cat_oa-shujoprime_issue_b9fcd225118b oa-shujoprime_0_b9fcd225118b_承子さま“奔放プリンセス”が結婚を考えているお相手 b9fcd225118b b9fcd225118b 承子さま“奔放プリンセス”が結婚を考えているお相手 oa-shujoprime

承子さま“奔放プリンセス”が結婚を考えているお相手

2018年7月18日 21:00 週刊女性PRIME

“高円宮家の家訓”に忠実だった女王は、はたしてどんな道を選ばれるのだろうか。

《日常に慣れすぎず、日々の何気ない出来事にも喜びや楽しさを2人できちんと感じていきたいと思っております》

 7月2日、日本郵船に勤務する守谷慧さんとの婚約内定会見でそう話されたのは、高円宮家の三女・絢子さま。

「笑いの絶えない明るい家庭を築いていきたい」とも話されたそのお顔からは、幸せいっぱいの様子がうかがえた。

 そんな慶事に日本中が沸く中、またもや皇室に関する“おめでたい話”が浮上しているという。

「絢子さまに続いて長女の承子さまが、平成が終わる前に婚約されるのではという話があるのです。お相手は、かねてから交際が続いていたメガバンク系シンクタンクに勤務している男性です。

 実は2年ほど前もゴールイン間近だったそうですが、その際はいったんとどまったと聞いています。しかし、その後も水面下で愛を育まれていたのです」(高円宮家関係者)

デート現場の目撃談


 実際、今年4月中旬には、東京・六本木でおふたりのデート現場が目撃されていた。

「六本木ヒルズで開かれていた元プロサッカー選手の中田英寿さんプロデュースの日本酒イベント『CRAFT SAKE WEEK』に、承子さまが30歳くらいの男性といらっしゃっていたんです。

 今回のイベントテーマが“地域性”で、全国47都道府県の地酒を楽しめる内容だったので、おふたりも日本酒を楽しまれていたのだと思います」(目撃した女性)

 過去にも一部週刊誌で、東京都内での居酒屋デートが報じられていることからも、“お酒”がおふたりの愛を深めていたようだ─。

 承子さまは'13年3月に早稲田大学国際教養学部をご卒業後、『日本ユニセフ協会』学校事業部の常勤嘱託職員として、現在も勤務されている。

 しかし、その一方で“奔放プリンセス”としてのイメージも残っていることだろう。

「イギリスのエディンバラ大学に留学されていた'07年に、会員制SNS『ミクシィ』内で、ご本人が書かれたと思われるプロフィールや日記が週刊誌に報道されました。

《王様ゲームやったけどエロ系一切なし》《男の人2人にナンパされた》《ヤモリの刺青入れたいんだけどなぁ~》といった赤裸々な日記が公になり、“奔放すぎる皇族”として認知されてしまったのです」(皇室担当記者)

 とはいえ、そんな「事件」が起こったのも10年以上前の話。現在はしっかりと将来を見据えていらっしゃるからこそ、結婚の話が浮上しているのだろう。

 しかしなぜ、このタイミングでの結婚なのだろうか。

 その理由には、秋篠宮家の長女・眞子さま(26)の結婚延期が影響しているという。

「絢子さまの婚約発表は、眞子さまと小室圭さん(26)のご結婚が延期になったことで、“今しかない”ということで決まったそうです。

 “宮家の序列”という観点からも、眞子さまが当初の予定どおりに今年の11月に結婚されていたら、さすがにご自分も同時期に結婚というわけにはいきませんからね。

 さらに、来年にはお代替わりの一連の儀式が控え、'20年には東京五輪が開催されて、皇室の方々も多忙になるので、この機会しかないとお考えだったのだと思います。

 承子さまが結婚を視野に入れられている理由も基本的に同じですが、東京五輪が終わったあとだと35歳。年齢的にも、平成が終わる前に結婚したいと思っていらっしゃるのかもしれません」(前出・高円宮家関係者)

結婚に立ちはだかる2つのハードル


 まさに“駆け込み結婚”といえるが、ある宮内庁関係者によると、承子さまの結婚には“2つのハードル”が立ちはだかっていると話す。

「承子さまは、本来おっとりしていて優しい性格ということもあり、ご高齢である父方の祖母・三笠宮妃百合子さまと、母方の鳥取二三子さんに早く“ひ孫を見せたい”とお考えになっていると思います。

 ただ、10月29日に控える絢子さまの結婚式のあと、年末年始にかけて宮内庁や高円宮家がご結婚の準備ができるのかという“物理的問題”があります」

 2つ目の問題は、「家族」からの了承が下りるかどうかだと、この関係者が続ける。

「実は、ご家族から承子さまの彼を“反対”する声があがっているようなのです。

 承子さまは宮邸に彼を招き、ご家族に紹介されたことがあるそうなのですが、彼の態度が無遠慮な様子で、母親の久子さまや百合子さまが好感を持っておられないそうです」

 彼の態度はもとより、結婚に関して高円宮家には、特別な“考え方”があることも障壁になりうるだろう。

「久子さまの方針として、“恋愛と結婚は別”だというお考えがあるのです。

 皇族であろうと、誰かを好きになって交際することはしかたありませんが、結婚となれば、家族も国民も安心できるお相手がいいと思われているのでしょう。

 以前から高円宮邸で開かれていたパーティーやお茶会は、久子さまがご息女たちにふさわしい男性がいないかを見定める場でもありました。

 今回の守谷さんに関しては、久子さまが絢子さまに紹介されていることからも、結婚相手の選定にこだわりがあるのだと思います」(高円宮家に近しい人)

 4年前に一部週刊誌に直撃取材を受けた際には、「結婚と交際は別です」とおっしゃっていた承子さま。“高円宮家の家訓”に忠実だった女王は、はたしてどんな道を選ばれるのだろうか。

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cat_oa-shujoprime_issue_b9fcd225118b oa-shujoprime_0_1eda949db885_性交痛やにおいなど“膣トラブル”解決のカギは「保湿ケア」 1eda949db885 1eda949db885 性交痛やにおいなど“膣トラブル”解決のカギは「保湿ケア」 oa-shujoprime

性交痛やにおいなど“膣トラブル”解決のカギは「保湿ケア」

2020年8月12日 08:00 週刊女性PRIME

イラスト/上田惣子

 おりもののにおいが強くなったり、かゆみが頻繁にあったり……。これらはすべて老化現象!膣もアンチエイジングが必要なんです! 

 婦人科医の池下育子さんは「更年期前後から膣の自浄作用が大幅に低下します」と語る。腐敗臭のようなおりものが出たり、痛みやかゆみが現れてくる。

週刊女性にも「閉経以降、下着が膣に張りつく感じが気になって……。乾燥して、ちょっとの刺激で痛いんです」(62歳・Iさん)などのお悩みが寄せられている。

 更年期の女性を苦しめるこれらのお悩みを解決する方法を、池下さんに詳しく伺った。

悩み1. 不快さが続くかゆみ・におい


「自転車のサドルにまたがっただけで、こすれて陰部が痛くなったり、ペーパーで強くふき取ったらヒリヒリしてしまったり。更年期前後から膣はとてもデリケートになってきます」と、池下さん。

 膣の老化は40歳ごろから始まり、50代半ばの更年期を迎えるころから顕著になってくる。女性ホルモンのエストロゲンが減少することで、膣の粘膜が薄くなり粘液の分泌が減少、肌と同じようにハリや弾力もなくなる。乾燥した肌が敏感傾向になるのと同じように、膣も乾燥してくるので、傷がつきやすく、炎症が起こりやすくなってしまうのだ。

 さらに、池下さんは「50代の膣はよどんだ空間になりがち」という。

「膣に雑菌が入っても、生理があれば経血と一緒に流れるのですが、生理がなくなると膣の中の雑菌が停滞したままで、よどんでしまいます。すると、においが強くて、色の濃いおりものが出たり、かゆみの症状が現れてきます」

 若いころは自浄作用が十分に機能しているが、更年期以降は、その機能が低下。デリケートゾーンのにおいが強い場合は、“滞り”のサインだと思ってほしい。この状態でセルフケアをおこたっていると、感染症を招きかねない。

「特に気をつけたいのが、更年期前後で数年ぶりにSEXをするとき。不衛生な状態だと感染症にかかりやすくなります」

 性行為後には、しっかり洗浄するなどのケアが重要となる。

「おりものの量や色に大きな変化がみられたら、性感染症はもちろん、子宮がんの可能性も。不安に思ったらすぐに婦人科を受診してください」

専用石鹸の使用や保湿ケアも必須


「乾燥が進んでいるので、一般的な石けんでは刺激が強いことがあります。できれば、ベビー用や外陰部専用の弱酸性の石けんを使うといいでしょう。石けんを泡立てて、指の腹でやさしく洗って。膣の中まで洗う必要はありません」

 においがどうしても気になる場合は、ビデで中まで洗浄してもいいが、頻繁に使うのはNG。乾燥を加速させ、自浄作用がより低下してしまう可能性がある。

「お風呂からあがったら、保湿剤を塗ることもおすすめ。性器の表面だけでなく、膣の中もケアするといいでしょう」

 保湿ケアを続けることで、乾燥ばかりか、においや黒ずみも軽減される。毎日の習慣のひとつに実践してみたい。


【保湿剤の塗り方】



 お風呂で身体を温めたら、保湿剤をたっぷりつけた指で膣表面に塗る。なれてきたら指の第2関節くらいまでを膣に入れて、膣内部もやさしく塗り込んで。保湿剤はデリケートゾーン専用のものを使って。

悩み2. “レス”の原因にも!性交痛


「コンスタントに夫婦生活があるという人はあまり問題がありませんが、数年ぶりとか、閉経後に初めてするなどという人は、痛みと出血で悲鳴を上げるほどという人も少なくないんですよ」

 ストレスなどで性交痛がある場合もあるが、中高年女性の場合、主な原因はやはり膣の老化。

「膣は粘膜に覆われていて、粘液を出すのが通常ですが、中高年になると粘膜が薄くなり“粘液力”は低下。乾いた状態なので、挿入時に痛みを感じてしまいがちです」

 性交痛が恐怖となり、セックスレスになってしまう人が少なくないという。

 閉経後の性交痛にも関連するが、膣の潤いがなくなり、外陰部や膣が乾燥・萎縮して、雑菌が繁殖し炎症があれば“萎縮性膣炎(老人性膣炎)”と判断される。

「膣まわりの粘膜の厚みが減り、まるでせんべい布団のように薄くなる状態です。乾燥によりヒリヒリ感や灼熱(しゃくねつ)感を感じることが多いですね」


ヒアルロン酸を注入する方法も


 さらに自浄作用が著しく低下しているので、おりもののにおいもかなりきつくなる。

「不快症状がひどければ、慢性の膣感染症や尿路機能障害にもかかりやすくなるので、婦人科での受診がおすすめです」

 多くの人は、“年齢を重ねれば萎縮は誰しも起こる”とやりすごしている場合が多いというが、QOL=生活の質を向上させるためにも、受診がベスト。

 女性ホルモン(エストロゲン)の減少とともに起こる膣萎縮や乾燥。治療はホルモン補充療法(HRT)や、薬による局所療法が一般的だが、最近は美顔ケアのようなレーザー再生術『モナリザタッチ(R)』なども登場している。

「これは膣内にレーザーを照射し、乾燥やかゆみ、性交痛、排尿障害を改善するもの。30分程度の施術ですむので、注目度も上がってきています」

 さらには、女性器のたるみやシワの改善にヒアルロン酸を注入する方法もあるという。

「さまざまな治療法が出てきていますが、まずは前出の保湿ケアを習慣化させるのがいいですね。加えて骨盤底筋を鍛える運動もしてみてください。膣まわりの血行が改善しトラブル解消に効果的ですよ」

【40代以降で希望者が増加!“介護脱毛”】



 介護されるときに排泄後のふき取りや清拭で迷惑をかけないためにと、アンダーヘアを脱毛することを“介護脱毛”という。自分の老後を想定し、更年期前後の女性でこの処置をする人が増加傾向にある。



「更年期前後は自浄作用が衰えるため、細菌に感染しやすくなります。ヘアがなければ、汚れが停滞しにくく、さまざまなトラブルも回避しやすくなります」と池下さん。



 とはいえ、脱毛は毛抜きで処理するのは絶対NG。必ず専門の医療機関で行って。


(取材・文/樫野早苗)


《PROFILE》

池下育子さん ◎産婦人科医。いけした女性クリニック銀座 院長。心と身体の不調に悩む女性のアドバイザーとして、働く女性を中心に大きな支持を得ている。『子宮を温め健康になる25の習慣』(新星出版社)など著書多数。

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三浦春馬さんとキックボクサー・江幡兄弟の絆

2020年8月12日 06:00 週刊女性PRIME

2017年3月中旬、後楽園ホールでキックボクシングの試合を観戦していた三浦春馬さん

僕が茨城で小さいころから夢を語ってきた親友が亡くなりました。本当につらくて、つらくて、前も見えないくらいで……。でも僕は格闘技をやっていて、格闘家です。(中略)リングでどんなにつらいことがあってもメッセージを送り続けます》

 

 8月9日、新型コロナウイルスの影響でおよそ半年間、自粛していた総合格闘技イベント『RIZIN』が神奈川県内で行われた。第5試合に登場し、勝利を収めたキックボクサーの江幡塁は試合後、かみしめるようにこう話したのだった。

塁さんは、7月18日に亡くなった三浦春馬さんの親友で、今回のコメントは彼へのメッセージとも取れるものでした。三浦さんは塁さんの双子の兄である睦(むつき)さんも含め、小学校時代からの幼なじみ。生前は、江幡兄弟の試合があると、時間の許す限り応援に訪れていました。昨年末に行われた塁さんの試合のときは、三浦さんが一緒に入場の花道を歩いたほどです」(スポーツ紙記者)

控え室でも励まし続けていた


『週刊女性』でも、過去に江幡兄弟の試合をお忍びで訪れていた三浦さんの姿を報じたことがある。

「“よっしゃあ!”とか“いいぞ!”とか、かなりエキサイトして声援を送っていました。勝利が確定した瞬間は、当時交際していて一緒に応援に来ていたダンサーの菅原小春さんと、顔を寄せ合って喜びあっていましたよ」(目撃した観戦客)

 

 小学5年生のときに、地元の茨城県土浦市で出会ったという3人。その絆は深かった。

江幡兄弟が試合で負けて落ち込んでいると、控え室で最後までずっと励ましていたのが春馬くんでした。どんなに仕事が忙しくても、地方ロケなどで東京に戻ってこられないとき以外は、彼らの試合を応援しにいっていましたね」(三浦さんの知人)

 

 試合に顔を出せる可能性が少しでもあれば、多少無理をしてでも会場を訪れていたそう。

「'18年の秋にWOWOWの連続ドラマ『ダイイング・アイ』という作品を撮影していたのですが、夕方に数時間彼の空き時間ができたんです。控え室で休んでいるのかと思ったら、どうやら後楽園ホールへ行っていたらしくて。試合を見終わってから再び現場に戻ってきて、撮影を再開していました。もしかしたら、スタッフに“何とかならない?”と、撮影時間の調整をお願いしていたのかもしれませんね」(芸能プロ関係者)

 

 そこまで彼が江幡兄弟に深く関わっていたのは、幼なじみを超越した感情があったからなのかもしれない。

試合当日は、応援に訪れた江幡兄弟の家族や友人たちを会場でアテンドするなど、完全に家族ぐるみのお付き合いという感じでした。“友達思い”の範疇を超えるほど彼らをサポートしていたのですが、そのウラには春馬くんが家族と疎遠になっていたことも関係しているのだと思います。

 息子たちを全力で応援する江幡家の温かい家族仲を羨む気持ちがあっただろうし、“一時的でも、自分もその家族の一員になれたら”という思いも、少なからずあったのでしょう」(前出・三浦さんの知人)

 

 今回の親友の勝利を、天国にいる三浦さんもさぞ喜んでいることだろう――。

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cat_oa-shujoprime_issue_b9fcd225118b oa-shujoprime_0_f919c6db3aaa_石田純一が否定していた「福岡出張」「一問一答」の一部始終! f919c6db3aaa f919c6db3aaa 石田純一が否定していた「福岡出張」「一問一答」の一部始終! oa-shujoprime

石田純一が否定していた「福岡出張」「一問一答」の一部始終!

2020年8月11日 21:00 週刊女性PRIME

7月19日、河北麻友子似・B子さんと密着して写真を撮った石田純一

 8月6日、石田純一が週1でレギュラー出演しているラジオ番組『ニュースワイドSAKIDORI!』で、こう吠えた。

「このインタビューでは答えていない」

「反対のことを書いている」

「正確に書いてほしい」

「こうした“絵”を描いた人がいる」

 石田が指摘したのは、8月4日に発売された『週刊女性』の記事(8月18・25日合併号)。

《石田純一4泊5日福岡出張で「ゴルフ」「合コン」「お持ち帰り」を満喫! 連夜の濃密宴会》のタイトルで、全国的にコロナ感染者数が再び増加傾向にある中、7月19日から石田が九州・福岡へ行き、現地の人たちと“濃密な接触”を繰り返していたことを報じた。

 この記事の “当事者”である石田は、読んだ感想として「まったく言っていないことを書いている」と断言。しかし、まさか「言っていないこと」を書くことなどありえない。そこで週刊女性が入手していた石田の福岡出張について、前述の記事よりさらに詳しく紹介する。


* * *


「石田さんが福岡に入ったのは7月18日の土曜日。翌日の19日、夜10時ごろから、福岡市内にあるバーを貸切にして飲み会がありました。参加していたのは石田さんと、石田さんが東京で一緒に仕事をしているという仕事仲間のA氏と、福岡で仕事をしている男性陣。そして同じく福岡に住んでいる20代から30代の女の子たち。

 建物の2階にある店の入り口に消毒液などはなく、マスクをしている人もいなかったそう。男性は石田さんを含めて7人、女性も7人、計14人の“合コン”でした」(福岡の飲食店店主)

 一行が滞在したのは1時間ほど。しばらくして、石田が以前から懇意にしているという福岡のパワーストーン販売会社の社長宅に移動する。

社長宅は大豪邸で、カラオケも完備した宴会ルームがあり、到着するや否やみんなでシャンパン3杯を一気飲み。女の子たちは、すぐに酔っぱらっていました」(石田の知人)

 そんな“宴会”で石田が目をつけたというのが、地元・福岡の化粧品販売店に勤務するという25歳のB子さん。彼女の隣りをキープした石田は、手をつないだ密着状態となり、ふたりの世界に浸って小声で話し込んでいたという。

日付が変わって深夜3時ごろ、石田さんが宿泊しているホテルに戻るというので、白の高級ミニバンが用意されました。車は6人乗りで、男性の運転手がハンドルを握り、助手席には1次会から参加していた地元の男性、2列目には石田さんが翌日お仕事をするという佐賀にある整骨院のスタッフ男性、その隣には1次会から参加していた女性、最後列の3列目には石田さんと、石田さんとずっと一緒だったB子さんが座りました」(前出・知人)

「家や子どもたちを守るため」の飲み会


 週刊女性は後日、この整骨院スタッフ男性に、石田と一緒にミニバンに乗ってホテルに向かったかを聞いたところ「あー、はい」と認めたうえで、「石田さんは翌日、ウチの整骨院にご来院してもらう予定だったんですが、急きょ中止にしたんですよ。というのも、こうしたご時世じゃないですか」と、明かしている。

 福岡市にある高級ホテルにミニバンが到着すると、まずは石田のみが下車。宴会でずっと一緒だったB子さんは同乗者たちに促されると、石田の後を追ってホテルの中に消えて行ったという。

「翌日、B子さんは仕事があるとかで、朝早くにホテルから1人で出て行ったそうです」(前出・知人)

 石田は7月21日の昼間はゴルフ。夜は同様の宴会を繰り返し、22日には福岡を発っている。

 問題が生じたのは、その後日。19日の飲み会に参加し、その後も石田と宴会をともにしていた地元の男性が39度の高熱を発症。血液検査の結果、コロナは陰性だったというが、ちょうど時を同じくして福岡市でクラスターが発生。飲み会に参加していた女性たちの間では大騒ぎになっていた。

 そこで7月29日、夜10時すぎ、東京の自宅に帰宅してきた石田を直撃取材。以下が一問一答である。



――7月18日の土曜日から4泊5日で福岡へ行った?

「金曜は北海道にいたので、土曜から福岡に入りました。日曜はイベントの仕事をしています」

――仕事は中止になったと聞いたが?

「ああ、中止になったものあります。でも、ちゃんと仕事で行っています」

――地元の女の子たちを呼んで合コンしていた?

「合コンって、全然そんなことは……。俺は女の子なんて、いらないから」

――飲み会で一緒だったこの女性に見覚えは?(B子さんの写真を見せる)

「今は全然作ってる(顔写真を加工できる)から、ほとんどわからないよね」

――深夜3時まで一緒に飲んで、ミニバンに乗ってホテルへお持ち帰りした?

「絶対にありえないよ、そんなことは。3時なんて、そこまでいない。 それはもう(深夜)1時でいいですよ。そんな車は乗っていないし、僕は1人でホテルに帰っていますから」

――ミニバンに同乗した人からも聞いているが?

「そんなバカなことしないです。だって、次の日は仕事やゴルフで、深夜3時までシャンパンをガバガバ飲んだらアンパンマンみたいに顔を腫らして、冗談みたいになっちゃうでしょ。どっちを信じるかだけど」

――九州でのゴルフは接待?

「違いますよ! 今CMやらせていただいている社長とゴルフをやっただけ。俺は今、東京のテレビは番組を降りて、単発はともかくレギュラーはないので、主な収入源はスポンサーじゃないですか。だから、みなさんになんと言われようとスポンサーに挨拶回りをするのは、自分の仕事だと思っています。この家や子どもたちを守るためにも」

直撃の夜も泥酔の石田は……


――1度コロナになってゴルフをしていたのに、またゴルフ?

「沖縄でのゴルフでコロナは出ていないじゃないですか。なってるのにって、なっちゃってるからこそ、本当にならないらしいですよ。(2回罹るのは)1パーセントぐらい。僕は3か月たっているので、それはないと思いますけど。僕がまき散らしている的にされやすいんだけど、それはちょっと違います」

――このタイミングでのゴルフは断れなかったのか?

「それはウチの奥さんも言ってます。だけど、じゃあ誰がメシを食わしてくれるんですか? 僕は今いるスポンサーにはちゃんと向き合って、仮にゴルフであっても、食事であっても、3密がダメと言われても、呼ばれたら行くでしょ! これが今の僕の結論です。それを叩かれても大いにけっこう。ゴルフで北海道や九州に行ってるんじゃなく、スポンサーに挨拶に行っているんだから。僕をね、待っているんですよ。だから挨拶に行きました」

――福岡の社長宅で毎晩、飲み会していた?

「毎晩っていうか、2回です」

――飲み会も嫌ならば1人で帰ればいい。

「それがなかなかできないじゃないですか。俺はもう帰りたいんだって言ったら、ちょっと、どうのこうの言われたり。“石田さん、仕事ですから来てください!”って。そもそも“女の子を呼んでくれ”って、俺の辞書にはないですからね。俺は女の子とか、やめようよって言ってたんですけど、スポンサーの社長とゴハン食べて、ええっと、火曜日に行ったのはなんて言ったっけな? 俺が苦手な中州のほうへ……」

――その席にも女性たちがいた?

「そういうお姉さんたちは、僕は無理なんです。相手にせずというか、相手にされないというか。僕は全然、濃厚接触もしていないし。でも、男の子たちがいっぱい来ていましたよ。彼らのほうが楽しくやっていたというか。いずれにしても、俺は先に帰っているから」

――結局、社長宅で飲み会をしたのは何回?

「土日と火曜で3回。それだけです。ゴルフも(5月に)退院してから今までやったのは2回です。両方とも、スポンサーとやっただけで、やりたいからやったわけではなく、やりたくてもウチにいて、子どもの面倒をみています。俺が何をしたんだっていうのは、ありますけどもね」

 結局、約90分にわたり、週刊女性の直撃取材に答えていた石田。冒頭のラジオ番組では、彼は“言っていない”という弁解を繰り返していたが、それは直撃取材をした夜も、外でお酒を飲んで帰宅したせいであり、石田が“覚えていない”というのが正確だと言えよう。ラジオでもパーソナリティーに問われていたが、石田には今やるべきことを改めて考えてほしい。

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ジャニーズ“謎の5人衆”が『24時間テレビ』に抜擢の理由

2020年8月11日 16:00 週刊女性PRIME

2020年『24時間テレビ』のメインパーソナリティー(左から)V6井ノ原快彦、NEWS増田貴久、Kis-My-Ft2北山宏光、ジャニーズWEST重岡大毅、そしてKing & Prince岸優太

 8月22・23日、両国国技館で無観客、毎年恒例のチャリティーマラソンを行わない、そしてスマホなどによるキャッシュレス募金の導入など、新型コロナウイルスの感染拡大防止に対応させる形での開催が決まった、日本テレビ系の大型チャリティー番組『24時間テレビ43』。

 番組の内容とともに気になるのが、毎年のメインパーソナリティーを誰が担当するのかということ。2003年のTOKIO以来、毎年、途切れることなくジャニーズタレントがメインパーソナリティーを担当することも定着している。

なぜこの5人が選ばれたのか


「ある意味、ジャニーズの看板の証でもあるので、ファンは24時間テレビのメインキャスターに自分が応援するグループやタレントが抜擢されると、やはり誇らしい気持ちになるようですね。今年はキンプリか、デビューしたばかりのSnow ManやSixTONESあたりが抜擢されないかと期待する声も少なくなかったようです」

 と、ジャニーズに詳しいあるテレビ関係者は語る。

 しかし、実際に発表されたメインパーソナリティーの布陣はこうだった。

 V6井ノ原快彦、NEWS増田貴久、Kis-My-Ft2北山宏光、ジャニーズWEST重岡大毅、そしてKing & Prince岸優太の5人。井ノ原は5人の「キャプテン」という立場になるという。

「イノッチはNHKの『あさイチ』で長年活躍し、お茶の間の知名度や好感度が高いジャニーズタレントです。『あさイチ』や『アド街ック天国』(テレビ東京)で鍛えられた進行スキルも高い。今回は、コロナ禍での無観客開催ということで、進行のハードルも高い部分があるでしょうから、若手グループに丸投げというよりも、好感度とスキルの高いイノッチにということになったのではないでしょうか」(同前)

 では、なぜV6の6人が勤めるのではなく、“イノッチと後輩たち”となったのだろうか。前出の関係者は、すでにV6はメインパーソナリティーを経験済みとし、ここ最近のジャニーズの傾向を見てこう分析する。

「亀梨和也と山下智久の亀と山P、中島健人と平野紫耀のKSなど、グループの垣根を飛び越えることで、“スペシャル感”を出すことが最近は多いです。そこには、芸能活動の最後の年に、三宅健とのユニットKEN☆TACKYで活動した、滝沢秀明副社長の好みが反映されたりしているのかもしれません(笑)」

 2017年には櫻井翔、亀梨和也、小山慶一郎のグループの異なる3人がメインパーソナリティーを務めたこともあったが、これは、当時のジャニーズの日テレ系番組“キャスター3人衆”ということで、わかりやすい人選ではあった。

アンバランスな化学反応


 しかし今回の5人は、特に日テレの番組に深く関わっているわけでなく、イノッチをはじめ、それぞれのグループのエース的存在ではない顔ぶれだ。制作発表会見でも、イノッチ自ら、

「みんなセンターのタイプじゃない。アンバランスでいいんじゃないですか」

 と語っていた。ある芸能記者は、「その中で重岡くんは、センターをつとめることも多いのですが、WESTは小瀧望くんがセンターになることもある。メインではないものの、それぞれ熱量高めのファンが多いメンバーといってもいいかもしれません」という。

 安定感のあるイノッチを総合司会にし、ほかは各グループのエースを揃えるという選択はなかったのだろうか。

 イノッチに総合司会を務めてもらい、エースやセンターをズラリと並べるかたちはどうだっただろうか。

「そこはイノッチも言うように、アンバランスな化学反応を狙ったのではないでしょうか。メインディッシュがいくつも並ぶのもお腹いっぱいですし、例年以上に視聴者にはホッとしてもらいたいのでは。笑いのとれるトークができる北山、重岡、天然系で癒し要素もある増田と岸、そしてみんなをまとめるイノッチお兄さんというのは、逆にバランスがいいのかもしれません。今年は実際に会場で会うこともできませんし、テレビ越しに癒しや笑いを届けることのできるメンバーだと思います」(前出・芸能記者)

 コロナ禍での開催を決定し、例年とはだいぶ違ったカタチでの放送となる24時間テレビ。未知数の部分だらけではあるが、「この5人でよかった」と感じられるフィナーレを迎えてほしい。

〈取材・文/渋谷恭太郎〉

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薬の9割は減らせる! 正しい断薬法を専門医と検証

2020年8月11日 11:00 週刊女性PRIME

イラスト/おおつかさやか

 厚生労働省に報告された市販薬の副作用は重症例だけで5年間に400例を超えているという。特に医療用医薬品が転用されたスイッチOTCは作用が強いぶん副作用も強い。松田医院 和漢堂院長の松田史彦​医師は実際はその数倍の方たちに副作用が出ているだろうと警鐘を鳴らす。

「これは私の体験であり、また多くの医師が感じていることだと思いますが、一生懸命に治療しているのに効果が上がらないことがあります。なぜなのか考えて出た答えが、薬をたくさん飲んでいるせいかもしれない、つまり薬害ではないかということです

 病気を治すはずの薬が、治療の妨げになっている、そんなことがあるのだろうか。

ほとんどの薬は化合物であり、人間の身体になじむわけがなく、あらゆる薬は基本的には毒なんですしかし、その毒が必要なこともあるわけです。激しい痛みや苦痛を抑えるために、一時的に薬を飲むのは、治療上、絶対に必要です

 でも、ちょっとした不調なのに長期間飲み続けるのは、やめたほうがいい薬の作用は目的のところだけに効くわけではなく、全身の細胞に及ぶので、副作用となって、別の不調をきたすわけです。本当に必要な薬だけを飲むようにすれば、9割は減らせるでしょう」

コレステロール値は下げなくてもよい


 健康診断で『コレステロール値が高い』『脂質異常症である』と言われた人はけっこういるはず。結果表がある人は、見比べながら、飲んでいる薬がある人は、薬の名前を確認しながら、これから先を読んでいってほしい

 日本動脈硬化学会では、総コレステロールが220mg/dl以上は高コレステロール血症としている。そしてコレステロールが高いと動脈硬化が進み、心筋梗塞になる危険があると言われて、コレステロール値を下げる薬を医者からすすめられることになるしかし、この数値を50歳以上の女性に当てはめたら、なんと半数が該当してしまうのだ

 更年期の前後にコレステロール値や血圧が上昇するのはよくあることで、ある意味、自然なこと。特殊な病気を除いて、ほとんどの場合は病気ではなく、薬を飲む必要はないと松田医師は言う。

コレステロールを下げる薬は、筋肉が溶ける副作用があります。ほとんどは肩こり、足がつる、疲れやすいなどありふれた症状なので、重症の場合を除いて副作用だと気づいていない方が多いのです。さらに免疫力の低下や感染症、がんなどにかかりやすくなるとの報告もあります

 更年期以降の女性なら、コレステロール値は高めでも問題なし。

 また、中性脂肪が高めの人のほうが死亡率が低いという興味深い研究データもある。

 更年期障害、月経不調、子宮筋腫、子宮内膜症、避妊などで婦人科でよく処方される卵胞ホルモン、黄体ホルモンなどの女性ホルモン剤も非常に危険な薬だ。ほとんどの女性ホルモン剤に血栓症の副作用があり、飲み続ければ続けるほど危険性が高くなる。

 また頻繁に起こる副作用として、浮腫(ふしゅ)や体重増加、頭痛、乳房痛などもある。

「それだけではありません。『スプレキュアといった薬はうつ症状を起こすことがあり、実はホルモン剤の副作用なのに、精神科で抗うつ剤を処方されて飲むことになってしまった、というケースがあります」(松田医師、以下同)

 薬によって、新たな病気がつくられてしまったというわけだ。

 更年期障害が強い場合でも、ホルモン剤は極力避けて、漢方やアロマ、ハーブ、食事療法、運動などで乗り越えるようにしたい。

即・断薬しても問題ない薬もある


 加齢と閉経で急増するといわれる骨粗鬆症(こつそしょうしょう)には、医者がよく口にする、こんな常套句(じょうとうく)がある。

骨がもろくなると骨折して寝たきりになってしまいますよ。骨を丈夫にする薬を飲みましょう

 誰でも寝たきりにはなりたくないし、薬を飲むだけで骨が丈夫になるなら、こんなに簡単なことはないが、

「代表的な薬がビスホスホネート製剤と呼ばれ、新薬が次々と登場しています。しかし本当に効くのか、疑問ですね。骨密度は上がるのですが、この薬を飲んでいて骨折した場合に、骨の修復を邪魔し、治りが悪くなることが考えられますまた歯科治療などの刺激であごの骨が壊死(えし)する副作用も報告されています

 これでは安心して飲めないし、薬として困る。

 骨を丈夫にするには、薬に頼るよりも、昔から言われているように、日光浴と骨に一定の負荷をかけた適度な運動、そしてビタミンDやカルシウム、ケイ素などのミネラルを食事で摂取するほうがよさそうだ。小魚も積極的にとりたい。

「骨粗鬆症薬は、急にやめても問題はありません」

 胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃炎、逆流性食道炎など、消化器系疾患では、ちょっと聞きなれないが『プロトンポンプ阻害薬』と『H2受容体拮抗剤』がよく使われる。

 消化器系疾患は、胃壁から分泌される胃酸が増えてしまい、胃や十二指腸の粘膜を傷つけることで発症する。そこで胃酸の分泌を抑えるのが、これらの薬だ。できるだけ薬は使わないことを提唱している松田医師も、

「これらの薬は即効性もありある程度、治癒するまでは飲んだほうがいいと思います。ただし長期にわたって服用しないこと。ここが大事です」

 消化器系が弱い人は、常にこうした薬を持ち歩き、常飲していることが多いが、そこが問題だ

プロトンポンプ阻害薬には、肝障害、腎炎、視力障害、筋肉の融解、錯乱、貧血、血小板減少などの副作用が。H2受容体拮抗剤にも、意識障害や痙攣(けいれん)、腎炎などの副作用が報告されています

 プロトンポンプ阻害薬の長期使用は胃酸が出ないため栄養障害を起こす可能性があります。その結果、骨折のリスクが高まるのです。

自分の治癒力こそ最高の名医


 解熱鎮痛剤は、非常に種類が多く、気軽に使われている。しかし、その気軽さが問題だと松田医師。

高熱にうなされたり強い痛みがある場合以外は、極力使わないほうがいい熱を解熱剤で無理に下げると、一時は楽になりますが、治りが悪くなり結果的には逆効果です自分の治癒力こそ最高の名医ですよ

 血圧は低いほうがいい。医師だけでなく、誰もがそう言う。しかし、本当にそうなのかと松田医師。

 コレステロールの数値でも触れたが、血圧の基準値そのものに問題があるらしい

 昭和の半ば、1960年代は、血圧の上(収縮期血圧)は『年齢+90』までが正常とされていたそうだ。40歳なら130、50歳なら140、60歳なら150までは問題なしとされていた。それが今では、日本高血圧学会は120/80未満が至適血圧としているのだ

 これだけ数値が厳しくなれば、高血圧に該当する人も急増して、なんと4000万人以上が高血圧になってしまった


少しずつ減薬して、最終的には断薬を


 これはおかしいのではないかと、新しい研究結果による数値が次々と提唱されているが、どれが正解かはいまだにはっきりしていないらしい。

そもそも、血圧の基準値がはっきりしていないのですから、それに振り回されないことです一般的に、高齢になるにつれて上昇します。女性の場合、更年期前後に高くなり、更年期が過ぎると自然に下がっていく方も少なくありません。

 ですから、120という厳しい基準と照合して、『高血圧症なのだ』と心配する必要はありません。そして医師から処方された降圧剤を、ありがたがって服用することもないのです。

 もちろん、高血圧の薬をすぐにやめなさいとは言いません。飲んだほうがいい方もいますが、少しずつ減薬して、最終的には断薬できるようにおすすめしたいですね

 でも、『血圧が高くなれば、血管が破裂して脳出血になってしまうかもしれない。大変なことになるかもしれないから、怖くてそう簡単に薬を減らすことはできない』という声も多い。

血圧は怒ったり、心配したり、また日中や季節によっても変動します穏やかな生活習慣を心がけ、食事と運動で血管を若返らせてあげればいいのです

 これならできそうだ。減薬から断薬まで、それほど難しくないのかもしれない。

 高血圧に次いで多いのが、糖尿病。高い血糖値が続いて、そのまま放っておくと網膜症(成人の失明の第1位)・糖尿病性腎症(人工透析になることも)・神経障害、そして動脈硬化が進んで心筋梗塞や脳卒中を起こす危険もある。そのために血糖値を下げる薬を飲むことになるわけだ。

糖尿病で問題なのは、血糖値の急激な変動です糖質制限食を行い、適度な運動と、睡眠不足にならないように気をつけて、ストレスも排除すれば、血糖値は下がっていきます。主治医と相談し、血糖値を測定しながら、ゆっくりと減薬を心がけてください」

 糖尿病の薬は飲み薬として、スルホニル尿素剤、ビグアナイド薬、インクレチン関連薬などが発売さているが、それぞれに副作用がある。重症の場合はインスリンを使うことになるが、いずれも糖質制限と適度な運動で薬を減らすことは可能

 安易に薬に頼るより、頑張って糖質制限食を守るべき

ステロイド剤は急にやめてはいけない


 ステロイド剤は抗生物質と並んで、現代医学が手に入れた素晴らしい薬だ。内服、点滴、外用、吸収、点眼、点鼻など身体のさまざまな部位に用いられ、その役割は“炎症を抑える”“免疫を抑制する”“アレルギー症状を抑える”こと。膠原病(こうげんびょう)や、喘息(ぜんそく)、皮膚疾患などに使われ、多くの重症患者を救ってきた。

 ただし、効果も高いが副作用も強い。それで「ステロイドは怖いから使いたくない」と敬遠されることもある。

 何しろステロイド剤を服用すると、疲れがとれて元気になる。アトピー性湿疹などの炎症もステロイドの軟膏(なんこう)を塗ればかゆみがおさまり、肌もきれいになる。喘息患者が吸引すれば、激しい咳がおさまってしまう。

 ただし、この劇的効果を期待して使い続けてしまうと、体内で酸化ステロイドに変化して、元の病気を難治化させてしまう。

 使い続けると効果が落ち、さらに悪化させてしまう。それでさらに強いステロイドを使うしかなく、抜け出せなくなってしまう。

「ステロイド剤は急にやめてはいけない。抑え込んでいた症状が一気に噴き出す危険があります。よく、ステロイドは怖いからと自己判断で中止したりしますが、むやみに恐れるのではなく、専門医の指導を受けながら、ゆっくりと減らしていきましょう」

 ここに紹介したのは、比較的多くの人に使われている薬であり、ほんの一部だけだ。

 どんな薬でも、副作用は必ずある自分が飲んでいる薬がどういう薬で、どんな副作用があるのかは、自分で調べることが大切なのだ

「医師も薬剤師も知らないことがあります。たくさんの薬の副作用など覚えているはずがないのです。副作用が強い西洋医学の薬は、必要なときにだけ飲むこと。病院でもらったからと、何種類もの薬を、いつまでも飲み続けないでください」

 気をつけて飲みたい薬を写真ページの表にまとめたので、ぜひ参考にしてほしい



[取材・文/つきぐみ(水口陽子)]


●松田史彦先生

松田医院 和漢堂院長。減・断薬指導だけでなく心理療法、漢方、鍼灸、栄養療法、矢迫インパクト療法などの両方を組み合わせた統合医療を実践。アレルギー疾患、免疫異常疾患、がん、心の病など急増する現代病に日々対応している。主な著書に『薬の9割はやめられる』(SBクリエイティブ刊)

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農業アイドルの自殺めぐり、遺族と事務所の裁判がドロ沼化

2020年8月11日 05:00 週刊女性PRIME

16歳という若さでこの世を去った大本萌景さん。「パワハラ」という争点でも双方の意見は食い違っている

 愛媛県を拠点に活動していた農業アイドル『愛の葉Girls』のメンバーだった大本萌景さん(当時16歳)が自殺したのは2018年3月のこと。少女の死をめぐる裁判の現状は“ドロ沼”の様相を呈している。

「遺族側は事件の7か月後、自殺原因が所属事務所『Hプロジェクト』のパワハラや過重労働だったとして、事務所の社長や社員らに対し、約9200万円を求めて提訴。一方の『Hプロ』側も2019年10月、遺族弁護団らが記者会見で公表した内容は名誉毀損にあたるとして、約3600万円の損害賠償を請求し、双方の意見は真っ向から対立しています。次回は10月12日、弁論準備手続が行われる予定です」(全国紙社会部記者)

不可解な訴訟の取り下げ


 当初は、この事件に関して、4つの訴訟が立件されていたのだが、その中の1つが昨年7月に取り下げられた。

「遺族側が9200万円の訴訟を起こした際、事件後に『Hプロ』から『愛の葉』メンバーの移籍を受け入れたにすぎない『フィールド愛の和』も被告として入っていたのです。そこで『愛の和』側は名誉を毀損されたことに対する損害賠償請求を逆提訴。しかし、その後に遺族側は、突如『愛の和』を被告から取り下げ、呼応するように『愛の和』側からも逆提訴を取り下げました。なぜ遺族側は、被告に入れた『愛の和』を突然はずすことにしたのか、少し不可解ではありました」(同前)

 遺族弁護団に『愛の和』を被告に入れたこと、昨年になって被告からはずした理由を聞くと、次のような回答が。

「すでに訴訟において明らかにしております。被告に入れた理由としましては、単なる“タレント移籍”ではなく、法律上の債務移転の伴う事業承継と判断したこととなります。(被告からはずしたのは)双方の代理人間において取り下げに関する合意があったためとなります」

 移籍先の『愛の和』には、萌景さん事件との直接的な因果関係がなかったことで、結局は被告からはずしたということなのかもしれない。

 一方で、萌景さんが亡くなったのは、事務所から借りる予定だった高校進学費用に必要な21万6000円のうち残り12万円を、直前で事務所スタッフから“貸し付け撤回”されたことが原因なのかということも争点になっている。

「萌景さんは交際相手と一緒の高校に進学することをとても楽しみにしており、事務所からお金を借りる翌日は学校説明会に行く予定でした。貸し付けを撤回された萌景さんの悲しみは計り知れない。事務所は“貸し付けを一時的に保留”と話していますが、そのときの萌景さんは12万円の貸し付け撤回を確定事項として受け止め、その帰り道で自殺する方法をスマホで検索するほど落胆していたと、遺族側は主張しているのです」(前出・全国紙社会部記者)

「お金の件、どうなりましたか」


 この件に関して、被告側の代理人である渥美陽子弁護士は、次のような見解を述べる。

「入学金の貸し付けを撤回したと主張されていますが、事務所は学費21万6000円のうち9万6000円をすでに渡していました。残りの12万円の貸し付けは、母親から“娘の生活態度を注意してほしい”と言われたスタッフが一時的に留保したにすぎません。

 そのスタッフは当日の夜、“お金の件、どうなりましたか。社長に連絡してくださいね”と母親に伝えています。学費を貸すつもりがないのなら、事前に9万6000円を渡すのもおかしいし、夜に連絡を入れる必要もないでしょう。母親と義父のほうが、萌景さんの高校進学に積極的ではなかったのだと思います」

 実の母親が、娘の高校進学に反対だったというのはいささか信じがたいが……。遺族弁護団は次のように反論する。

「萌景さんの母親である大本幸栄さんが、萌景さんの高校進学自体について反対したことはいっさいございません」

 大人たちの“闘争”を天国の萌景さんはどんな思いで見つめているのだろうか。

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工藤静香、アンチをも味方にする“人たらし”術

2020年8月10日 21:00 週刊女性PRIME

2005年、Cocomi(写真右)とKoki(写真左)を軽々と抱っこする工藤静香

 木村拓哉と結婚した工藤静香。第1子──長女のCocomiを授かっての“できちゃった婚”に日本中がどよめいた。’00年11月、木村が開いた会見には300人を超える取材陣が詰めかけた。

「正直、会場に来た誰もが“本当に結婚するの?”と半信半疑。キムタクが第一声で“結婚します!”と宣言した直後に、レポーターは“お相手は工藤静香さんですよね?”と思わず聞いてしまったくらいで(苦笑)。その質問には、さすがにキムタクも“それ以外、誰がいるんですか?”なんてムッとしていたけど、それくらい驚きでした」(スポーツ紙記者)

メリー喜多川氏は静香に怒り心頭だった


 驚いたのは、ジャニーズ事務所も同じだった。

「静香との結婚を知らされたとき、実質的なトップのメリー喜多川さんは驚きのあまり“妊娠4か月なんて聞いてないわよ!”と、思わず大声を上げたくらい、そうとうな剣幕だったそうですよ」(芸能プロダクション関係者)

 メリー氏が怒ったのも無理はない。ふたりの交際には無論、大反対だったからだ。

「そもそもメリーさんは“結婚するならジャニーズを出なさい”というくらいタレントの色恋には厳しい。このときの会見も“知らない。工藤さんのほうに聞いてください”といっさい知らんぷりだったからね。それくらい結婚を強行した静香に怒り心頭だったんですよ」(同・芸能プロダクション関係者)

 静香に不快感をあらわにしていたのは、メリー氏だけではない。木村のファンもこぞって静香を敵視した。

 それまでも、静香はメディアの前で木村との交際について語ったり、何度も写真誌にツーショットを“撮らせていた”ことで、木村ファンから反感を買っていた。それが一気にヒートアップ。

「会見と前後して静香が不妊治療をしていた、という報道が出た。それもあってか“計画妊娠だ”“拓哉はハメられた”と。さらに静香が自分のブログでマタニティー写真を公開したり、発表直後の自分のライブでSMAPの『らいおんハート』を歌いだしたことも怒りを買ったんです」(前出・スポーツ紙記者)

 うるさい木村のファンを、気の強い静香がわざと煽ったともいわれている。

「そのせいで、静香のイベント運営会社やディナーショーの会場ホテルに、爆破予告や殺害予告がくるまでに」(同・スポーツ紙記者)

メリー氏との距離を縮めた静香の秘策


 当時が今のようなSNS全盛時代だったとしたら、たしかに誹謗中傷どころの騒ぎではなかったに違いない。

 “芸能界の母”には睨まれ、夫のファンには集中砲火を浴びる、まさに四面楚歌──。すると、静香は思い切った行動に出る。敵だったメリー氏に急接近し始めたのだ。

 盆暮れの贈り物はもちろん、季節の挨拶など、何かにつけメリー氏への連絡を欠かさない。大きな転機となったのは’01年5月の長女出産だった。

「Cocomiちゃんが生まれたとき、静香は自分の母親や木村くんの両親よりも先にメリーさんに報告したそうですから。駆けつけたメリーさんにCocomiちゃんを抱っこさせてね。結婚させてくれたメリーさんへのお礼だったわけです。メリーさんは子どもが大好きだから、もうメロメロになってね」(前出・芸能プロダクション関係者)

 以降、木村家とメリー氏の距離は急速に縮まっていく。

「木村くんの自宅をメリーさんが訪ねて一緒に食事をしたり、CocomiとKoki,の誕生日やクリスマスにはプレゼントを贈ったりね。お返しに、メリーさんの誕生日には、ふたりそろってメッセージカードを贈ったって聞いたなぁ。メリーさんは、そういう気遣いができる静香をすっかり気に入っちゃった。あれだけ自分を目の敵にしていた人を、いちばんの味方に変えちゃったんだからねぇ」(同・芸能プロダクション関係者)

 すると、静香の言動にも変化が。テレビでもブログでも木村のことを語らなくなった──“木村色”を出さなくなったのだ。気の置けないママ友との食事会ですら、夫の話は決して出さなかった。静香は、ブログでこう綴っている。

《言いたいことを言わず、何が何でも我慢するしかない時を十年以上も続けていますが、発言したらキリがない》

SMAP独立騒動でキムタクを必死に説得


 結婚以来、我慢を重ねてきた静香が、たった1度、我慢しなかったことがあった。’16年に起きた一連のSMAP独立騒動だ。SMAP“育ての親”である元マネージャーのI氏がメリー氏と対立。SMAPの5人を引き連れて出ていくという、クーデター計画。それが失敗に終わったことは周知のとおりだ。

 その最大の原因は、独立する決意を固めていた木村が翻意したことだった。

「キムタクを必死に説得したのが静香。“家族のために退所しないでほしい”と何度も話し合う一方で、I氏に直接電話をかけて“主人の人生が変わったらどうしてくれるの!?”と詰め寄った。独立させなかったことで、メリーさんに筋を通したんです」(前出・スポーツ紙記者)

 妻の猛抗議に“日和って”長年苦楽をともにしてきたメンバーたちを裏切る形になった木村の言動は、ファンを失望させた。結局、’16年末、SMAPは解散するが、木村はその“戦犯”としてファンから総スカンを食らい、一時代を築いたその地位と人気は見る影もなくなってしまう。

「木村ブランド」を築き上げた辣腕プロデューサー


 だが、静香がその剛腕ぶりを発揮したのはここからだ。SMAPという“冠”、そしてI氏という“重し”がなくなったことで、キムタク──いや、ファミリーを静香が自由に動かすようになる。

「木村くんにSNSを始めさせたり、これまで頑なに顔出しさせなかったCocomiとKoki,を、一転してモデルデビュー、SNSデビューさせた。かと思えば、そのSNSで木村くんとコラボさせて“家族共演”。静香はタイミングの見極めと見せ方、出し方のセンスがズバ抜けてる。娘のデビューにすら、彼はひと言も口を出せなかったみたいだし、メリーさんも大賛成だったって」(前出・芸能プロダクション関係者)

 娘ふたりの急激な人気上昇と“仲よし家族”像に引っ張られる形で、ついには、地に堕ちていた木村の人気までもV字回復させてしまった。

「“すぐに消える2世タレント”と見ていたメディアや“アンチ”すらも最近はすっかりおとなしくなっちゃった。それどころかハイブランドとのタイアップや多才ぶりを見せつけられ“木村家ってホンモノなんだな”と認めだしてます」(前出・スポーツ紙記者)

 すべては、敵をも黙らせてきた剛腕のなせるわざ、か。

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cat_oa-shujoprime_issue_b9fcd225118b oa-shujoprime_0_06be389ba580_東京五輪で恩返し!ソフトボール絶対的エース・上野由岐子の挑戦 06be389ba580 06be389ba580 東京五輪で恩返し!ソフトボール絶対的エース・上野由岐子の挑戦 oa-shujoprime

東京五輪で恩返し!ソフトボール絶対的エース・上野由岐子の挑戦

2020年8月10日 13:00 週刊女性PRIME

 北京五輪で“魂の413球”を投げ切り、悲願の金メダルに沸いた興奮と感動から12年。TOKYOで躍動するピッチング姿は1年先に。10代から日本代表で活躍したが、決して順風満帆ではなかったソフトボール人生。絶対的エース、チームの大黒柱の紆余曲折に迫る―。

ソフトボール日本代表・上野由岐子さん 写真提供/(公財)日本ソフトボール協会

ネットニュースで知った東京五輪の延期


 38歳の誕生日となる2020年7月22日。本来であれば、福島あづま球場でのソフトボール日本代表対オーストラリア(豪州)代表戦を皮切りに、東京五輪が華々しく幕を開けていたはずだった。

 絶対的エース・上野由岐子選手(ビックカメラ高崎)は世界が注目するマウンドに立ち、2度目の金メダル獲得への大きな1歩を踏み出していたに違いなかった。

 しかし、新型コロナウイルスの感染拡大によって世紀の大舞台の1年延期が決定。その後の世界規模での感染爆発によって開催自体も危ぶまれている。

 前代未聞の事態に対するアスリートたちの受け止め方はさまざまだ。

「1年後が見えない」と、7人制ラグビー挑戦を断念した福岡堅樹さん、現役を退いた女子バレーボールの新鍋理沙さんらがいる一方で、今夏の引退を表明していながら競技続行を決めたスポーツクライミングの野口啓代選手のような人もいる。

 そんな中、上野選手は迷うことなく五輪挑戦を決意。緊急事態宣言下の自粛期間を含めた4か月間、本拠地の群馬県高崎市で地道なトレーニングに励んでいた。

「1月までは、ごく普通に代表合宿に参加していたんです。コロナといってもそこまでではないだろうという気持ちもありました。でも2月~3月になって、これは完全にヤバイという感じになり、3月24日に延期が決定した。その一報はひとり自宅でネットのニュースで見ました。

 最初は“あと1年頑張らなきゃいけないのか”と思ったけど、“むしろ、もう1年やらせてもらえるのは感謝かな”と。“時間的猶予が生まれたおかげで、これだけのパフォーマンスができた”って言えるようになりたいと今は考えています

 '08年北京五輪ではラスト2日間で413球を投げ、頂点に立ち“神様・仏様・上野様”とさえ言われ、すでにひとつの大きな達成感を得ているはず。にもかかわらず、再び金メダルを目指そうという原動力は一体、どこにあるのか……。

 最大のエネルギーになっているのが、日本代表を率いる宇津木麗華監督の存在だと彼女は言い切る。

「麗華監督は親でも親戚でもないのに、自分に尽くしてくれる。自分のことをいちばんに考えてくれるんです。麗華監督と出会っていなかったら、ここまでソフトボールを続けることもなかった。だからこそ、恩返ししたい。熱い思いに応えたいという感情が湧いてくるんです」

 麗華監督は「正直、五輪延期でショックを受けたのは私のほうです」と明かす。

「でも上野は問題ない。1年くらい五輪が延びたからといって、実力が落ちるわけじゃないし、まだまだ伸びると思います。上野を超えるピッチャーはそう簡単には出てこない。彼女を中心に戦っていくのは変わりません」と、大きな信頼を寄せている。

 恩師と二人三脚でチームを押し上げ、再び成功をつかもうとしている上野選手。

 その生きざまを追った。

母との口論、父の喝


 1982年夏。上野選手は福岡県福岡市で生を受けた。誕生時の体重は3530グラム。ビッグベイビーが、のちの日本ソフトボール界のスーパースターになるとは、その時点では誰も想像していなかった。

 上野家は、会社員の父・正通さん(65)、看護師の母・京都さん(63)、2つ年下の妹の4人家族。幼いころから外を駆け回る活発な少女で、書道、ピアノ、水泳などさまざまなことに興味を抱いた。

「仕事より家庭が第一。子どもがやりたいことは何でもバックアップする」という考えの父は、娘の習い事を積極的にサポート。母も夜勤の多い常勤看護師を辞め、非常勤のパート看護師になるなど、子育てを最優先に考えた。

 上野選手が小学校3年のときに同級生に誘われてソフトボールを本格的に始めてからは、両親のサポート態勢もより強固になった。とはいえ、何でも好き勝手にさせないのが上野家流。以下のような家訓を課して、人間教育にも力を入れたという。

●「はい」という素直な返事

●「すみません」という謝罪の気持ち

●「私がします」という積極的な行動

●「おかげさまで」という謙虚な気持ち

●「ありがとう」という感謝の気持ち

「ウチの家訓は今も自分の中に焼きついていますけど、特に母の言葉にはハッとさせられることが多いですね。“人の悪口は言わない”“人に好かれる人間になれ”という普通のことなんですけど、自分が生きるうえでの指標になっていると思います」

 母は、娘の自立心の強さに驚かされたことがあるという。

「小3くらいのころだったと思います。体育の時間に使った紅白帽の洗濯を私に頼んだのに翌朝、洗濯されていないことに、由岐子と言った言わないで揉めたことがありました。それからは必ずやってほしいことをメモに書いてテーブルに置くようになったんです。本当は私のほうがそうするように教えなければいけなかったのに、何も言わなくても自分で考えて行動していた。そういうところは感心させられましたね」

 ソフトボールではメキメキと頭角を現し、小学5年からは男子チームに入ってエースピッチャーに君臨する。

 柏原中学校へ進んでからはより一層、存在感を増し、'97年夏の全国中学校大会で優勝した。

 その決勝戦では、こんなエピソードが。相手ピッチャーの球をなかなか打てないことに苛立った上野選手は思わずヘルメットをグラウンドに投げつけた。その姿を会場で目の当たりにした父・正通さんから、試合中にもかかわらず「道具に当たるとは何事か!」と一喝された。目が覚めた彼女は次の打席でホームランを放ち、チームを全国制覇へと導いた。

 普段は優しいが、ソフトボールになると厳しさを前面に押し出す父から“勝負の懸かったときこそ礼儀正しく振る舞うことの大切さ”を学び、成長したという。

再起不能もありえた大ケガ


 '98年4月に強豪・九州女子(現、福岡大学附属若葉)高校へ進学。ソフトボールが'96年アトランタ五輪から正式種目となったのを受け、彼女への期待が高まり、2000年シドニー五輪有望選手という見方もされ始めた。

 そして高校2年の夏、台湾で行われた世界ジュニア選手権で優勝。五輪初出場が叶うと思った矢先、体育の授業での走り高跳びで落下。腰椎の横突起骨折という重傷を負ってしまう。一歩間違えば、下半身不随になりかねなかった大ケガで、入院はなんと88日にも及んだ。もちろんソフトボールはできず、ひたすらベッドに寝ている日々。もちろんシドニー五輪出場の夢も消えた。希望に満ちていたソフトボール人生に暗雲が立ち込めた。

 そのとき再認識したのが「自分にはソフトしかない」という思いと、「大好きなソフトボールをもう1度やりたい」という気持ちが強く湧き上がり、奇跡的な回復を遂げていく。リハビリもつらかったに違いないが、愚痴ひとつ言わずに真摯に取り組んだ。

「“嫌なことや人の悪口を言葉にしてしまうと、ますます嫌な気持ちになるから言わない”と、由岐子は中学生のころからよく言っていました。もともと愚痴るような子ではなかったけど、苦しいときでも親の前で弱音を吐くことはなかったです」と、母・京都さんも娘の強靭なメンタリティーに驚かされた。

 大ケガから復活を果たした上野選手は'01年に日本リーグトップの日立高崎('15年1月からビックカメラ高崎に)に入団。五輪への挑戦が本格的に始まった。

「18歳当時の上野は口数が多いほうではなかったですね。でも周りへの気配りは飛び抜けていました。当時、チームを率いていた宇津木妙子監督(ビックカメラ高崎シニアアドバイザー)が“ピッチャーは特別なんだから、あまり雑用や用事をさせないように”という方針を示していたのに上野はいつも先に動いて練習の準備や片づけはもちろん、食事会場では率先してお皿を並べたり、配膳を手伝ったりしていました。外野手だった自分はよく怒られましたね

 苦笑いしながらエピソードを明かすのは、ビックカメラ高崎の岩渕有美監督。上野選手の3つ年上の彼女は'13年に現役を引退するまでともにプレーし、苦楽を味わってきた。現在は指導者と選手という間柄に変わったが、最速121キロの剛速球を投げる有能なピッチャーに対して、敬意を払い続けている。

 ソフト界では時速110キロのスピードボールを投げられる選手は数えるほどしかいない。もちろん、日本では上野選手ひとりだけだ。

「自分は速いボールを投げられちゃった感じ(笑)。時速120キロを投げようとして投げているわけじゃないんです。いいボールを投げたいと努力する中で、だんだんスピードが上がってきました」と淡々と言うが、やはり天賦の才によるところが大きい。

「足の速さと同じで、スピードボールを投げるのも生まれ持った才能。上野も新人時代は細身だったけど、時速110キロは投げていたと思います。その後、筋力がつき、体幹も強くなり、174センチの長身をうまく使えるようになって、一段と速さが増した。あれだけのピッチャーはそうそう出てきません」と、岩渕監督。

 “100年にひとりの逸材”と評される彼女だが、最初から絶対的エースだったわけではない。日立高崎時代の'02年ごろまでは増淵まり子選手ら経験豊富な先輩がチームにいたし、日本代表にも高山樹里選手という主軸ピッチャーが君臨していた。若さゆえの波もあり'04年アテネ五輪では大黒柱になり切れなかった。

アテネ五輪での挫折


 躓(つまず)きの1歩は開幕・豪州戦。宇津木妙子監督から先発の大役を任されたが、いきなり4回3失点KO。まさかの敗戦スタートを強いられたのだ。それでも予選リーグ最終戦の中国戦では、五輪史上初の完全試合を達成。決勝進出のかかる豪州戦で雪辱を期していた。しかし、上野選手は、まさかの出番なし。チームも0対3で敗れて銅メダルに終わった。

「あのときは22歳。“自分の結果を出すことが何よりのアピールだ”としか考えていませんでした。でも結果的に全くダメだった。大会中に胃腸炎になり、体調を崩したのも響いて、“自分はホントにまだまだだな”という挫折感だけが心に残りました。いちばん悔しかったのは、大事な場面を任せてもらえなかったこと。“上野、頼んだぞ”と監督やチームメートに言ってもらえるピッチャーにならなきゃいけないって思ったんです」

 北京までの4年間は、いかにして世界一に到達するかを模索する時間となった。そこで誰よりも親身になってくれたのが、彼女が師と仰ぐ麗華監督だ。上野が18歳で日立高崎に入ったときから日本の主砲として活躍していた偉大な先輩は、'03年から選手兼任監督となり、アテネを機に現役を引退。'04年夏以降は日立高崎から移行した日立&ルネサスの指揮官を務めていた。

 その麗華監督は「アテネでメダルを逃した最大の原因はピッチャー。もっとしっかりした人材がいれば、日本はより自信を持って戦えた」と分析。

「上野を世界一のピッチャーに育てて、北京五輪を託すしかない」と考え、上野選手を強豪国アメリカでの“武者修行”に誘った。頂点を目指す彼女も賛同。'05年6月、ふたりでアメリカ・ヒューストンへ赴いた。

 異国での最初の投球練習。ボールを投げようとした上野選手は、シドニー五輪で金メダルを獲得した元アメリカ代表のクリスタ・ウィリアムズ・ピッチングコーチにいきなり制された。

「あなたは今、投げる気がないでしょう。この1球を打たれたら終わりだという責任を感じながら、自信を持ってやりなさい」

 呆然とする愛弟子の様子を、麗華監督は傍らでじっと見つめていた。

「上野はそれまでのソフトボールへの取り組みを反省したと思います。単に時速120キロのスピードボールを投げればいいわけじゃない。常に感謝と責任を感じ、人間力を高めながらプレーしなければいけない。それを学べたのは財産になりました。アメリカでは、右バッターの内角に食い込むシュートを覚えさせるのが目的でしたけど、それ以上にスポーツマンたるべき姿勢を身につけた。そちらのほうが大きかったかもしれません

 上野選手は「若いころは自己チューだった」と述懐しているが、アテネ五輪くらいまでは、自分がうまくなるために必死で周りが見えていなかった。しかし、アメリカ留学で、それだけではダメだということを知った。この経験は上野選手にとって、ステップアップするために必要なものだった。

自己チューからチームのために


 帰国後、上野選手は'05年に大鵬薬品戦、翌年にシオノギ製薬戦でそれぞれ完全試合を達成。'07年には日本人初の1000奪三振、翌'08年には100勝を果たすなど、猛烈な勢いで駆け上がっていく。

「麗華監督に“配球とは何か”を教わったのは本当にプラスになりました。ピッチャーの仕事は“個人として抑えた、打たれた”という勝負じゃない。試合に勝つか負けるかが第1なんです。打たれなくても負けは負けだし、どんなに打たれても勝ちは勝ち。それが理解できてから、あまり自分の結果にとらわれなくなりました。確かに記録は残したかもしれませんけど、あくまで重要なのはチームの勝利。そのためのピッチングをしようと気持ちを奮い立たせていたんです

 そんなフォア・ザ・チーム精神の集大成となったのが北京五輪だ。

「日本の勝利のために」と言い聞かせてマウンドに立った大黒柱は、予選リーグからフル回転。ラスト2日間には、準決勝・アメリカ戦、決勝進出を決める豪州戦、決勝・アメリカ戦の3試合を投げ切った。日本悲願の金メダル獲得の原動力となった上野選手の“魂の413球”は、多くの国民を感動させた。

「この先、投げられなくなっても後悔しない。肩が壊れてもソフトボール人生が終わってもいいというくらい、すべてを懸けてマウンドに立ちました。誰にも譲る気などなかったです」と語気を強めた。

 壮絶な戦いの間、日本から支え続けてくれたのは、麗華監督だった。上野選手は神妙な面持ちで語る。

「試合が終わるたびに連絡していました。“調子どう?”“こういうプランで投げられたらいいね”という軽い感じの会話でしたけど、話をするたびに迷いが吹っ切れた。“麗華さんがこう言ってくれるならやろう”と決断もできた。背中を押してもらいました」

 金メダルを胸にかけ、帰国した彼女を襲ったのは想像をはるかに超えた“上野フィーバー”だった。所属チームには取材が殺到。9月から始まった日本リーグにもメディアやファンが大挙して押し寄せる事態になった。

 これまでの態勢ではとうてい手に追えなくなり当時、選手だった岩渕監督が上野選手担当マネージャーを兼務することになった。

「スケジュール管理や取材対応、テレビ収録の立ちあいを2年間やりましたけど、本当に目まぐるしい状況で、帰りが深夜になることも少なくありませんでした。本人はもともと人前に出るのが得意ではないので、疲れるうえに、緊張やストレスも重なる。競技に集中しづらくなっていきましたね」

 周囲が騒がしくなると、他者への気配りができず、対応もおざなりになりがちになった。日本リーグの試合後、声援を送ってくれる熱心なファンに笑顔すら見せることなく、足早に去っていく娘の立ち居振る舞いに母・京都さんは、こんな言葉をかけた。

「あなたは子どもたちにとってはスターなんだから、スターらしく振る舞いなさい」

 上野選手はハッとさせられたという。

「基本的に注目されるのが好きじゃなくて、“嫌だ嫌だ”と言っていたけど“立場上、しかたないんだから、駄々をこねずに受け入れなさい”と、母から言われた気がした。

 特に子どもたちから憧れの存在として見られていることに気づいて、ガッカリさせる態度はいけないと感じた。母の言うことは腑に落ちましたね。ストレートに自分を叱ってくれるのは、麗華監督と母くらい。そういう意味では胸に響くものがありました

 気持ちを新たにして、子どもたちの応援を励みにマウンドに立ち続けた。しかし、北京に突き進んでいたときのような闘争心や向上心はなかなか湧かず“燃え尽き症候群”に陥った。メンタルバランスが完全に崩れているのに、試合に起用され、投げれば打者を打ち取れる。力いっぱい練習しなくても結果がついてくる。超一流のアスリートとして中途半端な状況に腹が立ってしかたがなかった。

「このままだとチームに迷惑をかけるし、自分自身もダメになる……」

 ソフトボール人生で初めて生じた迷い。それをぶつける相手は、麗華監督以外にはいなかった。

「やる気がなくてもいいから続けなさい。続けることに意味があるんだから」

 尊敬する人にこう言われて、上野選手は「それでいいの?」と、反発して聞き返したくなったという。

 麗華監督は、このときの心情をこう語る。

「上野は世界一のピッチャー。彼女を失うのは日本にとって損失以外の何物でもない。ソフトボールへの思いを取り戻してくれるまで待とうと思ったんです。'10年の世界選手権も辞退したいなら、私が批判を背負おうと。“あなたは世界一。嫌なことを背負うために自分が横にいるから”と、彼女を励ましたのをよく覚えています」

 上野選手は落ち着きを取り戻した。

やる気が湧かなくても、続けさせてもらえるのならやろうと思ったし、どこかうれしい気持ちもありました。

 代表辞退のことも麗華監督が全部かぶり、いろんな批判を受け止めてくれた。自分のためにそこまでしてくれる人に、そうそう簡単に出会えるものじゃない。“麗華監督のために頑張ろう”と決心しました。彼女の言う“ソフトボールへの恩返し”を率先してやろうと前向きになれたんです」

子どもたちのスターに


 信頼を寄せ、強い絆で結ばれた恩師が'11年3月から日本代表監督に就任したことで、上野選手も代表に復帰。

 '12年ロンドン、'16年リオデジャネイロの両五輪は正式種目からはずれたため、大舞台に立つことができなかったが、'12年、'14年の世界選手権2連覇に貢献した。

 その一方で、'16年には肉離れや左ひざの負傷、昨年4月には下顎骨骨折で全治3か月の重傷を負ったが、乗り越えてきた。

 30代に入り体力的な心配もありつつ、ソフトボールへの情熱は消えることなく、大人の自覚を意識するようにもなった。

「30歳になったとき、母から“あなたも30なんだから、もっと大人の対応のできる人間になりなさい”と、言われて自覚を持ったんです。

 人間は、年相応の振る舞いが必要ですよね。'16年にソフトボールが東京五輪の正式種目に認められてからは、注目度も上がりましたし、数多くの子どもたちがカメラを向けてくる。それに対して笑顔で明るく対応をしなければいけない。だんだんそう思えるようになりました」

 所属先の柳川直子マネージャーは、ファンを大事にする一面をこう明かす。

上野には老若男女問わず、たくさんのファンレターが来るんですが、可能なかぎり、直筆で返事を書いています。ご両親の教育もあって非常に礼儀正しく、マメなのが彼女のいいところ。子どもたちへの気配りは素晴らしいですね。妹さんに甥っ子2人が生まれたことも大きいのかな。以前にも増して子どもたちを可愛がるようになったと感じます」

 後輩たちにも気さくな素顔を見せている。

 チームでも日本代表でも最年長プレーヤーになっている上野選手は、日常的に若いチームメートたちと接している。とりわけ、バッテリーを組むキャッチャー・我妻悠香選手には目をかけている。

「私は上野さんのひと回り年下。バッテリーを組んで6年になりますが、“ああしろこうしろ”と言われたことはないし、ぶつかり合ったことも1度もありません。私の意見を聞いてくれて、的確なアドバイスもしてくれる。チームを勝たせるために力を尽くしているのがよくわかります。

 グラウンドを離れると、岩渕監督の車に虫のおもちゃを置いて驚かせたりするようなイタズラ好き(笑)。甘いものも大好きですね。遠征先でスイーツを食べに行ったり、散歩がてらランチに行くこともあります。それに料理上手で、自宅で鍋を振る舞ってくれたこともありました。牛乳寒天もよく作って持ってきてくれるし、本当に面倒見のいいお姉さん。近くにいてくれて心強いです

 “鉄腕”でストイックな印象から、今は女性ならではの柔軟さと人間的魅力を持ち合わせた大人のアスリートに変貌し、進化を続けている。

ネットの活用、1年後に向けた展望と勝機


 東京五輪の1年延期が決まっても動じなかった。コロナ自粛期間には昨年の下顎骨骨折であごに入れていたプレートの除去手術を受けた。

 麗華監督は「本人も違和感があったと思うので、取りはずす時間ができたのはプラスでした」と、前向きだ。

 プロ野球やJリーグのクラブは緊急事態宣言下では活動休止に追い込まれたり、施設を使えなかったりしたが、上野選手はチームの専用スタジアムを使うことができたため、代表活動や日本リーグの期間以上に負荷をかけたトレーニングができたという。

「いつもは試合を考えて、メリハリをつけながら練習しますが、練習しかやることがなかったので、ひたすら追い込んだ感じです(笑)。こんなに時間があるのは(オフの)冬以来かな。ただ、冬は寒くて投げ込みもそんなにできない。自分のスキルアップのためにここまで時間をさけるのはなかなかない。チームの個人練習以外にはオンラインでヨガをやったり、かなり充実していたと思います

 今回のコロナ禍ではインターネットの活用に注目が集まったが、上野選手もユーチューブで情報を収集したりと、これまでにない取り組みにもチャレンジした。

「今まで“ネットは危ない”という印象があって消極的だったんですけど、今後、自分が指導者になったときに、群馬に居ながらにして沖縄や北海道、海外の人にも教える機会をつくることができる。そう考えると幅も広がるし、引き出しも増えますよね。

 自粛期間は、練習以外ほとんど自宅にいましたが、ユーチューブで配信していたお坊さんの禅の心を見て励まされたり、また頑張ろうと思えたりすることもありました。

 私はどちらかというと“やりたいことをやる”のがモットー。料理も自転車に乗って出かけるのもそうですけど、今の自由な感情を大事にしたい。そういう素の自分に戻れたのも大きかったですね。それを1年後に生かしたいと思っています

 麗華監督は「金メダルをとるためにはピッチャーの選手層を厚くしなければいけない」と、口癖のように言っているが、北京のときのように上野選手ひとりの力に頼るわけにはいかない。

 “上野と並ぶ柱”と目される藤田倭選手(29)のさらなる成長は不可欠だし、ビックカメラの同僚・濱村ゆかり選手(25)や勝股美咲選手(20)、新星・後藤希友選手(19)らに成長曲線を一気に上げてもらう必要がある。

「正直、この夏に東京五輪があったら……と考えると準備期間が足りなかった。来年でよかったです」と、我妻選手も偽らざる本音を口にしたように、新たな準備期間を最大限有効活用していくしかない。

「私も北京のときのように若くない。“自分ひとりで投げて完投して金メダルをとる”イメージは全く湧かないですし、次の五輪はいかに周りの選手に助けてもらうかを考えていく必要がある。15人のメンバー全員でサポートしながら戦っていかなければいけないと思います」

 と、上野選手は冷静に客観視している。そのうえで、速球に変化球も織り交ぜながら緩急つけ、相手に揺さぶりをかけながら、駆け引きでも勝るような新たなピッチングスタイルを確立していくことが求められる。

選手としてのこれからと結婚観


 ライバルのアメリカには、剛速球投手のモニカ・アボット選手(35)と、変化球投手のキャット・オスターマン選手(37)を筆頭に、多彩な特徴を持ったピッチャーが何人もいる。彼女らに投げ勝つためにも、さらなるスケールアップをする必要がある。

「自分の課題は、よく打たれている気がする左バッターをどれだけ抑えられるか。世界的には左バッターのほうが多いので、打たれる確率も上がるのはありますけど、そこでしっかり抑えることが最大のポイントでしょうね。

 チームとしてはどれだけ点を取れるか。自分を含めて今の日本ピッチャー陣を考えると、ゼロで抑えるのは難しいと思うので、点を取らなければ金メダルには手が届かないのかな。

 でもアメリカとは実力的には互角だし、ガチの勝負になってくる。決して勝てない相手じゃないと思いますよ

 12年前の決勝アメリカ戦と同じように、堂々とマウンドで投げ切った上野選手が歓喜のガッツポーズを見せてくれれば、まさに理想的なシナリオだ。母・京都さんは心からそう願っている。

「今までずっと頑張ってきて、今もまた頑張り続けている娘に私が言えることはありませんが、娘が自分らしく生きていくことを応援していますし、信じています。本当は“身体を大事にして”と、言いたいですけど、やはり“頑張って”としか言えないですね」

 そして恩人・麗華監督は、7月22日に開かれた代表ユニフォーム発表会見で、少し厳しい言葉を交えつつエールを送った。

「今の上野はすごく調子がいいです。ただ、来年7月21日に決まった豪州との開幕戦ピッチャーにするとは断言できません。先発は1週間前じゃないと決められないし、現時点では上野はないと思います。だけど、1年あれば私の考えも相当に変化するでしょう。上野とはこれからもコミュニケーションをとりながら、成長を促していければと思います」

 上野選手は、力強くバックアップしてくれる人たちに恩返しをした先には何が待っているのだろうか……。

「ゴールは(選手を)辞めるときでしょうけど、それは突然、来ると思う。すべて流れに身を任せます」

 まだハッキリした未来は、見えていない。53歳で現役を続けるサッカー界のレジェンド、・三浦知良選手のように投げ続けるかもしれないし、キッパリ辞めて電撃結婚する可能性もあるかもしれない。

「今は考えられないし、余裕もないけど、自分を“普通の上野由岐子”と見てくれる男性が好きですね。いつか必要なタイミングで必要な人と出会う……。そういう運命だと信じて生きていきます」

 笑顔で語る彼女にとっては、東京五輪で大輪の花を咲かせることが先決だ。

 来年の夏、39歳になった日本の大エースが勇敢に戦う姿を楽しみに待ちたい。


取材・文/元川悦子(もとかわえつこ)1967年、長野県松本市生まれ。サッカーを中心としたスポーツ取材を主に手がけており、ワールドカップは'94 年アメリカ大会から'14 年ブラジル大会まで6回連続で現地取材。著書に『黄金世代』(スキージャーナル社)、『僕らがサッカーボーイズだった頃1〜4』(カンゼン)、『勝利の街に響け凱歌、松本山雅という奇跡のクラブ』(汐文社)ほか。

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頻尿・尿漏れ・膀胱炎は簡単なセルフトレーニングで治せる!

2020年8月10日 11:00 週刊女性PRIME

イラスト/上田惣子

 日本人女性は平均50~51歳で閉経を迎え、その前後5年ずつが「更年期」にあたる。女性ホルモンの分泌が乱れ、自律神経のバランスも崩れてさまざまな不調が現れる。

「尿トラブルに悩む人が増えるのもこのころです」というのは、女性泌尿器外来の関口由紀さん。

「女性ホルモンのエストロゲンが減ることで、血流量やコラーゲンが減少し、尿道機能が低下します。骨盤底筋の筋量も減るので、頻尿や失禁などを起こしやすくなります」

 現在58歳のOさんも、こう悩みを打ち明ける。

「突然、我慢できないほどの尿意におそわれるので、外出が怖くなって……。最近は引きこもりがちです」

 なんともタメ息が出そうな話だが、セルフケアで大きく改善したり、予防することが可能だという。名医が伝授する秘策、ぜひ試してみて。

悩み1.  頻尿でトイレが近くて不快


 健康な人の排尿回数は、日中は3~8回、夜間は0~1回。それ以上の場合は、頻尿である可能性が高い。

「頻尿の主な原因となるのが、“過活動膀胱(ぼうこう)”です。最近では患者さんが増加傾向にあり、40歳以上の8人に1人、12・4%が発症しており、そのうちの6割以上に尿失禁も見られています」と関口さん。過活動膀胱の原因は十分に解明されていないが、加齢による排尿機能の低下、排尿をコントロールする骨盤底筋の衰え、ストレスなどが考えられている。中でも重大な原因は“骨盤底障害”だ。

「骨盤部の靱帯(じんたい)や筋肉が弱くなったり損傷を受けることで、膀胱、尿道、腸、子宮などが本来の位置よりも垂れ下がってしまうことをいいます。すると、神経が過敏になり、尿が十分にたまらないうちに強い尿意が起こるなど、膀胱が不安定になります

 自宅でくつろいでいる場合はなんでもないのに、初対面の人と会うときや会議を控えていたりするとトイレに行きたくなる……。そんな人は“神経性(心因性)頻尿”が疑われる。

「トイレに行きたくなったらどうしよう、と思うだけでも尿意を感じる人が多いです。これは、骨盤底筋や膀胱の異常によって起こるのではなく、あくまで精神的なもの。尿意を我慢しても身体に悪影響を及ぼすことはありません」


2~3か月で、約70%の人が改善


 過活動膀胱タイプの人におすすめなのが骨盤底筋を鍛える“骨盤底筋トレーニング”。これは、すべての尿トラブル対策として有効で、尿漏れや膀胱炎などにも効果的。

「膣と肛門を締めたりゆるめたりする運動です。身体を大きく動かす必要がなく、電車の中や座っているときなどに、人知れずできるので、日に数回、実行してほしいですね」

 2~3か月で、約70%の人に尿トラブルの改善がみられたという。

 神経性頻尿タイプの人に加えておすすめなのが、“膀胱訓練法”。

「トイレに行きたくなってもすぐに行かずに、少しだけ我慢するトレーニングです。尿意を我慢しているうちに、尿をたくさんためられるようになり、排尿回数を減らしていくことができます」


【膀胱訓練法のやり方】

 尿意を感じたら、5分我慢することからスタート。1週間ほど続けて、無理なくできるようになったら10分我慢、それを1週間~1か月継続。次は15分……とのばしていく。



「最終的にトイレの感覚が3時間ほどになれば成功ですが、無理は禁物。時間をかけてゆっくり実践を」

悩み2.トイレが間に合わない…尿漏れ


 頻尿よりも深刻な悩みとなりがちなのが尿漏れ。衣類を汚してしまうのが怖くて外出を控えたり、においが相手に伝わらないかと常に不安だったり。日常生活の質を大きく下げてしまう症状だ。尿漏れの主なタイプとしては、まず“腹圧性尿失禁”がある。

「大笑いや咳をしたとき、重い荷物を持ったときなど、腹圧がかかると漏れてしまうタイプ。成人女性の3~5人に1人が悩んでいるとされています」

 その大きな原因が、妊娠・出産。妊娠中は大きな子宮を支えるために骨盤底筋に多大な負荷がかかり、出産時には骨盤底筋や靱帯が必ず損傷してしまう。

「出産前後に尿漏れを起こす人は少なくありません。けれども9割以上は出産後1年以内に治る。1年たっても尿漏れがあるなら、重い“骨盤底障害”である可能性が高いです」

 1年以内に尿漏れが治っても、更年期前後で、潜在していた骨盤底障害が顕在化し、再び尿漏れが起こることが多い。

 さらに深刻なのが“切迫性尿失禁”タイプだ。突然、強い尿意が起こり、あわててトイレに駆け込んだが、下着を下ろす前に尿が漏れてしまう、というような人がそれ。主な原因は、頻尿でも説明をした“過活動膀胱”で、過活動膀胱の人の約6割が切迫性尿失禁をともなっている。

「元凶は下支えする骨盤底筋の衰え。膀胱が不安定になり、尿をもらしてしまいます」

 前述した骨盤底筋トレーニングに加え、ピフィラティスという体操も積極的に行うことで、改善が見込める。

「膀胱炎や膀胱結石、膀胱がんなどの病気がある場合も、尿意切迫感が起こりやすくなります。この場合は、原因となる病気の治療が必須です」

「骨盤底筋トレーニングを正しく行えば、約7割の方の頻尿・尿漏れが改善します。でも、うまくできないという方や、切迫性尿失禁などの重い症状の方におすすめしているのがピフィラティスです

 これは骨盤底筋に加えて、その周辺の筋肉も鍛えることができるエクササイズ。身体をリズミカルに上下するパルス運動という動きを取り入れることで、従来の骨盤底筋エクササイズよりも35・7%も筋肉の収縮がアップ!

 1日5~10分行うことで、過活動膀胱の人の約80%が、手術が必要とされた重度の腹圧性失禁の人の約70%が、大幅に症状が改善したというデータもある。


悩み3. 50代からも増加する膀胱炎


 尿道から細菌が入り、膀胱の粘膜が炎症を起こすことを“急性細菌性膀胱炎”といい、排尿時に痛み、残尿感などの症状がある。性交渉が原因となることが多く、20代女性に多くみられる病気だが、50代でも増加してくるという。

「閉経後、エストロゲンが減少すると、細菌の繁殖を防ぐ自浄作用の力が弱くなります。疲労で免疫力が低下すると、細菌が増殖して発症しやすくなります」

 予防のためには肛門を清潔に保ち、疲れをためず、疲れているときは性行為を避ける、などを心がけて。医療機関で処方された抗菌薬を服用すれば3~7日で細菌はいなくなる。

「痛みや違和感が消えたら、前述の膀胱訓練を行って。膀胱炎後に起こりやすい過活動膀胱を予防することができます」

「膀胱炎かな?」と医療機関で尿検査をしても、細菌が見つからない場合は、“間質性膀胱炎”が疑われる。

「膀胱の“間質”という場所に炎症が起こる病気で、一般的な膀胱炎と似た症状があり、頻尿の悩みもともないます」

 これは、膀胱の内側の粘膜が弱まり、たまった尿が膀胱の間質という場所にしみこむことで炎症が起こるもの。

「原因ははっきりとわかっていません。対症療法として抗うつ剤や抗アレルギー薬、また膀胱を拡張する治療法などを行います。私のクリニックでは同時に膀胱訓練法も行います」

カフェインは避けるのがベター


「パンツを汚したくない、いつもきれいでいたい……そんな気持ちから1年中、おりものシートをしたり、排尿のたびにウォシュレットをするような人は要注意です」と関口さん。膀胱炎のほか、頻尿、尿もれなどの下半身の病気を招きやすくなるのだという。

「本来、外陰部は湿っているのが正常な状態。これを嫌ってカラカラにしようとすれば、陰部は傷つきやすく、細菌が繁殖しやすくなります。おりものシートなどの化学繊維も、外陰部に負荷をかけがちなので、使用は最小限におさえましょう」

 また尿トラブルを抱えている人は、膀胱の粘膜が弱い傾向にあるので、粘膜を刺激するようなカフェインも避けたほうがベター。利尿作用も高いので、水分のほとんどをコーヒーや紅茶で摂取しているような人は頻尿を招く場合も。

「美容を意識して、水分を過剰にとる人がいますが、膀胱に過剰な負荷がかかるので気をつけてください」

【生活習慣を改善して尿トラブルを遠ざけよう】



 尿トラブルのカギともいえる“骨盤底筋”とは、骨盤内にある膀胱や腸、子宮、卵巣、膣などの臓器を、落ちないように支えている筋肉群のことを指す。加齢とともに衰える傾向があるが、出産経験や生活習慣も大きく関係してくる。



「妊娠出産は骨盤底筋を大きく傷つけます。1年ほどで傷は癒えるのですが、出産経験がない人に比べれば、痛みやすい傾向に。猫背やそり腰などの人も腹圧を高めて、骨盤底筋に負担がかかりがちです」 



 姿勢を正し、おなかに負荷がかかりそうなときは、骨盤底筋を締めて、さらに上にグッと引き上げるよう意識して生活するのがポイント。

【骨盤底筋を衰えさせる悪習慣に注意!】

1.猫背

 背中が曲がっておなかに腹圧がかかり、骨盤底筋に負担をかけてしまう。

2.反り腰

 胸を前に突き出し腰をそらせた姿勢。腹圧が高まり、骨盤底筋への負担は大。

3.腹筋運動(足を伸ばして行う場合)

 腹圧が大きく高まり、骨盤底筋を下に押し下げる原因となる。

4.トイレで反り返った姿勢でいきむ

 背筋を伸ばしていきむと、骨盤底筋まで下に押し下げる。前屈みの姿勢がおすすめ。

5.重い荷物を持つとき

 おじぎをするように持ち上げるのではなく、ひざを曲げて、腰を落として持ち上げて。

6.電車で間仕切りに寄りかかって座る

 座るときに背筋が伸びていないと、呼吸のたびに骨盤底筋に腹圧がかかってしまう。

(取材・文/樫野早苗)


【PROFILE】

関口由紀さん ◎女性医療クリニックLUNAグループ理事長。女性泌尿器科医。婦人科・女性内科・女性泌尿器科・乳腺科・皮膚科などを総合的にみる「女性医療クリニック・LUNAグループ」を展開。著書に『自分で治す!頻尿・尿もれ』(洋泉社)など。

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