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高良健吾、16歳で出会った東出昌大は「3人の父親になっててカッコいい」

2017年10月4日 11:30 週刊女性PRIME

高良健吾 撮影/廣瀬靖士


「僕の中で“このままでいいのか”っていうことは常に思っていて。自問自答なんです。わからないんだよな、どうやったら頭の中ってからっぽになるんだろう。仕事じゃないことも考えてるし、寝ても夢ばっかり見るし(笑)。でも、今さら変えられない、こうやって生きてきたから。これが僕にとっての“普通”なのかも」

 数々のドラマや映画に出演し、月9からミニシアター系まで幅広く活躍する役者・高良健吾(29)。作品によってさまざまな“顔”を見せる高良だが、映画『月と雷』では、“普通の生活”を追い求める孤独を背負った青年・智を演じている。

「撮影中は“普通”って何だろうと考えました。この作品に出てくる人たちはみんな寂しそうだし、飢えてるし、何かに傷ついてて、それでも自分の弱点を認めて一生懸命生きている。もどかしさもあるけど、彼らの“普通”はこの人たちの生き方でもあるから否定・肯定するってことではなく、この生き方を見たときに何を感じるかが、この映画の面白さだと思います」

 撮影は田園が広がる自然豊かな場所で行われたそうで、

「田舎が好きなんです。人間が手をつけてない場所、そういったところに惹かれるんだと思います。地元の熊本も自然豊かで。今でも年に3~4回は帰っています」

 転勤族の父のもとで育った高良。生まれた熊本を1度は離れるも中学2年生で戻り、そこから青春時代を過ごす。

「今でも地元のやつらとは仲がいいです。でも、もうみんな子どもがいるんですよね。最近では東京というか役者友達の東出とかも、いきなり3人の子どもの父親になってて。カッコいいな~って(笑)」

 昔から深い親交があるという東出昌大とは、16歳のときに初めて受けたモデルのオーディションで出会ったとか。

「当時、僕は熊本の高校生、あいつはまだ埼玉県の高校生でした(笑)。オーディションに高校生は僕たちしかいなかったんです。そこで東出がグランプリをとって、僕は2次審査で落選しました。役者を始めたのは僕のほうが先だったけど、大河ドラマ『花燃ゆ』でライバル関係(高杉晋作と久坂玄瑞)になったり、日本アカデミー賞で再会したり(笑)。おもしろい関係ですね」






 さらに、高良に影響を与えた役者仲間にはこんな人たちも。

「松田翔太くん、柄本佑くんとも仲がいいです。翔太くんからは“芸能界で生き残る覚悟”、佑くんからは“映画への愛やお芝居の厳しさ”を学びました。東出を含めてその3人は、僕にとって特別。いろんなことを学ばせてもらって、すごく感謝しています」

 実力派が多い同世代。活躍を目の当たりにしてライバル意識が芽生えたりは?

「それはないです。その人が演じると決まった時点でそれが正解になっているから“俺のほうがやれた”とかはないですね。嫉妬しても遅いですから。しかも、同世代で刺激を受ける人たちは、みんな努力家なので」

 悔しさよりも感動が勝り、同時に“僕もしっかりしなきゃ”と背中を押されると高良。

「同世代が刺激し合っていって、どんどん盛り上げていきたいです」

 11月12日で、30歳に!

「10代後半から20代前半は、うまくいかないことのほうが多くて。経験が伴わなくて体現できないこともあって、すごく悔しい思いをしたことも。そのとき、30歳になったら自分がやりたいことができるようになるのかなって。だから僕はかなり早い段階で30歳を意識していたし、なるための準備をしてきました。

 でも、自分はまだまだ子どもだなって。例えば何かを伝えるのに、つい言いすぎてしまう。言いたいことが10あるとしたら20しゃべっちゃう(笑)。言葉にしろお芝居にしろ、“短く豊かに”表現できる人はスマートだし、カッコいいなって思います」



<出演情報>

映画『月と雷』

10月7日(土)全国ロードショー

結婚を控え、これから“普通の家庭”を築こうとしていた泰子(初音映莉子)。そんな彼女の前に、20年前に半年間だけ一緒に暮らしていた父の愛人の息子・智(高良健吾)が現れる。直木賞作家・角田光代の傑作長編、待望の映画化。

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人気美女コスプレイヤーの収入はどうなっているのか直撃

2021年10月16日 13:00 週刊女性PRIME

アニメ『アイドルマスターシンデレラガールズ』の神崎蘭子のコスプレをする千都ちひろさん

 今年7月、コスプレイヤー・えなこがテレビで自らの年収を“5000万円超え”と明かし、お茶の間をざわつかせた。え、コスプレイヤーってそんなに稼げるの……?

 アラフィフである筆者は“コスチュームプレイ”と聞くと若干エロな妄想をしてしまう。だが、アニメ『鬼滅の刃』のブーム以降、SNSで人気キャラに扮する有名人やハロウィンでキャラの仮装をする一般人を見かけ、“コスプレ”そのものがとても身近な存在になってきたと感じる。

 そもそもコスプレイヤーって何? コスプレ専門誌の先駆け的存在『コスプレイモード』編集部で話を伺った。

麻生政権時代に市民権を得たコスプレ


「コスプレというとアラフィフ世代には『うる星やつら』のラムちゃんなど、セクシーなイメージ。以前は世間から、“露出癖のある、特殊な趣味の人”のように扱われていた。なのでコスプレイヤーたちも、本当の自分を隠すことが多かったんですよね」(編集長・大門太郎さん、以下同)


 それが一般に認知されるようになったのは、麻生政権時代のことだ。

「麻生さんが漫画好きなこともあり、アニメやコスプレを含めてKAWAII文化、クールジャパンとして世界に発信していったんです。それが海外でブームとなり、日本には逆輸入された。社会的に認知され、関連イベントも増え、市民権を得たんです」

 2007年~2009年ごろ、隠れコスプレイヤーとして存在していた彼らが、コスプレイヤーとして堂々と世の中に姿を現し始めた。コスプレイモード副編集長でありながら、現役の人気コスプレイヤーとして活躍する千都ちひろさんも、その1人だ。コスプレ黎明期から始め、20代でありながら、すでにレイヤー歴15年のベテランだ。

「初めてのコスプレは中1。秋葉原のメイドカフェの店員さんに憧れたのがきっかけでした」(千都さん、以下同)

 当時、コスプレ用衣装はドンキホーテや東急ハンズで売られるような“ペラペラのパーティー衣装”ばかり。

「だから衣装を自作するようになりました。高校生になってからは毎週、秋葉原のホコ天で踊ったり、写真を撮ったりしていましたね」

 当時のレイヤーたちは、コスプレ専門SNS『Cure』や『コスプレイヤーズアーカイブ』に写真を投稿し、評価を得ることで仲間との交流を楽しんでいた。

人気レイヤー兼、雑誌編集者の千都さん


 そして時代はガラケーからスマホに変わっていった。写真投稿の場がコスプレ専門SNSからTwitterに変わったことで、一般の人の目に触れることも多くなった。それと同時に「レイヤー全体のレベルが急激に上がった気がします」(大門さん)

 その頃、えなこや、今も人気を誇るレイヤーが多数登場している。

「えなこ以外にも宮本彩希、火将ロシエル、玉木あきらなど、神7的な存在の人気レイヤーがいます。職業として食べていけるのは、ほぼグラビアアイドル的な活動をする彼女たちぐらいでしょう」(大門さん)

 実際、千都さんもフォロワー数10万人を超える人気レイヤーでありながら、雑誌編集者が本業だ。


「たしかに今はレイヤーもファンイベントを開いたりインフルエンサーになったりと多様化している。グラ嬢よりコス嬢のほうが個性が出せておいしいと思う手合いがいるのも否めません」(大門さん)

 そのひとつがアイドルコスプレイヤー。過激なセクシー衣装で一定のファンを持ち、中にはマンツーマンのイベントで月100万円稼ぐ人も。だが一方で、クオリティーの高い衣装を自作し、ロケ地やシーンにこだわった写真を投稿する千都さんのコスプレイヤーとしての収益は、多い時でも月10万円程度。なぜなら版権コスプレで収益を得るのはタブーとされているからだ。


 多忙な本業をこなしながらも、そこまで夢中になれるコスプレの魅力とは? 

「コスプレは最大のファンアートだと思ってます。大好きなキャラクターはもともと自分より数億倍可愛い存在。コスプレをすることで、少しでもそのキャラに近づきたい。誰かに評価されるより、キャラへの愛をコスプレで最大に表現して、自分自身が満足したいんです」(千都さん)

 コスプレの楽しみ方は人それぞれでいいんです、と語る千都さん。楽しみ方が自由なら、じゃあアラフィフがコスプレしてもいい!?

「コスプレは決まりがない。ハマると卒業できない趣味なので、もちろん年齢制限もないですし! 今からぜひトライしてみて」(大門さん)

 さすがにリアルでは恥ずかしいけれど、今のアプリの画像加工技術はハンパない。推しのキャラに扮して写真を投稿してみる趣味──アラフィフ世代でもデビューできる日が来るのかもしれない。

千都さんのとある1日


7:00 起床。朝食はヨーグルトやプロテインが多い。



10:00 出社。企画や取材など。ライターとのやりとりで、エンドレスLINE。



13:00 昼休み。会社周辺はランチが高いので、もっぱらコンビニ。食後に15分間、デスクで昼寝するのがルーティン。



14:00 仕事。企画出し、原稿書き、キャスティング連絡など。



19:00 定時はこの時間だが、残業の日がほとんど。



22:00 帰宅。ハイボールで晩酌する日も。お風呂に入りながら今期のアニメをチェック。



1:00 就寝。美肌のため、大体これくらいには寝るようにしている。



「やはりコスプレイヤーたるもの新作アニメはおさえつつ、とはいえ、美容のために夜寝て朝起きる生活は崩さないようにしています」(千都さん)


千都さんのコスプレ関連収支


《収入例》

・ファンイベント、グッズ収入=2~10万円(1回)

・パチンコ、競馬など公営ギャンブルでの営業=約10万円(1日)

・1対1の撮影会=約5万円(1日)

・企業コンパニオン=5~10万円(1日)

平均収入額=約10万円(月額)



「コミケのあるなしによりますが(笑)、繁忙期と閑散期があります。平均でならすとこれくらい」(千都さん)

《支出例》

・新着衣装の生地代15000円~

・靴代5000円~

・ウィッグ代3000円~

・カラコン代2000円~

・その他の小物代5000円~

・撮影ロケ地、ロケハン代や交通費10000円程度

平均支出額=約5万円(月額)



「“趣味代”として毎月5万円の予算をとっています。それをオーバーしない範囲で生地などを選びます」(千都さん)

千都さんの推しキャラ!


たれ目が性癖なので、意中の人はツイステ(ツイステッド・ワンダーランド)のフロイド・リーチ君です。今日のネイルも彼のイメージで作っていますし、先日は彼のぬい(ぬいぐるみ)とオソロの水着を自作してハワイアンズでダブルデートしてきました♪ あっ全然同担OKです、牽制とかではないです。もちろん彼氏は脳内にしかいません。あっすみません、萌え語りになると長くなってしまって。早口じゃなかったですか? オタクなのでごめんなさい」(千都さん)


千都さんの作品!


「服飾系の大学を出ているので、コスプレの衣装はなるべく自作するようにしています。いままで作った作品は100着超え! すべてケースに入れて保管してます。部屋はリビングと寝室のほか、ミシンなどがある衣装制作用の作業部屋も」(千都さん)


《取材・文=安川ヤス子》

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パックン、「図々しさは、オレの武器になった」

2021年10月16日 11:00 週刊女性PRIME

パックンことパトリック・ハーラン 撮影/伊藤和幸

 母子2人貧しい生活を強いられ、10歳から8年間、新聞配達をして母親を支えた。その不屈の精神で、見事、名門大学へ!だが卒業後、エリート街道には見向きもせず、言葉が通じない日本の福井県へふらりとやってきた。「人とは違う冒険の旅にめっちゃ燃える!」と笑い飛ばすパックン。多くの人に愛され、道を切り開いてきた逆転人生とは―。

どんな仕事も刺激的で最高


 そのニュースが飛び込んできたのは、8月20日のこと。



《1週間で家族全員がコロナに感染。家庭内療養で完全な隔離はほぼ不可能》

 お笑いコンビ、パックンマックンのパックンことパトリック・ハーランさん(50)が、家庭内で新型コロナウイルスに感染、濃厚接触者はいないと所属事務所が発表した。

 幸いにも軽症で、9月に入るころには仕事に復帰し、情報番組で家庭内感染を防ぐ難しさを語った。



「これは災害と同じです!家族が濃厚接触者や陽性者になった場合、どうやって隔離するか。薬や食料は誰に運んでもらうか。事前に計画を立てておくべきです!」

 複数のメディアで発信する姿は、病み上がりとは思えないほど力強かった。

 感染が判明する半月ほど前、パックンを取材してバイタリティーあふれる話を聞いていた。

 パックンはタフだと再確認した。



◇ ◇ ◇

 時は8月4日にさかのぼる。

 東京・豊洲にある屋内サッカー用のピッチ。



「おはようございます!」

 パックンが元気いっぱいに入ってくる。

 TOKYO2020『パラ応援大使』を務めるパックンマックンによる、「視覚障害者5人制サッカー」、通称ブラインドサッカーの応援動画の撮影が始まろうとしていた。


 ルールの説明を終えると、実際にパックンマックンが競技を体験する。

 本番さながらに、アイマスクをつけて、見えない状態で行うようだ。



「ボールの音と味方の声を聴き分けてください」、パラ選手のアドバイスに、「だったらものまね芸人は敵の声をまねると勝てるね!」「勝てるか!」、パックンの軽口に、マックンがツッコミながら、最初はノリノリでボールを追いかける。

 ところが、これが難しい。



「まるでスイカ割りだな」、見えないボールをつま先でツンツンしながら探すものの、かすりもしない。

 その日は35度を超える猛暑のため、すでに汗だくだ。

 途中で水分補給の休憩が入り、スタッフ、出演者ともにピッチを出るが、パックンはひとり残って、ボールを追い続けている。

 暑いのでアイマスクははずしているが、よく見ると目を固くつむったままだ。

 ドリブル、シュート─。



失敗しても夢中で繰り返す。その姿は、仕事のためというより、心からサッカーを楽しむ少年のように見える。



「よく怖がらずに動けるな」、マックンが言えば、「めっちゃ興奮するねー」とパックン。

 コツをつかんだのだろう。撮影が再開されると、シュートを決め、ドヤ顔を見せる。

 2時間に及ぶ撮影が終了すると、「僕は、どんな仕事も楽しいよ!」、汗を拭きながら言い切る。


 その秘訣を問うと、「性格が陽気だから」とおどけ、ちょっとまじめな顔で続ける。



「僕は子どものころから貧乏で、新聞配達をスゲー頑張ってました。あの大変さに比べたら、どんな仕事も刺激的で、最高です!」

 さわやかなルックスに、世界トップの名門、ハーバード大学卒業の肩書を持つパックン。

 そんな彼には、意外な素顔があるようだ。

スーパーで涙した母親の姿


 1970年、アメリカ・モンタナ州で生まれた。



「モンタナはカナダとの国境にあってチョー寒い。北海道、いや、北方領土だよ!」

 凍てつく寒さと連動するように、両親の関係が冷え切っていったのは、父親の仕事が特殊だったことも大きい。



「空軍に勤務する父の任務は、核ミサイルの発射スイッチを押すことでした。ベトナム戦争のときです。指令が入れば、自分のひと押しで、膨大な数の人が死ぬことになる。結局、押すことはなかったけど、指令を待つ父は、日々すごいプレッシャーだったと思います」

 極限のストレスを抱える父親は、休みの日は寝てばかり。子育てに追われる母親を気遣う余裕はなかった。


「結局、父が空軍アカデミーの教官になるため、一家でコロラドに移ったころ、両親は限界を迎えたんです。僕が8歳のときに離婚しました」

 その後、母親はパックンと2つ上の姉を引き取り、出版社の校閲の仕事や保険の外交員をしながら生計を立てた。

 ところが、4年ほどして、家計は火の車になった。



「お母さんがリストラされて、収入が不安定だったところに、父の養育費が一方的に打ち切られたんです。姉が父と暮らすことになって、『これで子どもは1人ずつじゃん。もう払わない』って。それからは本当に貧しくて、生活保護を受けた時期もあります」

 パックンには、今も忘れられない光景がある。



 母親とスーパーに買い出しに行ったときのことだ。



「生活保護の受給者は、フードスタンプというクーポンで食料が買えます。使うと生活保護だとバレる券です。その日、昔から飼っていた犬のドッグフードをクーポンで買おうとしたら、人間以外の食料には使えないと断られて。お母さん、レジで言い争いになって、最後は泣き出しちゃった。みんなに見られて、悲しくて、情けなかったな」

 テレビも買えず、洋服の替えもない。牛乳は高いので、マズい脱脂粉乳を飲み、鉛筆は学校で落ちているものを拾って使った。

 しかし、貧しさを語るパックンに悲壮感はない。

 それどころか、晴れやかな顔で当時を振り返るほどだ。



「友達の家に遊びに行くと、お母さんが僕の分も夕飯を作ってくれました。それも毎晩だよ。ジェイソンママにダリウスパパ。懐かしいなあ~。スキー合宿やテニスに連れて行ってくれるお父さんもいてね。同じ教会に通う一家は、『留守でも自由に入って冷蔵庫のものを食べていい』って玄関の暗証番号を教えてくれてました。だから、人の家なのに、『おかえり』って僕が迎えることもしょっちゅう。ほんと感謝してます」

 多くの人がパックンをわが子のようにかわいがったのは、持ち前の性格のせいだろう。



「オレ、貧乏のコンプレックスはあったけど、人を嫉んだり、卑屈になることはなかった。子どものころから落ち着きがないと叱られるほど活発で、メーター振り切るくらい陽気でしょ。人から『どうぞ』って言われたら、遠慮なく『ありがとう』って乗ってしまう。この図々しさは、それからも生きるための、オレの武器になりました」

 小学校高学年になると、勉強でもメキメキと頭角を現し、地域の優等生を集めた特別クラスで英才教育を受けた。中学校に入ると、母親の提案で、さらにやる気に火がついた。



「お母さんは仕事が忙しくても、僕のレポートの宿題をよく添削してくれました。出版社の校閲をするほど教養のある人なので完璧です。それで、お母さんが提案したんです。『パトリック、成績がオールAだったら、好きなもの何でも食べさせてあげるよ』って。うわお!ですよ。その契約をしてから、ますます頑張って、中学時代からずっとオールA。お母さん、わかってるね。男の子は胃袋で釣れるって!」

 笑いにすり替えるが、パックンは気づいていたのだ。

 母親が、夜中にひっそりと支払い用の小切手帳を見て泣いていることを。



「お金のことが不安でたまらなかったんですね。僕はハグして、『大丈夫だよ』って言うことしかできなかったけど、心に決めてました。絶対、お母さんに心配をかけない。お母さんを喜ばせるんだって」

3時起きで440軒へ新聞配達


 パックンが自分でお金を稼ぐようになったのは、わずか10歳のときだ。



「オレの原点は新聞配達です!」と断言するほど、高校卒業まで8年間も続けてきた。



「朝は5時起きで、新聞に広告をはさんで輪ゴムでとめ、専用の袋に入れることから始めます。それを、自転車のハンドルにかけて配る」

 最初は身体が小さかったので44軒から始めたが、高校生になると440軒もの数をこなすようになった。



「そのころは、朝はチョー早くて3時起き。中古で車を買ったので、遠くは車で回って、近所は自転車で配ります。コロラドの住宅街は坂道が多いから、上り坂は分厚い新聞の束を積んで、力いっぱいペダルを漕ぐ。太ももなんか競輪選手くらいにパンパンになってました」

 どしゃぶりの雨の日も、凍える雪の日も、土日もなく働いた。真っ暗な中、眠い目をこすり、ベッドから這い出すのが日課だった。

 それでも、辞めようと思ったことは1度もない。



「新聞配達は、お母さんに頼まれたからじゃなく、自分で決めて始めたことです。それに、新聞配達は心の逃げ場だったんです。成績が落ちたり、部活で結果が出せなくても、過酷な新聞配達やってるから仕方ないって思えるじゃん。まあ結局、勉強も部活も頑張りぬいて、スゲー自信になりました。新聞配達でついた根性や責任感が、今の僕を支えているほどです」

 高校時代は月に10万円ほども稼ぎ、食費以外はすべて自分で賄った。

 それは、家計を助けるだけでなく、母親の人生を応援するためでもあった。



「当時、お母さんが学校の先生になるために、大学院で教育学の勉強を始めたんです。お母さんの夢をかなえるためにも経済的な負担はかけたくなかった。おかげさまで、僕が高校の最終学年になったころ、お母さん、小学校の先生として就職しました。そこから生活も安定したんです」

 学び直しで生涯の仕事を手にした母親もすごいが、パックンも負けてはいない。


 過酷な新聞配達を続けながら、高校を首席で卒業。世界屈指の難関、ハーバード大学合格という快挙を成し遂げた。



「実は、最初は補欠でした。繰り上がり合格したのは、“この人生”だったからです」

 アメリカの大学入試は日本と違い、学科試験が占める割合は4分の1程度。ほかは、高校の成績、課外活動などを記した志願書、そして2時間にも及ぶ面接で審査される。



「まあ、嫌みに聞こえるかもしれないけど、オレ、高校時代はそんなに頑張らなくても成績よかったし、放課後は部活に没頭して、板飛び込みやビーチバレーで何度も表彰されました。



 でも、そういう人はごろごろいる。僕の人生、ちょっと変だよね……。新聞配達8年続けて、いろいろハードルを乗り越えてきてさ。それを面接でアピールしたら、『この子、絶対入れろ!』って審査官の1人が猛プッシュしてくれたそうです」

 まさに、貧しさをバネに合格を勝ち取ったわけだ。

 大学に入学後は、比較宗教学を専攻し、寮生活を送りながら青春を謳歌した。



「トラックの運転手やバーテン、いろんなアルバイトをやってね。部活もバレーボールに演劇、合唱団では部長を務めて、友達もたくさんできた。あ、彼女もね!みんなでカナダの国境までドライブしたり、ニューヨークにも行ったな。楽しんだ分、大学の4年間は、勉強は手抜きしてたよ」

 そう聞いて、さてはハーバードでは落ちこぼれ?と思いきや、「卒業のときに勲章もらいました。えーっと」とスマホで調べ、「成績の上位20%に贈られる勲章です」と、さらっと言う。

 これだけ並はずれた頭脳とコミュニケーション能力の持ち主である。卒業後の進路も安定した就職先が約束された。

 ところがパックンが選んだのは、ふらりと日本に行くことだった。



「冒険の旅です!役者にも興味があったし、1度しかない人生、人と違うことをやりたいじゃん」

 幼なじみの親友が、文部科学省の派遣で、日本の中学校で英語を教えていたことも弾みになった。



「親友に『来るか?』って誘われて、『おう!』って二つ返事。お母さんに、1年だけ行ってきますって。それが30年近くも行ってきますになるなんてね」

第2のふるさと福井県の「家族」


 初めての日本で降り立ったのは、親友が暮らす福井県福井市。真っ先に向かったのは、駅前交番だったという。



「まずは仕事を探そうと。英会話の講師だったら食べていけるって親友に教わって、交番で英会話学校の場所を聞いたんです。日本語、まったく話せなかったけど、なんとか3軒教えてもらって、3軒目で採用されました」

 初任給は20万円。「そんなにもらえるんだ!」と感激したものの、暮らし始めると、生活はぎりぎりだった。



「家賃や生活費だけでなく、僕は奨学金で大学に通っていたので、毎月、学資ローンの返済がありました。だから、やっぱり貧乏だったね」

 もとより、節約生活はお手のもの。異国でも、持ち前の明るさと図々しさで食費を浮かせた。



「近所のパン屋さんで、パンの耳を大量にもらったり、福井のお父さん、お母さんみたいな家族もできて、ごはん食べさせてもらった。いつもだよ。ほんと助かったなあ」

 中でもパックンがわが家のように通っていたのが、一時帰国することになった親友から紹介された、電気店を営む一家。娘の橘みかさん(50)が当時を振り返る。



パトは、『来たよー』って、店に顔を出しては、ごはんを食べていきました。はい、家族みたいな顔して(笑)。最初は日本語も『ありがとう』くらいしか話せなかったのに、すごく勉強熱心で、わからない言葉があると、『これ何?』って必ず聞いてノートに書き込んでいくんです。それこそ、居酒屋の“赤提灯”の意味まで。私たち三姉妹は、パトと友達になって英語を覚えようと意気込んでいましたが、ぜんぜんダメでした。パトがあっという間に日本語を話せるようになったからです」

 居酒屋や銭湯でも、「いつも隣のオッサンに話しかけた」とパックン。この人なつっこさで、言葉の壁を突破していったのだろう。

 来日から2年後には、日本語能力検定試験1級に合格。大学の授業を日本語で受けられるレベルと認定された。

 英会話講師を続けながら、ラジオ局でDJをしたり、劇団にも所属。大勢の仲間や友達にも恵まれた。

 みかさんが続ける。



「パトが地元で愛されたのは、人柄だと思います。気さくで明るいだけでなく、気持ちがある人なんです。私の曽祖母が亡くなったときも、お金ないのに、わざわざお香典を持って来てくれて。今も親戚のように親しく付き合っていますが、パトは有名になっても何も変わりません。変わったことがあるとすれば、外食のときに『オレが出すから、誰も払わないで!』って言い張ることかな(笑)。ごはんを食べさせてもらった恩返しのつもりなんですね。日本人以上に義理と人情を感じます」

 第2のふるさとと断言できるほど、福井の水になじんだ。

 アメリカに帰る気持ちも薄れていた。

 ところが来日から2年半後、パックンが決断したのは福井を離れることだった。



「もともと役者を目指していたので、東京で自分の可能性を試そうと思いました。奨学金の返済が終わったことも安心材料でした。だから自分と約束しました。東京では英会話の講師はしないって。それだと食べていけちゃうから。どんなに貧乏でも、芸能の仕事だけで生活するぞってね」

 決意も新たに東京に向かったのは、1996年のこと。パックン、26歳のときだ。

コンビを組んだ直後に大ゲンカ!


 役者志望のパックンが、お笑いをやることになったのは、上京して1年が過ぎたころ。



「モデルやエキストラの仕事はいくらでもあったけど、僕がやりたい役者の仕事─、主役の友達役とか恋人役は、まったくなかった。1年たって気づきました。僕みたいな外国人が日本のドラマでちゃんとした役をとるには、僕自身が有名にならなきゃダメなんだって」

 そんな折、知り合いから紹介されたのが、お笑い志望のマックンだった。



「お笑いやってるのにまじめそうっていうのがマックンの第一印象。でも、その日のうちに飲みに行って、夢を語って意気投合してね。コンビを組もうって話になりました。アメリカではコメディアンしながら役者をする人はたくさんいるので、オレも、日本のユーモアを勉強するいいチャンスだと思ったんです」

 こうして1997年、パックンマックンを結成。ハーバード大学卒のパックンと群馬出身のマックンの異色のコンビでコント漫才を始めた。

 ところが、「すぐに大ゲンカ!」と、マックンこと吉田眞さん(48)が振り返る。


「最初、僕らのコントはボケとツッコミがある日本式のスタイルだったんです。でも、アメリカのお笑いはボケ、ツッコミの習慣がないから、ボケ役のパックンは、僕がツッコむたびに手でハタくのが気に入らなかったんですね。

 舞台を降りたとたん、すごい剣幕で怒りだして、『オマエが叩いた回数、オレにも叩かせろ』って(笑)。アメリカ人のプライドもあったんだろうなあ。その時は僕も腹が立って、そんなことじゃ、おまえは日本でお笑いできないぞって、もうケンカ別れ」


 結局、すぐに仲直りしたが、これを機に2人は、日米コンビならではのオリジナルの笑いを追求していったという。

 マックンが話す。



「激しいボケとツッコミはやめて、正統派に切り替えようと。かといって、外国人が『日本語わかりませ~ん』ってオチのベタなコントでは、すぐ飽きられちゃう。でね、もともと日本人同士でコントをやるつもりで書きためていたネタを、アレンジしてみたんです。どんなネタかって?」

 そう言うと、ショートコントを披露する。



「パックンがアルバイトの応募者で、僕が面接官。コンコン。ドアをノックして、パックンが緊張ぎみに入ってくる。僕が『きみ、名前は?』って聞くと、パックンがあの顔で、『宮下です』。『出身はどこ?』『亀有です』」

 シュールなコントは、路上ライブで大ウケ。手応えを感じた2人は、ライブハウスの舞台にも立つようになった。

 マックンが続ける。



「慣れないころは、ウケないと僕らの動揺がお客さんに伝わって、会場の空気が冷えたこともあります。だから、何があってもブレずにやろう!ってパックンと気合を入れてね。10人、20人の少ないお客さんでも、その人たちが大爆笑すればオッケー。来てないヤツら損したな!くらいの気持ちで舞台に立ちました」

 異色のコンビは評判になり、結成から2年半で、早くも全国ネットの情報番組でレギュラーを獲得。お笑い芸人の登竜門、『爆笑オンエアバトル』(NHK)でもチャンピオン大会に進出するなど、着実に人気を積み上げていった。

 パックンが話す。



「日本のお笑いは、アメリカと違って下ネタや政治の話もタブー。ヘン顔すると引かれちゃうから真顔でコントが基本です。そういうことを教えてくれたのがマックン。え?いつから日本のお笑いに慣れたかって? 20年前、いや10年前、おとといですっ!」

 真顔でジョークを飛ばすが、結成以来24年、安定した人気を誇るのは、試行錯誤しながら進化を続けているからだろう。



「オレは今も役者志望だけど、芸人やタレント業の楽しさを捨てて、ドラマの撮影一本に絞るとなったら迷うなあ。(マネージャーを見て)えっ!迷わなくていい?役者のオファー、そもそも来てないって!」

年賀状で取り戻した恋心


 あまりに日本語が流暢なので、日本人と話しているような錯覚を起こすが、照れもなく妻を褒めるところは、生粋のアメリカ人だ。



「僕は、奥さんほど好きな人に会ったことないです。すごくかわいい!簡単に僕と話を合わせないのがポイントで、議論できるから刺激的です」

 出会いは、パックンマックンを結成した翌年のこと。



「僕らの路上ライブを、奥さんが見ていた」のがきっかけだというが、妻のハーラン・芽衣さん(42)は、「違うんです」と笑う。



「ライブが終わったところに通りかかって、お客さんの出したゴミを外国人が拾う姿に、偉いなってちょっと立ち止まっただけなんです。パックンマックンのことも、まったく知りませんでした」

 それでも、「ファンかも!」と勘違いしたパックン。当時、モデルをしていた芽衣さんの美しさにひと目ぼれ。猛アタックをかけた。

 ところが─。



「僕は悪い男です!」と、突然ひれ伏すパックン。

 芽衣さんによれば、その後、何度か食事に行ったものの、女の子を見ると、すぐに声をかける軽薄さに呆れ、「携帯を着信拒否した」とのこと。

 身から出た錆で、バッサリ切り捨てられてしまったのだ。

 そんな2人が再会したのは、1年半後。パックンから年賀状が届いたからだという。

 芽衣さんが話す。



「年賀状っていうのが、なんだかほほえましくて。久々に会ったら、すごく落ち着いていて、まあ8歳も年上ですから落ち着いてなきゃ困るんですけど(笑)。マックンや仕事関係の方にも、本気で付き合いたいなら信頼関係をつくらないとダメだと言われたみたいですね。真剣さが伝わってきました」

 それからは急展開で、なんと再会したその日のうちに同棲生活をスタート。4年の交際を経て結婚し、以来17年、2人の子どもにも恵まれた。


 芽衣さんが続ける。



「こういう取材では、夫のダメぶりを話したほうがいいんでしょうけど、ごめんなさい、ほんと理想的な夫なんです。彼は、家族はチームという考えで、家事も積極的にやります。雑ですけど子どものお弁当も作るし、『外で働いて、こんなに家事して~』ってブーブー言いながら掃除もマメにします。子育ても熱心で、スマホやテレビの制限時間なんかも、親子で意見を出し合って決定しています」

 パックンの子育ての流儀は、ディスカッションだという。



「僕は子どもにたくさん質問します。昨日はサッカーのオフサイドのルールが何で必要かを聞いたの。そうすると子どもは考える。ディスカッションしながら正解に導いていくんです。世界の常識に挑戦する子どもに育てたいです」

 とはいえ、子育てはままならないことも多い。長男は14歳、長女は12歳になり、思春期特有の難しさを感じることもあるという。



「息子と言い争いになって、僕がカーッとしたときは、『5分休憩!』って大声で叫んで、頭、冷やします。子どもが親を育てるっていうけど、すごい育てられてます。忍耐力や責任感もつきました」

 そう話すと、しばらく沈黙して、静かに口を開く。



「それに、自分が親になって、初めて親の気持ちがわかりました。お母さんがどれだけ僕を愛しているかってことも。だから、電話で『ごめんね』ってあやまりました」

 母親をアメリカに残したまま、長い歳月が流れていた。



「お母さんは再婚して、今は老後のコミュニティー、リタイアメントホームで暮らしています。僕の活躍をすごく喜んでるけど、ひとり息子が遠くにいて、さみしいのは間違いない。僕は自慢の息子だけど、親不孝な息子です」

 もどかしさを抱えながらも、わが道を進み続ける。

 自由に海外と行き来できるようになったら、家族で里帰りをする予定だ。

次の夢はアフリカでお笑い!


「仕事が終わればすぐ帰るし、次の仕事まで1時間でも空けば、いったん家に戻ります」

 2013年、都心に一戸建てを購入。女性誌で、《パックン、2億円豪邸を新築!》と騒がれたほどだ。

 家が大好きなマイホームパパは、近所の人とも親しく付き合っているという。

 そのひとり、ジャーナリストで上智大学非常勤講師のトニー・ラズロさん(60)は、「彼とはよくチェスを楽しみます」と話す。



「チェスは性格が表れます。彼は奥の奥まで研究してはいないけど、勝てるところまではわかっている」

 ちょっと哲学的だが、実はトニーさん、ベストセラーコミック『ダーリンは外国人』(小栗左多里さん著)のダーリンのモデル。漫画のとおり、トークが味わい深いのだ。

 トニーさんが続ける。


「僕は自宅で家庭菜園をしていますが、パトリックもよく覗きにきます。僕らは互いの家族だけでなく、近所の子どもたちにも声をかけて野菜を作ります。そのとき、パトリックが特徴的なのは、『こんなとき、どうしたらいい?』と子どもたちに相談することです。

 大人は正解を知っています。でもあえて言いません。子どもたちは頼られると張り切るし、自分の頭で考えるからです。彼は、子どもたちを伸ばそうとする大人なのです」


 今年2月、『逆境力 貧乏で劣等感の塊だった僕が、あきらめずに前に進めた理由』(SB新書)を出版。貧困の子どもたちの現状や日本のセーフティネットをパックン自身が丁寧に取材している。

 パックンが話す。



「日本は7人に1人の子どもが貧困です。生まれた環境で人生が決まらないためにも、国は子どもたちの生活を支援し、教育にお金を使うべきです。これは投資です!将来的に必ずリターンがある先行投資。僕はメディアでそのことを繰り返し伝えていこうと思っています」

 自身が貧しい家庭で育ったからこそ、思いは人一倍強い。貧乏だからこそ力がつくことも、自身の経験を通して伝えていきたいと考える。

 トニーさんが話す。



「誰もがパトリックの生き方をまねするのは難しいです。彼は生まれつきの才能と、独自の戦略を持っていますから。ただ、彼から教訓を得ることはできます。その1つが『なせば成る』。壁にぶつかっても越えていくバイタリティーです。



 ただし、そこにも戦略がある。日本人はみんなと同じだと安心しますが、僕らアメリカ人は個性を大事にします。だから、やみくもに『なせば成る』と進むのでなく、自分の個性、得意分野を分析して勝てる場所で挑みます。彼が芸能界で必要とされるのは、戦略が成功しているからです」

 ここ数年、お笑いだけでなく、テレビやラジオの情報番組や報道番組、新聞・雑誌のコラム連載など、マルチに活躍の場を広げている。

 そんなパックンに、次なる戦略を聞くと─。



「まあ、今みたいに仕事が刺激的で、毎日が飽きない感じだったら、オレ、幸せです」

 と、満足度の高さを口にしつつ、次の瞬間、少年のように目を輝かせて続ける。



「子どもたちの手が離れたら、BSとかユーチューブで、『パックンのインド生活』みたいなドキュメント番組をやってみたいです。実現するなら、引っ越してもいいです。『アフリカでお笑いに挑戦!』なんて企画もいいな。また一から言葉を覚えてね。一緒に行く奥さんは、めまいがするかもしれませんけど!」

 たぐいまれな才能と行動力は50代に入っても衰え知らず。パックンの冒険の旅は、まだまだ終わらない。

〈取材・文/中山み登り〉

 なかやま・みどり ●ルポライター。東京都生まれ。高齢化、子育て、働く母親の現状など現代社会が抱える問題を精力的に取材。主な著書に『自立した子に育てる』(PHP研究所)『二度目の自分探し』(光文社文庫)など。大学生の娘を育てるシングルマザー。

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子どもの“生涯所得”に直結する英語教育、親がすべき行動パターン

2021年10月16日 08:00 週刊女性PRIME

英語の授業は「嫌い」と答えた子は3割もいる!(写真はイメージです)

 2021年9月、韓国アイドルグループBTSがアメリカ・ニューヨークの国連本部で開かれた国連総会に出席した。普段は国連やSDGsにさほど興味のない人も含め、子どもたちを含む多くの人が、テレビやネットでこのニュースに釘付けになったのではないのだろうか。同時に配信されたプロモーションビデオでは、国連を背にした彼らが流暢な英語で楽曲を歌っており、BTSがアジア圏を抜け出し世界で活躍するアーティストであることが顕著に垣間見えた。

英語の授業が「嫌い」な生徒は約3割


 国際化社会において「英語を話せること」がビジネスやさまざまな場面において、子どもたちの可能性を広げることは明らかである。英語上級者となればその半数以上が年収1000万円以上というデータも存在するくらいだ。日本でも「学校教育において国家戦略として取り組むべき課題」として外国語教育が挙げられており、「英語を話せる人材をいかに育てるか」はもはや国策と言っても過言ではない。

 しかしながら、学習指導要領が改訂されたのも束の間、昨今のコロナ禍においては授業のオンライン化や言語活動の制限などが重なり、学校教育現場は混乱を極めている。

 このような状況の中、小学校英語教員に向けた勉強会も頻繁に開催されている。その中でワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所(以下、IBS)が主催する勉強会では、小学校3年生から6年生までの400人を対象にした英語に関するアンケートの最新データが提示されたのでご紹介しよう。


 結果を見ると、各学年とも英語の授業が「嫌い」という生徒が3割程度いることがわかる。ここで注目したいのは低学年の段階から「嫌い」が3割をこえることだ。新学習指導要領に定められているとおり、小学校3・4年生では英語は「教科」ではなく「外国語活動」として位置づけられており、英語を「聞いたり」「話したり」慣れ親しむことを目的にしている。

 それにも関わらず、慣れ親しむ段階で3割もの児童がすでに英語の授業を嫌いと言っているのだ。しかも、学年が上がるにつれ一向に「嫌い」の割合が減ることもない。つまり、一度「英語嫌い」となると、学年が上がっても「嫌い」のままである可能性が高いのではないだろうか。


 さらに「英語の授業が嫌い」と答えた児童にその理由を尋ねると「覚えにくい」「わからない」「アルファベット」「むずかしい」というワードが目立つ。従来のABCにはじまるアルファベットの読み書きに子どもたちが苦手意識を持っているということだ。

 では、どうすればわが子が英語を嫌いにならず慣れ親しんでくれるのか。

 英会話教室や英語教材に頼ることもできるが、その子に合った方法を見つけるまで時間がかかる。そもそも、ようやく日本語が確立される時期である小学校3年生から早急に英語を始める必要があるのか。親自身の英語力が堪能であればまだしも、そうでなければ何が正解なのか迷うことだらけだ。

 そこで、前述の英語教員向け勉強会を主催したIBS研究員の本郷雅英氏に家庭における英語環境づくりのポイントを聞いた。

「世界中の約3分の2の人々は二つ以上の言語を使って生活しています。またその中には子どものころから2つ以上の言語に触れて育つ人々もたくさんおり、それぞれの言語に十分に触れる環境があれば、乳幼児でさえ母語と第二言語の両方を習得して使い分けられる能力をもっています。第二言語学習そのものが母語の発達に負の影響を及ぼすこともないと考えます。

 また、お子様が英語に苦手意識を持つ理由としては、英語で何かを人に伝えることが楽しいと感じられないことにあると思われます。「楽しい」という気持ちは学習のモチベーションを維持するうえで、とても重要です。ご家庭においては少しずつでも構いませんので、お子様と一緒に英語のアニメを見たり、英語の歌をうたったり、楽しい遊びの一環として英語にふれることが大切です

「好きなことや興味のあることを通じて英語に触れること」は一見、簡単そうに見えても、子どもの興味関心は移ろいやすく「わが子が夢中になることといえばゲームや動画ばかり」と嘆いていないだろうか。実はそのゲームや動画にこそヒントがあるのだ。

子どもが英語を好きになる親の行動3パターン

・ゲームや動画など子どもが興味を持つものを英語学習に積極的に活用する
・見せっぱなし、やらせっぱなしにせず、親が子どもの気持ちに寄り添う声掛けをする
・英語でコミュニケーションする楽しさを日常の中で生み出し、小さな成功体験をつくる


ゲームを活用して英語を学ぶ


 YouTubeなどの動画配信は無料公開されている海外コンテンツも豊富でも侮れない。幼少期であれば『pepper pig』や『Blippi』など子どもにわかりやすい状況やテーマで子どもたちを英語の世界へ引き込んでくれる。子どもがもう少し大きくなればBTSのように歌って踊れるアーティストの動画であれば、英語の意味はわからなくともその歌を口ずさむことで英語の発音が身についてくる。

 さらにルールが理解できる年齢になったら『マインクラフト』や『フォートナイト』といったオンラインゲームを活用して英語に慣れ親しむこともできる。子どもたちの目的はあくまで「ゲームがうまくなりたい」であって英語はそのツールでしかない。ただゲームの中で使われる英語は教科書とは違い、その状況ごとに出てくる英単語やフレーズが次々と変わってくる。子どもたちは文脈や相手の反応も含めて手探りで英語を学んでいるのだ。

 ゲームや動画を活用するときに大切なのは、ゲームや動画に任せきりにするのではなく、親が積極的に声をかけることだ。「~ってどういう意味なの?」「これは何?お母さんに教えて!」など、英語が話せずとも親がゲームや動画に興味関心を示すことで、子どもはより一層好きなことに夢中になり、それが学びを深めることに繋がる。

 親の介入が難しい場合は、子どもたちがゲームや動画を一方的にやるだけ、見るだけにならないようインタラクティブ(双方向)なコンテンツを活用する手もある。

 最近ではオンラインゲームを教材として活用した英会話が盛況だったりする。オンライン上で英会話講師と一緒にゲームに取り組み、その場面に合わせたフレーズを講師が言い、それに合わせて子どもが英語で返答を行い共にゲームを進めていく。講師が場面に応じ、効果的なフレーズを発してくれるのでより英語でゲームを行う効果が高まる。

 ゲームに抵抗があるご家庭は、科学の力やクラフトワークなどアカデミックな内容で行われるプログラムはいかがだろう。「ダヴィンチマスターズクラブ」では小学校低学年向けにすべて会話を英語で行うオールイングリッシュプログラムを採用している。「科学の力を使ってアイスクリーム作りに挑戦!」や「スライム&スーパーボールづくり」など子どもたちが喜ぶテーマを使い、身近にある化学反応について教えてくれる。

 子どもたちにとって大切なのは親や近くにいる大人が寄り添い、反応することで、「英語を使ってコミュニケーションができる」という成功体験である。

 この成功体験は非常に重要で、「英語を話せる先に何ができるか」を自然と子どもたちに考えさせることができる。その先に何があるかを見いだせた子どもたちが世界で活躍する真の国際人となるのではないだろうか。

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名医が実践! “断糖”でがん予防

2021年10月16日 06:00 週刊女性PRIME

主食やサラダ、デザートといった糖の多い食事をやめることでがんを防ぐ イラスト/長田直美

 がん、高血圧、認知症。それぞれの名医が「一切、食べない」と断言する「命を縮める食材」。私たちが毎日口にしている、アレもコレもヤバイらしい。ついつい好きなものを選んでしまいがちだが、食事は命に直結するもの。さっそく今日食べるものから見直してみよう。

◆     ◆     ◆

「私は主食をとりません」

 と、教えてくれたのは、ハタイクリニックの院長・西脇俊二先生だ。糖質を徹底的に断つ独自の“断糖療法”で多くの末期がん患者を救ってきた西脇先生は、2008年から自身も糖質抜きの食生活を始めており、現在では自宅に炊飯器もない。

糖質は「がんのエサ」


「米を炊かないから、炊飯器など不要です。がんとは、正常な細胞の遺伝子が傷ついて変異した細胞。

 では、正常な細胞が傷つく原因は何かといえば、細胞の炎症にあります。活性酸素によって傷つけられた細胞ががん化し、がんの大好物であるブドウ糖をとるとがんはみるみる増殖してしまいます。

 糖質をとることは、がんにエサを与えて、育てる行為に等しいのです」(西脇先生、以下同)

 糖ががんを育てるとは恐ろしい話だが、主食=糖質(米やパン、麺類など穀類)は食事の基本。それ抜きで食生活を送ることで弊害はないのだろうか。

「欧米には主食の概念がありません。前菜やメインという分類はありますが、パンはあくまで添え物。まず主食の概念を捨ててください。食事全体で最も糖質を含んでいるのが米やパンですから、それをやめることが断糖のスタートです」


糖質制限との違い


 炭水化物抜きダイエットや糖質制限ダイエットはトレンドだが、違いは?

「大雑把に言えば同じ考え方です。肉を主食とし、糖を断つ。糖とは、炭水化物から食物繊維を除いた“糖質”のこと。健康によいといわれる野菜や果物も糖質を含みます」

 野菜や果物など、健康によいイメージしかない……。

「特に果物は果糖があるので、私は一切食べません。私たちが口にする糖質は、最終的にすべてブドウ糖、つまりがんのエサに変わるからです」

 西脇先生のクリニックではがん患者に“糖質摂取量は1日5gまで”としている。だが、5gという数字は、果物ならみかん1個、野菜ならトマト1個でたやすくオーバーする数字だ。


「果物や野菜を制限すると、ビタミンやミネラルの不足が心配になる人も多いでしょう。肉だけでもビタミンやミネラルは補えますが、唯一不足するのがビタミンC。これはサプリメントや点滴で補えますので安心してください」

これならGOOD! ある日の断糖メニュー


<朝食>

・豚ロース肉(3枚)のソテー

・ホウレン草(葉のみ)のソテー

・目玉焼き(2個)



<昼食>

・鶏のしゃぶしゃぶ(鶏肉300g)、

・春菊(葉のみ50g)

・もやし(100g)

・豆腐(120g)



<夕食>

・鮮魚のカルパッチョ

・チーズ盛り合わせ

・ラム肉のステーキ

※野菜が「葉のみ」なのは茎に糖質が多く含まれているから。まさに徹底した断糖食だ。


西脇俊二(にしわき・しゅんじ)●弘前大学医学部卒業。精神科医、精神保健指定医、認定産業医。『断糖のすすめ 高血圧、糖尿病が99%治る新・食習慣』(ワニブックス)など著書多数。テレビ出演のほか、ドラマ『僕の歩く道』『相棒』『グッド・ドクター』、映画『ATARU』等の医療監修でも活躍。

(取材・文/ガンガーラ田津美)

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眞栄田郷敦「ずっと芝居をするのがつらかった」

2021年10月15日 21:00 週刊女性PRIME

眞栄田郷敦 撮影/渡邉智裕

  “実写化は不可能”と言われ続けてきた国民的人気漫画『キン肉マン』。物語は、その実写映画化の発表会見で幕を開ける。しかも監督に園子温、プロデューサー&出演に綾野剛。眞栄田郷敦は、綾野から声をかけられウォーズマン役を快諾するも、現場は大問題を抱えていて……。

 ドキュメンタリードラマ『キン肉マン THE LOST LEGEND』で演じるのは本人役。

「最初はどうなるか想像もつかなくて。監督(松江哲明)の別のドキュメンタリードラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』を見たら、どこまでがリアルで、どこまでがドラマなのかが逆にもっとわかんなくなって。

 不安はあったんですが、いざクランクインしてみると、構成なんてどうでもいいんだな、と(笑)」

 流れや押さえるべきポイントなどの構成は決められているが、それ以外は役者に託されるスタイルだ。

「普通のドラマや映画とは違い、待ち時間もほとんどなく。衣装は自前、メイクもほぼなし。現場に行ったらすぐカメラが回って、その場を生きて帰ってくる感じ」

 ゆえに、撮影現場でのエピソードを尋ねられても、作品全体としか言いようがないと笑う。

「僕としては設定はドラマでも、葛藤、不安、勢い……それらの感情は全部リアル。シュールで笑える部分もあって、泣けたり、感情が熱くなる部分もあり、とても不思議な感覚になる作品です。あと、エンディングでは僕がサックスを吹いています。本当にエンタメが詰まった作品なので、ぜひ、見てもらいたいなと思います」

僕にとっての“超人”は父親


 劇中で眞栄田が取り組むのが、ウォーズマン役。父親は機械超人、母親は人間というロボ超人で、残忍で冷酷だったが、キン肉マンに敗れてからは改心し、屈指の人気キャラに。

「けっこう共通するところはあるなと思っていて。父親(千葉真一さん)がすごく特殊な存在で。その影響で、自分はちょっと特別な目で見られるような関係性は似てるなと思うし。引っ込み思案で、グイグイ行くタイプじゃないのも似てる。母親が大好きなところも。そして、自分のいた世界から抜け出して、出会った人の中でどんどん変わっていくっていうのも。僕は、アメリカから日本に帰ってきて、いろんな出会いをして、今があるので」

 『キン肉マン』は言わずと知れたヒーロー漫画だが、眞栄田にとってのヒーローは?

「ヒーローというか、目指すものはあまりないんですけど……。僕にとって“超人は誰ですか?”と聞かれたら、父親だと答えます。82歳を越えても、いつでも夢と目標があって。常に上を見ていて。あとは、身体が僕よりデカくて、メチャすげえ! 80代であれをやれと言われたら絶対に無理だな、と思うことがたくさんあって。そんなところが、やっぱり超人かなって思います

“いつ辞めようか”と思うほどきつかった



  '21年は『教場II』、『星になりたかった君と』、『レンアイ漫画家』、『プロミス・シンデレラ』、そして主演の本作。立て続けにドラマへ出演している。俳優デビューは'19年。たった2年でこの躍進と人気は驚くばかり。俳優としての自信を大きくしているのでは?

「デビューしてからずっと芝居をするのがつらかったんですよね」

 意外すぎる答えが返ってきた。

「実力も自信もないし。“いつ辞めようか”っていうくらい、きつかったですね。役者としての考え方や向き合い方が変わったのが、まさにこの『キン肉マン THE LOST LEGEND』で。綾野さんとの出会いも大きかったです」

 ドキュメンタリードラマゆえに、綾野が予想を超えた芝居をぶつけてくる驚き。さらには作品のために全力を捧げる姿にも刺激を受けたと振り返る。

「今までは、正解はないのに正解を求めていた自分がいて。台本を読み込み、“こうやらないといけない”と思い込んでいた。でもこの作品で、本当にその場を生きている実感が得られた。生きているな、楽しいなって。同時に今までにはあまりなかった“こうやりたい”という気持ちが生まれてきて」

 放送の順番は逆になるが、今作のクランクアップ後は『プロミス・シンデレラ』の撮影に。二階堂ふみからも刺激を受けたという。

「改めて、“自分のやりたいようにやっていいんだな”とすごく思わされて。自分の中の変化が完結しました。今は“こうやりたい”を実践しています。だから今は、演じることがすごく楽しいです」

 見た目は大きく変わらない。しかし、俳優・眞栄田郷敦は生まれ変わっていた――。

世代じゃないけどハマった!



 連載開始は'79年。コミックの累計売上部数は7700万部超。アニメの最高視聴率は21.6%。昭和の男児たちを熱狂させた『キン肉マン』。「僕は世代じゃないんですが、その存在は知っていました。なぜか家に映画『キン肉マンII世』のDVDがあって、それは見ていました。



 今回の撮影と同時進行で読み進めたんですが、最初はめっちゃふざけているな、という印象で(笑)。王道のストーリー展開なんですが、どんどんハマっていって。いつもおちゃらけているキン肉マンがすごく仲間思いだったり、悪が正義になる瞬間があったり。そういうのにヤラれましたね。



 この作品の中でたくさんの『キン肉マン』ファンに会うんですが、とにかく熱量がすごい。でも、その熱量になっていってる自分がいましたね(笑)」


WOWOWオリジナルドラマ

『キン肉マン THE LOST LEGEND』

毎週金曜夜11:30〜(WOWOWプライム)

放送中 ※WOWOWオンデマンドでも配信中

ヘアメイク/Misu(ADDICT_CASE)

スタイリング/MASAYA(ADDICT_CASE)

衣装協力/RABD、both

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東出昌大に新恋人報道、養育費は“値上げ”可能か

2021年10月15日 19:00 週刊女性PRIME

'18年の夏、大衆居酒屋で一般女性と楽しそうに飲んでいた東出。この頃、すでに子どもは3人いたが…

 昨年1月、唐田えりかとの不倫が発覚、女優・杏と離婚をした東出昌大に早くも新恋人との熱愛が報じられた。『週刊文春』によると、お相手の女性は30代手前のハーフ美女だという。今年5月ころから、東出から積極的にアプローチをしたことで交際に発展。彼女を近所に引っ越しさせ、今ではほぼ毎日のように会う仲だという。

熱愛報道の東出、育児に奮闘する杏


「東出さんと杏さんの離婚が発表されたのは、昨年8月のこと。恋愛をするのは自由ですが、離婚から約1年数か月での新恋人報道に、SNSなどでは“早すぎでは?”という意見や、杏さんとの間の子どもを心配する声も多く見られました」(スポーツ紙記者)

 東出の脇の甘さや置かれた立場への自覚のなさを指摘する声も。そして新恋人の存在云々よりも問題視されているのが、ロケ先への“呼び出し”デートだ。

「10月上旬に、ロケ先の広島県内に女性を呼び寄せ、共演者やスタッフも宿泊するホテルに3泊させていたとも報じられました。コロナが落ち着きつつあるとはいえ、ロケ先に恋人を呼んでお泊りをさせるとは、業界の常識的にありえない。

 恋人の存在すら知らされていなかった事務所は、東出さんの軽率な行為に怒り心頭のようです」(同・スポーツ紙記者)

 10月8日には“心を病んだ男”を演じた主演映画『草の響き』が公開されたばかり。不倫相手だった唐田と共演した映画『寝ても覚めても』以来、実に3年ぶりとなる主演作。『コンフィデンスマンJP -英雄編-』の公開も控え、希望の兆しが見えてきたこのタイミングでのスキャンダルは、本人にとっても事務所にとってもかなりの痛手だろう。

 一方で、元妻・杏は東出の不倫、そして離婚を乗り越え、5歳の双子と3歳の子育てをしながら女優を本格的に再開。現在放送中のドラマ『日本沈没 -希望のひと-』(TBS系)や来週公開される映画『CUBE 一度入ったら、最後』にも出演している。

「杏さんは愚痴を漏らすことなく、育児に専念してきました。しかも実母とは事実上、絶縁状態で頼れる状態にないとの報道もあり、まさにワンオペ育児状態。“(手は2本なので)3人の子どもと手をつなげない”という切実な悩みをテレビで打ち明けることもありました」(芸能リポーター)

養育費、値上げはできる?



 そんな杏には、今回の報道を受けて同情の声が集まった。かつて『女性セブン』が報じた“養育費3万円”にも再び注目が。東出が杏に提示したとされる養育費が子ども1人当たり月1万円というものだ。そんな中での新恋人発覚、ネットではこんな厳しい意見が…。

<養育費をケチる理由がわかった>
<女と遊ぶお金はあるんだ>
<元嫁からしたら、恋人と遊ぶカネあるならよこせって感じよね>
<養育費1万円で早くも恋愛ですか、無神経さと図太さは相変わらず>


 仮に養育費3万円が事実だとしたら、新恋人にかけるお金はあるのに養育費は少額ということに疑問を感じる人も多いのかもしれない。

 例えば、離婚した相手に恋人ができた場合、少額の養育費を上げてほしいと請求することはできるのだろうか。

「今の年収を基準にして養育費を決め直すことは可能だと思います」

 と話すのは、離婚問題に詳しい堀井亜生弁護士。養育費について、こう解説する。

「養育費は夫婦双方の収入で決まっています。杏さんと東出さんも離婚する際のお互いの収入を基準に、養育費を決めたと思われます」(以下、カッコは堀井弁護士)

 不倫騒動で世間から大バッシングを浴びた東出は、当時、CM4社すべてを降板。その違約金は数億円にものぼり、事務所が肩代わりしたという。その後も東出への仕事のオファーは激減、テレビで見かけることもほとんどなくなった。

 経済的に厳しかったということも想像できる。

「あくまでも養育費は離婚当時の収入が基準になるので、今、新しい彼女に使えるお金があるというのは、それだけ離婚当時から東出さんの収入が増えたということが考えられます」

 もちろん、養育費の“値上げ”は東出サイドからも希望できるとのこと。

 文春の報道では新しい彼女に“5歳児”呼ばわりされていた東出だが、今後は役者として父親として、誠意ある“大人”の行動が求められる。

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東出昌大「新恋人に事務所が激怒」はその場しのぎか

2021年10月15日 17:15 週刊女性PRIME

東出昌大

 あの東出昌大に熱愛報道が出た。

『週刊文春』(10月21日号)によれば、新しい恋人は《30代手前で米国人の父と日本人の母を持つ滝沢カレン似のハーフ美女。有名私大を卒業後はエステサロン勤務などを経て、今は外国人相手に接客する丸の内OL》なのだそうだ。

 唐田えりかとの不倫が報じられて、杏と離婚したのは昨年8月。それから1年以上は経っているが、東出は撮影現場に新恋人を呼び、共演者やスタッフも宿泊しているホテルで密会していたという。当然、世間の反応は厳しい。

 過去にもスポーツ選手が遠征先で、芸能人がロケ先で愛人や彼女と密会しているのを週刊誌に報じられた例は少なくない。芸能界では昔から、大物俳優や大御所歌手などが、マスコミの目が届かない地方での仕事に愛人を呼びつけて密会するという話はよく聞かれたものだ。

 かつて、仕事のためにテレビ局が用意したホテルの部屋にデートクラブの女性を呼んだことで大叩きにあったキャスターがいれば、東京から風俗店勤務だという馴染みの女性を呼んだ落語家もいた。芸妓と密会していた大名跡の歌舞伎役者も記憶に新しい。

不倫バッシングの一端は“事務所の責任”


 東出の件もそんな“芸能界あるある”のひとつなわけだが、『文春』が今回のスクープを報じるにあたって所属事務所に対してコメントを求めたところ、《本日一連のことを本人に確認したところ、すべて事実のようです》としたうえで、

《ロケ先でのことが事実だとすれば、現在の東出の状況を考えるとまことに不見識な行動であると言わざるを得ません》

 といった見解を述べた。さる芸能プロ関係者はこのコメントに対し、「あの事務所も変わりましたね」との感想を漏らした。これは一体どういうことか。

「東出さんがここまで叩かれるようになったのには、もちろん好感度の高い夫婦だったといった理由もありますが、その後の対応がよろしくなかったということも挙げられます。報道後、長らく沈黙を続けてきた東出さんがついにトークイベントに登壇した際、記者に『杏さんと唐田さんとどっちが好きなんですか?』といった質問を受けたのですが、うまく答えることができなかった。


 ここまで直球がくることは想定できなかったかもしれませんが、にしてもあそこまでの歯切れの悪さは事務所の責任でもあるでしょう。結果、この一件でもバッシングを受けることになってしまった

 確かに、スキャンダル発覚後の謝罪会見や、久しぶりに出演するイベントがある際は、記者との想定問答を所属事務所が事前に考えることが多い。大手になってくると常識なのだが、東出のところはスキャンダルに不慣れな“老舗の俳優事務所”だった。

 不倫が報じられた同日に出したコメントには《現在、本人はこのような事態になったことに対して責任の重さ、失ったものの大きさを実感しひたすら後悔に苛まれ苦しんでおります》といった文言があった。もちろんいちばんの被害者は杏であるからこそ、この時点で出すコメントとしてはあまりいい打ち手だったとは言えない。

東出を甘やかさないとの“ポーズ”


当時はとるべき対応に関して、しっかりとシミュレーションができていなかった。多数のCMを抱えていた東出さんは騒動により多くを降板。億単位の違約金を事務所側は抱えたといいます。それ以降、“マスコミ対応”により注力するようになったんだとか。

 今回の『文春』の取材に対し納得できるコメントを出していますし、《東出に対しては事実確認を重ねて、今度の対応を考えてまいります》とも重ねている。実際のところは特に厳しいペナルティが課されるとは思いませんが。ポーズでも事務所が所属タレントを甘やかさないという姿勢を見せることが大事です。それが結果的にタレントを守ることにもなりますから。報道が出てすぐに関係各所にも謝罪したといいます」(前出・芸能プロ関係者)

 この作戦は功を奏したか、《東出昌大に新恋人、事務所は激怒「不見識な行動」 滝沢カレン似の20代女性、ロケ先呼び出しデート》(『スポニチ』10月15日配信)といった、東出の猛省を促しているかのようなタイトルの記事も出された。

 現在、東出の俳優業は順調そのもので、主演映画『草の響き』が封切られたばかりで評判も上々。今年は同作品を含め3作の映画に出演し、来年も『コンフィデンスマンJP -英雄編-』、『峠 最後のサムライ』の公開が控えている。

「今回の熱愛報道にも映画関係者は、“根は悪い人じゃない”と残念がっています。記事には恋人を近所に住まわせているのに長電話しているとも書かれていましたが、それも彼の魅力のひとつだと捉えています。映画ファンはミュージシャンのファンと同じで作品重視の傾向が強いので、お茶の間の反応を気にするテレビの視聴者層とは異なり、仕事は減らないのでは?」(映画雑誌ライター)

 スキャンダルで成長するのは何もタレントだけではない。二人三脚のパートナーである事務所も同じなのである。

<芸能ジャーナリスト・佐々木博之> ◎元フライデー記者。現在も週刊誌等で取材活動を続けており、テレビ・ラジオ番組などでコメンテーターとしても活躍中。

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アラフィフの松嶋菜々子、正統派女優からの“変心”願望

2021年10月15日 16:30 週刊女性PRIME

松嶋菜々子と反町隆史(2018年)

《意外とナチュラルね》

 フードデリバリーサービス『ウーバーイーツ』のCMで、共演するMattにメイクを施されて“Matt化”する松嶋菜々子。驚きの変身を遂げた国民的女優も10月13日に48歳の誕生日を迎えて、いわゆるアラフィフに差し掛かった。

 翌10月14日にスタートしたフジテレビ系ドラマ『SUPER RICH』で、主演の江口のりこ演じる女性起業家のよき理解者として登場しているのが松嶋だ。

「『半沢直樹』(TBS系)で代議士役を務めて一躍、実力派女優の注目株となった江口さん。柄本明さんが主宰する『劇団東京乾電池』出身で、20年以上のキャリアを持っていますが、失礼ながらフジドラマで主演を張るとは思いませんでした。

 そして、彼女をサポートするのが松嶋さん。正直なところ“配役、逆じゃないの?”と目を疑いました(苦笑)」(テレビ誌記者)

 松嶋といえば1992年、フョッション誌『ViVi』の専属モデルを経て、18歳で女優としてのキャリアをスタート。1996年にNHK朝ドラ『ひまわり』のヒロインに抜擢され、1998年の映画『リング』での演技が評価されて日本アカデミー賞主演女優賞に輝いた。

「“女優・松嶋菜々子”を広く知らしめた瞬間でした」とはキー局プロデューサー。

「『やまとなでしこ』(フジテレビ系・2000年)を代表するように、凛とした真っ直ぐな女性像がハマり役で“正統派美人女優”の代名詞に。とはいえ、その芝居というよりも松嶋さんの存在そのものを見たい視聴者が多く、実際に出演ドラマも高視聴率を叩き出していました。

 そんな彼女も結婚や出産を経て、美貌やスタイルこそ変わりませんが、女優としての役割は確実に変化してきていますね」

全盛期より下がったギャラ


 松嶋のイメージをガラリと変えたのが、38歳のアラフォーを迎えて出演した『家政婦のミタ』(日本テレビ系・2011年)。それまでの華やかな役柄から一転して、演じたのは地味な衣装とメイクを施して表情を崩さず、感情を出さない影ある家政婦役。

 『ミタ』の脚本を手掛けたのは、松嶋が出演した『GTO』(フジテレビ系)や『魔女の条件』(TBS系)を担当した遊川和彦氏。そんな縁からオファーが舞い込んだというわけだが、当初は彼女の事務所は難色を示していたとも。

ギャラも全盛期より低い額を提示されたようで、何よりも松嶋さんの正統派イメージを崩したくはなかったのでしょう。でも、脚本を読んだ松嶋さん本人が“やります”と。どこかで女優としての転換期を考えていたのかもしれません。

 この頃には綾瀬はるかさんや長澤まさみさんら若手女優の台頭もあり、いつまでも“綺麗なお姉さん”ではいられなかったのだと思います」(前出・プロデューサー)

 久しぶりの連ドラ主演作は回を重ねるごとに話題となり、視聴率は平均24.7%、最終回に至っては40%を記録するなど、女優・松嶋菜々子の“復帰”を十分に印象付けた。彼女のもとには再び多くのオファーが届くようになる。

 一方のプライベートでは、『ミタ』放送と同年の4月に長女を有名私立小学校に入学させるなど教育熱心な一面もあった松嶋。それもあってか、長女は昨年8月に英ロンドンへと留学。コロナ禍の中で母親として娘に付き添って海を渡り、帰国後にPCR検査を受けて14日間の自宅隔離も厭(いと)わなかった

夫・反町が『相棒』で成功した


 夫の反町隆史もまた劇的な“復帰”を遂げている。かつて一世風靡したイケメン俳優も結婚後の2000年代は思うような結果を残せずにいたが、2015年に水谷豊主演の『相棒』(テレビ朝日系)に抜擢されると、今年で7シーズン目。初回から124話にわたって相棒を務めた、寺脇康文の歴代最長記録に迫ろうとしている。

「ご家庭もお仕事も充実して気持ちに余裕ができたのでしょうか、松嶋さんは最近では主演にこだわらず、また連ドラにこだわらないようなスタイルに変貌したように見えます。20代、30代はプレッシャーを感じていたのか現場でもピリピリした雰囲気が見られましたが、今は自然体で仕事ができているみたいで笑顔が絶えませんよ。それに表情も柔らかくなったせいか、ますます綺麗になった気がしますね。そういえば、『相棒Season20』の初回放送日も10月13日でしたね。夫婦でお祝いをしあったのでしょうか(笑)」(芸能プロ幹部)

 近年は朝ドラ『なつぞら』(2019年)でヒロインを演じた広瀬すずの母親役が好評だったように、主演以外での活躍ぶりも目立つ彼女。また、今回の『SUPER RICH』で初共演だった江口ともすっかり打ち解けて、現場で女子トークに花を咲かせているという。

 “母親役”といえば、こんなエピソードもあったようで。今年の8月に公開された映画『妖怪大戦争 ガーディアンズ』に出演した松嶋。前作『妖怪大戦争』に引き続き、今作でも大森南朋や大沢たかおをはじめ多くの大物俳優が妖怪に扮していることも見どころなのだが、映画配給会社営業スタッフによると、

「主人公の寺田心くんのお母さん役を演じたのが松嶋さん。でも、聞くところによると、オファーの際に“えっ、私は妖怪役じゃないんですか?”と、どこか物足りなげな様子だったそう(笑)。本当は特殊メイクを施して妖怪に変身したかったのでしょうか」

 それで“Matt化”をOKしたのかどうかは定かではない。

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なぜ過激ファン多しのHey! Say! JUMPでコロナ実証実験?

2021年10月15日 16:00 週刊女性PRIME

Hey! Say! JUMP

 新型コロナウイルスの行動制限緩和に向けた国による「ワクチン・検査パッケージ」の実証実験が、12月11・12日に名古屋市の日本ガイシホールで開催されるHey! Say! JUMPのコンサートで実施されることを、愛知県が発表した。

 収容人数をこれまでの基準の50%から定員いっぱいの100%に拡大、2日間4公演でのべ3万2000人が対象となる見込みだ。観客のワクチン接種歴の確認やコンサート前後のPCR検査実施、密集状態の把握、マスク着用率などの調査や分析も行われる。

 この実証実験は、Hey! Say! JUMPのコンサートだけでなく、全国各地でJリーグやプロ野球の試合、ライブハウスや飲食店などでも実施されるが、なぜHey! Say! JUMPに白羽の矢が立ったのだろうか。あるテレビ誌記者が言う。

「まず、その時期にアリーナ規模でのツアーを開催するのがJUMPだったということがひとつあります」

 同じ時期に、関ジャニ∞やSnow Manも同規模の全国ツアーを行っているが、

「実証実験は参加表明をした自治体によって実施されるもので、今回は愛知県によって行われるもの。そこに大規模イベントとして行われるのがちょうどJUMPのコンサートだったということになるのではないでしょうか」

過激なJUMPファンに課せられた実験


 そのいっぽうで、「推察でしかないですが、JUMPのファン層も選考材料のひとつになったかもしれません」と語る。JUMPのファン層の特徴はほかのグループのファンよりも若い、と続ける。

Hey! Say! JUMPは、来年に結成15年目を迎えるグループですが、常に新規の若いファンで新陳代謝され、ほかのグループよりもファンの年齢層が若いと言われています。そのため、若い層への積極的なワクチン接種を、という狙いもあるかもしれません。

 また、コロナ関連にかねてから協力的な事務所なので、その流れもあるかと思います。メンバーの山田(涼介)くんは、昨年からステイホームや医療従事者への応援キャンペーンに参加していた“顔”でもあるので、これも理由のひとつかもしれませんね」

 若いファン層に加え、Hey! Say! JUMPファンのある“特徴”も白羽の矢が立った理由に見え隠れすると、芸能ジャーナリストが読み解く。

「JUMPのとびっ子(ファンの愛称)は昔から過激なことで有名でした。人気メンバーが通う学校の出待ちをして、ジャニーズ事務所が公式にやめるよう通達をしたことがあった。また地方ツアーの際も、新幹線に乗るメンバーを追いかけホームを爆走し、遅延させてしまったことも。

 コンサートでの熱狂度や歓声の大きさもトップクラス。いま、コロナ禍以後JUMP初の有観客コンサートツアーということで、ファンの期待も大きく高まっています。今回の実験は、“JUMPのコンサートで大丈夫だったら”という実績を作るにはうってつけかもしれません(笑)」

 実証実験の導入は、ファンクラブでチケットの抽選申し込みの締め切り後に発表された。ファンはどんな心境なのだろうか。前出のテレビ誌記者が言う。

「入場の際に証明書の提出があるなど、めんどくさいと思っている人も多いでしょうが、100%収容ということは、当選確率もアップするので“名古屋で申し込めばよかった!”と思うファンもいるようです」

 大きな混乱なく、無事に実証実験ができたのならメンバーはもちろん、ファンの信頼度も上がる。グループの名を汚すようなことはなんとか避けてほしいところだ。

〈取材・文/渋谷恭太郎〉

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