる。

「谷村新司さんのリサイタルのサプライズゲストに呼ばれたんです。祐太朗さんはステージで『いい日旅立ち』を一緒に歌いました。谷村さんが百恵さんに提供した作品ですね。母親の曲を歌ったことが各社の目にとまり、CD化のオファーが殺到したんです」(レコード会社関係者)

 7月には山口百恵の名曲をカバーしたアルバムを発表。同作は、今年の『日本レコード大賞』企画賞を受賞することが決まっている。

「今の百恵さんは、息子の成長を見守り続ける普通のお母さん。音楽で芽が出ない長男をずっと心配していました。

 『24時間テレビ』で、“祐太朗さんにカバー曲を歌ってほしい”というオファーがあった際は、受けるべきか悩んでいた息子に“親の名前を使ってもいい。チャンスなんだから出ればいいじゃない”というアドバイスをしてあげたことで、企画が実現したそうです」(芸能プロ関係者)

 兄が母親のカバー曲をテレビで歌ったことで、貴大の気持ちにも変化があったようだ。

「貴大さんは2世俳優として見られることをずっと気にしていました。自分の力だけで評価されることにこだわっていた。でも祐太朗さんの『24時間テレビ』での反響の大きさを知って、吹っ切れたんでしょう。

 百恵さんからも“30歳を過ぎたことだし、みなさんも知っていることだからもういいんじゃない?”と背中を押され、家族の話をテレビでする企画を承諾したようです」(同・芸能プロ関係者)

 百恵さんはこれまで息子の仕事に口を出さなかったが、立派に自立している姿を見ればうれしくないはずがない。

「貴大さんは来年公開の映画『ばぁちゃんロード』で準主役を務めます。“介護と家族の絆”がテーマの映画なので、インタビュー取材でも家族への思いが聞けるかもしれません」(スポーツ紙記者)

 百恵さんは息子の活躍を見て、母親として安らかな幸せを感じているのだろう。

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cat_oa-shujoprime_issue_c71770bfd200 oa-shujoprime_0_e2550cd38bbb_高知東生、今だから語れる元妻への感謝 e2550cd38bbb e2550cd38bbb 高知東生、今だから語れる元妻への感謝 oa-shujoprime

高知東生、今だから語れる元妻への感謝

2020年4月6日 04:00 週刊女性PRIME

'20年、インタビューを受ける高知東生

いま思えば、捕まって本当によかったと思っています

 '16年6月に覚せい剤と大麻を所持していた容疑で逮捕された高知東生は、精悍な表情で当時の心境を語った。

「横浜市内のラブホテルで現行犯逮捕。一緒にいたクラブホステスの女性も同時に逮捕され、不倫関係にあったことも発覚しました」(スポーツ紙記者)

 '15年に芸能界を引退し、表舞台から姿を消していた彼の突然の逮捕は衝撃的だった。

「当時の妻だった高島礼子さんが涙ながらに、高知さんに対する思いを語ったことでも話題に。'16年8月に彼女とは離婚し、9月に懲役2年執行猶予4年の判決を受けました」(同・スポーツ紙記者)

 薬物に手を染めた理由に関してはさまざまな憶測が飛び交ったが、なぜ道を誤ってしまったのだろうか。

元妻・高島礼子が伝えた“気持ち”


20代のころに、仕事も遊びもスマートで、憧れていた社長にすすめられたのがきっかけ。僕は28歳のときに芸能界に入りましたが、まったく使っていない時期もありました。ただ、逮捕される7~8年前から、エステ経営も始めて、多忙でストレスが重なることが多くなった。

 すると、遊びだった薬物をストレス解消のために使うようになり、自分の中でコントロールできていると思っていた薬物に、いつの間にか心を支配されていきました。薬物によって自分の中でストレスがたまっていくようになり、そのストレスを忘れたくて、また使うという悪循環に陥ってしまいました

 薬物を使っても、気持ちが楽になることはなかった。

「捕まる前から、こんなふうに薬物を使って、それに関わる人間関係を続けていてはダメだと思っていました。家族や自分の周りの人間に嘘をついてまで薬物を使うことに疲れていたんです。だから、麻薬取締官がラブホテルに来たときに、口から“来てくれてありがとうございます”という言葉が出てきた。これでやめられると思ったんです」

 逮捕されたことを受けて行われた元妻の会見は、リアルタイムではなく、少し時間がたってから見たという。

本来であれば僕のことをどんなに悪く言ってもいいのに、会見では“親友であり、同志でもある”と言ってくれました。彼女は女房であると同時に男女を超えた親友でもありました。たくさんのカメラとマイクを向けられて、わざわざそこで言う必要もないのに、彼女なりに自分の気持ちを伝えてくれたことが胸に刺さりました。でも、そんな彼女の姿が、いま僕が生き直そうと思える力になっています

「1度死のうと思った僕が変われたのは」


 ただ、判決を下されてからは思い悩むことも多かった。

判決から2年くらいたって、“執行猶予の4年間は精神的にもたない”と思い、1度、本気で死のうと思いました。それは薬を使いたいわけではなくて、孤独からです。当たり前ですが、これまで関わってきたほとんどの人が僕から離れていきました。それはそうだろうなと受け入れ、僕自身も、執行猶予期間が切れるまでは謹慎して、誰にも会うことなく反省を繰り返すものだと考えていました。ですが、ひとりで考えていてもいったい誰に謝罪し、どう反省を示せばいいのかまったくわからなかったんです

 一部のメディアの報道も、高知を追い込んでいった。

心が崩れてしまうので、自分に関する報道を見なければいいのにどうしても気になってつい見てしまうと、別れた妻と復縁するだの、彼女から1億円もらったなど、まったく事実と違うことを報じられました。彼女とは離婚後いっさい連絡をとっていないのに、そういう報道が出ることで、また彼女を巻き込み、傷つけてしまうことが苦しかったです……

 そんな彼を救ったのが、新しい人たちとの出会いだった。

「僕の担当医は、国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦さんです。松本先生に、執行猶予というのは回復して社会復帰するための期間なのだと教わりました。その後、自助グループにつながり、同じ痛みや苦しみを持つ人と出会い、この孤独やつらさを抱えているのは自分だけではなかったと救われた気持ちになりました。そうした出会いがあったから、こうして取材を受けることもできるようになったんです。いま、僕は本当に気持ちが楽なんですよ」

 心機一転した高知は、ライブや講演会、さらにはインターネット上で放送されるドラマの撮影など、新しいことに挑戦していった。このドラマは、彼にとって5年ぶりの俳優活動となった。

最初に出演のお話をいただいたときは、“愛人、薬物、ラブホテルとスリーカードそろった僕と共演してくれる人なんていない”と思っていました。でも、僕がもう1度出ることで、同じ依存症で苦しむ人たちが励まされると言われ、俳優に復帰することを決意しました

 共演者やスタッフも集まったことがうれしかったという。

「同じ芸能界の人の反応はすごく怖かったけど、みなさん“頑張って”と温かい声をかけてくれました。自分がしっかり反省してきちんと前を向いて正しい知識の中で生き直していれば、周りの人たちが受け入れてくれるとわかりました。最近、年のせいか涙もろくなってしまったのですが、撮影が無事終わったときはうれしくて泣いてしまいました」

 今後の目標について聞いてみた。

1度は死のうとまで考えた僕が変われたのは、仲間たちと出会い、彼らに助けられたからです。僕は本当に生き直したいと思っています。1年後、2年後に社会がどう変わっていくかわかりませんが、僕をこういうふうに思わせてくれた人たちのために、今度は自分が困っている人の役に立ちたいと思います。執行猶予が切れる、切れないに関係なく、悩んだり、苦しんだりしている人に正しい知識を持って言葉をかけ、助ける側にまわりたいですね

 いつか高知に救われる人が出てくることだろう!

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cat_oa-shujoprime_issue_c71770bfd200 oa-shujoprime_0_5c46bc3d3bba_“レス夫婦”、解消のために妻がとりたい「5つの行動」 5c46bc3d3bba 5c46bc3d3bba “レス夫婦”、解消のために妻がとりたい「5つの行動」 oa-shujoprime

“レス夫婦”、解消のために妻がとりたい「5つの行動」

2020年4月5日 22:00 週刊女性PRIME

※写真はイメージ

 女性のライフステージ別に夫や子どもへの愛情がどう変わるのかを調査した『女性の愛情曲線』。独身期は仕事や趣味などの割合が高いが、結婚を機に夫が1位に。だが、出産すると子どもが断トツでトップとなる。

夫婦関係を再構築するいいタイミングは?


「ある脳外科の先生が“女性は出産すると子どもを守るために脳の形が変わるほどの変化をする”と言っていました。だから夫のことなんてどうでもよくなる人も。ここでセックスレスに陥る人がほとんどです」

 そう話すのは、恋愛コンサルタントで男女の関係を心理学の視点からも分析する山本早織さん。グラフを見ていくと“回復グループ”は夫への愛情が徐々に上がっていき、子どもの高校入学時には子どもと夫の割合が近づいている。

「女性の精神状態が安定してくるのが、子どもの手がかからなくなる時期。また、改めて夫婦関係をつくるには、いいタイミングといえるでしょう」(以下、山本さん)

 ちなみに、“低迷グループ”は夫への愛情はいっさい戻っていない。“子どもが乳幼児期に夫が子育てに協力的ではなかった”女性たちのグループだ。

「女性は男性より前頭葉が発達していて、記憶力がすごくいいんです。産前・産後に受けた夫からの仕打ちは一生、忘れませんからね

 低迷グループはもちろん、回復グループの女性でも“もうしなくていい”という声がかなり多いが──。

「私は女性にセックスは必要だと考えています。よりよい人間関係を築くための心理学『選択理論心理学』では、人間の欲求は“共存” “愛・所属” “力” “自由” “楽しみ”の5つがあるとしています。このすべてが満たされると人間は幸せを感じます。その中で、“愛・所属”がセックスで満たされる欲求なんです」

 セックスなしでは、完全な幸せは得られない?

夫に抱かれることで妻自身の価値が高まる


「女性はセックスで自分自身の価値を確かめます。男性のように風俗で性欲だけを処理することなんて求めていません。セックスの上に自分の存在意義がのっかっている。夫に抱かれることで、自分自身の価値が高まるんです」

 すると、自分に自信が持てるようになってポジティブな思考に変わる。新しいことにチャレンジするエネルギーにもなるという。さらには、

「人と肌が触れ合うと、“オキシトシン”という幸せホルモンも分泌されます。愛情曲線を見ると、子どもが小さければ小さいほど愛情の割合が大きい。それは肌の触れ合いの多さと比例しているのです。高校生にもなると触れ合いは激減しますから、夫と触れ合わないとオキシトシンの分泌量は減りますよね」

 だが、10数年もレスだった夫がいきなり受け入れるものなのか──。

「“妻と月に2、3回してるんだよね”としかたがないからしているという雰囲気を醸し出しながら話す男性は多いんです。でも、これは“夫婦円満でスゴイでしょ”という男性なりのアピール!(笑)。夫にとって妻とセックスすることは嫌な気持ちにならないので安心してください」

男性は3回断られたらもう誘わない


 だが、注意すべき点も。

「夫から迫られて断った経験はありませんか? 男性ってセックスを3回断られたらもう誘わないんです。それぐらい、精神的に弱い生き物だと思ってください。特に“低迷グループ”の人は何回断ったか思い出してみてください。3回以上あったら、道のりは険しいものになります」

 男性はプライドが高く、妻とのセックスが自分の理想より少しでも低いと、性行為から遠ざかってしまう。

「いくつになっても“大きくて硬い”のがすべてだと思っています。なので、妻から“今日、しよう”と言われて、最終的に中折れでもしようものなら取り返しがつきません」

 まずは、セックスという行為の固定概念をなくすことが大事だと山本さん。

「スキンシップをとるだけでもいいと考えてください。夫と肌が触れ合うだけでも、オキシトシンが分泌されて幸せを感じられるんですから」

 山本さんが提案する5つのラブ行動を実践すれば、レス解消に近づくという。

「すべてに共通しているのは、お互いが傷つかないアクションだということ。夫婦関係のセカンドステージを楽しみましょう」

再び始まる! 5つのラブ行動


1:女性からアプローチする

「夫は“断られたらどうしよう……”と考えているため、行動を起こせない。10数年、レス状態なら女性から必ずアクションを」

2:セックスのハードルを下げる

「まずは、セックス=アノ行為という考えを捨てましょう。完璧さを求めず“お互いがいけなくてもイイ!”という広い心を持って」

3:2人だけの合言葉を作る

「“セックスする?”を“今日、仲よしする?”と変換するだけで、特別な行為ではなくなって夫側のプレッシャーが軽減されます」

4:夫の“したくない日”を受け入れる

「男性は女性よりはるかに精神的に弱い生き物だと思ってください。“何で?”と深追いすると継続的なセックスは望めません」

5:ラブグッズだって使ってイイ!

「“セックスはこうじゃなきゃダメ!”と思い込まないで。夫をTENGAでいかせてもイイ、それぐらいの気持ちでいましょう」

ハードルを下げるために、まずはスキンシップから


STEP1:夫の両肩をポンと押す

「最近、夫を玄関まで見送っていますか? 男性は鈍感なので普段しない行動をすることで、夫に“あれ、変わったな”と伝えます」

STEP2:ベッドで“寝る前”ハグ

「24時間の間でハグやキスをできるだけはさんでいく。同じベッドで寝ているなら、ハグはしやすいはず。次におやすみのチュー」

STEP3:手をつないで寝る

「夫にプレッシャーを与えずに“したい”メッセージが伝えられます。そのまま寝てしまったとしても、お互いに傷つきません」


お話を伺ったのは…

恋愛コンサルタント 山本早織さん

1985年、東京生まれ。アイドル、銀座のホステスなどを経て、現在は恋愛コンサルタントとして結婚したい男女に向けて情報や出会いの場を提供する。

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cat_oa-shujoprime_issue_c71770bfd200 oa-shujoprime_0_d74055bd4bfc_チン・セヨン、初恋の思い出は「記憶がない」 d74055bd4bfc d74055bd4bfc チン・セヨン、初恋の思い出は「記憶がない」 oa-shujoprime

チン・セヨン、初恋の思い出は「記憶がない」

2020年4月5日 20:00 週刊女性PRIME

チン・セヨン 撮影/キム・サンドク

「私が出演する作品を見てくださった日本のファンのみなさんから、“いつも元気づけられています”とか“力をもらっています”というような言葉をよくいただきます。そのたびに、私のほうが勇気づけられているんですよ」

 NHKでも放送された韓国時代劇『オクニョ 運命の女(ひと)』や『不滅の恋人』などの人気ドラマに主演し、“時代劇クイーン”として愛されているチン・セヨン(26)。

「時代劇作品に主演したのは『オクニョ 運命の女(ひと)』が初めてでした。実は、それまで時代劇を積極的に見るタイプではなかったんです(笑)。でも、日本でも多くの方に愛していただいているこのドラマをきっかけに、韓服の美しさや韓屋(韓国の伝統的な様式で建てられた家)に魅了されるようになりました。いまでは、時代劇の台本に愛着を感じているほどです(笑)」

王妃を選ぶサバイバルオーディションがあった


 最新主演ドラマ『揀択(カンテク)~女人たちの戦争~(原題)』も彼女の魅力が光る史劇。揀択とは、19世紀の朝鮮王朝時代に行われた王や王子の配偶者を選ぶ儀式のこと。王妃として宮中に入るはずだった双子の姉・ウンギを殺害した犯人を見つけるために揀択というサバイバルオーディションに挑むウンボを演じている。

「今回の作品で特に重要視したことは“感情の変化”でした。初めは王を疑いながら、姉を殺した犯人を捕まえようという気持ちでいますが、少しずつ事件の真相に近づいていく中で王と恋に落ちていきます。どのような形でウンボの感情を変化させていったら、みなさんに共感していただけるかをとても意識しました。王を演じるキム・ミンギュさんや監督と何度も話し合いましたし、その意見を聞いて修正した部分もあります」

 どんなことが起きても前に進んでいく強さと聡明さを持つウンボは、これまで演じてきた『オクニョ 運命の女(ひと)』のオクニョや『不滅の恋人』のチャヒョンにも通じる。

「3人と私は全く似ていないですね(笑)。私自身は、彼女たちほどしっかりもしていないし、進んで前に出ることができない性格なので……。似ているところをしいてあげるなら、チャヒョンの明るいところかなと思います」

 劇中、互いに惹かれあっていくウンボと王。ウンボにとって頭脳明晰で容姿端麗な王は、幼いころに出会った初恋の相手。彼女自身の初恋の思い出を聞くと、

初恋といえるような記憶がないんです。だから、ウンボと王がとてもうらやましくて(笑)。お互いに幼いころの初恋の相手で、大人になって再会するっていいですよね。こういうドラマチックな出会いに憧れがあります(笑)。大人になったウンボと王がどのように惹かれ合っていくのか、そして、それぞれの気持ちを確認し合えるのかという部分を中心にドラマを楽しんでいただけたらと思います。朝鮮時代の揀択について詳細に描いている点も新鮮な印象を持っていただけると思いますので、ぜひ期待してください!」

日本で楽しみにしていること


必ずドン・キホーテに行きます! あと、絶対に行くすき焼き屋さんがあるんです。7月に日本でファンミーティングを開催するんですが、そのときも大好きなすき焼きを食べに行くんじゃないかなと思います(笑)。日本に行ったら、ならではのものが食べたくて。“今日は何にしようかな〜”って悩めるのが幸せです(笑)」

大好きなお菓子


日本のうまい棒のシュガーラスク味が本当に好きだったんです。ファンのみなさんからプレゼントとしていただいて、たくさん食べましたね(笑)。いまは、グミキャンディーが好き。日本のグミやこんにゃくゼリーって有名ですよね? 韓国にも日本のグミがたくさん売っていて、よく食べています」

最新主演ドラマ『揀択(カンテク)~女人たちの戦争~(原題)』

CS衛星劇場にて、4月17日(金)より放送スタート!

毎週(金)夜11時~ ※2話連続放送


1994年2月15日生まれ。’09年のCM出演で芸能界デビュー。翌年のドラマ『大丈夫、パパの娘だから』で演技に初挑戦。’11年のドラマ『私の娘コンニム』に主演し注目を集める。『蒼のピアニスト』(’12年)でチュ・ジフン、チ・チャンウクと、『感激時代〜闘神の誕生』(’14年)でキム・ヒョンジュンと共演したのち、『オクニョ 運命の女(ひと)』(’16年)、『不滅の恋人』(’18年)と主演した時代劇が日本でも大人気に。7月18日には、東京・ニッショーホールでファンミーティングが開催される。

(取材/本間裕美)

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cat_oa-shujoprime_issue_c71770bfd200 oa-shujoprime_0_a71b516a34bc_竹下景子『クイズダービー』出演時代、子育てで号泣の過去 a71b516a34bc a71b516a34bc 竹下景子『クイズダービー』出演時代、子育てで号泣の過去 oa-shujoprime

竹下景子『クイズダービー』出演時代、子育てで号泣の過去

2020年4月5日 17:00 週刊女性PRIME

竹下景子 撮影/吉岡竜紀

「紙おむつは初めての経験だったので教えてもらいながらやったんですが、“そういえば、こうやって日に何度も替えていたな”って懐かしくなったり。あと、子ども役の赤ちゃんが4〜5か月くらいだったんですが、撮影していくうちに歯が生えたんです! しかも、離乳食を食べるシーンでパクパク食べてくれて“大きくなってるのね”って感動。子育てのいろんな瞬間を思い出しました」

 妻が70歳でまさかの初産! そんな驚きの展開で始まるドラマ『70才、初めて産みますセブンティウイザン。』で、竹下景子(66)が65歳の年下夫・朝一(小日向文世)との間に子どもを授かった新米ママの夕子役に挑戦。女優人生で初めての役柄に、最初は「びっくりしました」と戸惑いもあったそう。

「70歳で妊娠、出産って話を聞いたこともなかったので、何を手がかりにこの役に入っていけばいいのか試行錯誤しました。でも、それだけにやりがいのある作品だと思ったので、小日向さんとともに、現代を生きるこの65歳と70歳の夫婦の物語をどう着地させるか、すごく気を配りながら演じました」

 劇中では出産シーンも体験。

「帝王切開で生まれるんですが、演技中に小さな赤ちゃんを目の当たりにしたら気持ちが入りすぎて、“あぁ、無事生まれてくれた”って、もう本当に感激しちゃって。さらに主治医を(中村)梅雀さんが演じられているんですが、 “先生、ありがとうございます!”って思わず手を取ってしまいました。梅雀さんは“えっ?”って顔をされていましたが(笑)。あのときの赤ちゃんは、だいぶ大きくなっていると思いますけど、たくさんの感動をもらいましたね」

ぐずった子どもとお手伝いさんが……


 竹下自身も2人の男の子の母として奮闘した思い出が。

「うちは年が2歳半違って男の子なんですが、下の子が生まれて1歳になるまでが、『クイズダービー』などのレギュラー番組もあったりといちばん忙しかったんです。なので、お手伝いさんにお願いして面倒を見てもらっていたので、小さいころは私がというよりも、彼女が育ててくれたようなものなんです」

 そんな日々を送る中、こんな出来事が起こった。

「いつも仕事が終わったらすぐに帰宅していたんですが、その日“ただいま”って帰ったら家がシーンとしていたんです。どこか遊びに行ったのかなと思ったんですが、夕飯時なのでそんなことはないだろうと。そしてダイニングキッチンに行ったら、長男は涙を流したまま、下の子は鼻水を垂らしたまま、お手伝いさんに抱きかかえられて3人で壁にもたれて眠っていたんです。ぐずった2人をあやしているうちにくたびれ果てたんでしょうね。そのときは、お手伝いさんへの感謝と、自分がふがいなく申し訳ないという思いがこみ上げて、号泣しました

 そのときの思いを、今でも忘れないと話す。

「30年くらい前の話ですけど、私は彼女に本当に助けられたと思います。子育ては仕事を持っていても、いなくても大変なのはわかります。だから家族であったり、近所の人であったり、巻き込める人は巻き込んで子育てをしましょうとよく当時から言っていました。特に今は子どもたちの数も減っていますよね。公的な場所でもいいですし、地域ぐるみでもいい。みんなで見守る環境が増えれば、子どもたちも元気でたくましく育ってくれるんじゃないかと思います」

嗚呼、懐かしき春の思い出


「思い浮かんだのはタンポポのサラダ。よく昔、仲よしのご家族と多摩川の土手に行ってタンポポをつみ、きれいに洗ってサラダにしていました。ちょっとほろ苦く、子どもたちも食べていましたが、すごく好きにはならなかったと思います(笑)。2人とも私のことを母親というより、遊び相手と思ってましたから、よくそうやって散歩に出かけていたのが、春の憩いの時間だったなって思いますね」

プレミアムドラマ『70才、初めて産みますセブンティウイザン。』

4月5日スタート NHK BSプレミアム 日曜夜10時〜

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cat_oa-shujoprime_issue_c71770bfd200 oa-shujoprime_0_fbbcfe971033_鈴木奈々「ヨゴレ仕事と思わない」おバカ女王の葛藤 fbbcfe971033 fbbcfe971033 鈴木奈々「ヨゴレ仕事と思わない」おバカ女王の葛藤 oa-shujoprime

鈴木奈々「ヨゴレ仕事と思わない」おバカ女王の葛藤

2020年4月5日 13:00 週刊女性PRIME

鈴木奈々

 “超”がつくほどの『元気キャラ』で一世を風靡し、昨今はナイトブラのモデルとしても活躍するモデル・タレントの鈴木奈々。公言していた一般人の恋人と結婚、そして自分を育ててくれた家族に家を買うなど親孝行な一面も知られる彼女の“元気”の原動力とは? 素顔に迫るべく直撃した──!


* * *


 鈴木奈々は'88年、茨城県生まれ。彼女のブレイクを語るのに外せない人物が、益若つばさ、小森純、明石家さんまだ。

もともと益若つばさちゃんが大好きで追っかけをしていたんです。イベントやファッションショーに足繁く通っていたし、私の教科書はギャル雑誌でした。そんなある日、東京・渋谷の書店でつばさちゃんの握手会が。そこでつばさちゃんから“『Popteen』(角川春樹事務所)のモデルにならない?”って誘われたんです!

 当時の鈴木は金髪で、メイクも益若風。益若とともに『Popteen』の誌面を飾るのが夢だった。そんな18歳は、夢心地でモデルを続けるなか同雑誌で小森純とも出会う。益若と小森から可愛がられ、小森に続く“元気キャラ”として話題に。そして'11年。小森から、ある人気バラエティ番組のお誘いがかかった。

『踊る!さんま御殿!!』です。きっかけは番組から小森純ちゃんが“お友達を呼んできて”と言われたこと。小森純ちゃんのお友達という立ち位置でのテレビ出演だったのですが、そこで『踊るヒット賞』を獲得できました

 同番組で鈴木は、小森とじゃれ合いながら歯に衣着せぬコメントを連発。番組は大フィーバーし、ピンでもオファーが来るようになった。これに目をつけた『しゃべくり007』も鈴木に出演を依頼。あれよあれよと人気に火が着き、翌年'12年は出演本数313本(ニホンモニター調べ)。同年の『ブレイクランキング』女性部門1位を獲得するまでになった(同年の男性部門1位はスギちゃん)。

人間だから欲が出る。そのとき、家族が──


 鈴木と言えば、番組でも、

「大好きな彼氏がいて~」「結婚したくて」「大好きが止まりません!」

 と自身の恋を隠さなかったことでも有名。23歳までフリーで活動していたが、現在所属する事務所に入ったきっかけも、小森から“うちの事務所だったら、彼の話がしたかったらできるよ。自分らしくいられる”と誘われたからだった。

私が茨城県から一時間半かけて東京に通っているのも、彼が茨城で仕事をしていたから。彼を拠点に生きていたかったんです。芸能界っていつどうなるかわからない世界じゃないですか。そんな芸能界にしがみついたり依存したりせず、彼を拠点にすることで心を安定させたかったのかもしれません

 そんな彼とは'14年に結婚する。

「ただちょっと旦那さんに申し訳なくて……。やっぱり職場で私のことでいじられたりもするらしいんです」

 “元気キャラ”“おバカキャラ”で人気を博したが、これが徐々にオーバーヒート(!?)。『大阪王将』のCMでぐるぐると腕を回しながらお尻を振る姿がインターネット内で「狂気」と揶揄され、SNSでも顔面を輪ゴムでぐるぐる巻きにした芸人顔負けの芸を披露するなどしている。

 そんな彼女に超えてはいけない“一線”を教えてくれたのが出川哲朗と加藤茶だったという。

どこかから転げ落ちてパンツが見えるくだりが多かった時期があったんです。ウケてるから“それでいいかな”と思っていたのですが、ある日お世話になっている出川さんから“奈々ちゃん、そこまで頑張らなくていいよ。女性なんだからソコは大切にして”と怒られて。あと、昔テレビで“私、乳首長いんですよ~”と言っていた時期があったんですが、これも可愛がっていただいている加藤茶さんから“それは言っちゃダメ”と言っていただいて

 鈴木の今後を本気で考え、叱るべきところは叱る。お笑い界の一流の2人から指摘されたことで、鈴木は“バラエティーに身を捧げすぎている”ことをようやく悟った──。それにしても、彼女をここまで駆り立てていたものとは一体、何だったのか?

「奈々ちゃんにとって一番幸せになれる場所は芸能界」


「'18年に『エイキョーさん~芸能人の影響で人生変わっちゃいました~2』という特番に出演したのですが、過去に借金地獄に陥っていたという男性が登場したんです。当時彼は『死にたい』と思っていたらしいのですが、“死ぬ前にテレビを見よう”とテレビをつけたときに私が出演していた『うわっ!ダマされた大賞』という番組が映っていて、私が顔にクリームバズーカを浴びている姿を見たそうなんです。それでめちゃくちゃ笑ってくれたらしく」

 その男性は鈴木のがむしゃらな姿に感動し、もう一度生きてみようと考え直すようになったという。

私、いわゆる“ヨゴレ”と呼ばれる仕事を“ヨゴレ”と思ってないんです。小さいころから人を笑わせることが好きで、ずっと『私は笑い者でいい』と思っているから。……確かに、“私このままでいいのかな?”と悩んだ時期はありましたよ。でも私を見て自殺を思いとどまってくれた人もいた。私の勇気につながりました

 もう一つ、彼女を支えているものがある。それが「家族」だ。「茨城の両親からは本当に支えられています」と鈴木は故郷に想いを馳せる。

私も人間ですから欲が出て、“これだけ体張ってるんだからもう少し事務所からお金をもらいたい”って思うことも正直、あったんです(笑)。でもそんな私を両親はかなり厳しく諌(いさ)めてくれます。“マネージャーさんやスタッフさんなど周囲の努力があるから、奈々ちゃんがいるんだよ”って。“感謝の気持ち、謙虚の気持ちがなくなったら、あなたもう終わるわよ”って

 夫も同様だ。「今ちょっと調子に乗った発言しているよ」「それじゃ絶対、もう仕事なくなるね」などなど厳しく指摘してくれるのだと言う。

こういうことに気づかせてくれるのが私の“家族”なんです。だから離れたくない。だから親孝行したい。私が茨城から通っているのは夫の仕事こともありますが、そもそも家族が大好きだからです。だから近くに住んで、出来るだけ実家に通いたい。毎日必ず顔を合わせるようにしています

 先日、鈴木が両親に家をプレゼントしたことも話題になった。

今でも両親は、“奈々ちゃんにとって一番幸せになれる場所は芸能界。あなたが幸せになるために、一番いい方向へ向かってくれることを祈っている”と応援してくれます。本当は、憧れの石原さとみさんみたいに、同性から好かれる存在にもなりたいのですが(笑) これからも私らしく、一本一本の仕事に全力で取り組みたい。後悔はしたくないですから!

 ちなみに『ダウンタウンDX』(同系)で話題となった「第2の田中みな実さんになるべくセクシーキャラにキャラ変したい」発言については、「あれはちょっとネタが入ってて……ごめんなさい(笑)」とのことだ。

 以前からやりたかった下着モデルの仕事も軌道に乗り始めた鈴木奈々。「30代に入っておっぱいが小さいのに垂れてきちゃったんです(笑)。でもナイトブラと努力のおかげで今ではおっぱいがお椀型になり、カップ数もふたつ上がったんです!」と明け透けに話せるのも彼女の魅力。そんな彼女の“全力”をこれからも応援したい。

(文・構成/衣輪晋一)

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鈴木奈々「旦那と両親が大好き」な私生活

2020年4月5日 13:00 週刊女性PRIME

鈴木奈々としげるちゃん

『しげログ』は商品プロデューサーとして活躍し、海外のファッション・流行などをナビゲートしているしげるちゃんが毎回「会いたい人」と「好きなお店」で対談! ゲストの“素”を引き出しちゃいます。第6回目のゲストはタレントの鈴木奈々さん。初対面だというふたりの化学反応やいかに──? それでは……カンパーイ!!


* * *


しげるちゃん(以下:しげる)「では、そろそろ始めましょうか!奈々ちゃんとしげるはこれがはじめましてになるんだよね?」

鈴木奈々(以下:鈴木)「はい! でもテレビとかSNSもそうですし、いろんなメディアで見ているから、なんかはじめましてって感じがしません(笑)。なんだろう、不思議! しげるちゃんって呼んでいいですか?」

しげる「全然、呼んで下さい(笑)、じゃあ、まず……ありきたりな質問! 『鈴木奈々』としてのデビューのきっかけ的な事から聞かせて貰いたいな。(益若)つばさちゃんの追っかけをしていたって話しは有名だよね?」

鈴木「有名ですね(笑)」

しげる「あれはリアルなの?」

鈴木「リアルです、ガチです!」

しげる「本当なんだ! じゃあ、握手会に行ってそこでつばさちゃんにナンパされた(笑)?」

鈴木「そうそう、そうなんですよ。私、授業中も『Popteen』とか『egg』とか読んでるぐらいギャル雑誌が大好きで、とくに(益若)つばさちゃんの大ファンで。つばさちゃんが出てるイベントへ行ったりとかファッションショーへ行ったりとかしていたんです。で、渋谷のスクランブル交差点に書店があるじゃないですか。そこでつばさちゃんが握手会をしていたんです」

しげる「あるある! 良くイベントとかやっている、あの本屋さんネッ?」

鈴木「そうです! そこで初めてつばさちゃんと生でお会いしたんですが、『Popteen』モデルにならない?って」

しげる「スタッフさんから?」

鈴木「ううん、つばさちゃん本人から」

しげる「え、嘘! すごいじゃない!」

『新・おバカ女王』の称号をえるまで


鈴木「当時は18歳で、つばさちゃんのメイクのマネして金髪で。すぐにお母さんに電話しましたもん。“お母さん! スカウトされた! つばさちゃんに!”って。お母さんも驚いて、喜んでくれました。うれしすぎて頭が真っ白だったな」

しげる「憧れの本人から言われたらそれはうれしいよね! その頃にはタレントになりたいって気持ちはあったの?」

鈴木「その頃は、芸能人になりたい、じゃなくて、“つばさちゃんと一緒に雑誌の撮影をしたい”と思ってました。つばさちゃんと『Popteen』の誌面を飾るのが夢だったんです」

しげる「その頃はまだ事務所には所属してなかったの?」

鈴木「はい。18歳から23歳までずっとフリーで」

しげる「っていう事は、事務所に所属してからテレビのバラエティとかのお仕事が増えていった感じなんだね!?」

鈴木「そのきっかけが小森純ちゃんなんですよ。益若つばさちゃんが『Popteen』のきっかけを作ってくれて、で、『Popteen』で小森純ちゃんに出会うわけなんですよ。ふたりとも私のことすごく可愛がってくれて。で、その頃、小森純ちゃんはもうバラエティにたくさん出ていたんですよ。そして小森純ちゃんに誘われて『踊る!さんま御殿!!』に出演しました。小森純ちゃんのお友達として」

しげる「その時はまだフリー?」

鈴木「フリーです。で、次は1人でオファーしてもらえたんです。『おバカ決定戦』みたいなテーマの回でそのときに私、『新おバカ女王』の名前をもらって(笑)

しげる「『新おバカ女王』(笑)……もうほらっ、それなりの爪痕を残せたから、その後のテレビの活躍は、もちろん、そのキャラクターがあってこそだよネッ。(明石家)さんまさんってやっぱり偉大な方なんだね!」

鈴木「本当に、『さんま御殿』に出て、人生が変わったっていうか。その後に『しゃべくり007』にも出たんです。そしたらそれから急にオファーが来るようになって年間300本以上も。その年のブレイクランキングの女性部門の1位になりました

毎日、必ず両親の顔を見て帰る


しげる「その2つ(の番組)でハジけちゃったら、『鈴木奈々=おバカキャラ』っていうのが全国に定着するよね(笑) でも、バラエティを主戦場にするって事は、面白い事を常に求められて、しなくちゃいけない訳じゃない? そこのとこは考え過ぎちゃったりはしなかったの?」

鈴木「ありのままでやってました」

しげる「ムリはしてなかったってことね」

鈴木「なんで、頑張れたかというと、恋をしてたから! それ! それが大きい! 私、今の旦那さんとお付き合いしてたんですよ。同じ中学の同じクラスで、ハタチのころからお付き合いしてて。で、23歳でテレビの仕事初めて、で、もう本当に彼に恋をしてて。なんか恋をしてるから仕事も楽しかった!」

しげる「え~~! 恋をしながらの超忙しい仕事って状況で、バランス崩して、心がすり減ってボロボロになる子もいるのに、奈々ちゃんはそれがなかったんだぁ~」

鈴木「まったく。“頑張ってね~応援してるよ”って言ってくれる彼だったんですよ」

しげる「ねえねえ、若いタレントさんて……いや若くなくてもだけど、番組の中で、いきなり“彼がいます”とかの発言とかはあんまり、言う文化がなかったから驚いたけど、でも奈々ちゃんは結構、彼氏の話しとか話してたよね!?」

鈴木「はい(笑)“大好きな彼氏がいて~”、“結婚したくて”とか、“大好きが止まりません!”とか言ってました(笑)」

しげる「超ウザいよね、それ(笑)」

鈴木「(爆笑)でもね、事務所がNGがなかったのが私が入ることを決めた理由なんです。それまでは結構抵抗があって。“自由じゃなくなるのかな”っていう。わかります? あの芸能事務所に入ったら、“彼氏と別れろ”とか、“彼氏の話しちゃいけない”とか、なんか、窮屈になりそうだなって。でも純ちゃんから“彼氏の話したかったらしていいよ”とか。なんか、“自分らしく仕事ができるよ”って言われて、あ、それだったらいいかな、と思いました

しげる「奈々ちゃんは、今も茨城から電車で仕事場に通っているじゃない? 1年間、ほぼ休みなく働いていた当時から、1回も『東京に住もう』って考えた事はないの? 時間だって不規則な仕事だし、365日通うのは相当大変だと思うのだけど」

鈴木「大変ですけど、私、家族がめっちゃ好きなんで実家の近くに住んでるんです。今でも毎日、必ず、両親の顔を見て帰るんですよ。

 あとやっぱ旦那が、茨城県で仕事しているので。やっぱ旦那を拠点にしていきたいんですよ。なぜかと言うと、この業界、いつどうなるかわからない世界じゃないですか。だから、旦那を拠点にしていることで、自分の気持ちも安定できるっていうのはすごくありますね

しげる「いやん、そういうの、何かすごく古風な感じで好き(笑)旦那さんとは喧嘩とかしないの?」

鈴木「ほとんどないですね。12年、彼と一緒にいて喧嘩したのって多分5回ぐらい? 本当に、あたしにもったいないくらいの人なんですよ。素敵な方で、尊敬してるんですよ。旦那のことを」

しげる「この『素の鈴木奈々』が普段、家にいるんだよね、旦那さんってば、コントロールするの結構大変そう(笑)」

鈴木「やばい、やばーい(笑)」

しげる「だから分かる! 旦那さんの良さが、きっとすごく優しくて良い人なんだろうなっ(笑)」

鈴木「でもやっぱり私のことで職場でいじられたりするから、ちょっと申し訳なくも思っています

(編集部)――「鈴木さんと言えば『大阪王将』のCMなど、かなり弾けた芸風も話題になっていますが、その原動力はどこにあるんでしょう?

しげる「そうだよね。ある種、“女を捨ててる”っていうか(笑)。あれはすごいと思う」

鈴木「私、小さい頃から人を笑わせるのが好きだったんですよ。結構、“みんなの笑い者になりたい”って思ってて、みんなが笑って元気になってくれたらなんでもやっちゃうよって感じの人でした。パンストかぶったりも全然楽しいし、笑ってもらえたらうれしくて

しげる「でも、なんだろう、“普通、女の子ここまでやるのかな”みたいな、ところをちゃんとやるし、でも可愛らしく見えるじゃん」

鈴木「うれしいです。ありがとうございます! 私、“ヨゴレ”の仕事も“ヨゴレ”だと思わないんです。みんなが笑ってくれる。“奈々ちゃんを見て元気が出ました”と言ってもらえるのがうれしい。みんなが笑ってくれるなら何でも出来る! だから一度もメンタルをやられたことはないですね(笑)

外部リンク

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鈴木奈々、笑いに貪欲キャラを叱ってくれた「加藤茶と出川哲朗」

2020年4月5日 13:00 週刊女性PRIME

鈴木奈々としげるちゃん

『しげログ』は商品プロデューサーとして活躍し、海外のファッション・流行などをナビゲートしているしげるちゃんが毎回「会いたい人」と「好きなお店」で対談! ゲストの“素”を引き出しちゃいます。第6回目のゲストはタレントの鈴木奈々さん。初対面だというふたりの化学反応やいかに──? それでは……カンパーイ!!


* * *


しげる「いつもテレビでみてるけど、奈々ちゃんってゲテモノ的な食べ物とかも平気で食べてるよね? あれはすごい!」

鈴木「全然平気です。(視聴者の)娘さんがいる、とあるお父さんから事務所にメールが届いたことがあって、“東日本大震災をきっかけに娘が全然笑わなくなったけれど、奈々ちゃんのテレビを見て、一年ぶりに笑った”とか。久しぶりに娘の笑顔を見て、“奈々ちゃんありがとう”ってメールが来たりするんですよ

しげる「すごくいいお話、泣けるね~!」

鈴木「あたし、これからも、カラダ張って、笑いを届けたいっていうかなんだろうな、そういうふうに元気を、与えられるのであったら。'18年に『エイキョーさん~芸能人の影響で人生変わっちゃいました~2』にも出演したんですけど、借金地獄に陥ったとある男性が登場したんです。

 当時、彼は『死にたい』と思っていたらしいんですが、“死ぬ前にテレビを見よう”とテレビをつけた時に私が出演していた『うわっ!ダマされた大賞』で、私が顔にクリームバズーカを浴びている姿を見たそうなんです。それでめちゃくちゃ笑ってくれたらしく。“生きよう”って思ってくれたみたいで。実はその頃、私、自分の進むべき道に迷ってたんですよ、ちょうど

鈴木奈々を叱る“お笑い界のトップ”たち


しげる「自分のキャラとか、周りの評判とかって事かな?」

鈴木「私このままでいいのかなって思えましたね。あと出川(哲朗)さんにも結構相談乗ってもらっていました。一時期私、パンツをよく出してたんですよ。なんか転げ落ちてパンツが見えちゃうみたいな。一年ぐらい」

しげる「一年も(笑)!?」

鈴木「一回それが大ウケして、私もうれしくなってついつい何度もやっちゃったんです。そしたら、出川さんにちょっと叱られて。“奈々ちゃん、そこまで頑張らなくていいよ。女性なんだから“そこ”は大切にして”って。“あ、そこまで出川さん考えてくれてたんだ”ってすごくうれしかった

しげる「奈々ちゃんは真面目だから『視聴者に笑って貰うコト』『スタッフさんや周りにウケるコト』に関して貪欲に……いや『貪欲』という言葉が適切なのかわからないけど、そればかり考えちゃってたんだろうね」

鈴木「あと私、“乳首長いんですよ~”ってテレビでよく言ってたじゃないですか。あれは加藤茶さんに怒られました」

しげる「出た、大御所(笑)! さすが! 加藤茶さんにも愛されてたんだ」

鈴木「奥さんの加藤綾菜ちゃんとめっちゃ仲良くさせていただいていることもあって、災害で常磐線が止まったりしたときとか“泊まりにおいで”って心配して言ってくれたりしてたんです。で、“奈々ちゃん、乳首長いはもう言っちゃだめ”って叱られました(笑)

しげる「鈴木奈々は実は身内からは『愛されキャラ』なんだと思う(笑)ご両親に家をプレゼントしたりもしたんだよね? 若いのに偉い! 素晴らしい親孝行娘」

鈴木「親孝行は私の“課題”みたいなところがあって。実は、私も人間だから欲が出て、“これだけカラダ張ってるんだからもう少し事務所からお金をもらいたい”って思うことも正直、あったんです(笑)。

 でも両親は、“マネージャーさんやスタッフさんなど周囲の努力があるから、奈々ちゃんがいるんだよ”って。“感謝の気持ち、謙虚の気持ちがなくなったら、あなたもう終わるわよ”って叱ってくれるんです

しげる「いいね。そういうことに気づかせてくれる存在って本当に大切だと思う」

鈴木「旦那もそうなんです。やっぱり、周囲はどんどん言ってくれなくなってくるじゃないですか。そんな時に旦那が“今ちょっと調子に乗った発言しているよ”、“それじゃ絶対、もう仕事なくなるね”とか、結構厳しく」

しげる「だから、ご両親とも旦那さんとも離れたくない」

鈴木「はい。感謝の気持ち、謙虚の気持ちを教えてくれるのが私の家族なんです。よく両親が言ってくれるのが、“奈々ちゃんにとって一番幸せになれる場所は芸能界。あなたが幸せになるために、一番いい方向へ向かってくれることを祈っている”。

 もちろん芸能界に依存もしたくないんですよ。でもだからと言ってなあなあにならず、頑張れるのは両親がいるからかもしれません。これからも一本一本の仕事を全力で頑張っていきたいです。後悔したくないので!」

セクシーキャラに“キャラ変”?


しげる「最近はナイトブラのモデルもやってるよね。好評なんだって?」

鈴木「結構売れてるんです(笑)。私、実は下着モデルになるのも夢だったんですよ。そこでちょうどナイトブラのお仕事が来て、せっかくだから女磨きも頑張ってみたんです。胸とかもそのまま寝てたらお肉が背中の方に行っちゃうから、こう胸に戻して(笑)。そしたら、AカップからCカップになったんですよ、私!」

しげる「ねえ、ほんと胸・・なかったんだね(笑)。でもAカップ→Cカップになるなんてすごい!」

鈴木「(爆笑)。本当になくて、だから自分にも自信が持てなかったんです。あと小さいのにやっぱり垂れてくるんですよ(笑)。それも改善しました」

しげる「コンプレックスって克服してくと、逆に強みになるよね」

鈴木「だから、貧乳だからって、みんなに言いたいんですけど、おっぱいちっちゃい方達に言いたいんですけど、貧乳だからって垂れないっていうのは勘違いです。本当に。だから、早めにケアをしたほうがいいと思います。早めの段階で!

(編集部)――そう言えば、先日『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)で、「第2の田中みな実さんになるべくセクシーキャラにキャラ変したい」とおっしゃってましたが、やはりそれは下着モデルのお仕事もされたから?

鈴木「あれは……ちょっとネタが入ってて(笑)。でも、体作りをして、女性に憧れられるような存在になりたいっていうのをちょっとあります。大ファンの石原さとみさんみたいにかわいくなりたいとか思ったりもします。もちろんお芝居をしたいとかそういうことじゃなくて、みんなが笑ってくれるようにこれからも(しげるちゃんを見て)……なんで笑ってるんですか(笑)」

しげる「いや、よく喋るなと思って(笑)」

鈴木「でも私、こう見えて普段は聞き役のことが多いんですよ」

しげる「そうなの!?」

鈴木「なんか相談しやすいと思ってもらえるみたいで(笑)」

しげる「なるほど。それはそうだろうね。いや、すごくまっすぐな人だとしげるも思うもん。奈々ちゃんは人が笑ってる姿が楽しいわけじゃん。で、それで自分は犠牲にできるっていう。それってなかなか難しいことだなって。しげるがそれできるかなって思うと、やっぱり自分のことって、“ここ捨てられない”とか、いろんなとこがあるじゃん、人って。“ここちょっと可愛く見せたい”とか。でもそこを全部捨てて、人にそう言うところを見せられる人って、やっぱり愛されるし、信用もされるんだと思う」

鈴木「本当ですか! うれしい!」

しげる「当然、鬱陶しいって思われることはあると思うけどね(笑)」

鈴木「めちゃめちゃあります(笑)」

しげる「でも、やり続けるしかないでしょ。このまま良い女になってってください。あと、いつ飲みに行く?」

鈴木「スケジュール調整します! ちなみに、このお店は、しげるちゃんの行きつけなんですか?」

しげる「うん、そうだよ」

鈴木「ピザが、チーズがたっぷり乗ってて、めちゃめちゃおいしかったです。また次、デートで来たいな。旦那とデートで。なんか雰囲気もいいですし」

しげる「ここはハニートーストも美味しいのよ! この味が良くしみこんだパンの耳が大好き」

鈴木「今日は本当にありがとうございます。すごく話しやすかったです」

しげる「こちらこそ、ありがとうございました。放っておいても質問しようと思った事を全部しゃべってくれるから楽すぎた~(笑) これからも宜しくネッ」

 

今回のお店 『Prego(プレゴ)』


【店主に直撃!】

──お店の歴史を教えて下さい。

80年代にディスコ「マハラジャ」が人気に。その社長のもと、その数年後にイタリアンレストランバーとして開業しました。ゲイバーのママさんが常連さんで、その方の繋がりで芸能関連の方々や広告代理店の方々もいらっしゃるようにもなりました。芸能人、一般人の垣根なくお話できるお店として噂が広まっていき、それから33年目を迎えます。

──こだわりを教えて下さい。

イタリアンだけではなく、和やフレンチを融合してお料理に。オススメは鉄板で焼いたピザ。あとはパスタ。この33年の間に多くのメニューのなかから人気のものを厳選して残しています。シェフは本場イタリアで修行。ぜひその味を楽しんでみて下さい。

──メッセージを。

気軽に入れるお店です。二階には個室っぽいスペースも。是非、肩の力を抜いて来ていただき、末永く愛していただけるとうれしいです!

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佐伯チズ、ALSで車椅子生活も「弱音を吐かない」

2020年4月5日 11:00 週刊女性PRIME

佐伯チズ

「私はみなさんに訴え続けてきました。自分を大切に、自分らしくなるのよ……」

 切々と絞り出すように訴えるのは、佐伯チズ。自身のブログに動画でメッセージを投稿し、難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)に罹患したことを公表したのだ。

「ごめんなさい……(自分らしくと)言ってきた人間がこんなことになってしまって」

 涙を抑えながら語る言葉に、胸が苦しくなる……。

 “美肌のカリスマ”と呼ばれた佐伯が、車イスでの闘病生活を余儀なくされている。昨年末から右足が動かなくなったという。佐伯の会社である『チズコーポレーション』の執行役員が現状を話す。

今は病院と自宅を行ったり来たりですね。病院ではALSの進行を遅らせる対症療法を行っています。でも、私たちの前では弱音を吐いたり、悲観的になったりしません。常に“佐伯チズ”でいようとしているのだなと感じています。佐伯は“夢は薬、諦めは毒と、私が常日ごろ言っている言葉なのだから、キチンと病気と向き合わなければ嘘になるわね”と話し、前向きに治療に取り組んでいます

後継者のマネージャーに裏切られ


 佐伯は'03年にクリスチャン・ディオールを定年退職して独立。エステサロンを開業し、テレビのコメンテーターとしても活躍した。

「佐伯先生は明るく前向きなオーラがある人でした。よく“美しさは内面から”と話しており、あるタレントさんについて“美人だけども、性格の悪さや欲深さが顔に表れている!”と話していたこともありました」(美容ライター)

 サロンは常に300人待ちになるほどの人気で、出す本はベストセラー。順風満帆な人生だが、悲運が襲う。

佐伯さんはご主人を早くにがんで亡くしています。ご主人のことを本当に愛されていて、亡くなったときはそうとうな落ち込みようでした。でも“仕事があるから立ち直れた”とも話しています。しかし、数年前に後継者と考えていた女性マネージャーに裏切られ、会社を奪われ、多額の資産も失ってしまったのです」(同・美容ライター)

 夫の死と側近の裏切り。受難が続くが、何度も立ち上がってきた佐伯。今度は難病を発症し、“生きがい”である仕事も奪われそうに。だが “もしも”に向けて準備を始めていた。2年前に佐伯は会社の代表を退き、甥を後継者として、養子縁組をしていた。

佐伯は残念ながら子宝に恵まれませんでした。だからこそ、自身の甥を息子同然にかわいがっていました。独立した当初から甥は佐伯の仕事に携わっておりますから、長年の信頼から会社の代表に選び、養子としても迎えたのです」(前出・執行役員)

 佐伯が住むマンションでは、

数年前まで弟さんと一緒に住んでいたんです。“姉ちゃんがいてくれって言うんだよ”って話したことがあります。姉弟でお互いを信頼していたんでしょうね」(同じマンションの住人)

 頼りにしていた弟の息子に “佐伯ブランド”を継がせることを選んだ。もちろん自身も美の追求をやめるつもりはないようで、今後も可能な限り活動を続けていくという。

諦めません。負けません。頑張ります

 動画で自らを励ますように発した言葉には、強い意志と決意が込められていた。

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cat_oa-shujoprime_issue_c71770bfd200 oa-shujoprime_0_61fdedf0c970_待ち受け画像が大人気のSHOCK EYEが教える「運気アップ法」 61fdedf0c970 61fdedf0c970 待ち受け画像が大人気のSHOCK EYEが教える「運気アップ法」 oa-shujoprime

待ち受け画像が大人気のSHOCK EYEが教える「運気アップ法」

2020年4月5日 09:00 週刊女性PRIME

『湘南乃風』メンバー・SHOCKEYE

 スマホはもはや若者だけのものではない。昨年行われたマーケティングリサーチ会社の調査では、シニアのスマホ利用率が6割を超えたと報じられた。そう、手軽にきれいな写真が撮れ、LINEでのやりとりも楽しめる。大きな画面で文字も写真も見やすいスマホは、実はシニアにこそぴったりのアイテムなのだ!

 さて、携帯の待ち受け画面を自分のお気に入りの写真に設定するのは、ガラケー時代と変わらない楽しみ方のひとつだ。10数年前、テレビ番組『オーラの泉』をきっかけに、美輪明宏の画像を待ち受けに使うと幸運が舞い込む、という都市伝説が生まれた。あらゆる世代の男女がこぞって神々しい美輪の写真を待ち受けにし、開運を祈願した。

 この1~2年、それと同じ現象を巻き起こしている人物がいる。“歩くパワースポット”の異名を持つその人の名は、SHOCK EYE。ティーンからシニアまで、世代を超えて愛される“待ち受けのイケメン”から、そのきっかけとなった出来事を教えてもらった。

ゲッターズ飯田の鑑定でわかった驚きの“強運”ぶり


「10年ほど前、湘南乃風のメンバーの番組に出演した際に占い師のゲッターズ飯田さんに鑑定してもらったのですが、ボクのことを“今まで占ってきた何万人という人の中で1、2を争う強運の持ち主”って言ってくれたんです」

 このとき、ついたあだ名が“歩くパワースポット”だ。

「それまで自分は特別、運がいいと思ったことはないし、周りから言われたこともなかった。だから、自分がそこまでの強運だと思えなくて、なんだかすごく恥ずかしくなりました(笑)」

 このころから、彼の画像を待ち受けにすると運気が上がるという噂が生まれる。噂を耳にした俳優の平岡祐太がSHOCK EYEとのツーショットを待ち受けに設定。

「そしたらその直後、彼から“CMの仕事が決まった!”と報告があって。ただの偶然かもしれないけど、本当にそんなことが起こるなんてボク自身がいちばんビックリでした(笑)」

 彼を待ち受けにしたのちに“いいこと”があったという噂は絶えない。以前から親交のあったタレント・鈴木紗理奈はマドリード国際映画祭の主演女優賞を、俳優・菅田将暉は橋田文化財団の橋田賞を獲得したといわれており、ほかにも女優の波瑠や、Sexy Zoneの中島健人も愛用中とのことで、その活躍ぶりは待ち受けが支えているのかも!? また、芸能界のみならず、それまで湘南乃風を知らなかったような人々からも“志望校に合格した”“ジャニーズのライブチケットが取れた”“彼氏ができた”といった“いいこと報告”がSHOCK EYEのもとに届くようになったそうだ。

戸惑いから一転、“突き抜けてやる”


 しかし、いろんな人たちの待ち受け画面になるってどんな気持ち?

「最初は“えっ、オレが!?”って、戸惑いしかなかった(笑)。それまでの自分はどちらかというとリアリスト。でも“歩くパワースポット”という言葉がボクの中でだんだん大きな存在になってきて“せっかくそう呼んでもらっているなら、その言葉に恥じないようにしなきゃ。自分にできることはなんだろう”と考え始めました」

 戸惑いつつも期待に応えようとする誠実さが尊い!

「まず、今までの生活を見直して、部屋の整理整頓を心がけました。インスタグラムに寄せられた悩み相談に真剣に向き合ってみたり、時間を見つけては全国各地の神社へお参りをしに行ったり。心を整えるためにできることを日々実践しました」

 “ヒビが入った携帯画面はすぐ直す”など、ひとつひとつは小さな習慣だったが、続けていくうちに“歩くパワースポット”として突き抜けようという覚悟が生まれた。

「少し不安はあったけど、すべてポジティブに受け止めて一生懸命、取り組ませてもらおうって思いました」

 開運を祈願される存在になったわけだが、占い師でも超能力者でも聖人でもないSHOCK EYEさんにとって、“運”とはいったいどういうもの?

「ボクもいまいちわからなかったので、運気そのものについて書いてある本はもちろん、心理学、人間行動学、自己啓発本などジャンルを問わずたくさんの本を読みました。

 すると、どの本にも共通することを発見したんです。それは『ポジティブな行動とポジティブな思考に運は宿る』ということ。悪い行動やネガティブな思いの先に願いが叶う、なんてことを書いている本は1冊たりともなかった。

 これに気づいたことで、最初は自信がなかったけれど、みんながボクに期待してくれていることを自分なりにポジティブ変換することにしました。すると驚くぐらい考え方が前向きになって、それまで見ていた世界の色が少しずつ変わっていったんです

いいこと探しで毎日がハッピーに


 運を引き寄せるにはポジティブ思考が大切。とはいえ、誰もがすぐにポジティブになるのは難しいのでは?

「ボクが最近始めた習慣なんですが、朝、目が覚めたら、“今日は、必ずいいことが起きる!”って、思うこと。そして、夜寝る前に今日起きたいいことを3つ書き出す。内容は“家でゆっくりできた”“電車で座れた”なんてことでもいい。ただ“今日あった”いいことだけに注目します」

 何もなかったと思う日でも必ず3つ以上、書きだす。これを数日続けるうちに、いつしか、常にいいことを探す自分に気づいたという。

「ハードルを下げて、本当にささやかなことでもカウントする。そのうちに“午前中でもう3つ集まっちゃった”なんて日も。3つだけじゃ収まりきらなくなるんですよ」

 きわめつきは始めてから1週間くらいたった仕事帰りの夜。玄関に到着した何げない瞬間に“あー、今日も無事に帰って来られてよかった”と思えた、という。ハードルを上げすぎず、日々の中でささやかな幸せを見つけることで、自然とポジティブ思考が身につく。

「世の中、みんながみんな前向きに生きられるわけではない。でも、ボクを待ち受けにすることで“運気アップするぞ~!”ってゲン担ぎにでも使ってもらえたらうれしいですね。それがボクの役目なのかなって思います」

 ちなみに、ご自身のスマホの待ち受けは?

「ボクのスマホの待ち受けは買ったときのままの画面。ホーム画面のほうは家族の写真です。家族もボクを待ち受けにはしていない。妻は“パワースポットって言われても、調子に乗らないでね”っていうタイプなので(笑)」

そのほかの人気“待ち受け芸能人”!


■タカアンドトシのトシ

なぜかトシ単体画像が「生理痛が和らぐ」と人気に。SNSには「実際、効く」との声も

■河合奈保子

芸人・坂本ちゃんが使用して“スキャンダル知らずの幸運の女神”と有名に

■美輪明宏

元祖・待ち受けの女王といえば、このかた。金髪&黄色衣装のものが金運UPによいとされた

■マツコ・デラックス

女装姿でなくなぜか“すっぴん、丸刈り”の素顔写真にパワーがあるとか。タモリが使っていたそう

SHOCK EYE ミュージシャン。湘南乃風メンバー。『THE野党』ボーカル。1976年生まれ、神奈川県鎌倉市出身。大好評の著書『歩くパワースポットと呼ばれた僕の大切にしている小さな習慣 』に続く第2作『歩くパワースポットと呼ばれた僕の大切にしている運気アップの習慣』(ともに講談社刊)が発売中。

(取材・文/安川ヤス子)

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